5.蠍騎士
――――――寝ていた。
ものの見事にその蠍の騎士、サソリ・デ・ナイトは眠ってしまっていた。
「流石、マスター。戦う前から敵を眠らせて戦闘不能にするとは……。流石としか言いようが無いデスね」
「いや、多分違うから!」
恐らく、サソリだから冬眠してしまったのだろう。と言うか、やっぱり冬山に向かない魔物を出さないで欲しいんだが。と言うか、冬山に向いている魔物がほとんど見ていないんだけれども、どうなっているんだろうか?
「スピー……スピー……グガー」
普通に熟睡しているんだけれども……。これ、大丈夫なんだろうか?
「はぁー……、仕方ないのでして~」
そう言いながら、ヴィシュヴェテルは懐から黒い岩を取り出していた。
それはほのかに赤く燃えており、所々に亀裂が入ってしまっている。あれは……もしや石炭なのだろうか? と言うか、なんで石炭なんだ。
「遂に君達、石炭戦隊モエレンジャーが役立つ時が来たようでして~」
そう言って、ヴィシュヴェテルはその赤く燃える石炭をサソリ・デ・ナイトの上に載せる。
「魔術、魔物接着!」
ヴィシュヴェテルがそう言うと、石炭は急激に発熱し黒い線が伸びて行き、そしてサソリ・デ・ナイトの身体へとその黒い線は伸びて行く。そして伸びた黒い線はサソリ・デ・ナイトのその黒い甲冑へと伸びてしまって黒い石炭は合体してしまっていた。合体すると共にサソリ・デ・ナイトが
「ガァー!」
と怒り出して、サソリ・デ・ナイトはその右腕の蠍のようなはさみを振るって行た。振るうと共に、サソリ・デ・ナイトはボウガンを乱雑に発射していたのだった。
「ありゃりゃ……。大変な事になってしまったなー。じゃあ、失礼するんでして~」
ヴィシュヴェテルがそう言って、1人帰ってしまっていたのであった。
さて、困るのはサソリ・デ・ナイトの扱いである。
熱い石炭によって身体が高温で熱してしまっている、サソリ・デ・ナイトは目を血走らせながら、右腕の蠍のはさみを振るいながら、左手のボウガンを僕へ目がけて発射する。
「糞マスター、危ないデス!」
ミスロスはそう言って、僕目がけて飛んで来るボウガンの矢を弾く。
「あ、ありがとう、ミスロス」
「いえ……。お気になさらずデス」
いや、本当に今は危なかった。こう言う狂乱系はどこに攻撃して来るかが分からないんだよな。しかも今はミスロスしか仲間が居ないから、危ないんだよな。
と言うか、モエレンジャー。こんな所で活躍するなんて……。
「ガガ!」
サソリ・デ・ナイトは蠍のはさみを強く横に振るう。はさみから突風が生まれ、僕たちの方へと向かってくる。
「突風なら……なんとか!」
僕は懐から1つの岩を取り出す。
ボムマークが真ん中に書かれた小さな黒い岩。
エンチャッター御用達の、爆竹岩である。
これの使い方は、要するに逃走用や時間稼ぎに使われるのが多い。地面に強く打ちつけると、爆竹のようにしばらく火花の閃光を放つこの爆竹岩に気を取られている隙に、敵から逃走したり、エンチャットをする時間稼ぎに役立てるのである。またこの爆竹岩は一定の温度で爆発するため、火炎の、対象物を温めるエンチャットで爆竹岩の温度を上げて爆発させて、目くらましにも使われる。
僕もエンチャッターと言う事で村を出発する際に数個は入れていたのだが、メティアやクルスさんがいるという事で3個くらいと言う必要最小限以下と言ってもいいくらいしか持たなくなってしまい、海に漂流中に2個ほど水で湿って使えなくなっていた。
要するに、これが最後の1個。
(これを投げると、もう時間稼ぎも逃走も1人では出来なくなる)
けれども、
(いつまでも、ミスロスばかりを頼りにしてはいけない! ここで僕も勝負に出る!)
僕はそう思い、
「そいや―――――――――!」
思いっきり、爆竹岩を投げる。投げると共に、その爆竹岩は風に引き寄せられるように、突風の中へと消えていく。
「エンチャット、火炎!」
僕は爆竹岩に火炎のエンチャットをかける。
爆竹岩は火炎のエンチャットをかけられ、温度が上昇し、爆発する。
小さな爆発、音もないような爆発。しかし、その爆発により気流が乱れ、竜巻の威力は弱まっていた。
「ガガガ、ガッ!」
サソリ・デ・ナイトは体勢を低くする。そして毒の付いた尻尾を体の上にして、構える。
「ガガ!」
サソリ・デ・ナイトはミスロスめがけて、ボウガンの弓を放つ。そしてそのまま自分も体勢を低くした状態でミスロスめがけて跳ぶ。そして、毒の付いた尻尾を前に出す。
「……面白いデス」
そう言って、ミスロスもその跳んで来るサソリ・デ・ナイトの方へと向かっていく。
目の前に現れた弓矢を手刀で打ち落とし、残るはサソリ・デ・ナイトだけだ。
「マスター! 毒耐性を!」
「……! あぁ、わかった!」
何をするか分からないが、あの距離で僕が出来る事と言えば、エンチャットくらいしかない。
銃を撃ったとしても、ミスロスに当たるか、サソリ・デ・ナイトの黒光りする甲冑や鎧で弾かれてしまうのがオチだろう。
僕はミスロスに毒耐性を上げるエンチャットをかける。そして、それを確認したミスロスは、サソリ・デ・ナイトの身体に飛び乗る。
「何をする気だ!」
あそこだったら、頭上にある毒の尻尾で突かれてしまう!
