五四、涙
「わ、たし、は……」
視線を床に落とし、手元にあるドレスのスカートを両手でギュッと握りしめた。
クレオや他の国がアブレンに対して行ったこと。それに対する兄上の仕打ち。
ランベールの言う血で洗い流されたというのは、つまり皆殺されてしまったということ。
それをどう思うかなんて、そんなこと……。
瞳を伏せ、ぐっと唇を噛みしめて考える。
だって、だってそれは。
「私は……」
私は――。
スカートを掴む手にさらに力を込める。
「私は、死がどんなに辛いことか知ってるわ」
ポツリと零すように言って、そして私は視線を再びランベールへと戻した。
「とても怖いのよ。痛いの。全てを残らず奪われてしまうの。それがどんなに残酷なことか貴方にわかる?」
意識して微笑みながら首を傾しげて問いかけるとランベールは無言でその首をゆるく横に振った。
そう。私は知っている。
そんな私が言うべき言葉。
理性が私に命じる。
こう言いなさいと。
「だからね、どんな理由があろうとも人の命を奪ってはいけないわ。関係のない人まで巻き込むなんてもってのほかよ」
どこか他人が言う言葉を聞いているような感覚で、私はそれを言葉にした。
そうだ。
そうでなければならない。それが人間としての正しい答えだ。
だけど、
そうじゃないでしょう?
辛さを知っているからこそ誤魔化すことが出来ない想い。
闇が私を飲み込んでいく。
「でもね、」
私はランベールの海色の瞳をひたと見据えた。
本心はそうじゃない。
自然と瞳が見開かれて口元が笑みを作る。
心が叫ぶのを私はもう堪えることが出来なくて、気が付いたときにはそれを言葉にしようと勝手に口が開き、そして楽しげな声をあげていた。
「嬉しくないわけない。喜ぶにきまってるじゃない。いい気味だわ。だって先に、理不尽にそれをしたのは向こうなのよ? 兄上は、私と父上が、アブレンがされたことを仕返してくれただけ。違う? 私はね、すべてに目を瞑って簡単に許して、相手を思いやって悲しんであげられるほど人間出来ていないわ。私は……、私はそんな慈悲深い人間なんかじゃない!」
それは、受けるべき報復でしょう?
民が巻き添え?
だから何? 連帯責任よ。
そうに決まってる。なのにとても息苦しくて仕方がない。声を上げて笑ってしまいたくなるくらい可笑しいのに、なぜか怯えたように体がカタカタと震えた。
「姫……」
ランベールの憐れなものでも見るような視線を感じながら、私はその震えと今まで感じたことのないほどの激しい感情を抑え込むために強く自分の体を抱きしめる。
そんな私にランベールは一つため息を吐き出して、優しげな声で私の心に寄り添ってみせた。
「確かに姫の言うとおりなのかもしれない。僕だって兄を殺されてはいるけれど、それでも大切な者に囲まれた僕には姫の痛みもヘリクスの苦しみも、全てを理解できるはずがない。けれどね、」
そこで一度、言葉を切ったランベールは打って変わって睨むように、厳しい顔を私に向ける。
「姫は今のアブレンが何をしているか知っているかな? ヘリクスはその苦しみに捕らわれたまま、二度と他国にアブレンを裏切らせないため関係のない国まで滅ぼしていっている。そんなヘリクスを姫はどう思う? 彼の行いはクレオと何が違う? 理不尽の被害者である彼ならばその行いは正しいものとなるのかな? そのせいで罪もないのに痛みを味わった人間がいないとでも?」
その問いかけはまるで容赦のない現実。それはほんの少し残った私の冷静な部分に語りかける。
自分の都合で罪のない無関係の国を滅ぼして行く兄上はクレオとどう違う?
「……それ、は……」
違わない、のだろう。
無関係に滅ぼされた他の国からすれば、酷いのはその原因となったクレオではない。酷いのは兄上の方だ。兄上こそが恨むべき人間。
そこには原因など一切関係ない。
「そんな、こと……」
いやだ。そんなこと受け入れたくない。
あの兄上が?
