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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
番外編
88/101

ティア姫の大冒険(九)

「立派な王女、ね」

「兄上。そんなに笑ったりするなんて酷いわ」


お城への帰り道。オズワルドが近くに用意しているという馬車へと向かう道中で、先ほどからずっとクスクスと笑い続けている兄上を、私はぷくりと頬を膨らませて睨みつけた。

私は一応、大真面目で宣言したつもりだったのに、そんなに笑うなんてあんまりだ。


「大体、『立派な王女になれ』っていうのはいつも周りの皆から言われているもの。エバなんて毎日もう口うるさいくらいよ。だから」

「少しは自分の立場を自覚した?」

「……今よりも少しだけ、私も頑張ってみようかなって思ったの。お勉強をサボってばかりじゃいけないなとか、私も皆のためにこの国のためになることをしなくちゃいけないなとか……」

「なら、無断で城を抜け出してきた意味もちゃんとあったのかな。……これから、城に戻ったら叱られることになると思うと憂鬱だけれど」


兄上が肩をすくめながら苦笑を浮かべる。


「……あ」


そうか。怒られる……!

私は兄上の言葉で初めてそのことに気が付いて、顔をさっと蒼褪めさせた。

冒険が終わってしまって悲しいだけじゃない。お城から抜け出すなんてとんでもないことをしでかしたのだ。きっと今までにないくらいすごく怒られる。エバの鬼の形相が目に浮かんで、考えただけで恐ろしくて身震いがした。


「ね、ねえ。せっかくだからお勉強のために、お城に帰る前にもう少しだけ違う街へも足を延ばしてみるっていうのはどうかしら? どうせ怒られるのなら、帰るのがもう1日2日遅くなっても同じじゃない。オズワルドの護衛付きでもいいから。ねっ? いい案だと思わない?」

「ティア」

「姫様」

「うっ……」


二人して私を責めるような目で見なくてもいいじゃない。

そう思いつつ、「わ、分かってるわよ!!」と私が喚くと、オズワルドが「当然です。姫様」とすました顔で頷いて、私はその様に再びぷっくりと頬を膨らませた。

でも……、


「それにしても、なんでこんなに早くに私たちが城下にいるって分かったの? 昨日の夕方にはもう兵たちが城下まで探しに出ていたみたいだし。もっと時間をかけて城内を探していてくれれば良かったのに」

「何をおっしゃいます、姫様。それは……」

「オズワルド」

「あ……!」


……なんだろうか。兄上の視線を受けたオズワルドがまるで“しまった!”とでもいうように慌てて口を手で塞いでいる。


「それは、何? オズワルド」

「い、いえ。なんでもございませんっ」

「ふーん?」


何だか怪しい。

いや。とっても怪しい。

絶対に、何か、私たちが城下にいるという目星を早々につけられた理由があるようだ。

でも、私たちは秘密の通路を使ってこっそりとお城から出てきたわけだし、お城からはそう簡単に出られない。それくらい警備に抜かりがないと私も知っているから、今まで自力でお城の外へ出られずにいた。

それなのに、どうして? 私と兄上が外に出ることが出来たとどうしてすぐにその可能性を考えられたというの?

もしかして誰かに見られていた?

私は今一度お城から抜け出すときのことを思い返してみる。

でも、見られていたなら、その時点で引き留められなかったわけないと思うのだけど……。


あ。そういえば――。


『すぐに行くから』と、そう言って父上の執務室から兄上は中々地下通路に降りてこなかった。


まさか、あのときに誰かに見つかっていて、適当にその人を言い含めてくれたのだろうか。


いや、もしかするとそうじゃなくて――??