危ないと言う前にミスロスは行動していた。ミスロスは手刀を構え、
「奥義、手刀返し!」
「ガガ!」
ミスロスが手刀でお目当ての物を突く前に、サソリ・デ・ナイトの毒付きの尻尾が彼女の肌を貫く。
「ミスロス!」
ミスロスの肩から飛び出たサソリ・デ・ナイトの尻尾から、毒々しくて気持ち悪そうな紫色の毒が肩から流れる。それはまるで血のようである。いや、血の代わりと言っても良い。だって、彼女の肌から血は一滴も流れておらず、その紫色の毒が血のように代わりに彼女の肌から流れていたから。
「くっ……! はっ……!」
突かれて痛そうに顔を滲ませるものも、彼女は手刀を振り下ろす。振り下ろされた手刀は、サソリ・デ・ナイトの甲冑、ヴィシュヴェテルによって付けられた黒い石炭を切り落とした。切り落とされた石炭は、手刀で生まれた風に乗り、地面へと飛んでいく。
そして、サソリ・デ・ナイトはミスロスを乗せたまま、地面へと落下した。落下の衝撃で生まれた土煙がミスロスらの姿を覆い隠す。
「ミスロス!」
「……大丈夫デス」
そう言って、ゆっくりと肩を押さえた状態でミスロスは土煙から顔を出す。その顔は苦悩に満ちていたが、歩いているところを見ると大丈夫そうだ。心の中で一安心しながら、僕は彼女の元へと足を向ける。
「よかった……。でも、サソリ・デ・ナイトは!」
「そっちも大丈夫なのデス。あれを見るデス」
そう言って、土煙を指差すミスロス。土煙が晴れると共に、そこには眠ってしまっているサソリ・デ・ナイトの姿が現れる。
「あの蠍騎士野郎は、寒いと冬眠しているみたいだったので、身体の体温を無理やり上げている石炭を飛ばせば、寒さに耐えられずに冬眠する事を選んだみたいデス」
「なるほど……」
確かにあのサソリ・デ・ナイトを無理やり体温を上げて動かしたのは、あの石炭の熱さ。だからその石炭が無くなれば、寒さに負けて眠ってしまう、と言う事か。
「でも、あの毒は!」
「マスターのチャチな呪文によって、毒耐性は上がっているデス。ですから、毒に関しては何も問題はないデス」
まぁ、そうだろう。だとしても、
「この傷じゃあ、この先には進めないな……」
と、僕は彼女の肩に空いた穴を見る。血は出ていないとは言え、女性の肩に空いたむごたらしい穴をじっくりと見る趣味はないため、すぐに視線は逸らしていた。
だけれども、これでは今後の戦いに出す訳にはいかないだろう。
「問題ないのデス。それに、マスター1人ではこの辺りのモンスターは倒せないデスし、逃げられないのデスから、どっちにしても私が……」
確かにそうだ。
この辺りのモンスターは馬鹿らしい外見だが、強い。海によって湿ってしまっている愛銃は使い物にならないし、逃走もさっき投げてしまった爆竹岩で逃げられはしないだろう。ただでさえ、こちらは怪我人がいて、動きが鈍くなってしまったのだから。
彼女の提案に乗るべきだ。
彼女の提案に乗り、ミスロスに戦ってもらうべきだ。それが僕の生存確率の最も高い道である。
だとしても、それだとミスロスの負担がかなりの物となり、今の負傷した彼女がどこまで戦えるか……。
いや、そんな事じゃない。
僕は―――――――――
「……仕方ない。ここは……」
「マスター! 了解デス! しぶしぶながらも、このミスロス。マスターのために、障害となる敵をこの手で……」
「ここで休憩しよう」
「……はい?」
と、ミスロスはきょとんとした、唖然とした表情でこちらを見つめる。
「マ、マスター? こんな魔物の住む洞窟で、休憩なんて……。襲ってくださいと言っているような物デスよ?」
「だけれども、今のミスロスに戦いをさせる訳には……」
確かにここで休憩すれば、高確率で魔物に襲われるだろう。だとしても、ミスロスを戦わせる訳にはいかない。
「それにもしかしたら、誰かが助けに来てくれて、僕たちを助けてくれるかもしれないだろ? だったら、わざわざミスロスが戦う事も無いって」
「しかし……それは随分、確率が低いデス」
それは確かにそうである。
このテスカロテ大陸には王家や帝国などの組織団体は存在しない。ただでさえ、寒い冬が続く気候と他の大陸よりも強い魔物。食物はほとんど取れず、魔物を狩る強さが無いと生きていけないような大陸。他人に構っている余裕はほとんどない。
あるとすれば、それはこの大陸で唯一、他人を助けてくれる組織の―――――――
「お―――――い! 大丈夫か―――――――!」
そんな事を考えていると、向こうから男が呼びかける声がする。
「なっ、待ったら良い事があっただろ?」
と、ミスロスに言うと、
「……そうデスね」
彼女も肯定するように、僕に笑いかけていたのだった。




