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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
番外編
87/101

ティア姫の大冒険(八)

「そっちにはいたか?」

「いや、どこにも。もう少し遠くの方まで探してみるか」


街の皆が、ラミロを探して駆け回っている。

最初は私達だけだったけれど、今は私たちがラミロを探していると知った皆が、自分も、と協力を名乗り出てくれたこともあってかなりの人数だ。


最初、ラミロが街を騒がせている盗人だったと知った人々は吃驚して、そしてとても怒っていた。

被害に遭った人は少なくないし、皆、大切なものを盗まれている。ここは商人の多い街というのもあって人々が家に持っている資産も少なくない。きっと誰もが夜な夜な気も休まらないほど警戒していたはずなのだからそれも仕方がないと兄上は言っていた。

けれど、ソフィーさんが必死になってラミロを探し回りながら街の人一人一人に頭を下げて謝るその姿に、人々は「まぁ……、あんただけが悪いんじゃない」と言ってくれて誰もソフィーさんを責めなかった。

それはきっと、ソフィーさんの気持ちが伝わったのと、今まで彼女がこの街で積んできた人徳もあったから。

まあ、「あのガキめ。見つけ出したら、ただじゃおかないからなからな」とラミロに対して息を巻いているおじさんもいたからちょっとラミロがどうなるか怖いところだけど自業自得だ。うん。


それでも、お城の中の、ルールと法ですべてを取り決める世界だけを見つめながら育った私にとっては、“でもなんだってこんなことを”と心配そうに話す人々からはなんとなく優しさと温かさを感じられて。


ああ、これがアブレンの城下なのか、と少しだけ嬉しさを感じた。



とは言え、ラミロは一体どこへ消えただろう。

逃げたのか。隠れたのか。

そもそも、どんな目的でもってこんなことをしているのか。

ラミロ達がいたという孤児院にも思い当たる場所がないか聞きに行ったけれど、ラミロはもともと他の孤児院にいた子だったらしく何もわからなくて時間だけが刻々と過ぎ、漸くラミロが街の外れの小道で見つかったと知らされたのは、昇りきった太陽が傾きかけた、そんなころのことだった。


「見つかったって?」

「ああ、そっちの方で……」


そう会話をする人々の隙間を縫いながら、ソフィーさんやおばさんと一緒に私たちもその場所へと急ぐ。

どこだろうか。

わらわらと小道に集まっている人々を押しのけながら前に進む。


「ちょっとごめんなさい」


漸く人垣を抜け開けたところに出ると、そこには地面に視線を落とし、ぽつんと佇むラミロがいた。


どう、したのだろう?

見つかってしまったから?


昨日の元気は一切見えず、全然顔を上げないラミロはその異様な空気で人々から遠巻きにされていて、私もつい皆と同じように足を止めた。

そんな中でソフィーさんだけ。その空気を破るようにラミロの傍に駆け寄っていく。


「ラミロ!? あなた、どこにいたの!?」

「……」

「ね、ねえ。凄く心配したのよ。昨夜の首飾りの話も聞いたわ。なんで? あなたは何をやっているの?」

「ぅるさいな!!」


膝を地面についてラミロの顔を覗き込みながら伸ばされたソフィーさんの手をラミロは俯いたまま、思いっきり振り払う。


「っ……」

「そうやって馴れ馴れしく寄ってきて母親になりきるの、やめてくれる?」

「でも……」

「やっとぼくのしてたことに気が付いて問い詰めに来たの? 随分と遅かったよね。で、街の皆と取り返しに来たの? いいよ。どんな罰でも受けるし、こんなもの、全部返すよ。これも、これもっ! 全部お前らに返してやる!!」


