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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
9/101

 九、定例報告会

主人公不在のため3人称です。

時計の針が夕刻の5時を指し寺院の鐘の音が聞こえたころ、執務室の扉が軽やかな音を響かせた。

その瞬間、アルフレッドの気配が微かに強張ったのを執務机の椅子に腰かけたジェルベとその横に立つオルスは確かに感じ取った。

次いで返事も待たずに勢いよく開け放たれた重たいはずの扉。


あ、来る。


執務室に居た3人全員がそう理解し、身構えた。

開け放たれた扉の向こうから柔らかそうなふわふわの黒髪を赤いリボンでまとめた少女が、彼らの予想した通り小さな足音を鳴らしながら一直線に駆け寄ってくる。


「アル兄様! 会いたかったですわっ!!」


ドンッという鈍い音がその衝撃の強さを伝えた。


「マリア……」


アルフレッドはうんざりした様子で勢いよく自分に抱き着いてきた少女の名を呟いた。

マリアはそんなアルフレッドの様子を気にも留めずに、抱き着いた体勢のままにっこりとあとの2人に笑いかける。


「陛下、オルス様、お待たせしてしまって申し訳ありません。さぁ、ご報告会を始めましょうか」


ジェルベとオルスはそんな彼女の言葉に静かにうなずいた。

行儀見習いとして城にやって来ているはずの彼女はその建前よりも本来の目的の方が大切なようだった。

つまり、国王であるジェルベへの礼よりもアルフレッドへの愛、と。

マリア・ウェルタン。

オードラン公爵家と親交の厚いウェルタン伯爵家の令嬢である彼女は本人曰く“幼いころから大好き”なアルフレッドを追って5年前、侍女としてこの城にやってきた。

そんな彼女のこの態度はいつものことであり、もはやそれを気にする人間はここにはいない。ただ1人を除いては。


「その前に放しなさい、マリア」

「あら、未来の妻に向かって冷たいですわ」

「ついに婚約が決まったのか? おめでとう」


ニヤリと笑みを浮かべてオルスが2人を祝福した。

ほぼすべての感情を笑顔で表現するこの幼馴染がこんなあからさまに嫌そうな顔をすることは滅多にない。

なかなか意のままにならない彼女が関わったときにのみ曝け出される素のままの彼の表情が面白くて仕方がない。


「そんな予定は一切ありません」


ハッキリキッパリと言い切ったその言葉にマリアは頬を大きく膨らませた。


「オードラン公爵さまとわたくしのお父様は楽しみにしていらっしゃるのに」

「年寄りの戯言です」

「じゃあ、わたくしもう協力しませんわよ?」


キッと緑の瞳で睨みつけられたアルフレッドは、唯一の弱みに付け込まれて言葉を詰まらせた。

何を?と問う必要はない。

それはマリアの主人であるエリカ・チェスリーのことだと言われずとも分かるからだ。

半年前、「彼女がアブレンからの間者かどうか見極めてほしい」そう頼んだのは紛れもなくアルフレッド自身だった。

有能で裏切る可能性のない信頼出来る侍女を。

そう考えて集めた侍女はマリアを含めた5人。

どの侍女も懸命に動いてくれているが、その中でもマリアはエリカ・チェスリーにとって一番身近な位置にいる。

同い年ということが幸いしてかエリカはマリアと行動を共にすることが多いのだ。本当にエリカ・チェスリーが間者ならばそろそろマリアに対してなんらかの隙が出来るなり、向こうから近づいてくるなりしてもいいころだ。

今はまだマリアの協力をなくすのは辛い。

アルフレッドは諦めたように一つ大きく息をつくと改めてマリアに向きなおった。

すると先ほどはどんなに力を加えても離れなかった腕が、するりと落ちる。


「わたくし、嬉しかったんですよ。初めてアル様がわたくしを頼ってくださったんですもの」


そう言ったマリアの瞳がわずかに曇ったのをアルフレッドは見てしまった。

その途端に何かが揺らぐ。

マリアのことはやはりどうも苦手だと思わずにはいられなかった。まっすぐなマリアは自分とは正反対すぎて理解に苦しむ。



「で? どうなんだ? なにか動きはあったのか?」


本題に入ることを促すようにマリアに訊ねたのは今まで黙っていたジェルベだった。


「それが何もありませんの。ずっとわたくしがくっついているのが良くないのかと考えて、わざと離れたところから見張ったりもしたのですけれど特に変わった動きは何も。やっぱりわたくし、エリカ様が間者だなんて思えませんわ」