私は兄上をまじまじと見上げる。

兄上は何食わぬ顔で歩いておられて。でも一緒にオズワルドを追及してくれないこの無関心さがとっても怪しいわ。


私は確信を胸に、むすっとしながら隣を歩く兄上の手に手を伸ばして、そのままギュッと握りしめた。

そんな私の拗ねた様子に気が付いたのだろう。


「残念?」


兄上は白々しくそう尋ねてきた。


「勿論、残念よ。結局城下町しか見ることが出来なかったなんて。海は絶対に見たいと思っていたのに……」


残念に決まっている。

知っているくせにと怒ってしまいそうになったけれど。


けれど、

それでも今回のことで私にもちゃんとわかったことがあったから。


そのことをちゃんと伝えようと口を開きかけたその時、


「そんなに海が見たいなら、首飾りのお礼にいつかぼくが姫様を連れ出してあげるよ」


背後からそんな声が聞こえて。


「って、痛っ!!」

「どうしたの!? ラミロ」


それに続いた悲鳴に、私はびっくりして後ろを振り返った。すると、後ろを歩いていたはずのラミロが何故かお腹を抱えて小さく呻き蹲っている。ラミロと一緒にこれからの、ラミロのお母様の捜索について兵たちと話すことになっているソフィーさんと、私と兄上の見送りにと馬車まで一緒に付いて来てくれていたおばさんが心配そうにラミロの顔を覗き込みながら、その原因を尋ねている。

そんな中、何やら兄上が申し訳なさそうな顔でラミロに謝罪した。


「すまない。僕の肘が誤ってラミロに当たったんだ。大丈夫?」


確かに、ラミロはちょうど兄上の後ろを歩いていたけれど。


「え? 気を付けなきゃだめよ、兄上」

「ごめん」


兄上は遣わしげにラミロを見ている。


だけど、


「わざと……」

「え?」


呻きながら立ち上がったラミロが何かを言ったように聞こえたけれど、よく聞きとれずに私は首を傾げた。

兄上はラミロが立ち上がれたことに安心したのか、ラミロに対してにっこりと笑いかける。


「大丈夫そうでよかった」

「まあね」

「うん」


そう兄上が頷いて、二人の間に何故だか変な沈黙が流れたような気がした。

だけど、それはすぐに兄上の「あ、そうそう」と言う朗らかな声に破られた。


「君は首飾りのこととか、何も気にしなくていいよ。海には僕がどうにかしてちゃんと連れて行ってあげるから。ティアの望みは僕が叶えるから君の出る幕はない」

「……あっそう。そう言ってくれるなら助かるよ。なんかこのお姫様連れ歩くのは大変そうだし率先して一緒に行動したいわけじゃない」

「ちょっと! それはどういう意味なの!?」


一緒に行動したくないとか、なんでそんなことを言われなければならないのだろう。

咄嗟に反論した私に対しておばさんとソフィーさんが慌てたように狼狽えてラミロの口を塞ごうとしている。何故、オズワルドが全くだと言いたげにこくこくと深く頷いているのかが気にかかったけれど。


「どういう意味って、それは勿論……」

「彼には荷が重いっていう意味だよ」

「は?」


ラミロの言葉に被せるように、代わりに兄上がにっこりと笑って断言した言葉に私は「ふーん?」と首を傾げる。

そこから二人が何やら言い争いを始めたけれど、私にはどうでもいい。

だって……。


「それでもね」


私は、後ろ手を組んで二人に笑いかける。


「外へはね、連れ出しくもらわなくていいわ。私ね、しばらくお城の中にいてもいいかなと思うの」

「ぼくのせいで外の世界には懲りたの?」

「ううん」


ラミロの問いに私は緩く首を左右に振った。ラミロの起こした騒動を別に怒ってなんかいない。それ以上に素敵なものを見れたから。本当は今だってもっともっと外の世界を見て色んな人と接してみたいと思うし、憧れている。やっぱりいつの日かは海を見てみたい。

だけど、今はなんとなく、それは遠いいつかでいいかと思えるのだ。

だって、


――ティアは父上が悲しむのは嫌かい?


