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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇後
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記憶の代償(六)

それから二日経った夜。私は更に大きな不安に苛まれながらふらふらと、庭園を彷徨っていた足を止めて深いため息を吐いていた。


「王妃様? お疲れですか??」

「ううん、大丈夫よ」


一緒に足を止めて問いかけてきたお供のロザリーに首を振って否定したけれど、私の表情が曇っているのを見てその理由を察したのだろう。ロザリーは暗い中でもはっきりと分かるほど眉を下げて、「あの、今、陛下は何か凄くお忙しいようだってベティー様も仰っていましたから、その……」と精一杯私を励ましてくれる。

私はそれに「ありがとう」と頷いて、だけどもう一度、堪えきれなかった溜息を吐き出した。


後で来るって言ったくせに。


陛下はあれからやってこない。

正確に言えば来てはいるみたいだけれど、ここのところずっと寝つきの悪い私でさえもまともに顔を合わせることがないほどにそれは夜遅いようで、そして私が起きる前にはもう去ってしまっている。

今夜こそは会えるかと思っていたのに、今日もまた伝言で短く「遅くなる」と届けられてしまった。


もしかしてこれは避けられているのだろうか。


顔を合わせ辛いと思っていたくせにこうして来てくれないと気になって、思い当たる原因を考えると心当たりが多すぎて私は焦りにかられてしまう。

自分で言うのもなんだけど、只でさえ普段の私の陛下に対する態度は可愛くない。照れや恥ずかしさとかそういうものと、どういうわけか陛下の反応を試そうとする意地悪な心が混ざり合ってどうしても上手く素直に甘えられない。その上、あの孤児院から帰った次の日、折角陛下が心配してくれていたのに、前夜に動揺していたその理由を問われても思いっきり誤魔化して。その上妊娠のことを伝えるのも他人任せにしたのでは、流石に呆れられ、見限られてしまったとしてもおかしくないのかもしれない。いや、もしかするとそれだけじゃなくて陛下は気づいてしまったのだろうか。実は私がちゃんと妊娠を喜びきれていないことを。だからそんな私に怒ってもいるのかもしれない。何処までも可愛げがない。せめて、やっぱりあの日、もっと嬉しそうに全力で振る舞うべきだった。

考え、後悔しだすとキリがなくてどうしようもない。


そうじゃないと思いたいのに。

なんでこんなに物事を後ろ向きにばかり考えてしまうんだろう。


それは自分でもおかしく思うほど、段々と何から何までダメだったような気さえしてくる。


こんなのはダメだと、それはわかっているのだけど。


あの夢を見るのが怖い。

これから、この子を産んで育てていく上で、自分がどんなに酷いことを両親にしてしまったのか、思い知らされていくのだろうかと思うと怖い。

このまま、陛下が離れていくのが怖い。

怖いことだらけで、不安と怯えが膨らんでしまっている。


どうしよう。


なんとかしなきゃと焦る反面、結局は未だに気持ちの整理はできていなくて、実際陛下が来てくれたところでどうすればいいのかわからない。だから“会いたい”と無理を言うことも出来ないでいる。

なのに半面、それでもやっぱり少しでいいから抱きしめて慰めてほしくて。そうしてくれないと不安で仕方なくて。

ゆらゆらと揺れる感情はとても不安定で。

気晴らしにとこうして庭園にでてみたけれど全く何も変わらない。

無理を言って、ロザリー付きでならという条件の元、折角出してもらったのに。

まあ、月が分厚い雲に隠されていて暗闇に包まれた庭園を歩いたところで何も見えるはずもなく、何かを期待する方がおかしかったのだろうけれど。


そろそろ戻らないと。


このままここにいても仕方がないし、明日は結婚式の準備と相談事があるとかで実家に帰っていたマリアがいよいよ戻ってきてくれる日なのだ。だから、そちらの方がきっともっと気晴らしになる。

それに、無駄にやきもきしなくてもマリアの行動からアルフレッドの状況もわかるはず。陛下が忙しいのか、私を避けているのかどうかもきっとそこから少しくらいなら読み取れるわ。

もし、私が本当に陛下から避けられていて、私に対して怒っていたりするのだとしたら、幸せいっぱいのマリアに変な気を遣わせてしまって申し訳ないことになるかもしれないけれど……。

あ。

というか、よくよく考えれば、逆に私自身のこともアルフレッドや陛下に筒抜けになってしまうし、この調子をなんとかしなければ結局はマリアを心配させてしまう?

