3-1
横に一回転してワゴンは停止した。その衝撃で全身が軋むが、吉岡の咄嗟の掛け声のお陰でなんとか打撲程度で済んだようだ。蒼甫は手負いの体に鞭を打ち、とりあえず車から這い出ようと試みる。事故の衝撃で半開きになったドアに手を掛けた刹那、逆に車内に引っ張りこまれた。
「あんたは死にたいの?」
見ると隣に座っていた吉岡が頭から血を流しながら腕を引っ張っていた。
「怪我してるのかっ!?」
「大したことない。頭は大袈裟に血が出るから」
制服の袖で吉岡は目の上に垂れてきた血を拭き取った。
「なるちゃん、多分敵は三人」
運転席で小さい体をさらに縮こませた玉田がそう言うと、吉岡は目を瞑り少し考えた後小さく頷いた。
「じゃあ私達が囮になるから蒼甫は隙を見て逃げて。多分あと五分もしないで仲間が来るはずだから」
「逃げるって、吉岡達はどうなるんだ?」
「あー、そういう要らない心配はいいから」
「いいって、俺は――」
「花火さん、カウントお願いします」
強引に話を遮られて蒼甫は思わずむっとした。そんな状況で無い事は重々承知しているので反論はしない。帰ったら逆切れされるくらい文句を言ってやる。
「カウント、ご、よん……」
吉岡、玉田が身構える。蒼甫は頭を低く保つ。額から流れる汗が頬を伝う。それを拭おうとした手がじんわりと汗ばんでいた。
「さん、に、いち、ぜろ!」
二人は同時にドアを蹴り飛ばし車から飛び出す。それと同時に激しい銃声が車を襲う。防弾装甲なのか銃弾は貫通しないが、車体を叩く激しい音に思わず蒼甫は耳を塞いで縮こまる。
「花火さん!」
「おっけー!」
その二人の声を聞いて少しすると、着弾音が車体から移動したので恐る恐る頭を上げる。車窓からみた外の光景はまるで異世界だった。
あり得ないスピードで移動する複数の物体。たまに顔が目視できるが一人は確実に吉岡だ。更に少し離れた所では赤い火柱が高く立ち上がっている。その中心には玉田の影があった。
縦横無尽に飛び交う物体。銃弾は空を切り至る所に着弾する。他方では物理的に燃えている少女が暴れまわる。
「はは」
思わず乾いた笑いがでた。それはこの状況を認めた事を意味した。この理不尽で、滑稽で、恐ろしい状況を。口が乾いて飲み込む唾もない。じっとりと汗ばんだ手をズボンで拭いた。吉岡の言った仲間が到着するのはまだ少し後だろう。相手には蒼甫が車内にいることは気づかれているようで、吉岡と玉田が車に近づけまいと必死に応戦している。だが数の利が向こうにある為、若干押されているようだ。このままでは仲間が到着する前に全員終わりだ。
「情けないなあ、俺」
何も出来ずに女の子に後ろを任せて全力で逃げる自分を想像してしまった。仕方ないとは分かっていても悔しい。結局今彼女らのために出来ることは生きて逃げ切ることだけだ。弱者が取る選択だけだ。
細く強く息を吐いた。吉岡が蹴り開けたドアを見据える。もうどうにでもなれ。車から飛び出すと、彼女らと正反対に全速力で駆け出した。