顔から血の気が引いて行くのを感じて私は震えたままの両手で頬を包み込んだ。
いやだ。兄上はそんな人間じゃない。私だけは信じているわ。あの頃の兄上を。
けれど、そう思っていられるのは、私が今はまだそれに関して第三者でしかないからだということを同時に感じ取る。
いつまでそんな甘いことを思っていられる? 兄上のことを信じていられる?
だって、次の兄上の狙いは――。
「一つ訊いてもいいかな。姫はアブレンの今の状況を知っていてここに来てジェルベの側妃になったのかい?」
「違うわ。私は何も……」
ランベールの問いかけに私はただ首を横に振るう。
「知らなかった、か」
静かなその声に私はコクリと頷いた。
私は愚かで、ここに来るまでずっとアブレンの平和を信じて疑わずにいた。
それに、もう私はティアではなく別人としてのエリカとしての幸せを求めていかなければならなかったから敢えてアブレンのことを知ろうともしていなかった。
まさか、こんなことになっているなんて、こんな形で関わってくるなんて夢にも思っていなかった。
俯く私に、ランベールは一つ息を吐き出して、そして言いにくそうに頭上から声をかける。
「君たちは、本当に仲の良い兄妹だった。ヘリクスがどんなに姫を大切にしていて、姫がどれほどヘリクスを慕っていたのか少しだけれど知っているつもりだよ。だから、とてもこの状況は痛ましいと思う。だけど、近いうちにヘリクスは」
「本当、なの? 本当に兄上はこのレストアを?」
滅ぼそうとするの?
私は俯けていた顔を上げ、ランベールの話の途中で口を挟んで、そしてその最後の部分を敢えて濁して確認する。
ずっと前にマリアから聞いていたから知ってはいた。けれど、どんなに時間を置いてはいてもそれはやっぱり信じたくないもので、だからまだちゃんとした言葉として聞きたくなかった。
でも、どんなに誤魔化しても、現実は変わらない。
ランベールは私の問いかけに嘘やごまかしのない真剣な顔で一つ頷く。
ああ、本当に。
「それは確かなの? 次はここで間違いないの?」
「残念ながらね。現在のアブレンの周りには他にも狙われるだろう国があることはあるけれど、それでも地形的にまずこのレストアを抑えておいた方が今後の侵略が有利に進む。彼だってそう考えているはずだ。ほぼ間違いない。あとはいつ兵が動き出すか、時間の問題といったところだね」
「レストアの勝率は? どのくらいあるの?」
「正直言って、あまりないかな。ジェルベが先日のエヴァンズの一件に乗じて私利私欲にのみ動く貴族たちを取り除いて国をまとめあげようとしているけれど、それでも戦は何よりも経験がものを言う。それに僕らがどこまで対抗できるかやってみなきゃ分からない部分ではあるけれど、それでもあちらはこの40年連戦連勝だからね。勝てなくていい、防ぐことさえできればとは言っても分が悪いのは否めない」
「……そう」
やっぱり。
ランベールのその答えは私の考えとも一致する。
だけど、それじゃあ。
『そして、万が一それに負けるようなことがあれば陛下の命もない』
アルフレッドのそんな言葉がよみがえる。
そんなの嫌だ。絶対に、嫌。
私は、どうしたらいいの?
