13.裏取引
その頃、『クルスホテル』屋上。
下半身が蜘蛛のモデル美女は幽鬼シャンデルセンがやられるのを見て、「嘆息……」と溜め息を吐く。
「仰天。ここ、即行、幽鬼シャンデルセン、死亡……。急ぎ、報告」
金色の髪を腰まで伸ばした、金色の瞳の黄色い顔の女性。
黒いボンテージ服を着ており、首には紐が付いた金色の針を付けている。
スタイル抜群のモデルが羨むほどのモデル体型で、腕には大量の金色のアクセサリー、そして金色の薔薇の髪飾りを金髪の長髪に付けている。そして下半身は黒い巨大な蜘蛛のような物になっている。そして8本の蜘蛛の足には1本ずつ、『Y. S.』と言う文字が書かれている。
そう、合成魔物の1体、イエロー・スパイダーである。
彼女は魔法帝国と言う自らの場所に帰ろうとして、
「『驚いた。こんなに早く幽鬼シャンデルセンが死ぬとは……。急いで報告しておかないと』か。まさか大陸言語を話すのが居るとは思っても見なかった」
同じ屋根の上に居た男がそう語りながら投げてきたナイフを、イエロー・スパイダーはすぐさま口から糸を吐き、その糸を腕に巻き付けてナイフからその身を防いでいた。
「何奴!?」
「『誰だ!?』か。その大陸言語、聞かれたらまずいから暗号化していると言う理由で使っているのならば、僕はすぐさま解読できるから意味無いぞ。普通で喋れ」
黒髪を腰より少し上まで伸ばし、左目には黒の眼帯を付けている。腰には沢山の短刀を指しており、両手に黒い手袋をはめている。背中には大型の銃を背負っている。無精髭を適度に生やした男性。
そいつの名前をイエロー・スパイダーは知っていたし、もう暗号用に使っていた大陸言語は意味を持たないと悟り、普通に喋りながら
「クルス・ウルウスか。私に何の用だ?」
と、目の前の人物、クルス・ウルウスにそう語りかけていた。
「やっぱり普通に喋れるのか。まぁ、材料があれならそれも可能か」
「なんだい、その言いぐさは。まるで私達、合成魔物4体の生産方法が分かったような口ぶりだな。
クモクモクモクモ。そんなに情報は公開していないのだがな」
そう言って笑うイエロー・スパイダーに、クルスは1組の書類を投げる。上をホッチキスで止められた書類は宙をふわっと浮かびながら、イエロー・スパイダーの足元に落ちる。
イエロー・スパイダーは拾おうとして、その書類の文字を見て絶句していた。そしてすぐさまクルスの方を見る。
「貴様……。どこでこの情報を手に入れた? 王族なのは知っていたが、この情報は王族だと手に入らない情報のはずだぞ?」
「確かに王族だと絶対に手に入らない情報だ。しかし、僕は王族である以前に騎士団所属でもあるのだよ。そしてこの情報と、この前王城に来たレッド・モンキーで情報は確信に変わった」
「そうしたら、始末しないといけなくなる。残念だが、この情報を提示するのはもう少し後の予定なんだ」
「そうだろうな、僕の親、この国の王はこの情報をみたら君達に軍を差し向けかねない」
「全くだ」とイエロー・スパイダーは蜘蛛の足を激しく動かしながらそう言う。
「戦って口封じのつもりか?」
「いや、それも良いが蜘蛛と言うのは見えない糸で得物をがんじがらめにしてから食す者だ。今はその時じゃない。しかし、脅しのつもりのようだが、こちらも貴様にとって不利益となる情報を握っている」
「ほう? どんな情報だ? 言ってみろよ、『黄蜘蛛』」
「そう、君に直接は関係は無いが、君の兄と姉、エレーマ・ウルウスとフィンザ・ウルウスに関する決定的な事項を、サクパディア・ウルウスに流すのも今の状況だとやぶさかではない」
その言葉を聞いた瞬間、クルスはイエロー・スパイダーの背後に一瞬で回り込み、彼女の首元にナイフを当てていた。
「おぉ、暗殺者っぽいな。その攻撃法は。やはりサクパディア・ウルウスにその情報は聞かせたくないか」
「………………」