「オレも同感だな。あのバカそうな女には間者なんて無理だ。アルの勘違いじゃないか?」

「ふふふ。オルス様はエリカ様と仲良しですものね」


その言葉にアルフレッドがピクリと反応した。


「どういうことでしょう? オルス?」


必要以上に近づきすぎるのは決していいことではないと分かっていないのか、とひんやりとした空気で尋ねるアルフレッドにオルスは慌てて首を振って否定する。

しかし、その否定はマリアによって無残にも粉々に砕かれた。


「アル様はご存じないんですか? オルス様とエリカ様はとっても仲良しさんなんですよ。今日もあっかんべーしてましたし。わたくしもアル様とやってみたいです」

「違う! そんなつもりじゃない。あいつと仲がいいだなんて心外だ!!」

「あら、まぁ。エリカ様がオルス様もきっとそう言うって仰ってましたわ。以心伝心ですのね」

「だから、違うーー」

「まったく、何をやっているんですかオルス」


やれやれと言わんばかりにアルフレッドが大きなため息をついた。


「だから違うって。あいつが陛下をじろじろ見てるのが悪いんだ」

「見てる?」

「あぁ、俺は武人だからな。視線とかには人一倍敏感だ」

「本当に見てるんですか? マリア」

「えぇ。エリカ様は陛下観賞されていますよ。『陛下が綺麗だからつい』とおっしゃってます。でもそんなの城中の方がされていることですもの。珍しいことではありませんわ」

「なんなんだ、それは」


嫌そうに顔を歪めたジェルベの横でアルフレッドは「……そう、ですか」と呟き、親指を唇に当てて考え込むようなしぐさをした。

そしてそろそろと部屋の端に置かれた本棚へと向かい、一冊の本を取り出してジェルベが頬杖をついている執務机にそれを置いた。

『レイトの大冒険』

その本には皆見覚えがあった。


「前にマリアが持ってきたこの本。よく調べてみたんです。でも特に何も出てきませんでした。内容は普通の子供向けの冒険記でしたし、暗号らしきものも見当たらなかった」

「じゃあ、やっぱりあいつはシロってことでいいんじゃないか? さっさと城から追い出そう」

「アブレンの言語を習得している時点で完全にシロとは言い切れませんよ。言語に作法、何もつながりがないならそれらを習得しているわけがない」

「じゃあ、クロなのかよ」


オルスが分からないとばかりにガシガシと自分の短い金髪をかきむしった。

ジェルベはその姿を見ながら小さく息を吐く。


「判断できないってところか」

「ええ、残念ながら。まだなんとも」

「そうか。なら、マリア。引き続き監視を頼む」


今回の報告会は終わりだという意を込め、ジェルベはマリアを見てそう告げた。

長期戦となるのは好ましくないが仕方がないだろう。

それに、とジェルベは思う。尻尾を出すか、シロだとハッキリするまで城に置いておくのも悪くはない。

始めに言っておいた通りエリカ・チェスリーは自分に一切寄ってこないし、名ばかりの側妃である彼女が城に居ることによって重臣たちの『早く妃を』という声も聞かずに済むようになった。これはこれでよい状況だ。

しかし、それは次のアルフレッドの言葉によって無残にも打ち砕かれることとなってしまった。


「ちょっと待ってください。まだ終わってませんよ、陛下。貴方にはこれからエリカ・チェスリーと過ごしてもらうことに決めました。今日から彼女の部屋へ通ってください」

「は?」

「なんですか、その顔は」


突然のその言葉の意味が理解できずに呆然としているジェルベにアルフレッドはにっこりと笑いかけながら続けた。その笑顔は拒否は許さないという脅しの込められたものだった。


「先ほどオルスとマリアが言っていたでしょう? エリカ・チェスリーが陛下のことを見ている、と。もしかしたら狙いはあなたかもしれません。一度餌を与えて様子を伺った方が早いかもしれません」

「いや、……ちょっと待て。もし俺に何かあったらどうするつもりだ」

「おや? 前に、あなたに何かあれば王位は私の一族が継げばいいと仰っていたじゃありませんか。それとも“暗殺”のことを言っているんですか? 大丈夫ですよ、刃物類はきちんと確認して持ち込ませませんし、力だって当然女性よりもあなたの方が強いでしょう? きちんと抵抗したら大丈夫ですよ。毒物は普通の物ならば効かないでしょう?」


幼いころからわざと様々な毒物を少量ずつ服用し、体を慣らしてきたジェルベには確かに毒など意味をなさない。

ジェルベを亡き者にしようとするならば新種の毒薬をつくりだす必要があるだろう。

しかし、と反論しようとするジェルベを無視してアルフレッドは更にとどめを刺すように付け加えた。


「あ、それから“何かあったら”いけませんからね、お酒は飲まないでくださいね」


反論は許しませんよ、とばかりににっこりと笑いかけてくるアルフレッドにジェルベは頭を抱えたくなる。


「それは受け入れられないな。初めの話と違うじゃないか。大体酒すら飲むななんて俺に睡眠不足になれというのか」

「お酒があってもどうせ眠れてないじゃないですか」

「オレも反対だ! あいつと2人きりだなんて危険すぎる。陛下があいつに取って食われたらどうするつもりだよ!」

「シロかもしれないじゃないですか」

「そういう意味じゃねぇ! シロでもクロでも陛下の貞操の危機だって言ってるんだ」

「オルス。悪い冗談はよせ」

「オレは心配してるだけです」


男3人がわめいていたその時。

控えめに執務室のドアが鳴らされた。

誰にも気づかれなかったその音は渦中の人物、エリカ・チェスリーの来訪を告げるものだった。 

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