ティア姫の大冒険(六)
「兄上? それは私が父上からいただいた首飾りだわ」
悪者を捕まえてラミロを救ってほしいという私のお願いに頷いてくれた兄上が私の目の前にぶら下げたのは、私の大事な、大きな虹色の石が煌めく首飾り。
これを使ってラミロを救う?
兄上が何を言いたいのか分からなくて私が首を傾げると、兄上はその口元に笑みを浮かべて私の言葉に頷く。
でも、
「それを使って何が出来ると言うの?」
よく意味が分からなくてきょとんとしながらも投げかけたその問いに、兄上が掌の上に首飾りを乗せて、それに視線を落としながら答える。
「これからこの首飾りを、ラミロに盗んでもらうんだ」
「え……?」
その言葉に私は思わず首を傾げたまま眉を寄せた。
盗んでもらうって……??
思わず首を傾げた私はそれを理解した瞬間、慌てて口を開く。
「なんで!?」
だって。だってこれは、私が持っている首飾りの中のどれよりも気に入っている大切なものなのに。兄上だって知っているはずなのにと一歩詰め寄った。
だけど、じっと私の瞳を見つめる兄上に一言、「ラミロを助けたいんだろう?」と返されて私は言葉を詰まらせた。続けて「そこまではしたくないかい?」と問いかけられた私は少しだけ逡巡してふるふると首を左右に振る。
一瞬だけ、“だって!”と反論しかけたけれど、……そうだった。
“ラミロを助けるため”
ならば、この状況で大事なものがどちらなのかくらい私にだって分かるわ。
だから「どういうことか説明してくれるなら」と私は頷いた。
兄上はそんな私の頭を一度撫でて、今度は未だに手を縛られ座り込んだまま私たちの話を怪訝そうに聞いていたラミロの方へと足を踏み出す。
ラミロの後ろに回った兄上は手を縛っていた紐をほどいて、徐に立ち上がった彼と向かい合った。
「これ」
「なに?」
兄上が首飾りを差し出して、ラミロは訝しげに兄上に尋ねる。
「この首飾りの価値はどれくらいだか君に分かるかな?」
「は?」
その問いは私同様、ラミロにとっても思いもよらなかったもののようで、首を傾げた彼は促されるまま兄上の手から首飾りを受け取り、顔つきを真剣なものに変えて窓から入る月明かりにそれを翳した。だけど、
「よく分からない。この大きい石の色は初めて見るものだし。……でも周りを囲んでる小さいのは、ねえ、これ全部本物?」
「うん」
「……」
「全部合わせて最低でも金貨50枚はくだらない」
「……50」
兄上の言葉に、再度首飾りに視線を戻したラミロは呆然とそう呟く。父上が直々にくださったものだ。私が持っているどれよりも綺麗な首飾り。でも、金貨50枚という価値はそんなにすごいものなのだろうか? 昨日のお買い物のときのことを思い返して見たけれど、あまりよく考えずに使っていたこともあって私にはよく分からない。だけど、
「……へえ? ねえ、それが本当ならあんたたち何者なの? さっき父親に貰ったとか聞こえたけど」
「凄い人よ!」
まさかここで私たちが国王の子だとばらすわけにはいかないけれど、私はそう答えてエッヘンと胸を張る。
ラミロはそれに対して「ふーん」となんだか意味ありげに首を傾げて。
「で? これをぼくに盗ませるって聞こえてきたけど、どういうこと? くれるの?」
探るように、でも先程までよりもなんだか熱心に問いかけるラミロに少し違和感を覚えながら、私もそこでそうだったとはたと思い出し一緒になって兄上に尋ねる。
これで助かるかもしれないから嬉しいのだろうか? と思いながら。
「そうよ、兄上。ラミロにこれをあげたらどうして解決するの?」
そんな私たちに、兄上はふっと微笑み「いいかい?」と私たちに確認するようにピンと人差し指を立てる。
