六一、旅の途中
そんなこんなで進み続け、私の足が長時間歩くことにも慣れた頃、いよいよ国境へと近づいた私たちは敢えて平地を避け大陸を覆う森の一部に足を踏み入れた。
少しでも人目に触れないように。
フルトが滅ぼされた今、レストアの国境の先、そこはもうアブレンの統治する土地だ。
そして、その国境を越えることは私たちの最初の関門。
勿論、それは正攻法で出来ることではないと、あの、私がアブレン行きを望んだのちに開かれた作戦会議で地図を示したアルフレッドによって詳しく教えられた。
レストアとアブレンを区切るそこにははっきりとした壁が築かれているわけでも、関所があるわけでもない。けれど、そこを正面突破するのは無謀で危険なことなのだと。
その理由は、私が森に入る前にもうっすらと見ることが出来た石造りの高い塔。国境沿いに等間隔で建てられたそこから、陸地から、アブレン側は常に人の出入りがないかを見張っていて、もし勝手に侵入する者がいようものなら高らかに合図の笛を鳴らし、兵が捕える、ということになっているらしい。
だから、私たちは広く深い森の中に事前に入り、そこからの国境越えを行った。
勿論、森の中でも他国との国交の一切を拒むアブレンは用心深く見張りを置いているらしいけれど、それでも森の中は見晴らしが悪い。オレリアたちの密偵としての経験や勘を頼りにそれを上手く避け、出来る限り軽くした荷物を抱えた私たちは警戒しながら先へ進む。
私が散々世話になった馬は森に入る前に手放した。馬がいるともしもの時、完全に気配を消すことが出来ないから。今は、私とオレリア、ロドリグの3人だ。
森の中に入って、もうどれくらいのときが経っただろうか。
うっそうと木が生い茂り、葉が日差しを遮るこの場所はどこもかしこも薄暗くて少しばかり気味が悪い。以前、鹿狩りに赴いた王領の森とは違い、道一つ整備されていないから気を抜けば草や木の根に足をとられてしまうし、かといって下にばかり目を向けているとふと顔を上げれば眼前に変な虫がぶら下がっていたりもする。加えて得体のしれない生物の鳴き声やそれらが身動きする音が突然どこからともなく聞こえてきたりで、最初の頃はいちいちビクビクし通しだった。
もう大分慣れたけど。
人間、何処までも逞しい。毎日毎日そんな環境の中にいれば、自然とそんなものだと思えてくるから不思議だ。初めは違和感ばかりで落ち着かなかった野宿も、最近では何の抵抗も感じない。逆にもしもの時に備えて熟睡しないように気を付けなきゃいけないくらい。
それはオレリアたちの充分な助けがあるからこそなんだけれど、なんだかんだで庶民の生活どころかこんな環境にも適応している自分自身に感心してしまう。そう、思っていた。
ええ、思っていたわよ。思っていたんだけれどねっ!
そのとき、私は新たな試練を感じ取って思わず顔を引き攣らせていた。
「ねえ、オレリア。これ、どうしても食べないと駄目かしら」
日も暮れかかった、夕食の時間。
ぐつぐつと、鍋を煮込むオレリアに私は恐る恐るそう訊ねた。
「うん。今日はこれしか捕れなかったんだって。何か問題でもあった?」
何でもない顔をしてそう訊ね返してきたオレリアに、私はああ、やっぱりと顔が青ざめて行くのを感じる。
だって、見えているわ。
鍋の中に、原型をとどめつつぶつ切りにされたその姿が。
いつものウサギや鳥なら何の問題もないの。けれどこれだけは無理だわ。
彼女たちにお世話になっているくせに、自分で食事の獲物を狩ってもいないくせにこんなことを言うのは身の程知らずだというのは頭では分かっている。それでも、
「いや、問題っていうかなんて言うか、私、あの、ちょっとそれだけは流石に」
食べたくない。
それを言外に訴える私に、けれどオレリアはいつものようにからりとした笑顔を向けてくる。
「大丈夫、大丈夫。見た目が悪いだけだから。今日のは割と肉厚だし美味しいと思う。それに蛇は栄養があるんだよ。こんな旅には持って来いさ」
言った!
蛇だってはっきり言った!!
