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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
47/101

四七、報せ

「やはり一筋縄ではいかない、か」


とある人物から届いた報告書。それに目を通し終えたジェルベは深く溜息を吐き出して執務机に頬杖をつき、空いているもう片方の手でその報告書を目の前に立つアルフレッドへと差し出した。

手を伸ばしてきたアルフレッドにそれを渡す。

こちらの依頼通り、ここ最近エヴァンズが見せている動きについての情報が詳細に纏められたその報告書。

けれど、それが伝える内容はこちらにとってとても都合の良い、というほどのものではなかった。

報告書に素早く目を走らせていくアルフレッドの、紙を捲る音に耳を傾けてしばらく待っていると、突然、クスリという小さな嗤い声が聞こえて、再び顔を上げると全て読み終えたらしい彼は冷たい微笑みをその顔に湛えていた。


「……なんと申しましょうか。相変わらず厄介な方ですね」


ジェルベもそれに頷く。


「ああ。また自分の手は一切汚さない気らしいな。昔から他人を使うのが恐ろしく上手い奴だったから想定の範囲内ではあるんだが」

「思惑通り、こちらの用意している人間を使ってくれると助かるんですが。最悪、アランにはもう一芝居うってもらわなければならないでしょうね」

「そうだな」


『ボクもね、先代の王様の子どもなんだ。ほら、この腕輪に見覚えない?』


数週間前、そう言って突然この王城に現れたのは、この報告書の製作者で、現在、前国王の庶子役を演じているアランだ。

遠い昔より、秘密裏に王家の為にと働いてくれている家がいくつかある。

王家の者のみが知る、王家にとってなくてはならない存在である彼らは、時に密偵として、時には暗躍者としてこの国を共に支えてきてくれた。

そして今回も協力を快諾してくれた彼らの中から、歳の頃合いと、身に纏う色が前国王と同じだということから選んだのがこのアランという青年だ。

まだ、年若いわりには完璧な演技力と賢さがあり心強い味方となってくれている。

そして、その他の者の見事な情報操作と証拠捏造のお蔭でアランの存在は真実味を深め、こちらが“前国王の庶子”というその存在を否定してみせることによって更に信憑性は高まっている。

そして、こちらの狙いどおりそれを信じ切ったエヴァンズの取り巻きの一人が無事エヴァンズとアランを引き合わせてくれた。


恐らくエヴァンズはアランを取り込み、自分の息のかかった彼を次の王に仕立て上げるためにジェルベの暗殺なり、廃位なりを企むだろう。

そうエヴァンズが思うように、今まで行動してきた。

もう一度、あの見せかけの権力を近くに感じ夢を見せることで諦めきれぬほどにそれを欲するように。上手くいっているように見せかけて奴をのぼせ上がらせその振る舞いを出来る限り大胆なものとさせるために。


そして、その暗殺なりなんなりを実行に移そうとすれば、奴を待っているのは大逆罪という重罪。

上手くその証拠を作ってやれば奴を地の底に落とすことがら容易にできるはずだ。

けれど、とジェルベは思う。

報告書を読む限り、アランと手を組みはしたようだが、やはりエヴァンズが表だって動く気配はない。

もしかしたらアランを完全には信用していないかもしれないし、奴なりの手段で秘密裏に何かを企んでいる可能性が高すぎる。

出来る限りエヴァンズ本人が動くように仕向けなければ。そうでなければその尻尾を掴みとることが出来ないのに。


「小者ならエヴァンズに取り入るために色々しでかしてるから簡単に捕えられるんだがな」

「あまりにもあちらの反応が薄いようなら早めに手段を変えましょうね。そのための罠はいくらでも張ってあるのですから。勿論、貴方ができる限り彼に重い罪を、と思われているのは分かってはいますが」