そして、
「二人にはそういう“ふり”をして欲しいんだ」
兄上は兄上でまたもやそんな訳のわからないことを仰って、私は頭の上にいくつもの“?”を浮かべることとなった。
「な……っ!! あの首飾りが無くなっただって!?」
翌朝、陽の光が窓から差し込み始めたばかりの家中に響き渡ったのはおばさんのそんな声。
『大変なの! 朝起きたらね、私の虹色の首飾りがなくなっていたの』
兄上から指示されたとおり、動揺している様子を装って2階から階段を駆け降り、涙ながらにお台所でお料理をしていたおばさんへ向かってそう訴えたのは私。
手を止めてこちらを振り返ったおばさんが発した叫びのような問いに私はこくこくと頷いて見せる。
『首飾りが盗まれたことにするんだよ』
昨夜、兄上が私たちに囁いたのはそんな作戦。
そして、少し考え込んだ兄上はこう言った。
『いいかい?』と兄上は私たちを見ながら。
『まずこの首飾りはラミロに盗まれたことにする。ラミロはこれを持ち帰って、“盗んできた”戦利品だと彼女に渡すんだ』
『……』
『そして、どうにかして彼女にこれを身につけさせる。方法はなんだっていい。たとえば、そうだね……。「これ、すごく似合うと思うから一度付けてみてよ」っておだててみるのなんてどうかな』
『うん』
『で、僕らは僕らで大人に首飾りが無くなったことを訴えて騒ぎを起こす』
『それって……』
『嵌めるんだ。あまり好きな手段じゃないけど。この家のおばさんだってティアの首飾りを知っている。大人たちだって、実際に無くなったはずの首飾りを彼女が身に付けていたら、さすがに疑わないわけにはいかなくなるだろう?』
そんな兄上の言葉を思い出しながら、自分の役目を遂行すべくはらはらと涙を流す。
私の得意技である涙の訴えに、おばさんは狙い通り……いや、それ以上の動揺を見せてくれた。
「だって、あ、あれは……」
おばさんはあの首飾りの価値というものに気が付いているのだろうか。昨日もお夕飯の後、もう一度見せてとお願いされたし。
本当は嘘なのに、おろおろと落ち着きなく不安そうな瞳を彷徨わせるその様子に私自身も戸惑いと、後ろめたい様な罪悪感を感じてしまった。
でもなんでだろう? やっぱりなんだかすごく大げさすぎるくらいな反応な気がするんだけど。
思わず首を傾げそうになる
……っと、いけない。
お芝居お芝居っと。
「どうしよう……。あれはとっても大切なものだったのに」
私ははらはらと涙を流した。
「こ、心当たりとかないかい? 壁とベッドの間とかに落としていたりは?」
「いえ。僕とティアが見た限りではどこにも」
「兄上!」
「それに……」
私は振り返って後ろからやって来た兄上を見上げる。
『ただ、悪いけど、おばさんを君の家に連れていく為にも、君のことは話させてもらうよ。いいね?』
『……わかった』
「夜中に物音がした気がして目を開けたんです」
「あ、ああ」
「そのとき、昨日ソフィーさんっていう女の人と一緒にいた男の子が部屋のドアのところにいた気がして。寝惚けていたし夢かななんて思っていたけれど、もしかすると……」
「え、だって……。まさかソフィーさんの子が盗んで行ったってことかい?」
「昨日、おばさんのお店の前であの子もティアの首飾りをみていたから。気になって念のために確かめることはできませんか?」
「……と、とりあえずソフィーさんの家に行って来よう。ちょっと準備をしてくるから待っておいで」
頷いた私は、慌ててどこかへ消えていくおばさんの後ろ姿を見送って兄上の方を見上げる。
兄上は、「ね?」と言うような微笑みを浮かべて、私はあまりにも兄上の計画通りに進んでいることに、ただただすごいなと感心した。




