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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
番外編
86/101

ティア姫の大冒険(七)

「ねえ。ラミロのほうはちゃんと上手くいっているかしら」


前を歩いてラミロ家へと向かうおばさんの後ろを少し離れてついて行きながら、私は隣の兄上の袖を引っ張って小声でそう問いかけた。

こちらは兄上もいたし、とても上手くいっているけれど、向こうが失敗していればこの作戦は意味をなさない。だからそれが少し不安で。

なのにそんな私に兄上がちょっと無責任に微笑みながら「さあ?」と小首をかしげる。

思ってもいなかったその返答に私は思わず「え?」と声を上げた。

だって、まるでそれは兄上は元から上手くいかない可能性も十分に考慮していて、それに対して何とも思っていないような無責任な態度だ。

これは絶対に上手くいく作戦ではなかったのだろうか。

私が不信感でぎゅっと眉根を寄せると、兄上は私の眉間に伸ばした人差し指を押し当てながら微笑みを苦笑に変えた。


「そう簡単にはいかないよ。むしろここからが難しいんだ」

「? どういう事?」

「色んな可能性を考えなきゃいけないっていう事だよ。たとえば……」

「たとえば?」

「昨日のラミロの話を聞いた限りではそんなに簡単な相手じゃないはずだ。上手く首飾りをつけさせられていないことも十二分にあり得るし、首飾りを付けさせることに成功していたとしても言葉巧みに全てを誤魔化されてしまう危険性もある。あと、」

「……なに?」

「そもそも昨日ラミロが話していたことが本当は全部デタラメで、やっぱりラミロ自身が自らの意思で盗みをしていた、なんてことも有り得るだろう?」

「え?」

「その場合はどうやっても上手くいってるわけがないよね」

「! そんな!?」


何を疑っているのだろうか。そんなことあるはずがないじゃない。そう反論しようとしたけれど兄上は私を諭すように淡々とした口調で言い返してくる。


「思い込みは良くないと、いつも言われているだろう? 盲目になってはいけない。片方の弁だけで判断するのは危険だ。罪なき人を罪人にしてしまうようなことがあってはいけないよ」


確かに、王族である私達の言葉は特に他の人達のそれよりも力を持ってしまうから。だからこそ無責任な発言や行動に気をつけなさいと、よく父上に注意されるけれど……。


「……昨夜の言葉が全て嘘で、ラミロこそ悪者だったのならきっとラミロはもういない。最低でも金貨50枚の品だと教えておいたからね。それを握らされて、後から僕たちがやって来ると分かっている家に、素直に帰っているわけがない。普通はそのまま逃げるよ。帰っていたとしてもあそこに首飾りは無いはずだ」

「……つまり、兄上は首飾りを使ってラミロも試したということ……? あ! だから、初めに兄上は私の首飾りをラミロに“貸す”のではなくて“あげてもいいか”と尋ねられたのね。取り戻せるか分からないから」

「あまり危険なことはできないし、この場合、炙り出しには最適の状況だからね。……怒るかい?」


私は胸に手を当てて俯きながらふるふると首を左右に振る。


「……兄上の仰ることに間違いはないもの」


兄上の言葉の真意に気付けなかったのはむくれてしまう程度には悔しいし、もしも本当に、あれが全部ラミロの嘘だったら悲しいなと思ったけれど、私の反応を気にしてか、とても申し訳なさそうに眉を下げる兄上を見て、私は仕方がない、と顔をあげて兄上ににこりと笑いかけた。

だって、きっとそれは大事なこと。それに首飾りは最初に兄上が“首飾りを盗んでもらう”と仰ったときに一度手放してもいいと決めていたから、大丈夫。


「いいの、別に。私だって私の正しいと思ったことをしているのだもの。上手くいかなくてもいいわ。首飾りが返って来なかったらまたおねだりすればいいし。それに、……私が泥棒で困っている街の人のために首飾りを手放せなかったなんて父上がお知りになったら、父上はきっとそんな私の行動を悲しまれるでしょう?」

「そうだね」


兄上が、優しく微笑みながら私の言葉に頷く。

いつも国と民のことを想う父上だから、私だってそんな父上の娘としてたまには我慢だってしてみせるわ。



「ティアは父上が悲しむのは嫌かい?」



そこで何故か兄上に問われたのはそんなこと。



「当然でしょ?」



何を言っているのだろう。そんなの当り前じゃない。父上が悲しむのが嬉しいなんてことがあるはずないわ。

そう答えると、兄上が「うん」と苦笑を私に返す。

そんなとき、前を進んでいたおばさんがとある一軒の小さな家の前で足を止めた。

ここが、ラミロ達の家なのだろうか。

私達はおばさんの傍まで駆け寄って玄関扉の前に立った。


――昨日ラミロが話していたことが本当は全部デタラメで、


そんなことないと思う。

だってソフィーさんの偽物の笑みはとても好きになれるものではなかったもの。

全部、ラミロの嘘だったなんて思えない。


扉の向こう側はどうなっているのだろう。

ドキドキしながら兄上の手をぎゅっと握り、私はおばさんの扉を叩く姿を見守る。

いよいよだ。


私がごくりと緊張を漂わせたその瞬間、


――バンッ! と勢いよく内側から玄関扉が開かれた。



「ラミロ!?」



え?