今以上にちゃんと上手く取り繕わないとと考えて、それも段々難しくなってきているこの状況に、ならばいったい何をどうしたらいいのかと振出しに戻り落胆する。


なんだかどこを彷徨っても出口が見つからない、八方ふさがりな気分だ。

早くどうにかしたいのに。

苦しさばかりが膨らんで、更に深みに嵌っていくのを止めたくて。


極限状態になりかけの心が、自暴自棄を起こして突拍子もないことを考えてそれをそのままぼそりと声にした。



「私が、行ってみようかしら……」




「え?」


それはまるで魔が差したのか、やけになったのか。

なぜそんなことを言ったのか、自分でもよく分からない。

けれど、

どうやら聞き取れなかったらしく訊き返してきたロザリーに、私は自分自身の言葉に戸惑い、左右に瞳を動かして、


それもいいかもしれない、


と考える。


いや、そうするべきなのかもしれない。

だって、落ち込んでいたところで何も変わらない。

きっと更に不安ばかりを大きくして沈み込むだけだ。

それならばと、段々と大きくなってきた当たって砕けろ的な衝動に身を委ねてしまうのもいい。


覚悟を決めた私は、真剣な眼差しをロザリーに向ける。


「陛下にね、会いたいの。少し付き合ってくれる?」


正直、自分では制御不能なほどに絶賛後ろ向き中の私はとっても怯んでしまっているのだけれど、もう自分ではどうにもできないし、一つでいいからこの苦しみから逃れたい。

別に立ち入りを禁じられているわけではないし、折角部屋から出してもらっているのだ。今回だって、陛下の命令なのかベティ―が心配性なためなのか、私が部屋から出るのにあまりいい顔をされなかったし、次の外出を反対されてしまったらもう機会はないかもしれない。

でも、このままじゃきっといけない。

大丈夫。

陛下が、怒っているのなら謝ればいいわ。

態度だって改めるわ。

二日前まで、陛下も私を心配してくれるくらいには私のことを想ってくれていたのだし、それに今はお腹の子もいるのだから邪険にはされないはずだと、こういうことでは都合よくその存在を利用しようとする自分に嫌悪を感じながら。


「勿論、お付き合いいたします」


そう言って明るく反応してくれたロザリーから「それでは善は急げですね!」と先導されて、灯りで照らされた通路を躓かないように気遣ってくれる彼女について歩く。






そして辿り着いた執務室の前。

私は足を止め、扉を守るために立ちはだかる衛兵たちの驚いた顔に、緊張した口元が引きつらないよう意識しながらニコリと微笑んで向き合った。


「王妃様!? このような時間にいかがされて……」

「陛下はいらっしゃるかしら?」


執務室には重要書類や機密文書などがあるため基本的に陛下たちがいない時でもこうして衛兵たちが見張りをしているから、外から見ただけでは判断できない。

だからと尋ねてみたのだけれど、返ってきたのは期待はずれにも「ただ今、ご不在でございます」という申し訳なさそうな言葉で。

私は「では、戻られるまで中で待たせてもらうわ」と言って扉を開けてくれるよう彼らに視線で促した。

けれど、


「あの、それが」


衛兵たちの、少し焦ったような様子で発せられた声に私は首を傾げた。


「陛下から、ご不在中は決して王妃様を中にお入れしないようにと言われておりまして」

「……え?」


それはどういうことだろうか?