分からない。何も。
「ごめんなさい。今日はもうここまででいいかしら。もう、頭が付いて行かないの。これ以上はやめて」
「うん。そうだね。少し時間をおいたほうがいいのかもしれない。続きはまた後日にするとしよう」
私の頼みを快諾してくれたランベールに、私はこくりと一つ頷いた。
もう、自分で何をどうすればいいのか分からない。何を考えればいいのかも分からない。
少し気持ちを落ち着かせなきゃ。
それに今の私はとても身勝手だ。自分のことしか考えられない。こんな状態でまともに話を続けられるわけがない。
とりあえず部屋に戻って一人きりになりたい。
ソファの足元にしゃがみこんだままだった私はお茶のカップが置かれたテーブルに手を伸ばして腕に力を込める。けれど上手く力が入らない。そんな私の腕をランベールが引っ張り上げてくれて、何とか立ち上がることが出来た。
私は、そのままランベールへと一応形だけでもと軽く腰を落とし挨拶をして、くるりと後ろを向いて足早に廊下へと続く扉へと歩みを進める。
急いでいないと、ずっと小刻みに震え続けている足から力が抜けてしまいそうで、もう進むことが出来なくなってしまいそうな気がして、私は必死に足を動かした。
そして私は扉を押し開けて、そこから一気に駆け出した。
はずだった。
それなのに、なんでだろう。
少し駆けたところで突然、腕に何か強い力を感じて体がぐらりと後ろに傾く。
そしてバランスを崩した私は背中に何かがぶつかったのを感じた。
――何?
只でさえすでに思考能力を失っていた私の頭は今の状況が理解できなくて、取り敢えず私は首を巡らせてそのぶつかったものの正体を確認する。
でも、あれ?
なんで、
「……へい、か?」
私の頭上に影を落とす“それ”を仰ぎ見た瞬間、私の瞳に飛び込んできたのはなんだかとても不機嫌そうな陛下の顔。
なんで、こんなところにいるのだろうか?
そう考えた瞬間、私の腕を掴む少し痛みを感じるくらいの強い力の存在を思い出して、私は視線を移動させてその正体も辿ってみた。
けれどやっぱり、私の腕を掴んでいるのも陛下の手で。
「えっと、何か用?」
急いで部屋に戻りたくて、それだけに一所懸命になりすぎていて、私は偶々傍を通りかかったのだろう陛下の存在はおろか、もしかすると何かの用があってかけられた彼の呼びかけとかそういうものに気が付くことができなかったりしたのかもしれない。だからこうやって呼び止められたのだろうか。
そう考えて問いかけてみたけれど、陛下は無言のまま難しそうな顔をして私をじっと見下ろすだけ。何も答えることはない。
なんだろう?
でも……。
「あの、用がないならごめんなさい、急いでるの。手を離して?」
今は、もう早く解放してほしい。
そう思って陛下に頼んでみたのだけれど、彼はプイッと私からその視線を外すと私の腕を掴んだまま、私をずるずると引きずるようにして歩き出した。
「え? ちょ、ちょっと」
そんな陛下の力に私はそのまま前に倒れ込みそうになり、慌てて縺れそうになる足を動かしてどうにかそれを防ぐ。
なに? なんなの?
もうすでに状況把握することさえも難しい。
そんな時、
「ジェルベ」
後ろから呼び止めるようなそんな声が掛けられた。
その声に、陛下がピタリと足を止めて後ろを振り返る。私も一緒になってそれに倣うと、そこには私に続いて応接間から出てきたらしいランベールが立っていて、なんだか呆れたようなため息を陛下に向かって吐き出した。
「だから女性はもう少し丁寧に扱うものだと前にも言っただろう? そんなに乱暴にするものじゃない。それでも君は本当に僕の甥っ子なのかな」
なんとなく、陛下を見上げて二人を見比べてみた。
でも、やっぱり全然似ていない。
陛下はそんなランベールをきつく一睨みした後、私にその視線を向けてきた。
え? と思った瞬間、私は陛下に肩口を掴まれ抱き寄せられ、そして少し屈んだ陛下のもう片方の腕で膝裏を掬われて瞳を見開いている間に何故かふわりと体が宙に浮いた。
「な!?」
「これで満足か?」
突然横抱きされたことに驚き、目を瞠って陛下の顔を見るけれど、陛下は私なんかお構いなしでランベールを見据えている。
けれど、対するランベールはまるで笑いを堪えるように、楽しそうに瞳を細めて手の甲を口に押し当てた。
「うん。良いんじゃないかな。あまり姫のことを苛めちゃいけないよ」
「お前が言うな」
怒っているような声で言った陛下は苛立たしげに顔を歪めてランベールを睨みつけているけれど、ランベールのほうはやはり楽しげな態度を崩しはしない。
「その様子だと、無事に全部聞くことが出来たようだね。どうかな? 漸く姫の素性を知ることが出来たその感想は」
その問いかけに陛下は答えない。
けれど、
え? 聞くって、素性って……。
それは……。
私は思わず息を飲む。
「……もしかして、さっきの」
ランベールは知ることが出来たと言った。
つまりそれは、
全部、陛下に聞かれていた?
