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「そうだソースケ、ゲーセン行こうぜ」
放課後、歩成は突然そう言い出した。太郎はホームルームが終るやいなやすぐに教室を出ていってしまった。きっと外村先輩に呼び出されたのだろう。そして多分それが歩成をゲームセンターへ駆り立てる動機だ。つまりは、羨ましくて鬱憤が溜まったのではけ口が欲しいのだ。
「ゲーセンか。しばらく行ってなかったなあ」
「新台入ったらしいぞ。行こうぜ」
特に断る理由もなく、二人はそのまま足をゲームセンターへと向けた。ゲームセンターは商店街の端の方に位置していて、駅も近いことから学校帰りの学生が多く立ち寄る。平日の午後ということで案の定学生が多く来店していた。そんな中、二人は格闘ゲームの台の方へと迷わず向かう。
「おっしゃー、やるぜー!」
「やっぱり新機種なのか。へー、いろいろ新キャラいるな」
「おう。まあ俺が使うのは持ちキャラオンリーだから関係ないけどな。さて、新技の練習だぜ」
それから二時間位、ゲームセンターを退出するまで格ゲーを楽しんだ。大半は歩成が連戦連勝して騒ぎになっているのを傍観していただけだが、案外楽しかった。外に出た時、時刻は丁度六時を回ったあたりだった。空はもう薄暗く街道は帰宅する人で溢れていた。
「じゃあ解散だな、ソウスケ」
「おう、じゃあな」
二人の家は丁度ゲームセンターを境界に分かれているので、毎度ながらその場で解散となる。
「あ、ソウスケ」
「ん?」
「また明日な!」
爽やかな笑顔で言うと、そのまま二度と振り返らず歩成は帰っていた。まったく、イケメンはこれだから困る。何をやったって絵になるから。世の中理不尽だ。劣等感を感じつつも歩成の背中が見えなくなるまで見送ると、蒼甫も帰路についた。
家に着くといつも通りゲームをしたり、出ていた課題をやったりした。そして普段と別段変わらない一日が終わろうとしている。だが何故かベッドに横になり今日を振り返ると違和感を覚えた。何か違う。違うというより、足りていない。今日一日を思い出す。足りないのは何かではなく、誰かということに気づいて、それがごく身近な人と思い出した時、違和感の正体が分かった。
「今日、吉岡に一回も会ってない」
吉岡成海。彼女は歩成の幼馴染で、蒼甫達と同じクラスで、大体いつも蒼甫ら三人組に混じっている。そいつに今日は一度も会っていない。学校に来ていたか思い出してみる。見かけてはいないが、確か歩成がガス爆発事件の話を聞いたと言っていたから学校には居たのだろう。いやまて、それ以前に吉岡の存在事体を気にも留めなかったことが異常だ。何故存だろう。吉岡が意図的に避けていたと考えたが、それでは自分が今の今まで気づかなかった理由にならない。一度気になると眠れない位のめり込んでしまうのは自分の嫌いな部分の一つだ。蒼甫は枕元に置いておいた携帯電話を掴むと吉岡の電話番号を選択した。三コール程鳴らすと呼び出し音が止まった。
『もしもし』
「あ、吉岡? 俺、名栗」
『……ああ、うん』
吉岡は倦怠感のある声で言った。
「夜分遅くにごめん。ちょっと気になることがあって」
「手短にして」
吉岡はどうもご機嫌ななめなようだ。もしかしたら寝ているところを起こしてしまったかもしれない。言われた通り手短にすまそう。
「今日、学校来てたよな?」
受話器の向こうの雰囲気が変わった。不自然な沈黙が流れる。
「もしもし?」
「大丈夫、繋がってる」
受話器の向こうで吉岡は嘆息した。それが蒼甫を鬱陶しいと思ってからなのか、別のことでなのかは分からなかった。
「普通に行って、普通に帰ったわ」
その普通に違和感を感じている。『普通』なら吉岡は蒼甫達へ挨拶くらいは必ずする。
「なんかあった?」
余計なお世話かもしれない。でも、吉岡の行動に何か理由がある気がしてならなかった。
「なにかって、何?」
「な、悩みとか?」
「……ぷっ」
受話器の向こうで吉岡が小さく吹き出した。
「なんだよ。笑うことないだろう」
「そういうの似合わない」
「んなっ。そんな言い方ないだろう。俺だって人並みに人生相談くらい受けるんだよ!」
歩成とか、歩成とか、歩成とか!
「どうせフナリでしょ?」
「うっ」
アンタに相談するくらいなら、まだ太郎の方がましよ。そう受話器の向こうでは微笑する声が聞こえたが、その言葉は少しショックだった。
「ま、ありがと」
「え?」
「もう切るわよ」
「お、おう。まあ、悩みは人に聞い――」
不意に築十年の貫禄ある音を響かせながら部屋のドアが開いた。