2.洞窟食事
「ミスロス……。もしや宝剣ミスロス?」
宝剣ミスロス。
ガイテック城にあった二振りの宝剣の一振りである。と言うか、なんでその宝剣が人型となってこの洞窟に? と言うか、そもそもなんでこんな所に……。
と言うか、それも本当かどうか怪しい話である。
「別に良いんデスけれども、そんな事を考える前に、早めに食事といたしませんかデス? この糞マスターめデス」
そう洞窟の中で用意したお手製のコンロに、猪で作った鍋をかけているミスロス。そんなミスロスは調理が終わったようで、冷ややかな目つきでこちらを見つめている。調理光景に何も可笑しな事をしているような様子は一切無かったようなので、食べても問題は無かろう。僕はそう思い、焚火へと近付く。美味しそうな匂いが鍋から発せられ、僕のお腹の音を鳴らしていた。
「……意地汚い男デスね、全く」
「意地汚いって……」
鍋の香ばしい食欲を誘う匂いが、僕のお腹を鳴らしたと言うのに……。
「ただ美味しそうな匂いに、お腹が鳴っただけだよ。とっても美味しそうだし」
「……デスよね。だと思ってましたデスよ」
そう言いながら石で作っただろうお椀に、鍋の汁を装うミスロス。と言うか先程から、毒舌ばかりである。そもそも本当に宝剣ミスロスに宿った剣精霊と言う話も疑わしいし。
まぁ、そんな事はともかくとして今は腹ペコである。イエロー・モンキーから受けた傷で血を流しすぎたし、出来る限り食べて力を付けて置くのが今は重要そうだ。
「じゃあ、いただきます」
「どうぞ食事に飢えた獣のように召し上がれデス」
そして、僕はミスロスの言う通り、まるで食事に飢えた獣のように鍋を頬張っていた。
お腹が空いていたのも確かに理由の1つではあるが、それ以上にこの鍋が美味しすぎる。確かに猪の鍋って、必要以上に美味しいから、美味しくて必要以上に食べちゃうんですよね。食べて精力を蓄えた僕。
ちなみにその間、ミスロスはただただ鍋の調理に徹していた。どうやら精霊に食事とやらは必要ないらしい。それとも精霊とやらを偽造するのの演技か?
けれども……
(どうも人間じゃないんだよな……)
姿形ではなく、精神的な、そう身に纏う雰囲気が明らかに人間の物とは一線を画している。恐らく、ミスロスが言っていた自身が精霊であるという話は正しいのだろう。
しかし分からないのは、いつ僕がこの宝剣を手に入れたという事である。本当にいつだ? 僕は刀なんか持たないのに……。
「まぁ、ともかく今大事なのは街に辿り着く事」
いつまでもこんな洞窟で、隠れるようにひっそりと暮らしていてもいつかは出ないといけない。
洞窟の外は、雪の大地、テスカロテ大陸。当ても無く、歩き続けていてはいつか凍え死んでしまう。だから街に行くのが第一に考える事なのだが、
(一番の問題は……僕だよな)
テスカロテ大陸の魔物は、厳しい冬の気候と激しい生存競争に耐え抜くために遥かに戦闘に特化して、強く成長している。今、食べた猪も、恐らくアレシル大陸ではそれなりの強さの魔物としておかれるだろう。
僕は、補助職エンチャッター。自ら1人で戦える訳ではなく、だからこそ仲間が欲しい。けれども今、僕は孤独の地に1人居る状況。探した所で仲間に出会う前に、魔物に食われて死亡確実である。
「どうした物かな……」
「失礼ながら、この糞マスター」
と、そんな風に頭を抱えて今後どうするかを迷っていると、ミスロスが話しかけてきた。
「街への戦闘、このミスロスがマスターの護衛を渋々引き受けたく思うデスが……」
「……え?」
「聞こえなかったのデスか? 耳の掃除くらい、ちゃんと物事の大事な情報が聞けるくらいに、こまめにする事をお勧めするデスよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
ミスロスが? 僕を助けてくれる?
それはありがたい。1人で猪を倒し、しかもほとんど無傷で帰って来た彼女の事だ。戦力としては申し分ないだろう。やってくれると言うのならば、是非ともやって貰おう。
「うん、ありがたい。じゃあ、お願い出来ますか?」
「お任せあれデス。糞マスターは戦闘と言う危険な行為を全てか弱い私にお任せして、女に守られている自分を惨めな虫のように思いながら、私に守られているが良いデス」
「……いや、流石にエンチャットで援護はするから」
と、彼女の悪口に対して、若干呆れながら言うと、彼女はこう答えた。
「知っているデスよ。だって、私のマスターは皆、エンチャッターでしたから」
その言葉を言っている時、彼女はどこか悲しそうな表情をしていた。




