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「学年が上がるとイメチェンを始める奴いるよな」
校内の自販機で買ったパックジュースを飲みながら、不知火歩成はそう問いかけた。高校二年生に進級し、新しいクラスにも馴染み出した今は五月の初旬の昼休み。当然、この時期ならば見られる光景だろう。新しい環境に身を置くということは、つまり以前と異なる自分になるいい機会でもあるのだから。
「僕はフナリの心の中が読めた」
蒼甫と歩成の隣で、佐藤太朗が購買部で買った菓子パンをつまみながら言った。
「電車内とかで化粧をしているところを見た時に感じるあの不快感みたいなのがあるんだよね?」
「そう、そんな感じ!」
太郎はクラスの女子の笑い声と声が被ったので、少し語尾を強めて言った。昼休みの教室はクラス替え当初の初々しい感じとは打って変わって賑やかだった。蒼甫のクラスは活発な性格の生徒が多めに居たためか、他のクラスよりも一体感がある。悪く言えば騒がしい。
「ソースケ、俺は素の自分で勝負するべきだと思うぜ」
歩成は飲み干したジュースのパックを握りつぶしながら言った。
つまるところ、この話の流れの発端は高校二年生になったのだから彼女の一人くらい出来ないものかという歩成の問題提起から始まる。
「いやいやいや。歩成がそれを言ったら批判が多方面からくるぞ」
しかしこの不知火歩成という男は、何とも女子受けの良さそうな中性的なルックスであり、更にスポーツは何をやらせてもそつなくこなし、極めつけは全国模試で全教科一桁代の順位を叩きだすという天才っぷりを発揮する。つまり問題提起の時点で何か矛盾している。
「別にいいじゃない。変わりたいって思うのは普通だよ。フナリがずるいだけだよ」
「いやいや、ずるいってタロさん。俺は普通に生きているだけだぜ?」
「お前の普通は俺達の普通じゃないんだよ」
「庶民の僻みってやつか」
「自覚あるじゃねーか」
はは、と笑いながら歩成はパックジュースを捨てやすいように綺麗に潰す。その途中、はっと思い出したように歩成は言った。
「そういえば昨日の商店街の爆発事件、凄かったらしいな」
「爆発事件?」
「なんだ、ソウスケは知らないの? なんでも昨日の夜に地下のガス管が商店街で爆発したらしよ。幸い怪我人は無かったみたい」
この街では大事件だろうに、と怪訝な顔をして太郎は言った。
「多分今日寝坊したおかげでニュースとか見てないからかな」
それでも昨日の夜にでも情報が流れそうな気もするが、何故だか昨日の夜は記憶が曖昧でよく思い出せない。まあ、疲れて気付かないうちに寝てしまっただけだろうが。
「俺も吉岡から学校で聞いたし、わりと知られてないのかもな」
「フナリもソウスケも危機感を持とうよ。裏では何が起こっているのか分からないんだよ!」
また始まったよ、と歩成は折りたたんだジュースのパックをひらひらさせながら言った。太郎の言う『裏では○○シリーズ』はもはやギャグと化している。ネットゲームなどで仕入れたような突拍子のない危険信号をいつも太郎は俺達に送る。友達であるから付き合っているが、苦笑が溢れるのは致し方無い。
「――佐藤君!」
興奮する太郎を宥めていると、突然教室の入り口から女性の声が響いた。名指しされた太郎は彼女を見るやいなや真面目な面構えになる。
「外村先輩!」
クラス中の注目を集める中、佐藤は駆け足で彼女の元へ向かう。
「やっぱりいつ見ても美人だな。一学年上なのが悔やまれるぜ」
歩成はぼそぼそと蒼甫に耳打ちする。蒼甫はうんうんと首を大きく縦に振り全面的同意を示す。外村先輩は一学年上の三年生。腰まで伸びた艶のある長い髪が特徴で、その容姿から校内美女ランキング上位に常にランクインする。言ってみれば学園のマドンナ。そんな彼女と太郎は何故か仲がいい。どんな縁で出会ったかは知らないが、そのせいで外村先輩のファンからは太郎は目の敵にされている。
そんな凸凹なふたりは何やら神妙な顔つきで話し込んでいる。たまにちらっとこっちを見ると、すぐに先輩に目線を戻す。
「なんだあいつ。自慢か?」
「先輩と話すのが照れくさいんじゃないの?」
程なくして外村先輩が、じゃあねという風に手をヒラヒラさせて帰っていった。その背中を数秒見送ってから太郎は蒼甫達の元に戻ってきた。
「何話してたの、チャラ男」と、蒼甫。
「教えろよ、スケコマシ」と歩成。
「もう絶対教えない」
不貞腐れた太郎を宥めていると、昼休み終了のチャイムが教室に響いた。