予想していなかった展開に思わず呆然となりながらも訊き返すと、「あの、万が一王妃様がお越しになられた場合は後で部屋の方へ行くからとお伝えするようにと……」と言われてしまって、私は思わず「いいわ!」と声を上げた。


「陛下には伝えなくていいわ。私がここに来たことは秘密にしておいて」

「? ですが」

「いいわね?」

「……はい」


有無を言わせない“王妃様”な雰囲気を纏って命じた私は再度、「必ずよ」と念を押してロザリーを連れそそくさとその場を立ち去る。


執務室に入るなだなんて。

そんなに頻繁に足を踏み入れたりしていたわけじゃない。だけど、好きに来ればいいと言われていたし、こんな風に拒絶されたのは初めてだ。


後で来るって言っても来ないじゃない。


なんだ。

結局、やっぱり私に会いたくないんじゃない。


拒絶を、やっぱり避けられていたのかと認識した途端、必死で進めていた足は自然と速度を緩め、そして立ち止まる。


私はまたやり方を間違えた?


きっと蒼褪めているであろう顔を、微かに震える両手で覆う。

心に引きずられるように相変わらず良くない体調が辛さを増す。





『姫様、よろしいですか?  


    貴女様は決して――――……』





「あの、王妃様……?」



後ろから、ロザリーの戸惑い気味な声が聞こえる。

だけど、“駄目だ。しっかりしなきゃ”と思うのに、頭に響く声に心を捕らわれてしまって身動きが取れない。

気を抜けば足の力が抜けてへたり込んでしまいそう。


なんでこんな時に思い出すの?


それはかつて何度も何度も繰り返し言い聞かせられていた言葉。




――――貴女様は決して愛に期待などしてはなりませんよ。


       だって、貴方様は誰からも真の意味では愛されないかもしれない。    

       

    それが、姫様の運命(さだめ)なのですから……――。



「王妃様っ!」


あ……。

後ろからドレスをキュッと強く引かれて私は漸く我に返る。

振り返るとロザリーが口をぎゅっと引き結んだ真剣な眼差しでこちらを見上げていた。

そして、一度俯き、意を決したようにもう一度顔を上げた彼女は私の手を取ってくるりと背を向け、よく分からない方向へ私を引っ張って進みだした。


「こちらに。私に付いてきてください」


私は混乱しながらもつられるように一緒になって足を動かす。


「ちょ、ちょっとっ。ロザリー、どこに行くの!?」

「……私の頭の中に、今日の警備の配置表もしっかり記憶されてますから」

「え?」

「執務室に勝手に入って陛下を待ち伏せして差し上げましょう」


振り返らずロザリーにそう告げられて。


「っ! 嫌……」


その意味を理解した私は咄嗟に怯えを含んだ声を上げ、進めていた足に力を込めて踏ん張った。


つまり警備の目を搔い潜って執務室に侵入してやりましょうということらしいけれど。

でも、勇気を出して来た結果の拒絶に、私はやっぱり大人しく部屋で待っていることに決めたのだ。

以前、オルスから陛下のことになると何故弱気になるんだと頭を抱えられたことがあったけれど、仕方がない。どう頑張ってもことこういうことに関しては臆病になってしまって、自分が傷つくことを極端に恐れてしまうのだ。だから、折角絞りだした自信を見事にへし折られ、打ち砕かれた私には、ここまでが限界なのだから。

だけど、


「だって、待っていても陛下はお越しになりませんし、私、この前から少し怒っているんです。何でご懐妊された途端こんなに素っ気ない態度をなさるんですか!? まるで王妃様をもう用無しだって言ってるみたい」

「ロザリー!」


まだ流れる可能性のあるお腹の子のことは周囲に秘密になっているはずなのに。こんな廊下でしていい話じゃない。

それに――、


「って、王妃様は思われているでしょう?」


私は陛下を信じてる。そんなことを考える人ではない。私が怒らせただけで、そんなことはないと、信じたいと咄嗟に否定を感じた私は、だけど、続いたロザリーの言葉に何も言えなくなる。

確かに、そう思ったのだ。そうしてこの人もまた離れていくのかと、一瞬だけ僅かに疑った。


「そんなはずはないと私は思いますけど」


にっこりと慰めるように小さく笑って、私の内心の、願望とも言える反論をそのまま口にした彼女は、もう一度、「お会いしたいんでしょう? 陛下に」と私の手を強引に引っ張り歩き出す。

