四一、それぞれの気持ち
冷たい空気に包まれた薄闇の中、剣を模した長い木の棒が私に向かって振り下ろされる。私はそれを後ろへ飛び退くことでなんとか避けて間合いを取りもう一度棒の持ち手であるオルスと向かい合った。
『戦おうとは思うな。とにかく逃げるチャンスを見つけろ。お前の様な奴は逃げるのが一番の防御だ。下手に挑発なんかするなよ。けど、やっぱり命を狙われちまうようなら、』
再び振り下ろされた棒を、私は懐から素早く取り出した短剣で受け止める。
「……っ」
オルスの力と短剣の重みが一気に手首へと圧し掛かる。私はそれに顔を歪めながらも、その重みを逃すために体を捩りくるりと翻りながら短剣を滑らせて、そしてそのまま一気にオルスの懐へと飛び込んだ。
この一瞬のタイミングが大切だ。ここを間違えると逆に私が危ない。
躊躇わず、確実に。相手を怯ませるためならどこでもいい。傷をつけられる場所に。
剣をオルスに突き立てる。
ドンッ、という鈍い音が小さく響いた後、静寂が辺りを包み込んだ。
一拍おいて、私とオルスはお互い後ろへと下がり、ハァと息を吐き出す。急に力が抜けて、私の手から刃のない練習用の短剣がするりと滑り落ちた。
「なんとか形になりはしたな」
オルスが剣を突き立てられた場所を手でさすりながらそう言った。
「痛い?」
「痛くないわけないだろ。お前のせいで最近、腹が青痣だらけだ」
私が訊ねると迷惑そうにオルスが顔を歪める。
「ごめんね。これでもちゃんと悪いとは思ってるの」
いくら練習用の剣だとは言っても私なりに力を込めて突き立てているし、これは嫌味ではなく本当に痛いのだろう。
けれど、そんな私にオルスはぶすりとしながらも「仕方ねえさ」と言ってくれた。
自分の鍛錬や仕事の後にこうやって時間を取られて、その上痛い目にあわされて、いい迷惑以外の何物でもないだろうに、さすがの私も申し訳なく感じてしまう。
「ありがとう、オルス。凄く感謝してる」
「まぁ、弟子の上達のためだからな」
オルスがほんの少し照れたような、はにかんだような笑顔を小さく浮かべた。
私もそれに笑い返す。
本当に、ありがたいと思う。
でも、
「でも、これじゃまだ全然だめね。もっと頑張らなくっちゃ」
私はしゃがんで鈍く光る短剣を拾い上げ、それをじっと見つめた。
オルスの言うとおり、どうにか形になるようにはなった。けれど、形だけ出来てもどうしようもない。
さっき上手くいったのはオルスが手加減してくれたから。そうじゃなかったら、もし本気で私を殺そうとする人間が相手ならばこれくらいじゃまだ全然だめ。力不足だ。
「もう一回やらせて。お願い、オルス。痛いなら打ち合いだけでもいいから」
もっと、もっと力をつけなくちゃ。
勢いよく立ち上がり、意気込んでそう頼み込む私に、だけどオルスは首を横に振る。
「もう日も暮れちまったし、今日はお終いだ。また明日な」
「でもっ」
「エリカだって夕食の時間に遅れると、まずいんじゃねえか? ただでさえ嫌な噂立てられてるんだから流石に注意されるぞ」
「そんなの、あっ!」
気にすることない。
そう言って食い下がろうとする私の手からオルスが練習用の剣を奪い取ってしまった。
「ダメっつったらダメだ。ほら、もう戻るぞ」
そのままオルスはスタスタと訓練場を後にする。
時間ならもう少し大丈夫なのに。確かにもう太陽はほとんど落ちてしまったけれど、それはこの季節のせいだ。まだそんなに遅い時間じゃない。それなのに、何でダメなんだろう?