実のところ、火をおこしたり、近くの水流から水を運んだりしていた私は、その正体がなんなのかはっきりと知らされていたわけではなかった。国境からだいぶ遠ざかり少し警戒を緩め単独行動をする余裕が出て来てからはいつもロドリグが獲物を捕ってきて、それをオレリアが捌き料理して、その間に私が雑用をといった役割分担をしているから。だからただ鍋の中の物を見て勝手に予想していただけだったのだけれど、嬉しくないことにやっぱり当たってしまった。
いやだ。ますます食べたくない!!
「ねえ、オレリア。出来れば私に食べられる野草とか教えてくれないかしら。私、今日はそれでいい……」
「何言ってんのさ。そんなんで明日もつわけないじゃないか。ほら出来たよ。さあ食べて」
「で、でも」
「大丈夫。お腹に入れば何でも一緒。ほら」
そう言って、楽しそうな笑顔を浮かべながらオレリアはご親切にも鍋からよそったぶつ切りを一匙とり、わざわざ私の口に差し出してくる。
そのまま口に押し当てられたのはなんともいえないしっかりとした弾力。
私の悲鳴は声にならず、オレリアによって蛇肉と共に口の中に押し込まれた。
「でも、頑張ってるよね。成り上がりとはいえ一度でもいい生活を知った側妃サマにはこんな旅、無理だと思ってたけど意外と図太い」
「それはどうも」
オレリアとの格闘と食事内容にぐったりと疲れ果てた私はなんだかおかしそうに笑っている彼女へとそんな気のない返事をする。
せめてもの口直しとしてオレリアがとってきてくれた瑞々しい果実がとても美味しい。
「誉めてるんだって。今日の夕飯だって文句言いつつ結局全部食べたじゃないか。よくやってる。ねえ、父さん?」
「ああ」
初夏だといっても森の中は夜冷える。囲む火の中に、集めた木の枝をくべながらロドリグも短くだけれどしっかりと頷きながらそう答えてくれた。
私は認められたそのことを嬉しいと思いつつ、それでもと果実を食べる手を止めてじっと囲んだ火に視線を向けた。
「だって、私はアブレンに行かなきゃいけないもの」
だから、たとえ何があっても負けて逃げ出すわけにはいかないんだ。
「ふーん。ねえ、前から思ってたんだけどさ、側妃サマのエリカが何しにアブレンに行くの? こんな方法使ってわざわざさ。まさか王サマがアンタを向こうの王サマへの献上品にでもして和平への足掛かりを目論むつもりなのかとも思ったけどなんかそんな感じでもなさそうだし」
「当然よ。私にはそんなの無理だし、陛下だって例え私がどんな人間であったとしてもそんなこと、絶対にしようとも思わないはずだわ」
「じゃあ何しに行くのさ。アタシたちはただエリカをアブレンに連れて行ってそのあとの状況を報告するようにしか言われてないけど」
「それは……、」
なんと答えればいいものか迷って、私はただ「会いたい人がいるの」とだけ答えた。
今の兄上に会うのは少しだけ怖いけれど、それでも会いたい。もう一度会って、そして――。
胸にこみ上げるのは様々な想い。私はそれを口を引き結ぶことによって押し込める。
そんな私に向かってオレリアは少し驚いたように不思議そうな声を上げた。
「アブレンに会いたい人? って、ねえ、エリカってもしかしてアブレンの人間?」
「……ううん。違う、わ」
「でも、アブレン語だってすごく上手い」
「それを言うならオレリアだってだわ」
アブレンの町に入れば、怪しまれないようにアブレン語で話す必要がある。だから警戒とその練習も兼ねて、この森の中に入ってから私たちはアブレン語で会話をするようにしている。
そしてオレリアとロドリグの話すアブレン語は違和感がなくとても流暢だ。
「ねえ、オレリアは家業だからこんなことしているの? アブレン語だけじゃなくて他の国の言葉も話せるの?」
「言葉が理解できないと情報収集も出来ないからね、ある程度は出来るよ。家業っていうのもあるけどアタシはね、世界を見るのが好きなんだ。楽しいよ。色んな人や文化に触れて、いつも新鮮で飽きない」
「へえ」
「何? 愛しい男でも探してるっていう方が良かった?」
「違うわ。とっても素敵だと思ったのよ」
私は首を振ってそう答える。
アブレンの王城に王女として閉じこもっていたころ、私もそれを夢見たもの。あの頃の私がオレリアと会うことがあったなら、きっと彼女に羨望の眼差しを向けていただろう。
けれど、オレリアはそんな私の言葉に小さな苦笑を浮かべた。
「うん。見たくないものを、見ることもあるけどね」
と。
そして夜が明け、いつものように森の中を進んでいる時のことだった。
「むー」
「どうしたの? エリカ。変な声出して」
「……別に。今日はいい獲物がいないものかと思って探してるんだけど見当たらないからつい」
私の唸り声の理由を振り返って訊ねてきた、前を歩くオレリアに私は顔をしかめながらそうぼやく。
何か見つけようものならロドリグに言って今日は早めに捕えてもらえるよう頼もうと思っているのに中々それらしきものが姿を現さない。
「はは。昨日の蛇は流石に堪えた?」
「当り前よ!」
おかしそうに笑うオレリアに私はそう断言する。
もう嫌だ。絶対に、あんなの二度と御免だもの。
「最初のころは捕えたウサギに同情しまくりだったくせに調子いい奴」
「仕方がないわ。可哀想だと思うのは変わらないけど背に腹は代えられないってことが分かったもの」
「エリカ。なんか目がぎらついてるよ。ちょっと怖い」
「いいのよ。別に」
私は今、とても真剣なのだ。
絶対に、再びあれを口にしなければならないような事態を避けなければならない。
そんな思いで、私は全神経を尖らせてそれを脇の草むらにまで張り巡らせる。何かの、少しの動きでも察知できるように。
その瞬間、
ガサリ、と目の前の草が音をたて、そこから目当ての、ウサギのものらしき茶色い足と短い尻尾が微かに見えた。
これは!
