表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の玉の輿計画!  作者: 菊花
閑話
75/101

ある夜の二人

~建国記念パーティー前(第二八~三十の間)のお話~

おかしい。

絶対におかしい。



とある日の夜、私はなんだか違和感を感じて一度横たわったベッドから起き上がり、ソファに寝そべる陛下へと視線を向けた。


そこにはいつものようにつまらなそうな顔で本を読む陛下がいるのだけれど、なんだかそのページを捲る音が変な気がする。軽快さがなくって、偶に少し手間取るように詰まっている。

よくよく見るとなんだかその手つきもぎこちない気がするし。

うーん、これは――?

私はとりあえず、ベッドから降りて陛下の傍へと近寄り声をかけてみた。


「ねぇ」


けれど本に熱中しているのか、それともわざとなのか、陛下は私の声になんの反応も示さない。


「ねぇ、陛下」


今度は少し声を張り上げて。

すると陛下は面倒くさそうに、とても機嫌がいいとは言えない顔をやっとこちらに向けた。

そこに驚いたような気配が微塵も感じ取れないのは、つまりやはりさっきの無反応はわざとだったということだろう。

なんでこの人はこんなにも愛想というものがないのだろうか? いや、平然と人を無視できるっていうことは愛想以前にそもそも性格がねじ曲がっていると言っていいかもしれない。

そんな風に思いながら批難を込めて陛下を睨みつけてみたのだけれど、陛下は全くそれを気に留めなかったようで、平然と私の顔をじっと見つめ、「何の用だ」と視線だけで問いかけてきた。

そんな陛下の態度を見ているとなんだかバカらしくなってしまって、もう放っておこうかなと一瞬思ったけれど、やっぱりどうしても気になってしまう自分がいて、そんな自分自身に観念してしそのままその場の床に腰を降ろした。


「ねぇ、手、どうしたの?」


ソファから起き上がりそれに腰かけなおした陛下の手を、下から指さしながら問いかけると陛下の眉が少し潜められて、私はやっぱり当たりかとそう確信した。


「痛めてるんでしょ? どうしたの?」


私の言葉にしばらく無言で対峙して、しぶしぶといったように陛下が口を開く。


「……今日、オルスと久々に手合せしたときに軽く捻っただけだ。大したことじゃない」


陛下が右手を軽く持ち上げて、痛めているらしきところを軽く伏せた瞳で見つめながらもう片方の手で軽くなぞる。

その動作はなんだかとても綺麗で思わず見惚れてしまった。ってそうじゃなくて、その時今まで袖口で隠れていた部分が露わになる。痛めているらしいそこは腫れてはいなかったけれど、


「何で手当してないのよ!?」


その手首には包帯一つ巻かれていない。


「……冷やしはした」


まるで子どもが言い訳をするときのような、ぶすりとした顔を私に向けて陛下はそう言った。

でもそんなんじゃなくて!


「なんで固定していないの? 早く良くならないじゃない!」

「……そんなに大げさにするとオルスが気にする」

「あのねぇ……」


私はがっくりと肩を落とした。

私の呼びかけは無視するくせに、オルスに対してはそこまで気遣ってやるって、一体なんだろう。

すごい敗北感だ。

もう嫌だ、この人たち。今までオルスの片想いかと思っていたけれど、充分相思相愛じゃないか。


「別にこれくらいそんなに痛むわけでもないしすぐに治る」

「そう言いながら、明日もその手で執務をするのよね? 字を書いたりするのよね?」

「……」

「もういいわ。私が手当てをしてあげる。確かこの部屋にも包帯ぐらいならあったはずだわ」

「断る」

「大丈夫よ。私、医者の手伝いをしていたこともあったから手当てくらいできるわ」



****



「……というわけだ」

「そういうことだったのですのね。応急セットなんかが出ているものですから何かと思いましたわ」


エリカの侍女頭であり、その実、元はジェルベの母が実家からこの王城に連れてきた侍女で、彼の幼いころからの世話役もしているベティーが納得したように朗らかに笑った。

まだ、日が昇って間もない。彼女の視線の先ではベッドで丸くなったエリカが気持ちよさそうな寝息を立てていた。

そこへジェルベが静かに近づき、くるりと巻いた栗色の髪に指先で軽く触れる。


「手当てを終えたら満足したのか急に眠たくなったらしい。……まったくお節介な奴」

「まぁよろしいではありませんか。お上手ですし」


その髪に触れた手の手首には無駄な弛みもなくきっちりと包帯が巻かれていてベティーはクスリと笑った。


「どうした?」

「いいえ、なんでもありませんわ。陛下」


そんなに文句を言うのならもう解いてしまえばいいですのに。

そう言ったところで、ジェルベのことだ。きっと、“ただ面倒だったから解かなかっただけだ”と不本意そうに顔を背けるのだろう。

けれど、分かってしまうから。

そんな彼がその実、何を想っているのかも、ベティーには。もしかすると本人が自覚している以上に。

だから、願う。

ずっと、こんな日が続いていけばいいのに、と。

どうか、この安心しきった寝顔を見せる彼女が彼を傷つける凶器となりませんように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