ここで倒れ込みたくも、騒ぎを起こしたくもない私は思いっきり抗うことが出来なくて、そして、


「だから、王妃様の元へ訪れられないくらいお忙しくて、王妃様に勝手に執務室をお入れできない、何かしらの理由があると私は思うんです」


と背中越しにぼそりと聞こえたロザリーの言葉に私は内心で「え?」と虚を突かれて。

理由があるとしたらそれはどんなことだろうかと考えているうちに自分がどういう経路を通ったのかもよく分からぬまま、気が付いたらもう私は執務室の中にいた。




「王妃様王妃様、こちらですよ」


何だろう。

本当にこの子はこの国に忠誠を誓っている子よね? 大丈夫よね? と思うほど、本来、密偵としての教育もされているのか、ロザリーはなんだかとても手際よく執務室の室内を一通り漁り終えて、そして次に入って行った続き間になっている小部屋から私を小声で呼んでくる。

私はといえば初めてこうやって無断で入って家探しのような真似までしている現状にビクビクだ。


何が一体どうしてこうなってるんだろう……。


予想だにしていなかった展開に意識を軽く遠のかせる。

もうこれは嫌われるとか怒らせるどころの騒ぎじゃないわ。

確かに庭園でなるようになれと思ってここに向かおうと決意したはずだけれど、違う。こういう意味ではなかった。

だけどまだまだ怖いもの知らずの無邪気さを持つロザリーの勘がなかなかいいことを、私はまだ短い付き合いながらも今までに何度か感じたことがある。だから、妙に引っかかってしまったのだ。

ただ単に、私が嫌われたわけじゃないという可能性を感じて、縋りたくなっただけでもあるけれど……。

こんなことしていたら、どちらにしろ行きつく先は嫌われるか軽蔑されるかじゃないだろうか。


それにしても、こうして探って何か出てきたりするかしら?


私は半信半疑で物音を立てずに動き回るロザリーを横目に、部屋の中を見回してみる。

ほとんど資料室として使われているらしいこの部屋の四方をぐるりと囲んでいるのは背の高い本棚だ。

そこにはたくさんの分厚い本や綴じ込まれた書類などが並んでいて、本来はそれらを広げるために置かれているのだろう部屋のほぼ中央の大きな机や椅子にもたくさんの書物や紙が山積みになっている以外何もない。私にとってはつまらなさそうな部屋。

私はそこに静かに歩を進める。

外側から私たちの侵入がバレないよう灯りを消しているため、窓から降り注ぐ月の灯りだけが頼りであまりよく見えないながらも、とりあえず、と何気なく目に入った机の上に置かれた書類の束に手を伸ばしてみる。

そして白紙である一枚目の紙を捲って、二枚目に書かれた表題にちらりと目を通した。

どうせ難しい内容のものなんだろうなと、目を通すといっても視界に入れる程度で、さして意識など向けてはいなかった。


けれど、


「……え?」

「どうかされました?」


思わず声を漏らす私にロザリーが問いかけてくる。

けれど、私はそれには答えずに急いでその二枚目の紙も捲った。



「何……? これ」



何故、こんなものがここにあるの?

口元を掌で覆い、小さく体を震わせる私の向かいからロザリーがその資料を覗き込んでくる。と、だけどその瞬間、ハッと振り返ったロザリーが慌てたように私を引っ張ってきて、私は資料を手にしたまま押し込められた物陰に座り込んで身を潜めた。


陛下たちが戻ってきたのかもしれない。

部屋の扉から近いところで何やら話し声がする。


だけど、思考は手の中にある資料に持っていかれたまま。

二枚目の紙にあった文字。それは、


『ケヴィン・チェスリー、及びメレーヌ・チェスリーに関する調査報告書』


“エリカ”の両親の名前。

いや。確かに私はエリカであって、この国の王族として組み込まれる際に、もしくは私が側室に選ばれた時にでも全く彼らのことが調べられていないとはいくら私でも思ってはいなかった。

だけど、三枚目の資料に記されているその内容と日付は最近のものに違いなくて。


でも一体何のために?