「ロドリグさん! いた!!」
今日の夕食はこれで安泰!
そんな思いで私が喜び勇んでそちらを指さして声を上げたと同時に、けれどオレリアとロドリグは歩みと動きの一切を止め、何かを警戒するように突然その場の空気を硬いものに変えた。
「どうかしたの?」
どうもそれは私が指したウサギによるものではなさそうで、思わずそう問いかけるとオレリアは「シッ」と小さく潜めるように発し、そのまま私の口を手で塞いできた。
なに??
さすがの私もこれには嫌なものを感じ取って、一緒になって身を強張らせてみたけれど何もわからない。
けれど、私の口を塞ぐオレリアはその状況に苦々しげに顔を歪め、そして盛大に舌打ちをした。
「ダメだ、もう囲まれてる。何人いると思う? 父さん」
「ざっと、5人……、いや6人だな」
え? 何?
「まったく、エリカが騒がしいから気づかなかった。じゃあアタシが2人相手するから父さんは4人ね。エリカは先に逃げてて。大丈夫。この登場の仕方は見張りじゃなくてただの盗賊だ」
「と、盗賊!? 逃げるってどういう……」
口から手を放された私は慌ててそれを問おうとしたけれどそれよりも早く近くの草むらが大きく音を立て、オレリアたちが言ったとおり小汚い身なりの男たちが舌なめずりをしながら姿を現した。
すぐさまオレリアによって後ろに隠された私は「いいから」と後ろ手で体を押されてその場から離れることを促される。そして、次の瞬間にはもうオレリアもロドリグも私なんか眼中にないように彼らと対峙していて、それぞれが緊迫した雰囲気で剣に手を添えた。
私はその場で、どうすべきなのか一瞬迷い足踏みして、やっぱりそのままオレリアの指示に従ってその場から駆け出すことを決意する。その場に留まったところで私はただ邪魔なだけ。足手まといにしかならない。
私は、ロドリグとオレリアを信じることしかできないわ。
後ろの方で、短く話し声がした後、金属と金属のぶつかり合う音が聞こえる中、必死に走って逃げだす。
オレリアたちを見失わない程度に、出来るだけ遠くへ。息を切らしながら走り抜ける。
けれど、
私が目指していたその先の草むらが突然音を立てながら揺れたのに、私は驚いてその場で思わず足を止めた。
何?
そのままそこを凝視していると、そこからニヤついた男が姿を現した。
あ。
「戦利品が、どこに行こうとしてるのかな」
もう一人、潜んでいたなんて。男は楽しそうな笑みを浮かべて私へとにじり寄ってくる。
何? 戦利品って、私、どうされるの?