「やっぱり、黙って出てきたのは良くなかったと思うのよね」


そう、ラミロとソフィーさんのことを通して思ったのだ。


「ねえ、ラミロ」

「うん?」

「お母様を無事に取り戻すことが出来ればいいわね」

「……うん」

「大丈夫よ。お城の兵たちは選び抜かれた優秀な人間ばかりなんだから。あっという間に見つけてくれるはずよ。こうして見事私たちを見つけ出したようにね」

「うん」

「でもね、」


私は浮かべた苦笑いを消して、ラミロとしっかり向かい合う。


「本当にソフィーさんも貴方のこと心配していたの」

「それはもうちゃんと分かってる」

「そっか」


私はラミロの言葉に大きく頷いて、もう一度前を向いた。その道の先で、王家の紋章付きの豪奢な馬車が私たちを待っている。

私は気合を入れるために自分の頬を両手でペチリと叩く。


「さあ! 私も帰ったらしっかり怒られなくっちゃ。父上にも母上にもお城の皆にもちゃんと謝らなくちゃねっ!!」


きっと皆心配してくれているから。

ちゃんと謝って、“大切に想ってくれてありがとう”ってちゃんと伝えなくっちゃ。





ラミロたちに別れを告げて馬車に乗りこみお城に帰ると、普段から昼間は開かれたままの入口を抜けたエントランスホールには多くの人達が集まっていた。きっと、私たちが見つかったのだという報告はもうお城に入っているはずだから、出迎えに来てくれた者たちだろう。

私達が馬車を下りてそちらに近づくと、その中央でぐるぐると落ち着きなく徘徊していた人影がはっとこちらを振り返って、くしゃりと顔を歪めたのが見えた。

あれは、


「父上!!」

「ティア!!」


私が駆け寄ってそのまま抱き着くと、父上がそんな私を受け止める。

「無事で良かった」泣きそうな声でそう言って私を抱き締める父上の腕は凄く苦しくて。


「ご心配をおかけしてしまってごめんなさい」


私は、改めて自分のしたことの大変さを思い知った。

同時に、横目で見た、今までに感じたこともないほどの冷気を漂わせている母上の恐ろしいお顔からは目を逸らさずにいられなかったけれど。





その数日後、ラミロのお母様が無事に見つかり、一緒にハイリアに帰ってくることが出来たと、ラミロから手紙が届いたことを兄上から知らされた。

お返事を書こうと思ったけれど、何故か兄上は直接私に手紙を見せてくださらなかったし、そもそも兄上に届いた手紙らしく、兄上がもう返事を出してしまったと言うから、私は「それは良かったわ」と頷くにとどめておいた。

さらにそれからひと月後、ソフィーさんからも手紙が届いた。

こちらは兄上と私宛で、あの日の感謝の言葉と、変わらず街の人達とお付き合い出来ていること、ソフィーさんとラミロの親子関係は解消されたけれど、ソフィーさんの家の近くにラミロ母子が住むことになって、よく母子で顔を出してくれたり、ラミロだけで遊びに来てくれたりと以前よりずっとよい関係を築けていることが嬉しい、という近況が書かれていた。