物音を立てることが出来ないから資料のページを捲るわけにはいかず、代わりに嫌な動悸を胸元に置いた掌で抑え込んで困惑していると、執務室の扉がいよいよ開く音がした。

隣にいるロザリーの方を見ると、彼女は人差し指を唇に押し当てて、私はそれに頷く。

本当はこうして勝手に侵入はしても、隠れる気まではなかったのだけどそれではいけない気がしたのだ。

ロザリーが言う通り、何かが隠されているような、嫌な予感。


辺りはしんと静まり返っていて、少しの動きでも命取りだ。だからこそこの小部屋からでも執務室に入ってきた人間の物音がよく聞き取れる。

なにやら苛立たし気に吐き出されたため息が大きく聞こえた。

それを聞き取った私の心臓が一つ大きく跳ねる。

だって、これはきっと陛下のもの。


「……まったくどうしたものだろうな」

「なかなか万事上手く、とはいかないものですからね」


陛下の声に、執り成すように答えたのは、アルフレッド。

多分、執務室に戻ってきたのはこの二人だけなのだろう。その他の人間らしき気配はしない。

そして陛下が忙しいというのは本当だったみたいだと感じ取りながら私は懸命に耳を澄ます。

だけど、早速話題に上ったのがいきなり自分のことで、私は全身に緊張を走らせ小さく息をのんだ。


「そういえば、王妃様のお身体の方はいかがです?」

「軽いつわりはあるものの何も問題なく順調だと、侍医は言っている」

「それはそれは。貴方も、ほっとされたでしょう?」

「……だがエリカの様子がおかしいのは相変わらずだし、何より時期が最悪だ」


少しだけ間をおいて答えられた陛下のその声はまるで吐き捨てるようで。


気付いていたのか。私が少しおかしくなっていることに。


そう思うと同時に、私はここに来て初めて、あ……、と考えてもいなかった可能性に思い至った。


陛下は私を嫌ってしまったのではないかと思っていたけれど、もしかして同時にこの子を望んでいなかったのでは??


ロザリーがこちらに顔を向けて様子を窺ってくるのを感じながら、私は無意識に自分のお腹を両腕で抱き締める。

確かに陛下はどうしても世継ぎをとは言わなかった。基本的にあまり王位に執着はないらしく、授からなければ傍系に継がせるから気にしなくていいとすら言っていた。

何故だろう。自分はこの妊娠に散々戸惑って後ずさりばかりしていたくせに、陛下の迷惑ともとれる言葉に私はそんなのは酷い、と。この子を守らないと、と咄嗟に感じた。


自分でも自分がどうしたいのか分からなくて、何処までも身勝手な自分に困惑する。

けれど、その間にも陛下たちの会話は続いていく。


「何故今、何のためにのこのこ現れた。あっさりと縁切りに同意して金も受け取ったんだろう?」

「ええ。本当に、直接お話に行った私も拍子抜けするほどだったんですよ。『だから何?』という感じで仮にも血のつながった娘のことなのに素っ気なくて。内容もよく確認せずに契約書にさっさとサインをして受け取るものを受け取って追い出されましたから」

「なら、なぜ今更。関わるなと言ったのに契約違反だろう」

「まあ、極々楽天的に考えればその受け取ったお金が尽きて金づるに会いに来たというやつですけどね。あちらは受け取ったものは全額返すと言ってきている」

「単純に娘に会いたい、というわけではないのなら、何かしらの、受け取った金以上の利益を得ることを見込んでいるとやはり考えるべきか」

「さあ? ですが、実際、接触を図った貴族たちは少なくないようですしね。もしもどこかと繋がりを結んでいたとすると……。よりにもよって王妃様のご懐妊と重なるとは、全く、厄介なことになりますね」

「せめてもう少し早ければ、生まれてくる子どもの価値を損なわせるような真似は絶対にさせなかったのにな」


何だろう? なんの話をしているの?

子どもの価値って何? 

どうやら陛下はそれを落とすことを避けたいと思っているのだとその冷たい口調から感じ取ることが出来る。

だけどなぜ損なわれることになるというの? 