私は一歩その場で後ずさり、一瞬後ろを振り返ってオレリアたちの様子を窺った。けれどダメだ。まだ、二人とも他の男たちと剣を交えて乱闘を繰り広げている。助けを呼べる状況じゃない。
でも、このままだと私は捕えられる。そんなの、嫌だ。
「戦利品だなんて冗談じゃない」
私はそっと、相手に気づかれないように懐に手をやって忍ばせていた短剣の柄を握った。
そして、それを素早く鞘から抜いて男に向ける。
「へえ、面白れえ」
それを見た男はさも愉快そうに言って、私に合わせるように剣を向けてきた。そう来なくっちゃ。
私は男に向かって足を踏み出す。
大丈夫。よく思い出して。
身を守るために、オルスが教えてくれたこと。オルスと一緒にした稽古を。
剣と剣がぶつかり合う。
分かってはいたけれど、相手は全然手加減してくれなくて手首にものすごい力がかかる。
私は男の力に歯を食いしばることでどうにかそれに耐えて、そのまま思いっきり剣を滑らせ横に流した。その反動を利用して素早く身を翻して、男の懐に一気に踏み込む。
そして、
ぐっと力を込めて、男の脇腹に短剣を突き立てた。
よし、上手くいった! 練習どおり!!
失敗することなく、完璧に。
けれど、稽古の時に使っていた刃のない剣と違って、それは男の脇腹に沈み込んでいって。
あ……。
その嫌な感触に怯んで、思わず剣から手を放し一歩後ろに下がると男はその場に崩れ落ち腹を抱えて蹲る。
私が突き刺した剣の周りからは赤いシミが広がっていく。
どうしよう。
それを見て漠然と思ったのは、そんなこと。思わず呆然とその場に立ちすくむ私を、けれど次の瞬間強い力が引っ張った。
「よくやった。エリカ。ほら、今のうちに逃げるよ」
「あ、うん」
そうだった。逃げなきゃ。
いつの間にやら他の男たちも倒していたらしいオレリアに手を引かれるまま足を動かす。私の後ろにはロドリグもいて、三人でその場から一気に遠くまで走った。
「まったく、あんなのに囲まれるなんて運が悪い。面倒くさいったらありゃしない」
しばらく全力で走り続けて、やっともう大丈夫だろうと腰を降ろした先でオレリアが整えた息を大きく吐き出して愚痴る。
「それにしてもエリカ、すごいね。一応、剣も使えたんだ」
「う、ん。あれだけしか出来ないけど……。ねえ、オレリア」
「うん?」
嫌な感触が残る手を広げて、私はそれを眺めるように見つめる。
「あの人、大丈夫だと思う? 死んだりとかしない?」
あの、深く突き刺してしまった剣はどこまで入ったのだろう。何か、大事な器官を傷つけたりはしなかっただろうか。そんなことを考えると広げた手が、体が小さく震えた。
「なるほどね。顔色悪いからどうしたのかと思ったら、そんな心配か。人を刺すのは初めて?」
私はコクリと頷く。
納得したような声を上げたオレリアはそんな私の頭を慰めるようにポンポンと小さく叩いて、その胸に抱き寄せた。
「ちゃんと見てないけど急所じゃなかったはずだよ。でも、どんな場所であれ運が悪ければ最悪のことはありうる。ねえ、エリカ」
名を呼ばれて顔を上げれば、今までで初めて真剣な顔をしたオレリアがいた。
「アンタを守れなくてゴメン。でも、商人を装うアタシたちの旅が盗賊に襲われるのは日常茶飯事だ。またこんなことはあると思う。エリカを守ってアブレンまで無事に送り届けることがアタシたちの仕事だから出来る限り避けたいと思ってるけれど、もしかするとまた自分の身は自分で守ってもらわなきゃならない事態に陥るかもしれない。どうする? 無理そうなら今から引き返すよ? じゃなきゃ、他人に傷つけられる覚悟と同時に他人を傷つける覚悟のない人間にはやっぱりこの道は酷だと思うし、きっとアブレンには行かないほうがいいとも思うんだ」
「引き返す?」
「うん。元々今回はエリカの為にアブレンに向かってただけだからアタシたちはそれでも一向に構わないもの。王家の命には背くことになるけどね」
それは仕方ないとあっさりと頷くオレリアに、私は慌てて首を横に振った。
ダメ。引き返すなんてそんなことっ!