最初は静かだったラミロの口調が急に激しくなり、まるで全ての鬱憤をぶちまけるように、こちら側をキッと睨み付けながら手にしていた袋の中身を投げつけてきた。

咄嗟に腕で防御する私たちの足元に散らばったたくさんの宝石や貴金属が陽の光を反射してきらきらと輝く。

きっと、これがラミロが今まで盗んできたもの。私の首飾りもこの中にあるのかもしれない。

だけど、私達はそれを拾うことも出来ず、激昂に顔を歪ませて絶叫するラミロを見るのがやっとで。


「ラミロ!? ねえ、どうしたの?」

「こんなもの! ぼくが持ってたってどうしようもないんだからもう返すって言ってるんだよ! 全部、全部いらない! これで満足だろっ?」


袋の中のものを全部投げ終えてしまったのか、力尽きたのか。袋の中に手を突っ込んだまま動きを止めたラミロはそこでぴたりと手を止めた。

そしてしばらく肩で息をした後、何故か今度はポロポロと瞳から涙を流し始めた。

それは今まで張りつめていたものが、急に溢れだしているようでソフィーさんが困惑している。


「何かあったの??」

「……」

「ラミロ?」

「……母さんが」


ぽつりとつぶやかれたのはそんな言葉。


「母さんが、買われちゃったって。遠いところの金持ちに是非にって言われて付いて行っちゃったって。また一緒に暮らそうって約束してたのに。父さんの遺した借金を返し終わったら絶対に迎えに行くから、それまで待っててねって母さん言ってたのに。信じてたのに、それなのに母さんは約束を破って僕を置いて行っちゃった……」


何の話なのだろう?

さっきの様子からも、どうやらラミロの言う“母さん”はソフィーさんのことではなさそうだし、もしかするとラミロの本当のお母様のことだろうかと思うのだけど。

でも、買われたって……??

私は一人困惑した。

だって、人って売り買いできるものだったかしら?

そんな私の頭上から、「娼館……?」と呟くおばさんの声が聞こえてきて、聞き覚えのないその言葉に、“それはなあに?”とおばさんに視線で問いかけた。

けれど、こちらに気が付いたおばさんに、気まずそうに困ったような顔で首を左右に振られてしまった私は答えが分からなくて、ただ、周りの空気が少しだけ納得したようなものに変わった気配だけ感じ取った。

兄上は難しい顔をして考え込んでしまっているけれど、何も言わないところを見るときっと違法なことではないんだろう。


「身請けっていうんだって。お店の人が、金貨30枚持って来ればぼくに母さんを返してくれるっていうから、だから、だから……っ」


悔しそうに、ラミロは盗んだ物を入れていた袋をぎゅっと握りしめる。


「せっかく集めたのに……。凄くいい話だったんだって。迷ってたけど、相手の人がぼくが大きくなるまでのお金も用立ててくれるって言うから決意したって。だから、母さんに感謝しなきゃいけないって店の人が言ってたけど、ぼくはそんなの要らなかったのに!!」

「ラミロ……」


腕で乱暴にぐっと溢れる涙をぬぐうラミロを、ソフィーさんはしばらく見つめていたけれど、ふと視線を落とし何かを諦めたように小さく息を吐き出した。


「お母様を助けたかったから、貴方は街の皆さんの大切なものを盗んでいたのね? そうやって本当のお母様を取り戻すつもりだったからわたしのことを嫌って、酷い嘘までついて貶めようとしたのね?」

「……そうだよ。ぼくの母さんは母さんだけだ。お前じゃないし、頼んでもいないのに勝手に孤児院から連れ出されて迷惑だったんだよ」

「……そうね。私のことはどうでもいいわね。貴方に謝るわ。勝手なことをしてごめんなさい。でもね、」


謝罪を口にしたソフィーさんは両手でラミロの手首を掴んでそれまで俯いていた顔を上げ、キッと彼を睨み付ける。


「貴方が盗みをしたことでどんなに皆さんを悲しませて迷惑をかけたか分かる? そうやって手に入れたお金はとても綺麗なものなんかじゃないわ。そんなお金をもって貴方が助けに来たところで、お母様は喜んだかしら。わたしだったらそんなお金は嫌だわ。誰かを不幸にして得たお金なんて誰も幸せにしないのよ。貴方もお母様も救ってなんてくれないわ」

「じゃあ! じゃあどうすれば良かったっていうんだよ!? 母さんだって金貨5枚が返せなくてあんな仕事を選んだんだ。なのに、子どものぼくがどうやって金貨を30枚も手に入れろって?」