続けて、そう声をあげながら扉の向こうに現れたのは確かに昨日おばさんのお店の前でみた綺麗な女の人。

ソフィーさんだ。

だけど、ソフィーさんはおばさんの姿を認めた途端、「……あ」と表情を曇らせてばつが悪そうに立ち竦む。

どうして彼女はこんなに慌てて出てきたのだろうか? そしてこの表情の変化が示すことは?

バレたと思って? でも、ラミロって……。

まさか――。

嫌な予感を覚えた私と同様に、おばさんも彼女のただならぬ様子を感じ取ったのだろう。

「朝早くに悪いね」とこの訪問を詫びながら、ソフィーさんに遠慮がちに尋ねる。


「どうか、したのかい?」

「いえ、……何も」


そう弱弱しく答える彼女の微笑みは、明らかに昨日と同じく偽物っぽくはあるけれど、でもこれは違う。

私は一歩前に出て、ソフィーさんの奥の、家の中の様子を窺った。


ああ、やっぱり。


不安げに瞳を揺らす子どもたちの人数は4人。ラミロの姿だけが、ない。

それを伝えるために兄上を見上げれば、兄上は一つ頷いておばさんとソフィーさんのほうに体を向けた。


「いつから姿が見えないんですか?」

「え?」

「いなくなったんでしょう? ラミロっていう子が」

「っ!!」


兄上のその問いにソフィーさんは気まずそうに目を泳がせる。

まるで、何かを隠そうとしているみたいに。

兄上も、それに気が付かないはずがない。すっと目を細めてソフィーさんに試すように言葉を紡ぐ。


「実は僕、ラミロの姿を見たんですけど、」

「え……? いつ!? どこで見たの!??」


兄上の言葉に反応して身を屈め、兄上の肩に掴みかかったソフィーさんはきっと本当にラミロの行方が分からないのだろう。本心から心配している。

でも、彼女が“どちらを”を探しているのかがはっきりしない。きっと、だから兄上は彼女に問いかける。


「……答える前に一ついいですか?」

「……なにかしら」

「ティアの首飾りを返していただけますか?」


「え?」


そこで僅かに動揺をみせた彼女の姿に。

兄上は確信したようだった。

私にもわかったもの。

彼女は“何かを知っているけど、それだけだ”って。

だから、


「おばさん、すみません。僕たち、嘘をついていました」


そう、おばさんに前置きして、話す。


「……嘘だって?」

「昨夜、おばさんの家にラミロが入って来たんです。宝石を盗みに。最近ここらで被害を出している泥棒は自分で、全てソフィーさんに命じられてしていることだと、ラミロは言っていました」


“え?” と、そんな話は聞いていないとばかりに驚いた様子を見せるおばさんとは対極に、ソフィーさんは頭を抱え、俯きながら静かに「……そう」頷いた。


「それは本当ですか?」

「いいえ……」

「でも、貴女はラミロが盗みをしていたことを知っていたんでしょう?」

「……」

「ちょっと! どういう事だい!? ここの子が何だって!?」

「違いますか?」


混乱を露わにするおばさんを制して、兄上は言い逃れはさせないとばかりにしっかりソフィーさんを見据える。彼女はそんな兄上の視線に観念したように小さく息を吐き出してぽつりぽつりと話し出した。


ラミロたちを養子として引き取ってから、度々ラミロが夜に家を抜け出していたこと。

元から脱走癖がある子だということは孤児院の人から聞いていたけれど、最初はどの子もなかなか馴染まず、打ち解けてはくれなくて、全員で家出をして反抗を示したこともあったこと。だからラミロだけ夜抜け出すことがあっても初めはただ純粋に心配をしていただけだったこと。だけど、必ず朝になれば戻ってくるラミロがいなくなる夜に必ず、街に盗人が現れたと噂されていることに気が付いて、


もしかして、とソフィーさんは疑いを持った。


もしかして、この子が余所で盗みをしていたりするんじゃないかって。

だけど、家の中に盗んだらしいものが何も見当たらないこともあって、ソフィーさんは敢えて何も気が付かなかったことにしたという。

旦那さんを失くして一人きり、アブレンにやって来たソフィーさんにとって、この5人の子どもたちはもう一度やり直すための、どうしても守りたい新しい家族だったから。勿論、なかなか馴染んではくれないラミロも。

だから、もしラミロが本当に盗みをしていたとしても、すべてが明るみになる前に盗んだものを返し、ラミロを更生させて何もなかったことにしたかったのだと。そうして守ってあげられるのならと思ってしまった。