「行くっ! 私、行かなきゃいけないの!! だからっ……」
「本当に大丈夫?」
試すように問いかけてきたオレリアの瞳を私はしっかりと受け止める。
こんなことで怖気づいているわけにはいかないもの。私にどんな悪意を持っていた人間であったにしろ思っていた以上に傷つけてしまった相手への懺悔の念は消えず、それは私の心を罪悪感と言う形で突き刺してくるけれど、それでも私の大切なものを守るためにこれもまた背に腹は代えられないと割り切るしかない。
そう、自分に言い聞かせて。
「頑張るわ」
頑張らなきゃいけないから。だから、今までだって迷いを断ち切ってここまで来たんだもの。もう少し。
かたく唇を噛み締めた私はオレリアの胸から起き上がる。新しい決意を胸にして。
そんな私に、ロドリグが苦笑するような、そんな息を吐き出して降ろしていた腰を徐に上げた。
「それなら早めに調達に行かにゃならんな」
「そうだね。まだ日没は先だし一度、外に出てみる? まだ森から出るには早いけど近くにいい町があるかもしれないし」
「え? どういうこと?」
同じように立ち上がったオレリアとロドリグが何の話をしているのか分からず、彼らを見上げながら訊ねると、オレリアがにやりと笑いながら答えた。
「エリカもだけど、アタシと父さんもいくつか武器を投げつけてきちゃって失ったからね。まだ大丈夫な分あるけど念のために補充しなくっちゃ」
「投げつけるって……、それ、どんな戦い方なの?」
「んー、バイエ家に伝わる独自の戦法だね。これで一人と剣を交えつつ、他の人間の相手もできる」
「それは、なんだかすごいわね」
器用だと褒めれば良いのだろうけれど、きっと投げつけられた方は一溜りもないだろう。今まで見てきたオレリアの性格からしてなんだか容赦なさそうだし。
私はこの人たちを敵にしたくないなと心から思った。
幸運なことに、私たちが横道に逸れ森から抜け出してみてすぐに小さな町が見つかった。
大きさの割には結構栄えているらしいそこに、私はついつい嬉しくなって内部まで一気に駆け入りまわりをぐるりと見渡してみる。
久しぶりの町だ! 普通の生活の場。
たくさんの店や民家が、静かなそこには立ち並んでいた。
「あった! ねえ、鍛冶屋さん、あそこじゃない!?」
交わる剣の描かれた看板を見つけた私は弾んだ声を上げてそれを指さし後ろから来ているオレリアたちを振り返る。
けれど、あれ?
オレリアたちの様子がなんだかおかしいわ。オレリアはなんだからしくなく私の言葉に「あ、うん」とだけ返事をして、ロドリグと共に浮かない顔で辺りを見回している。
どうかしたのかしら?
あれ? でも、そういえばなんだかここ、変?
そこで私はやっとこの町に違和感があることに気付く。
小さいけれど立派な町だ。きっと、たくさんの人が暮らしているだろう痕跡は確かにあるのに、さっきから人の子一人見当たらない。
なんでだろう?
私は、それを不思議に思いつつ、それでも構わずに見つけた鍛冶屋らしき建物の扉に手をかけた。
大きく鐘の音を鳴らして簡単に扉は開く。
けれど、
やっぱりここにも、また誰もいない。
「ごめんくださーい」
声をかけてみても、そこはしんと静まり返ったまま。
そんな私の後ろからやって来たオレリアはつかつかと店の中に入り、飾られた剣を手に取ってあろうことかそれを手にした袋に手早く詰め始めた。
「オレリア!? 勝手に盗っちゃだめじゃない。お店の人もいないのに。お金だって! 泥棒だわ」
慌てて私がそう声をかけると、けれどオレリアは静かな表情で私に向かって首を左右に振って見せる。
「構わないさ。どうせここの住人達は戻ってこない。最悪、もうこの世にいないんだからさ」
この世に、いない?
「どういう、こと?」
さっぱり意味が分からない。だってこれだけの町。つい、最近まで普通に人々が生活していた息遣いが確かに感じられるのに。
けれど、それにも拘らずこの町には人の姿が見えない。気配一つ、感じ取れないのは事実だ。
じゃあ、皆はどこにいるというの? どこに消えた?
その瞬間、私の目に飛び込んできたのは床に広がった茶色の、これは血痕?
店のテーブルが、変な方向に曲がっている。
どうしよう。事態を上手く呑み込めていないはずなのに身震いがする。
ここで何が起きたの?
思わず自分の体を抱きしめた私を置いて、袋に武器を詰め終えたオレリアはさっさと、どうやら見張りをしていたらしいロドリグの元へと戻って行った。
そして、呆然と佇む私を振り返り言う。
「アブレンに行ったらわかるさ。ほら、さっさと行くよ。長居は良くない。ここはまだ危険かも」
そう促してくるオレリアに従って、私は心を引き摺られたままその場を後にする。
――いったい、何が起こっているの?
そんな困惑と共に、
このときになってようやく私は、今のアブレンに触れたような気がした。