「無理なら、何をしてもいいの? 違うでしょう?」

「そうかもしれないけど、でも!」

「そうだと思うなら! “でも”じゃなくて皆さんに謝って!! ちゃんと盗んだものをお返しして」


それまで、静かに諭すように淡々とラミロを問い質していたソフィーさんが急にそんな怒鳴り声をあげて、ラミロだけではなく周りの皆が大きくビクッと肩を震わせ息を呑んだ。

その中で、ソフィーさんは近くに落ちているラミロが投げたものを拾ってラミロへと差し出す。

押し付けられたそれを受け取ったラミロは少し黙り込んだ後、持ち主のらしき人の元に行って、「……ごめんなさい」と呟くような小さな声で、でもちゃんと反省の色を滲ませて謝罪をした。

どれが誰のものだったのかはそれなりに把握していたらしく、私たちにの元にも、昨夜渡した虹色の首飾りが返ってくる。尤も、私達には特に気まずさがあるせいなのか、素っ気なく一瞬しか目は合わせてもらえなかったけれど。

そして、最後にソフィーさんも深々とその場で私達に向かって頭を下げた。


「皆さん。うちの子が大変ご迷惑をおかけしました」

「……い、いいのよ」

「別に、ちゃんと盗んだ物を返してもらえたことだし。ね、ねぇ?」


事情が事情だ。

自分の実の母親の為にと犯された罪を、蔑ろにされていたソフィーさんにはとても問えないのだろう。今までの彼女の姿を見ていれば余計に。

街の皆は顔を見合わせて、微妙な顔でそう頷いたけれど、それに対してソフィーさんは「いえ」と顔を上げて首を横に振る。


「……皆さんに、お願いが、あるんです。ご迷惑をおかけしたのに図々しいのは承知しています。でも、この子のために金貨20枚でいいんです。今すぐどなたか私に貸していただけませんか? わたしの手元には10枚ほどしかなくて。時間はかかりますけど必ず、どうにかして返していきますから」


金貨20枚、というのはやっぱりすごく多い額なのだろうか。

それまでどちらかと言うとソフィーさんを気遣うようだった空気がその瞬間、一気に動揺したものへと変わる。


「い、いや、ソフィーさん。それは、」

「そうだよ。何言ってんの? あんた」


明らかな戸惑いを見せてソフィーさんに掛けられていた声を遮って、呆然と背後を仰ぎ見ながらラミロが口元を引き攣らせながら口にした。


「なに? ぼくへの恩売りのつもり? そんな大金、貸してもらえるはずないじゃないか。額を考えろよ。なんでぼくがこんなことしたと思ってるの? それともそれを分かっててさらにいい人ぶるパフォーマンスなの? バカじゃないの?」

「……」

「ね、ねえ、今更お金が手に入ってももう母さんはどこかに行っちゃったんだし、遅いんだよ? どこに行ったのか教えてもらえなかったんだから。それに、ほらっ、あんたにはこいつらがいるし。借りたって返すことなんかきっと出来ないよ?」


ラミロのが指し示した方をたどれば、ソフィーさんの引き取った他の子どもたちがいて、不安げな瞳で二人を見ている。それでもまるでラミロの言葉が聞こえていないかのように再度、「どうかお願いします」と皆に頭を下げたソフィーさんに焦ったように、ラミロは彼女の腕を掴んで下から覗き込んだ。


「ねえ……。ねえってばっ!!」


そんな叫びが辺りに響き渡った。


「ねえ、なんでこんなことするのさ! こんなことしてみせられてもぼくはあんたのこと好きになったりしないよ!?」

「それでも……っ」


ぽつりと、ソフィーさんの足元に落ちた何かが乾いた地面を濡らす。


「今ならまだ間に合うわ。わたしの大事だった人のように、この世からいなくなって、会えなくなってからでは遅いから。追いかけなくちゃ。だから、……ね?」


「私たちと家族になってくれるのは、もしも貴方が一人で戻って来なければならなかったときでいいわ」と、少し顔を上げたソフィーさんにそう、弱く微笑みかけられて、それまで食いついていたラミロが言葉を詰まらせた。

ソフィーさんはそれに構わわずに、皆に対して更に深く腰を折る。


なんで?