だからそのために、夜、家を抜け出すラミロのあとをつけることにしたと言う。

きちんと事実を確かめるために。

だけどいつも途中で見失って。

そして昨夜も。

イコル地区で男の人達が見回りをするという話は聞いていたから、“まさか”と不安に思っていたところだったのだと。


「でも、やっぱりラミロの仕業だったのですね」

「なんてこった。まさかね……」


おばさんが深くため息をつきながらやれやれと頭を左右に振る。


「ソフィーさん、あんたの気持ちも少しなら分かってあげられないこともないけど、いくらなんでも黙っていていいことでも誤魔化していいことでもないよ。被害に遭った人間も多いんだし、何とかしたいと思っていても、ちゃんと私達にも知らせてくれなくちゃ」

「申し訳ありません……」

「そふぃー」


家の中からこちらに寄って来た子どもたちが、顔を手で覆って涙を流すソフィーさんのスカートを掴んで心配そうに彼女を見上げる。

そんな皆をソフィーさんはしゃがみこんで抱き寄せた。


「ソフィーをおこらないで。わたしたちのこと“たいせつなかぞく”だっていってくれるの。ほんとうのお母さんみたいなの。らみろはこんなやつうけいれるのかっておこるけど、ソフィーはわるくないよ」


ひっく、という泣き声と一緒に、ソフィーさんの胸の中からくぐもったそんな声が聞こえてきて、そんな子どもたちに勇気をもらったかのようにソフィーさんは漸く顔を上げてこちらを見た。


「詳しいことは分からないけれど、首飾りのこと、ごめんなさい。でも、本当にあの子が盗んだものをどうしているのか知らなくて。出来る限りの償いは私がします。あの子がここには戻ってくればいいのだけど、分からないから……」

「……」


悲しげに深く落ち込んむソフィーさんは、だけど、ラミロがこのまま帰って来なくても、それもまた仕方がないと大人しくその現実を受け止めようとしているみたいだ。

でも、

私は、そんなソフィーさんの前に一歩進み出る。


「とにかく、ラミロを探しましょう! 昨日の嘘と言い、なんで盗みなんかするのか今度こそ聞き出さなくっちゃ!!」

「でも、私、これ以上は……」


直接、ラミロに拒絶されることを恐れているのだろうか。深追いはしたくないと言うようにソフィーさんは蒼褪め、一歩後ろに下がって行ったけれど、でも私はそれじゃだめだと思う。だって、ソフィーさんはこんなに心配しているのに。


「この子の言うとおりだよ。ソフィーさん。これはお宅だけの問題じゃないんだ。街の皆に迷惑かけてるし、それにこの子たちの首飾りはソフィーさんに弁償はとても……」


その言葉と共に、気まずそうに私を見るおばさんの視線に気が付いて、なんだろう? と私が首を傾げると、おばさんは「……いや」と首を横に振った。

一体、なんなんだろう? それがちょっと気になったけれど、おばさんは再びソフィーさんにしっかりとした視線を戻す。


「ソフィーさん。ラミロくんがどこに行ったか心当たりは?」

「いいえ……」

「君たちは?」


兄上もソフィーさんに寄り添う子どもたちに尋ねたけれど、皆からもしょんぼりと「分からない」と答えが返って来るだけ。

でも、それなら手段はもう決まっている。


「じゃあ、街中を徹底的に探しましょう! 街の皆にもラミロを見ていないか訊いて回れば、すぐに手がかりがつかめるかも。ねっ! 兄上だってそう思われるでしょう?」

「そうかもしれないけど、……いいの?」

「何が?」


兄上に首を傾げて確認されて、そう尋ね返したけれど、兄上はなんだか困ったように眉尻を下げるだけで、何のことか分からない。

私も兄上と同じように首を傾げたけれど、でもまあ、ラミロを探すだけだもの。別に兄上が何を言いたいにしろ、大きな問題なんてないはずだ。

だから、

私は、私の言葉に逡巡する様子を見せるソフィーさんの手を取り、無理やり引っ張って立ち上がらせる。


「私もね、今家出中なの。父上が心配ばかりして、私を一度だって外に出してくださらないから“キョウコウシュダン”を使って黙って出てきちゃった。父上ったらね、私の言い分をちっとも聞いてくださらないんだもの。酷いと思わない?

ラミロが、なんで貴女のことを受け入れようとしないのか分からないわ。けれど、きっとラミロにもラミロなりの理由があるんじゃないかって私は思うの。だって、ラミロは大嘘つきだったけれど、面白半分で盗みをしているようには全く見えなかったもの。貴女もそう思わない? だから、その理由を一緒に聞き出しに行きましょうよ! ね?」


私が笑いかけると、ソフィーさんは躊躇いがちに、でも私の引っ張る力への抵抗をやめて足を前に進める。

そんな私に、おばさんは「力強い子だね」と大きく笑った。

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