個人がどう思おうが、この世界ではどうしても血筋によってそれが上下してしまうのは分かっている。普通に考えると、もっと身分の高い妃の子が生まれるということになるはずだけど……。

いやそれよりも、二人の会話からぼんやりと読み解くことが出来る話の輪郭。

娘? 会いに来た?

私が王妃となる際、兄上の後ろ盾を強調するために、実両親との縁を正式に切られたと聞いた。

そして陛下たちの話の内容が、手の中にある資料の存在と結びついて。


まさか、あの人たちが私に会いに来た?


いや、でもそんなことは……。

だけど、


「王妃様とのかかわりの一切を疎んでらっしゃるように見えたとはいえ、きちんと警戒しておくべきでした。取りあえず今はそうとならないようできるだけの対処をしなければ。アブレンの兄君がいらっしゃるとはいえ、実の両親であるあの方々が派手に振る舞い出せば、最悪、王妃様の立場も悪くなりますから」


アルフレッドが返した言葉はあっけなく私の疑念を肯定してしまって。


なんで? なんで??


真っ白になった私の頭にそんな疑問ばかりが湧いてくる。

あの人たちが私とかかわりたくないだろうことはわかっていた。

じゃあなんで? お金の為に、私と私の立場を利用しようとしているの? 今も、浪費を続けているのだろうか?


そんなの酷い。


そう、思うのに。


「全く……。あいつが只の貴族の娘であればな」

「それでも、普通の貴族の娘ではなくあの方が良かったんでしょう? 貴方は」

「……」

「なら、平穏とは程遠くとも贅沢ばかりは言っていられませんよ。ですが……、これが王族の妃に庶民を据えることが敬遠され続けてきた要因の一つであることは間違いありませんね。縁を切ろうとも、王妃様がいずれ国母となられれば、間違いなくそのご両親は王家の血縁となる。彼らが持つことになるのは身の丈に合わぬ立場です。外戚と言ってもただの庶民として大人しくしていてくれればそれでいいのですが、大概が、無知な彼らに付け入ろうとする貴族たちに唆され、欲に目がくらんで手を組み利用されてしまいますから」

「奴らの行動は王家の醜聞となり、貴族たちの力関係にも大きな混乱を与える、か」

「そうなると最悪、立場が悪くなるだけでなく妃と、その妃の産んだ子を廃さざるを得なくなる」


良くない方向に話は進んでいって。


「一体彼らが王妃様に会ってどうされたいのか、にもよるのでまだ分かりませんけどね。直接会えなければ用件を話す気がないと仰っていて聞きだせないのがまた何とも疑わしいところですが。そういえばこの件、王妃様にはお伝えしたんですか?」

「……いや。前に両親には会いたくないようなことを言っていたし、何より今、エリカの心を乱すようなことをしたくない。碌な内容じゃないなら尚更」

「そうですか……。まあ、そちらの方が都合がいいでしょうね。この問題に関して言えば、王妃様とご両親を接触させないことが何より肝心となりますから。王妃様がご両親をどう思っていらっしゃるか詳しくは存じませんが、情ほど人の心を惑わすものはありませんし。まだはっきりとしたことは分からないのでしばらく様子を見るつもりではありますが、もし困った方々ともうすでに繋がっていて何かを企んでいるようならば、最悪秘密裏に始末する必要が出てきますしね」

「……ああ。だが、」


“始、末”?


陛下が何かを言おうとしている。

だけど、“始末”ってなに??

それって、殺すってこと??

お金と、力を欲しがるから???


呆然とした私の袖をロザリーが引っ張る。

だけど、私はそれに構うことなく、ふらりとその場から立ち上がった。


嫌だ。

そんなことは――。


その意識だけに心を占められて。

続き間と執務室を隔てる扉に手をかけ、それを押し開ける。


微かに鳴った扉の音にそこにいた陛下とアルフレッドが驚いたように振り返った。

そんな彼らに、私は顔から表情と色をなくしたまま、震える声で彼らに問うた。



「ねえ。何の、話を、しているの?」



何を考えているの? と問い詰めるように。

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