ラミロじゃないけど、私だってそう思う。

どうしてそこまでするのだろうって。

他人の為に、こんな風に頭を下げたことなど一度もない私には分からない。

なんで、私はこの人が怪しいだなんて思えたのだろうか。こんなの、とんだお人よし。


その姿にラミロは顔を歪ませて、意を決したようにこちらを見据える。

そして、ソフィーさんに倣って、勢いよく頭を下げた。


「もう、誰にも迷惑をかけません。お金もいつかぼく自身の手で返します。だからお願いします!! ぼくは、やっぱり母さんを取り戻しに行きたいっ」


しんと、沈黙がその場に落ちる。


だけど、それはほんの一瞬。


「……くそっ、仕方ねえな。あんまり足しにはなんねえけどな。ちゃんと返せよ」


沈黙の中で一歩踏み出して、ラミロにそう言いながら銀貨数枚を渡したのは、確か、ラミロを見つけたらただではおかないと言っていたおじさん。

それから、他の人達もラミロから返されたばかりの貴金属を「利息もつくからな」と笑いながら押し付けていて。

ソフィーさんだけじゃない。

そんな皆の姿からも誰かの為を想う温かさを感じて、私も傍らにいる兄上に視線を向けた。

私の手の中にあるのは金貨50枚の価値があると兄上の言っていた首飾り。きっと力になれるはずだ。


私も皆と一緒に力になりたくて。


“いいでしょう?”とじっと見つめると、兄上は仕方がないというような微笑みを浮かべてくれた。

その了承に嬉しくなって私も早速首飾りを手に前に一歩を踏み出す。


だけど、こちらから声をかけようとした瞬間、



「姫様ーー!! 殿下!! 探しましたぞ!!」



そんな聞き慣れた声が聞こえて、私は硬直した。



この声は……。



そろそろと、私は首を回して後ろを振り返る。

そこには屈強な体格をした、私専属の護衛……。

彼は、しっかりと私を見据えてこちらへと歩み寄ってくる。確かな苛立ちを滲ませ肩を怒らせながら。


まさか見つかるだなんて。


私はその思ってもいなかった展開に焦って頬がピクリと引き攣るのを感じつつも、それでも普段通り、努めて平静を装って話しかけた。


「あ、あら。オズワルド。こんなところでどうしたの?」

「どうしたもこうしたもありません!! 殿下と姫様が城から姿を消されて、私どもがどれほどお探ししたことか! 何やら騒ぎが起こっていると耳にして、もしやと思い来てみれば!! まったく貴女様は何をなさっておいでですか!!」

「まあ、落ち着いて。オズワルド」

「落ち着けるわけなどないではありませんか!! ご無事だったから良かったものの、どれほど陛下や王妃様が心配されていたと……。殿下も!! 何一つ非の打ちどころのないと言われる王太子殿下ともあろうお方が、何故いつもいつも姫様をお止めすることが出来ないんですか!!」

「仕方ないじゃないか」

「何が仕方ないのでございますかーーー!!」

「……」


うん。今はどうやら何を言っても無駄みたい。

オズワルドは怒り出すといつも一人で盛り上がってしまうから、こういうときは適当に返事をしつつやり過ごすに限る。

そんな風に思いながら、何となく周りに視線を彷徨わせると、いつのまにやら今度は私たちが人々の注目を一身に浴びていることに気が付いた。

皆が目を一杯に見開いて無言のまま“え?”というように私と兄上を凝視している。何故かおばさんは何かを呟きながら頭を抱えているけれど、ラミロとソフィーさんにいたってはこちらを見てかちりと固まったまま微動だもしない。


え? ちょっと待って?


冷や汗が背筋を伝い落ちるのを感じながら取り敢えず首を傾げてみる。

けれど、まあ案の定そこで、「皇太子殿下と姫様……?」「まさか……。いや、でも確かにあのお姿は」「そんな。なんでこんなところに」という声が端々から聞こえてきて、そこで私は嫌な現実を認めた。


見事にバレた……。


折角、念願だった城外に出られて、街の人として過ごせて楽しくしていたのに!