まさか。
そんな気持ちでランベールを見ると、私の視線に気が付いた彼は口元ににやりと含みのある笑みを浮かべる。
そんな! どういうこと? どこから。
咄嗟に辺りを見回すと、先ほどまでいた応接間の隣室にあたる部屋の扉の前にアルフレッドと、彼の腕に縋りついて瞳を潤ませているマリアが立っているのが目に映った。
さっき、アルフレッドも私の前世に勘付いているのかと訊ねた私にランベールは頷いた。
勘付いていた。だから、そのことを確かめるために、隣室から皆に盗み聞かれていたということ?
そしてそれをランベールも知っていた。全ては私の素性を知るために仕組まれていたということ――?
「そんなこと……。なんで? こんなことしなくても訊いてくれたら答えたのに」
一気に動揺して私は陛下にそう問いかけた。
けれど、それは悪びれるわけでもなく、むしろ開き直っているのか相変わらず不機嫌そうな陛下に一蹴されてしまう。
「嘘を言うな。それにこっちにも事情があったんだ。まったく」
そう言って漸く私に視線を向けた陛下がうんざりしたようにため息を吐き出した。
「最初から、お前のことは訳が分からない変な奴だと思っていたが、まさかここまでだったとはな」
変って……。
確かに前世の記憶があるなんて変だけど。でも最初からって何?
それが少し気に食わない。
だけど、
「ねえ、陛下もこんな話を信じてくれるの? 変なんでしょう? 怪しいとかって思わないの?」
「それだけのものを俺たちは見せつけられてる」
少し身を乗り出して思いっきり疑いながら問いかけた私に、けれど陛下は不機嫌そうな顔を崩しもせずに、そう言った。
見せつける、とは何をだろうか。何も見せつけた覚えはないのだけれど。
でも、信じてくれる。私の大切な一部を。
「アルフレッド、俺はこいつを部屋に連れて行く。何かあったらお前が何とかしろ」
そう言い放った陛下は私を抱き上げたまま踵を返し歩き出す。
「仕方がありませんね」というアルフレッドの声が背後から聞こえてきた。
ゆらゆらと揺れる体に感じるのは陛下の温もり。
その陛下は、先ほどの私たちのやり取りを聞いていて、私の前世のことも事情も少なからず把握している。
ああ。なんか嫌だなと思う。
だから、
「ね、ねえ。お願い。もう降ろして。一人で歩けるから」
私は陛下へとそう声をかけてみた。
けれど、陛下は歩みを進めるだけで何も反応してくれない。
視線すら、私に向けることはない。
でも負けてはいられない。私は、めげずに再度陛下へと声をかける。
「ねえ、私、一人になりたいのよ。さっきの聞いていたのなら分かるでしょう? お願い。もうここで降ろして」
「何故?」
「え?」
「何故、一人になりたい?」
前を見て歩き続ける陛下にそう問いかけられて私は一瞬躊躇った。だって、陛下はそんなつもりなんてないかもしれない。何のために私を部屋に連れて行こうとしているのか分からない。だけど、陛下がどう思っていても、結局、この人が優しいのを知っているから、だから私は。
「だって、私は気持ちを落ち着けて現実を受け止めなきゃいけないのに。傍にいられると甘えたくなるじゃない。縋りたくなるじゃない。私、逃げたくなってしまうわ。兄上は苦しんでるのに。ずっとずっと苦しんでいたのに私ばっかり」
もしも陛下が事情を知らないのなら傍にいられても私はなんとか平気なふりをして取り繕うことが出来ていたかもしれない。
けれど、何もかも知ったうえで傍にいられたら、きっと、つい手を伸ばして慰めて欲しくなる。
