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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
番外編
83/101

ティア姫の大冒険(四)

「それでね、それでねっ」


ティアが、いくら“早く寝なさい”と促しても、初めて降り立った城下に興奮冷めやらぬ様子でなかなか寝付こうとせず、横になったベッドの中で明日からの予定を楽しそうに語り続ける。そんなティアに、僕は微笑み、相槌を打ちながら、内心、“まいったな”と思っていた。


青く広がる海に、木々の生い茂る深い森、高く聳える山の頂。

ティアはそれらを見るのだと、未だ眠気など窺えぬほどにぱっちりと開いた青の瞳をきらきらと輝かせているけれど。

何も知らないその輝きを向けられた僕は、胸の奥に押し込めていた罪悪感がじわりと大きく広がるのを感じた。


何故なら僕はティアのその期待を裏切っているから。


ティアには秘密にしているが。

こっそりと、2人で城を出る際に僕は父上へ、ティアと城下へ行くこと、だから早いうちに探し出してほしいこと、そういった旨を書き記した置手紙を残してきた。

ティアは長い旅に出て色々なものを見て回ることを望んでいるけれど。実際、王の子としてこれから国のために在らねばならない僕らにそんなことが許されるわけがない。

本来ならばこうして、無駄にこの身を危険にさらす真似すらもしてはならぬことだ。ティアの望むように、本当に遠くまで気ままに旅することなど以ての外。

それはちゃんと理解していて、だからこそ、残してきた置手紙。

それを無視するわけのない父上によってきっともう捜索隊は出されているはずで、僕とティアは遅かれ早かれ見つけ出されてこの小冒険は終わる。そして、城に帰れば父上に厳しい叱責を受けることになるだろう。

それが僕が描いている筋書き。

これは、“旅”などではなく、一時の外出に過ぎない。

王太子にはあるまじき、無責任な外出。

それでも、

例え、王太子としての自覚を問われても、父上に呆れられることになっても構わないと。そうなると分かっていても、ティアのお願いを聞いてこんなところまで来てしまったのはやっぱり、可愛くて可愛くてたまらないこのお姫様のお願いにはいつも、どうしても勝てないから。

そして、ティアにいい顔をしたかったのだ。

ティアの期待に応えて、『だから兄上が大好きよ』といつものように、心から嬉しそうに笑ってほしかったし、断って泣かせてしまうなんてことは僕自身が耐えられなくて、ついついティアの望みどおりに頷いてしまった。

実際、初めての城下に大はしゃぎしているティアを見ることが出来て、こうして城を抜け出してきてよかったと思っている。

出来ることならもう少しこの笑顔を見ていたいとも。

けれど同時に、今回の、ティアの望みを聞いたふりをしながらこんな裏工作をして、ティアに欺き、結果、そ知らぬ顔でこの輝く瞳を結局涙で濡らそうとしている自分の卑怯さに苦いものを感じた。