だけど、そんな周りの空気と私の絶望なんてお構いなしにかけられた「ところで姫様。こんなところで何事です?」というオズワルドの間の抜けた問い。


……まあ、仕方がない。


「オズワルド」

「はい」

「貴方はそこにいる男の子と手をつないで。放さないで」

「はい??」

「いいから」


オズワルドにそう命じた私は彼が言うとおりにしたのを見届けて、腹をくくった。

仕方がないから、もう自棄だ。逆にこの状況を利用してやる。

そして視線を浴びせてくる皆の方に向き直って、にこりと外向きの笑みでおもいっきり可愛らしく微笑んで見せる。

ざわついていたその場が、それによってしんと静まり返った。


「皆さん、改めて初めまして」


そう言って、私は簡素なドレスの裾を摘まんで腰を落とし、正式な礼の形をとる。


「ティア・ラミア・アブレンです。この度は兄と共にお世話になりました」


皆の“まさか”という疑念を肯定するように私が名乗ると、一瞬の沈黙が流れた後、ドッと凄まじい歓声が上がった。

その反応は、上手くいったと思う反面、お城のバルコニーから家族で挨拶するときとは比べ物にならないくらいに間近なもので、少したじろいで傍らの兄上を見上げれば、私が何をしようとしているのかもうとっくに見抜いているらしい兄上は私を力づけるように微笑んで頷いてくれた。私は、それに勇気をもらってもう一度スッと表情を改めて前を向く。


私が王女だとバレてしまった以上ここは公の場。

先程までの自由な振る舞いは許されなくなった。

そんな中で私が今、ラミロ達の為に出来ることは限られている。

だって王家の人間は万人に対して平等に振る舞わなければならないって。だから気軽に誰かを依怙贔屓するようなことなどしてはいけなくて、でなければ恩恵に与れなかった者が、王家への不平不満を抱いてしまうことだってあるのだと父上が仰っていたもの。

きっとこのままでは手に握っている首飾りをラミロに譲って力になってあげることが出来なくて、お金が足りないはずだ。

だから、それを堂々と行うために私はちょっとだけ汚い手を使うことにした。

一度、端から端までしっかりと皆を見渡し、私は小さく息を吸い込む。


「皆さん。今回のこと、協力してくださってどうもありがとうございました。これで無事、街を騒がせている盗難事件の犯人を捕まえることが出来ました」


そう、私が発言すると、「え?」と街の人と一緒におばさんとソフィーさん、ついでにオズワルドが私を見る。

そして、いつの間にかそんなオズワルドに捕らえられている状況のラミロの姿に皆が視線を移した。


何も事態を把握していないオズワルドは置いておいて、まあ、今までの私たちの言動を知っているおばさんたちにはこの展開に違和感を覚えるかもしれない。けれど街の人たちは騙せるはず。

まるで、私達はこのことを調べるために城下におりてきたみたいにまずは装う。

全てを把握しているように。

これはちょっとした父上の真似。実践するのは初めてだからなんだか緊張するけれど、でも私達の立場で例外を作るためにはこの手段しかないから。

私は精一杯立派な為政者になりきるのだ。


「いかなる理由があろうと盗みなどしてはならないことです。彼のしたことは罪に問わなければなりません。これから彼には相応の裁きを受けてもらいます。よろしいかしら? ソフィーさん」


よろしいかしら? なんて聞かれたって、ソフィーさんが王女の私に反論など出来るはずない。

問いかけられた彼女は何かを意見しようと必死に考えを巡らせているようだったけれど、ラミロが彼女に向かって頷いたことで観念したように俯きながら小さく「……はい」と答えた。


“可哀そうなソフィーさん”


先程までのソフィーさんの懇願を無視した王女としての公平な態度を示しながら、私は皆がそう思ってくれれるよう仕向ける。

そうした上で。

私はこう言うのだから。


「けれど」


と。まるでとぼけたように。


「けれど……、あなた方が今までの盗難事件はただの噂であって、本当はこの街で何かを盗まれた人など一人もいないと仰るならば、もしかしたら私は何か勘違いをして彼を捕らえてしまったのかもしれません。……私にどちらなのか教えていただいても?」