苦々しく顔を歪めるジェルベに、アルフレッドはそう進言してきた。


「ああ。そうだな」


分かってはいる。少しでも危険があるのならと本当はこの方法にアルフレッドが難色を示していることは。

だが、本来エヴァンズは父の件ですでに裁かれているはずの人間だったのだ。

あの時大きな証拠を掴むことが出来ず、そしてそれを掴むことでアリスまでただでは済まないと分かっていたから敢えて深入りもしなかった。

でも、あの時の甘い判断によって再びエヴァンズが力を持とうとすることを許してしまったのなら、もうここで断ち切らねばならない。

過去、受けるべきだった罰をきちんと受けさせ、完全に消し去ってしまわなければ。


『どうしてこんなことなさるの?』と、エヴァンズをせめてと宰相の座から引きずり降ろした時に何も知らず困惑した様子で問い詰めてきたアリスは、あんなのでも奴を父として慕っていて、だからきっと彼女は更に自分を恨むことになるのだろう。

けれど、きっとこれでいい。

恨まれ嫌われて、その呪縛の中でこの先も生きていくのが唯一自分がアリスにしてやれることなのだろうから。そう思うのに。


「そうそう、忘れていました。貴方にもこれに目を通してもらおうと思っていたんです」


そう言いながらアルフレッドが差し出してきたのは先ほどの物とは別の一冊の、紙の束。

その表紙には何も記されておらず、心当たりのないそれにジェルベはアルフレッドの顔を見上げて眉根を寄せた。


「なんだ、これは」

「エリカ嬢に関する調査報告書……」


その言葉を聞いて「貸せ」と差し出されたものを奪い取り、一枚目の紙を捲る。


「ではなく、シーラの調査の報告書です」


その声にもう一度アルフレッドを見やれば彼はにっこりとその笑みを濃くしていた。


「なんの嫌がらせだ。アルフレッド」

「嫌がらせだなんて。単なる冗談ですよ。そんなに貴方が心待ちにされているとは知らなかっただけです」

「別に心待ちになんかしてない。ただ……」

「ただ、なんですか?」

「ただ、知りたいだけだ。あいつが何者なのか」

「……気になりますか? 彼女のこと」

「気になるかって……」


アルフレッドは何が言いたいのだろう?

ジェルベは眉を顰める。

気になるも何も、アルフレッドはそれを見極めるためにエリカをこの王城へ入れたはずではないか。

それなのに、何故この従兄はそんな今更で当然の事を問うのだろう?


けれど、訝しんでアルフレッドを見ると、彼はなんだか呆れたように、ジェルベに向かって深くため息を吐き出した。

そして、


「では聞き方を変えましょうか」


アルフレッドは、改まったようにジェルベに向きなおり、そして厳しい瞳で見据えてくる。


「何故、貴方はそんなに彼女のことを知りたいと思うのです? 最初の頃、彼女のことは全て私に任せきりだったではありませんか。それなのに何故今はそんなにも熱心なのです? ご自分が彼女のことをどう思っているか考えたことがおありですか? 貴方は、一度自分の気持ちに向き合われた方がいい。その気持ちがどこから来ているのかをちゃんと考えたほうがいい」


強い口調で、一気に言われたその言葉に圧倒された。それでも一つ一つの問いを飲み込みながらジェルベは顔を苦く歪めた。


「……知るか、そんなもの」

「貴方と言う方は。そんなでは……」


少し苛立たしげにもう一度荒くため息を吐き出したアルフレッドは、けれど、思い直したようにいや、と頭を軽く振って、そして話題を元に戻すように先ほどの報告書を指さした。


「まあ、いいでしょう。それよりも今はこちらですね」

「ああ。だが、なんで今更シーラなんだ?」


シーラの調査は、確か彼女を仲間に引き入れることが出来ないと判断した時点で終わったはずだ。それなのに、更に何を調べたというのか。


「正確にはシーラの居た寺院についてなのですがね、父に一度調べてみたほうがいいと言われたもので」


頭上からのアルフレッドの返答を聞きながら、ジェルベはその報告書に指を滑らせてページを捲る。


「ランベール? それで何が分かったんだ?」


「アリスとシーラの関係が」


「関係?」

「ええ。父が指摘していたのは、この寺院への金銭の流れだったのですがね。上手く隠されていてその大元は掴めなかったのですが、最初にその多額の寄付をされた時期とアリスが生まれ、シーラが預けられた頃とが一致して、それで、よくよく思い返せばアリスが死んだ時期とシーラが寺院から出た時期も同じだなと」