「だんまりは肯定と受け取ろう。サクパディア・ウルウスは確かに王様の実力としては申し分ないほどの出来、しかしその実、好戦的な性格、なおかつ多くの龍を手に取る彼の周りには、色々と黒い噂が絶えない。
例えば、ギャングなどの素行が悪い連中と、戦争談義に花を咲かせていたなどと」
それは王国にとって悪い話だ。
サクパディア・ウルウスは戦争が大好きだ。殲滅戦、電撃戦、打撃戦、防衛戦、包囲戦、突破戦、退却戦、掃討戦、撤退戦 。戦争と言う行為が大好きな奴だ。そして戦争が大好きな連中と交流があり、その上龍と言う上位の魔物を操る力を持つ。
彼が王様になると、民は戦火に巻き込まれてしまう。クルスとしてはそれは避けたい。
民が傷つかない平和的な王様。それがクルス・ウルウスが次の王様になって欲しい人物だ。
次男、レイアウキ・ウルウスと次女、ユピノス・ウルウスならばそんな王様になるだろう。だからこそ、サクパディア・ウルウスには出来る限り王様になって欲しくない。
「――――だがしかし、多くの大臣達が次の王様になって欲しい人物は、サクパディア・ウルウス。
なにせ、今の王、ヴァスリオス・ウルウスは甘すぎる。戦争になんら興味を持たない。
そしてエレーマやフィンザは王位自体に興味が無いし、君は―――――王には成れない」
「…………」
「もし今、エレーマとフィンザの情報をサクパディアに渡したら、サクパディアは激怒してエレーマとフィンザを攻めるだろう。いや、それでは終わらない。
調べたところ、これを隠していたのは君に穏健派、つまり戦争反対派の大臣達、そしてあろうことかヴァスリオス国王と言う事じゃないか。これは最悪だな。
表に出れば、今言った全ての人間が処罰される。するとどうなる?」
クルスは考える。そうなれば、残ったのは戦争推進派のサクパディアと大臣達。
戦争は起こり、多くの人民が死に絶えて――――――
「……っ!」
「分かったか? 私の情報、合成魔物の製造法よりも君達の方がやばい事が?
―――――しかし、ばらされて困るのはこちらも同じ。ここは取引しようじゃないか?」
「取引?」
クルスがそう聞き返すように言うと、イエロー・スパイダーは頭を強く振る。
「あぁ、取り引きだ。
私達はお互いに秘密を持っている。そしてお互いにばらされるとまずい物だ。そこで取引だ。
私は個人的にお前に協力する。そりゃあもう、君の忠実なる僕として働いてあげましょう。しかし、君にも条件がある。それを満たせば働いてあげましょう」
「…………」
クルスは思案する。
イエロー・スパイダー。レッド・モンキー曰く、4体の中で2番目に強い個体。その強さは折り紙つき。その上、下半身を除けばモデル体型の超絶美形だし、頭だって良さそうだ。
なにせ、”こちらが不利なのにこちらを心配してくれている”。
さっさと言えば、戦争を始められる情報を持っているのに、今の彼女は戦争を望んでいない。クルスは仮にも暗殺者。言葉の裏の真意くらい分かる。
彼女は戦争と口にしたり、耳に聞く時、一瞬肩を震わせている。それだけ戦争が嫌いなのだ。
多分、彼女としても戦争は起こしたくない。そう言う意味では、私達は―――――同盟を組める。
「よろしい。お前に協力する」
「……! あぁ、良いだろう。僕でも何でも……」
「――――――ただし、仲間としてな」
そう言った瞬間、彼女の顔が満面の笑みに変わる。その満面の笑みに、クルスは心を奪われていた。しかし、すぐさま顔をこわばらせて、
「ふ、ふん! その言葉、嘘でない事を祈るばかりだ。せいぜい、こちらの条件をきちんとクリアーしてくれよ?」
「あぁ、問題ない。任せろ」
思えば、この時クルスの心は――――――彼女の糸に捕まっていた。
そしてイエロー・スパイダーもまた――――――彼の事を……。
クルスとイエロー・スパイダー、2人の恋はいったい――――。
次はモンスター図鑑Ⅳを更新予定。
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