大丈夫。

ラミロの、盗みの理由を推し量り、心配してくれた人たちだもの。“何とかしてあげることは出来ないだろうか?”そう、皆が考えてくれた人も少なくはないはず。

きっと大丈夫。

そう信じる。


シンと静まり返り、辺りがどう反応していいのか戸惑うような、緊迫した雰囲気の中、今度は私は隣に立つ兄上の方に視線を移す。


「兄上は、どう思われますか?」

「さあ? 僕たちは何も盗まれていないから、どちらなのか分からないよね」


小首を傾げてシラを切った兄上が言外に人々へ伝えたのは2つのこと。

ラミロの罪を問うか、それとも無かったことにするか。皆が決めていい。“どちらか分からない”私たちは彼らの選択を受け入れる。

また、“知らない”と嘘をつく私たちは彼らがどちらを選択したとしても決して咎めなどしない、と。


その兄上の言葉に、街の皆はそれぞれ顔を見合わせる。


そして、


「恐れながら、姫様」


何? と声のした方に視線を向けると、一人の男が周りの皆の顔を同意を得るように窺った後、おずおずとこちらに向かって口を開く。


「私共も、何も盗まれてなどおりません。この街に盗人が出たなど、ただの噂だったのではないか、と……」

「あら、それは大変! 私ったら何も悪いことをしていない人を勘違いして捕らえさせてしまったのね。凄く失礼なことをしてしまったわ」

「えっ!? いえ、そんなわけでは」


大きく開いた手のひらを口元に当てて、男の言葉を早口で遮った私は、慌てて訂正しようとする声も無視して兄上の方を振り返る。


「兄上。私はどうしたらいいかしら?」

「そうだね。彼には何かお詫びをしなきゃね」

「そうよね! お詫びが必要ね!」


私たちの白々しい演技に、皆がポカンとしているけれど、そんなのはお構いなしにラミロのもとに駆け寄って、ずっと手に握っていた首飾りを差し出した。


「ラミロ。皆さんも、私の勘違いをこの首飾りでどうか許してくれるかしら?」

「は!? 何言ってっ」


皆を見渡せば、誰も反論はしなくてラミロだけが、一度は持ち去った物なのに、血相を変えて遠慮をする。

そんなラミロに今度は無理やり首飾りを握らせて、「これで貴方の望みを叶えて?」と呆けたように私を見る彼に微笑みかけた私は兄上の元に戻った。


「オズワルド」

「はい。姫様」

「もう私たちは見つけられたのだし、貴方が動かしている捜索隊に今度はこの子の本当のお母様がどこに行ったのか、探してもらいたいのだけど」

「……それは姫様がこのまま大人しく城に帰ってくださるのであれば喜んで」


「……」


もうっ。

これで、多分周りに控えているのであろうオズワルドの部下たちを追い払って、あわよくばオズワルドを上手く巻いて逃げようと思っていたのに……。


「……も、もう! 仕方ないわね。今回は大人しく帰ってあげるわよっ」

「流石、姫様でございます」


不本意な選択をさせられた上にわざとらしくおだててくるオズワルドに「むぅー」と頬を膨らませていると、兄上に私の頭を“ぽんぽん”と優しく叩かれて私はため息を吐き出して、仕方がないから諦めた。


「じゃあ、行こうか。ティア」

「……ええ」


素性がばれた状態であまり長居することは出来ないからか、早速の退散を促してくる兄上の手を取って歩き出した私は、そこで“でも”と足を止めてぴたりと歩を止めて、そして、改めて街の皆の方に向き直った。


「あ、あのっ。」


振り返れば皆は一言も発さずに畏まったまま私たちをじっと見つめている。


「こっそりと城下に来て、皆さんをびっくりさせてしまってごめんなさい。でも、こうして初めて街の皆と一緒に過ごすことができて、皆の、他人に対する温かさや優しさを知れてとっても嬉しかった。父上がよく仰っているの。“アブレンの何よりの財産は素晴らしい民たちだ”って。本当にそのとおりね! 私も、皆に恥じない立派な王女になるから、これからも一緒にアブレンを支えてくだされば嬉しいわ」


「今日はどうもありがとう」最後にそう微笑むと、「姫様!!」とその場が思いもよらぬほどの大喝采に包まれた。

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