「同じ?」

「そうです」


報告書から顔を上げ、それをアルフレッドへと向けると、アルフレッドは深く頷いて見せた。


「それに加えて、本来あの寺院は孤児院を併設していない。それなのに何故、あそこにシーラはいたのか。シーラが居た頃に紋章のない、けれど貴族の物らしき馬車が良く出入りしていたのを目撃した、とおっしゃる方もいたようです。その馬車から降りる銀色の髪の女の子を見たという方も」

「……それが、アリスだと?」

「恐らく」


アルフレッドが神妙な顔で一度、ゆっくりと目を伏せるのを見つめながらジェルベはアルフレッドに提示された情報に嫌なものを感じながら頭を抱えた。


「つまり、……それはどういうことだ? シーラがアリスだということか?」

「いえ、それは有り得ません。だって、私たちから見れば良く似ていてもやはり二人は別人でしょう?」

「じゃあ」

「ええ。幼いころアリスが言っていた、“アリスじゃないアリス”。貴方も覚えていますか?」


アルフレッドのその言葉にそう言えば、と思い出す。


『わたくしには、わたくしじゃないわたくしがいていつもわたくしの味方をしてくれるの。だからわたくしもその子の分まで頑張らなくちゃいけないの』


心無い大人の言葉に傷ついて泣いていたアリスが、慰めに回った自分たちに対して、一度だけ口にしたその言葉。あまりにも回りくどいそれに、何が言いたいのかとアルフレッドと顔を見合わせて首を傾げたことがあった気がする。


その“アリスじゃないアリス”がシーラだと言うのなら、あれだけ似ているのだ。

つまり――。


そこまで考えたとき、突然、執務室に小さなノックの音が鳴り響き、その直後勢いよく扉が開けられた。

こちらの返事も待たずにこんなことをして現れたのはやはりマリアで、いつものように彼女は振り返ったアルフレッドめがけて駆け寄っている。

これはひとまず話は中断となるだろう。代わりにとジェルベが、己のその考えが合っているのか渡された報告書で確認しようとそれに再び手をかけたとき、いつもにはない切羽詰まったような「アル兄様、申し訳ありませんっ」というマリアの声が聞こえてきて、不審に思ったジェルベはもう一度顔を上げてみた。


「マリア?」


見れば、珍しくマリアが俄かに困惑した様子のアルフレッドに抱き着くこともなく、彼のその目の前で深く頭を下げいる。


「申し訳ないとは何のことです?」

「あの、あの、わたくしのせいでエリカ様が」


その、マリアの口から出た名と、顔を上げたマリアの泣きわめきたいのを必死に堪えているような瞳に張った分厚い膜と小刻みな肩の震えを見て、何か嫌なものを感じたジェルベは、無意識に椅子から立ち上がった。