私は甘えるわけにはいかないのに。目を逸らしている暇はないのに。
だから、傍にいないでほしい。一人にしてほしい。
私はそう言ったつもだったのだけれど、だけど陛下はそれをそのままには受け取ってはくれなかった。
「それで? その兄を慕うお前にとっては、これからアブレン王と戦うこととなるだろう俺が目障りで仕方がないか」
冷たく言い放たれた陛下の言葉の意味が一瞬分からなくて、でもすぐに理解して私は慌てた。
「違う! 違うわ! なんでそんなこと言うの? 目障りなわけないじゃない。ここは私にとっても大切な場所よ。決して滅びて欲しいなんて思ってない。だからこんなに怖いのに。勿論兄上のことは心配だけど。でも、何が何でも失いたくなんかないくらい貴方のことも大事なの。だからっ」
いくら、兄上のことを想っても、心配でも私がレストアに、陛下に背を向けるなんてこと有り得ない。
そんなこと、出来ない。
そう、強く陛下の瞳を見つめて訴える。
すると、陛下はその真意を確かめるようにじっと私を見つめた後、詰めていた息を吐き出した。
そして、私の部屋の扉の前で足を止めて私を床に降ろす。
扉を開けて、私の腕をぐっと引っ張ってそのまま部屋の中に引き入れた。
「すまない。意地の悪いことを言った。本当は、ただエリカにそれを否定させたかっただけだ。お前に敵だと思われるのは辛い」
陛下の背中越しに聞こえてきたのはそんな謝罪。
陛下が私に謝った?
そんな驚きもあったけれど、それよりも。
私はその場で陛下の力に負けないように踏ん張ってその場で足を止めた。
駄目だ。鼻にツンとした痛みを感じる。
ああ、もう。
「だから、なんでそんなこと言うの? 嬉しいなって思うじゃない。私、兄上のこと悪者だなんて思いたくないのにそう思ってしまうじゃない。なんで……。酷い」
視界がゆらゆらと滲む。
目の前で振り返った陛下が、私の顔を覗き込むのがぼやけて見えた。
「やっと泣いたか」
「なに……?」
「特別、泣かない性質というわけでもないくせに、どんなに取り乱していても泣いていなかっただろう」
「それがどうしたのよ」
「取り敢えずこのまましばらく泣け。訊きたいことは山ほどあるがそれはその後だ」
「意味が分からないわ。なんで私が泣いていなきゃならないのよ。泣いたって何も状況は良くならないじゃない。兄上にはなにも伝わらないわ。泣いたって無駄よ」
あの頃の様には何も兄上に伝わらないんだから。
そんな強がりを言いながら、けれど陛下に抱き寄せられ頭を撫でられると涙が次から次へと溢れ出る。
私は、陛下の背中に手を回し彼の衣をその手で掴んだ。
涙とともに張りつめていた気持ちまでもが流れて行くのを感じる。
でも、結局、泣いた方が良いと言った陛下の言葉通りになっているのが癪で、私は嗚咽交じりで必死に口を動かした。
「兄上ってね、私の涙にすっごく弱かったのよ。少し嘘泣きしてみせただけで『ああ、すまないティア』って。『私が悪かったから早く泣き止んでおくれ』って凄く焦って、いつも全面降伏で。兄上にお願いを聞いてもらうのなんてすっごく簡単だったの。私をいつも甘やかしてばかりいたものだから、私の教育係からよく眉を顰められていたわ。そんな人だったの。それなのに、なんで。なんで?」
なんでこんなに現実は辛く厳しく苦しいのだろう。
どうしていつも私の幸せを根こそぎ奪おうとするのだろう。
この温もりを失わないために、そして兄上のために、私はこの運命とどう戦っていけば良いのだろうか。