どうしようもない自分。

思わずそんな思いが表情に出てしまったのだろうか。「兄上?」と窺うようにティアに呼ばれて僕はハッと意識を戻す。

どうであるにしろ、僕にはこうすることが精一杯。

今の僕には、この町までがティアを護れる限界で良い兄のふりをしたい。

だから仕方がないと自分に言い聞かせながら、僕はティアに微笑みかける。


「何?」

「ううん」


ティアが安心したように首を横に振る。

そして、こちらをじっと見つめた後、迷うようにその視線を彷徨わせた。それは何かを言いたそうで。


「どうした?」


そう尋ねると、ティアは恥ずかしそうに「トイレに、ついてきてくださる?」と僕に言った。

――ああ。

僕は部屋の窓の方に視線を向ける。

城とは違って、庶民の家のトイレは外に設けられていることがほとんどだ。この家も例に漏れず。

僕としても、ティアだけで外に行かせるのは不安で、「勿論いいよ」と頷いてベッドから降りる。


今夜、この家に泊まらせてくれたおばさんは僕らに2階の部屋を用意してくれた。

灯りを手に持ち廊下に出て階段を下りる。ティアは暗闇に怯んでいるのか、僕の服を片手で握りしめながら後ろから付いてくる。

ティアは基本的に好奇心は旺盛なのだけど、暗いところで一人になることはあまり好まない。


そう。もっと僕らが幼かった、“あの日”からティアは暗いところを怖がるようになった。


――『ねえ、兄上! あのねっ、今日、侍女たちが噂していたんだけどね、このお城で起こるという“かいきげんしょう”って、兄上はご存知?』


二人で、午後のお茶をしているときに、侍女たちの目を盗んで、ティアが瞳を輝かせ、身を乗り出しながら問いかけてきたのはそんなこと。


『えっと、怪奇現象?』

『うん、そう! いつも夜会で使われている大広間にね、女の人の幽霊が現れるんですって。決まって満月の夜に、月明かりに照らされて一人泣きながらワルツを踊っているって』

『……ああ』


その話なら僕も聞いたことがあった。古くから城に伝わる話らしいけれど、本当に見たという人間なんて一人もいないし、ただの言い伝えのような認識のそれ。

……と、なんだか嫌な予感がしてティアを見ると、ティアはやっぱり指を組む形で手を合わせながら小首を傾げて僕に笑いかけてきた。


『だからね、私、それを“けんしょう”しようと思うの。本当に、女の人は現れるのか。……勿論、兄上も付き合ってくださるでしょう!?』

『……』


今日と同じ、僕の逆らえない、期待に満ちた笑みで。

やはりこうなるのかと思いつつも、張り切るティアに結局は頷いてしまう自分に弱り果てながら迎えた満月の夜に。

僕らはそれぞれ部屋を抜け出して大広間の前に立っていた。

小さなティアの力では、まだ広間の、重い両開きの扉を開くことは難しい。その当時の僕であっても、ぐっと力を込めて引かなければならなかったほどだから。

それでも扉の重さに苦戦するティアに僕は苦笑を漏らしながら『貸して』と大きな扉の取っ手に手をかけて力を込めながら少しだけ扉を引く。

まさか本当に幽霊が一人で踊りながら涙を流しているはずなんてないと思いながら。


――でも、


広間の中を覗きこんだ僕の目に映ったものに、

僕はその瞬間身を固まらせた。


僕が扉を開けた気配に、動きを止めてこちらを振り返ったのは一人の女性。月明かりに照らされることで浮かび上がった彼女の頬は涙でぬれていて……。


噂通りの、その光景。


思わず息をのんだ僕の反応に不審に思ったのか、焦れたのか。


『兄上? どうなさったの?』


後ろからティアが窺うようにそう問いかけてきた。

だけどそれでもなかなか反応しない僕に。はやる気持ちを抑えられずとうとうしびれを切らしたらしいティアは、僕を押しのけるようにして前に出てきて。


ああ、そういうことか。と事情を理解した僕の耳に次の瞬間響いたのは、ティアの、高く鋭い悲鳴。


それからは、ティアの、腹の底から出したような悲鳴を聞きつけた者たちが慌ててやって来て城中大騒動で。



『うっく、うっく……』と嗚咽を漏らしながらまだ泣き止まないティアを父上と共に宥めながら、


『申し訳ありませんでした……っ。わ、わたし、ダンスが苦手で。全然上手く出来なくて。来週に控えた夜会にむけて練習を勝手にさせていただいていて……』


“幽霊”……、などではなく、貴族の娘であり、現在侍女として城に仕えている彼女の“こんなことになるなんて”と若干取り乱した深い謝罪を受けることになってしまった。

でも普段、広間は自由に使えるように解放されているから、彼女に非なんてない。

ただ、いくら自由にとはなっていても、実際使用する人間なんて滅多にいなくて、そして、あの日がたまたま満月だった、というだけの話。


そんな、“あの日”の記憶。


『ごめんなさい。びっくりしただけなの』


漸く事情をのみこんで、珍しくしょんぼりと落ち込んだ様子でそう侍女本人や周りに謝罪を返していたとても可愛いティアの姿を思い出してクスリ、と小さな苦笑が漏れてしまった僕に、ティアが「どうなさったの?」と後ろから小声で尋ねてきた。そんなティアに僕は「何でもないよ」と誤魔化す。