「エリカがどうした?」


そうマリアに問いかけるのはやけに強張った自分の声。

でも、それを発した感覚がない。神経のすべてがマリアの声に注がれる。


「シーラ様に毒を盛られたんです。わたくし、それに気が付かなくて、それで」

「毒って! それで、エリカ嬢はどうなったんです!?」


珍しく、アルフレッドが焦ったような声を上げて、両手を伸ばしてマリアの肩を掴んだ。


「エリカ様の指示で解毒剤を。でもエリカ様、気が付かれないんです。今はお部屋のほうに」


言葉の最後で、もう堪えきれなくなったのか本格的に泣き出そうとするマリアにそれでもまだそうなられては困ると必死にとにかく重要なことを訊き出す。


「なんの毒を盛られたんだ」


軽いものならいい。少し、眠気が来るとかその程度のものであれば。


「……エリカ様は、カヤだと」

「カヤ?」

「よく分からないのですけど、薬学の学者様が仰るにはそれはレイカのことだろうと。あの、カヤと言うのはアブレンでの呼び名らしくて」


「……やはり」そんなアルフレッドの言葉が聞こえてきたけれど、今はそちらに気を払っている余裕がジェルベにはない。

ただ、その毒の名に奥歯を噛み締める。

レイカ。嫌な、毒の名だ。即死はしない。長いこと苦しめて死に至らしめる毒。独特の味があるから暗殺用には向かないが、それでもその気付かぬうちの一口目で多く摂取させれば効果は絶大なものとなる。

早い段階での解毒剤なら効果があるが、ちゃんと間に合ったのだろうか。


「それで、シーラはどうした?」

「わたくしにそのような権限はないということは理解してますが、勝手ながら捕えさせていただきました」

「ああ、それでいい。アルフレッド、すぐにそのことを隠して、それからエヴァンズに逃げられないように奴の監視の人数を増やせ」

「捕えずとも良いのですか?」

「まだ駄目だ。シーラからエヴァンズの名前を出させないと、結局逃げられる」


それに、もしかしたらエヴァンズはこのことを知らず、関わっていない可能性だってある。エヴァンズがエリカを邪魔に思わないように今まで行動してきたはずだし、それに、


『わたくしには、わたくしじゃないわたくしがいて、いつもわたくしの味方をしてくれるの』


アリスのその言葉にぞくりと、今、胸に渦巻いてる不安が一層強いものとなる。

先ほどから強く拳を握りしめて冷静になれと、自分に言い聞かせているけれども、それももう限界で、エリカの今の状況ばかりが気になって仕方がない。

騒がしい奴だ。自分本位ですぐ人を巻き込む。何故かいつも偉そうで、よく分からない自信に満ち溢れていて、そしてその姿はいつだって光のように眩しい。


失いたくなどない。


本当は、分かっていなかったわけじゃない。何か、エリカに対して戸惑うほどの感情が自分の中で燻っているのに気付いていなかったわけじゃない。


勝手に自分を避けだしたエリカに苛立った。

普段、しぶといほど強いくせに、訳の分からない怒りをぶつけてきて泣き出したエリカの、その細い体を本当は抱きしめたかった。

こちらの姿を見たくないとばかりに避けるくせに、オルスとは本当に仲良さげで挙句、オルスの後ろに隠れるエリカに、苛立ちと、焦りのような不安を感じた。

ただ、取り戻したくて、そうするべきではないと分かっていながらも会いに行った。

エリカに、また一緒にいたいと言われて安堵した。

最初はしぶしぶだったはずのあの場所をいつのまにか自分も望んでいたから。本来の、一人で過ごす夜はとても空虚だ。あの、騒がしくて、力強い笑顔の元へ早く戻りたくて仕方がない。


それが、どこから来てる感情かなんて、ちゃんと考えれば分からないはずがない。


あの時、あれほどアリスを悲しませた。だから、こんなことは許されない。

信じたくない気持ちはあるけれど、不可解な部分の多いエリカは本当に敵なのかもしれない。この国を守るためにも自分自身の手で裁かなければならないかもしれない相手にこんなことを思うべきではない。そう、理解しなければならないと自分自身に言い聞かせていただけだ。


それでも――。


「すまない。アルフレッド、あとは任せる」


それでも、そんなことは今はどうでもいい。とにかく心配で、あの時のアリスのようにエリカの呼吸が、脈が止まっていたらと思うととてつもない恐怖が押し寄せてきて、早く無事を確認して安心したくて仕方がない。

そうでなければ、“もし……”、そんな不安でどうかなりそうだ。


だから、


ジェルベはアルフレッドの返事を待つことなく、とにかく傍に、と執務室を飛び出してエリカの元へと急いだ。

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