そして最後に、アブレンに来て良かった。

アブレンの宝物のお姫様のお蔭です――と。






「姫様ーー! 姫様どちらでございますかーー??」


いつも私に走ってはいけないと言っているくせに。バタバタという足音と共にエバの、私を呼ぶ声が廊下に響いて、そしてその声は小さくなっていく。


「ねえ、兄上。エバはもう行った??」

「うーん。一応向こうには行ったみたいだけどまた戻って来るかも」

「もう嫌ー」


私は急いで隠れたお部屋の調度品の陰から出て、がっくりと項垂れた。

なんでこんなことに、と思わずにいられない。

そんな私にやれやれと兄上が肩を竦める。


「勉強、頑張るんじゃなかったの?」

「だってだって! エバったら城下で私が持ち上げられているからってすごく張り切ってしまっているんだもの。私が頑張るって言ったのは今まで通りの範囲内での話なのに!」

「“アブレンの至宝”ね」

「そう! それ!! なんでそんなこと言われてるのよぉ」


訳が分からないけれど、ただ一つ言えることは、私が何をしたと言うのか、私の王女としてのハードルが知らぬ間にグンと持ち上げられてしまったということ。

そして、エバは感涙し、他の侍女たちも何故だか今まで以上にやる気に満ち溢れている。

もう泣きたい……。


「まあ、仕方がないよ。エバは城下でティア自身が評価されたことが嬉しくてたまらないんだから、少しくらい付き合ってあげれば?」

「うーーー」


確かに、私の教育係であるエバは城下での私の評価が想像以上に良かったことで鼻高々だったけれど。

でも、そんなの、王女をわざわざ貶めるようなことを言う人間がいるはずもなく、実際のところ何も特別なことではないはずだ。

とは言っても浮かれているエバに水を差す気はないし、そんなことで喜んでくれているなら私も嬉しいけど。あのエバに『流石姫様!』と褒められるのは勿論悪い気などしないけど。でも、無駄に張り切られるのはやっぱり辛いのだ。

どうしよう。

私が切実に悩んでいると、部屋の扉が突然“バンッ”と大きな音をたてて開け放たれた。


「見つけましたよ。姫様」


そこには獲物を見つけたとばかりにギラリと私を見据えて仁王立ちしたエバ。


「え? え? なんでここが分かったの?」

「エバの目に死角などございません。どうもこの部屋が怪しいなと気配を感じたのでございます。ほら、姫様。参りますよ。もう先生がお見えですから」

「でもそもそも今日はお勉強はお休みの日のはずでしょ? なんで……」

「姫様が今までサボられていた分の穴埋めでございます」

「そんなぁ! 兄上助けて!!」

「助けてあげたいけれど、穴埋めなら仕方がない。頑張っておいで、ティア」

「いやぁ」


必死に助けを求めた私に対して、兄上は肩を震わせて笑っている。私の味方をしてくれる気はないようだ。

酷い……けど、いつも私のお願いをきいてくれる兄上も、ことこういう事に関してだけは厳しいからそもそも期待するだけ無駄だったのだろう。


「ほら! 姫様、お急ぎください!」


……まあ、仕方がない。


私はしぶしぶ足を踏み出してエバに従う。


「立派な王女になるためだものね。街の人と約束したし」

「左様でございますよ。 さあ、頑張りましょう! 姫様」


戻った日常は、相変わらず。

でも、色んなもの一つ一つを以前よりも大切だと思うことが出来るようになった。


エバに手を引かれた私は、部屋の窓から見える城下の街を振り返る。



――きっと、これが私があの冒険で手に入れた宝物。







後日談。


「ああ、そういえばね、その何年か後にラミロがお城に来たのよ。お城の兵士になる試験に受かったんですって!」

「へぇ」

「でね、ここの武官たちもそうだと思うんだけどね、それってなかなか狭き門なの。その中から王族の護衛が選ばれたりするし、よほどの実力がないと合格できないのよ。なのに凄いでしょ!? きっと凄く頑張ったのね。ソフィーさんたちも喜んだんじゃないかしら」

「……で?」

「うん。で、なんかね、よほど首飾りのことを恩に感じてたらしくってお礼に私の護衛になるからってまで言ってくれて……。でも、そういえば結局、彼はどうなったのかしら? 私達が話しているときに偶然兄上がいらっしゃって、そのお話をしたら、折角だからこれからのアドバイスをしてあげるってラミロを連れて行っちゃって。それ以来お城でラミロには会わなかったのよね。まあ、兄上が力添えしてくれたならきっと別の方向で出世したんじゃないかしら。でも、私は鍛錬場とか訓練場とかあんまりそっちの方面には顔を出さなかったからよく分からないわ」

「……」

「? あれ? どうかしたの? 陛下」

「いや、お前の兄らしいなと思っただけだ」

「ええ。私に対してじゃなくても、基本的に皆に優しい方だったから。あ、そういえば、あの時ラミロが手紙がどうの言っていた気がするけれど何の話だったのかしら……??」

「……さあな」

「え? なんで急に抱き着いてくるの? 陛下??」



ティアが察知しなかったものは兄がもれなく駆除。

ラミロは街の平和を守りつつ、ティアの知らないところで兄上と戦い続けたとか続けなかったとか……。


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