あの日以来、ティアはより一層、僕と夜、一緒にいたがるようになった。本当にお化けが出そうで怖いらしい。城内の僕の部屋とティアの部屋は離れているのに、それでも毎晩部屋を抜け出してこちらにやって来ようとするほどに。ほとんどが侍女たちに呆気なく見つかってしまって連れ戻されているらしいけれど。

本音を言うと、別に連れ戻さないでほしいところだ。


そんな物思いにふけりながら階段を降り切り、1階の廊下に差し掛かったときだった。


おばさんを起こしてしまったりしないよう静かに、と意識して移動していた僕らの耳に、“カタンッ”と、何かが立てた小さな音が聞こえた気がした。

思わずビクリと僕らは足を止めて音のした方を振り返る。

だけどそこには、部屋に続く扉が一つあるのみ。二人で顔を見合わせて首を傾げた。

この部屋から聞こえてきたのだろうか。

風が窓を鳴らした音か、それともおばさんがまだ起きているのだろうか。

そう思った。

けれど、

もう一度“ガタンッ”と先ほどよりも大きな音がして。

吃驚したのか咄嗟に抱き着いてきたティアを受け止めながら、僕は音のした部屋の方へと耳を澄ませた。

先程の音は、それは明らかに窓が押し上げられ開かれたか、逆に閉められたことでたったもの。

これが、おばさんによるものだといい。

もしくは、見回りのためにと家を出ていた旦那さんが帰ってきていて、そしてたてた音だったら。

だけど僕が感じ取ったのは、何者かが床に降り立ったような微かな床の軋み。


いけない――、と思った。


それはほぼ直感。

慌ててティアの手首を掴んで、音のした部屋とは別の部屋の扉を開け、その隙間から身を滑らすようにして室内へと飛び込む。

呆気にとられながら付いて来たティアが、「兄上?」と僕を不安げに見上げてきたけれど、そんなティアに僕は「しぃっ」っと人差し指を口に当てることで黙っているように指示を出して、閉じた扉に身を寄せ耳を押し当てて、外の気配に集中した。

何でもないと思いたいけれど、大げさになっても万が一を考えなければ。


キィーーッという、小さく扉が開く音が廊下に響く。


そして、コツン、コツン、という足音が、ゆっくりとこちらにやって来て。

慎重で吟味するようだった足取りがこの部屋の前でコンッ、と止まった。


あ……。


僕は再びティアの手を引っ張って素早く物陰に隠れる。

もしも。

そんな予感が僕の脳裏に過った。

もしかすると、これはおばさんたちの言っていた、最近この街に出没しているという盗人だったりするんじゃないか、と。

だって、この足音はおばさんやおじさんのものじゃない。彼らのものよりももっと軽い音で……。これは……?

そんなことを考えながら、咄嗟に、隠れることが出来たのは部屋の真ん中に置かれたソファの裏。

足音の人物がこちら側にやってきたら確実に見つかってしまうけれど。


突然の、危惧はしつつも実際のところ全く予期していなかった身の危険に、僕はごくりと唾を飲み込み、懐に隠している短剣をそっと寝着の上から確認する。

先程から黙って僕にぴたりとくっついているティアを怖がらせないように。

でもちゃんと護らないと。この小さな妹を。


扉の取っ手が回る。


僕は、それがゆっくりと開かれる様を息をのんで見つめていた。

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