そこまで考えた私は、ハッと先ほどのオルスの言葉に思い至り慌てて彼を追いかけその背中に問いかけた。
私は気にも留めていなかったけれど、オルスだってそうだったとは限らない。
「ねぇ、もしかしてあの噂のこと、オルスは気にしてたりする? 私はどうでもいいことだったけれど、オルスにとっては迷惑だった?」
どんなにこそこそと隠れても、やっぱり二人でいるところは見られているらしく私たちの仲を勝手に勘違いしたような噂が城中に流れていることを私も知っている。
オルスにだって立場と言うものがあるのだ。少なからずその噂で迷惑をかけたのかもしれない。
今までそのことについてはお互い何も話をしていなかったけれど、つまり今のはそういう意思表示だったのかもしれない。
そんなふうに考えて、けれど私が追いついたところで足を止めこちらに振り返ったオルスは、私に向かってなんだか呆れ果てたようなため息を吐き出した。
「そんなことねえけど……。普通、そういうのが不名誉なのは女の方だろ」
「別に、本当のこと知りもしない人間に言われることなんてどうでもいいわ」
私はふんっと言い捨てる。
ただでさえ、私には“捨てられた女”という不名誉な称号があるのだ。今更、また新しく“節操のない女”という称号が付与されたところで別に大した問題ではない。勝手に言っていればいい。そう思うくらい。
本当にオルスが気にしてないならそれでいい。
そんな風に思って、だけどそこでふとあることに気がついた。
最近ちょっと気にかかっていたことことがある。それはもしかして、このせいだったりするのだろうか?
嫌な予感に、私の背中をゾワリとした冷たいものが駆け降りる。
「ねぇ、オルス。もしかしてこれってやっぱり不味かったりするの?」
顔が強張るのを感じつつ、取り敢えず一般的な考えというものをオルスに訊ねてみる。
「不味いって?」
「こうやって噂が立つことよ。最近、気が付くとアルフレッド様に見られてて、なんていうかすごく観察されてる感じなの。ずっと何でだろうと思ってて。ついには今日、お茶になんか誘われちゃってなんかよく分からなかったし怖かったから必死に言い繕って全力で逃げたんだけど、もしかしてこのことを注意したかったのかなって」
今まで彼からお誘いを受けることなど一度もなかったのにどういう風の吹き回しなのかとただただ恐ろしくて回避してしまったけれど、つまり目的はそういうことだったのかもしれない。
きっとそうだ。そうに違いない。
けれど、そう確信する私に反してオルスは首を傾げた。
「アル? 噂は知ってるはずだけどオレには何も言ってこないぞ」
一切心当たりがないといった様子でオルスは言う。
まさか!
その理由を考えたとき、突然、嫌な考えが頭を過った。
「もしかして……、もしかしてあの人、私を追い出すつもりなのかも。そうすれば問題解決だからオルスには何も言わないだけかもしれないわ。どうしよう。ただでさえ私、もう用済みな人間なのに! あぁ、どうして今まで気が付かなかったの!?」
盲点だった。どうしよう。どうしたらいいの!? まさかこんなことで自滅することになろうとは思わなかった。
利用価値がないうえに醜聞をまき散らす側妃なんて不要物以外の何物でもないはずだ。
今更ながら事の重大さに気づき、私はその場で頭を抱えてしゃがみこんだ。
何を楽観視していたんだろう。もうちょっと早く気が付くべきだったのに。
今更、火消ししたところで間に合うだろうか?
呻く私に頭上から焦ったような声が聞こえる。
「いや、待て。落ち着け。大丈夫だ。お前の場合、そんな噂くらいじゃ追い出されない」
「じゃあなんであんなに見られてるのよ!? 絶対に何かあるに決まってるわ。こんなこと」
「まあ、あいつの場合何かないわけないけど」
「ほら! やっぱり」
「でも、なぁ」
心の焦りから喚く私に対し、オルスは考え込むように腕を組んだ。そして、静かに問いかけてくる。
「マリアは?」
「なに?」
マリア?
突然出されたその名に、私は首を傾げた。
「マリアはどうだ? 機嫌、悪くなってないか?」
「別に普通だけど」
「ふーん」
マリアの機嫌がどうかしたのだろうか。その質問の意図も何もさっぱり分からない。
「どういうことよ?」
私がそう問いかけるとオルスはしゃがみこんだままの私の顔をジッと見てきて、それから「いや」と首を振った。
「やっぱり何かあるんだろうなと思っただけだ」
「ちょっと!」
不吉だ。恐ろしい。怖すぎる。
「まあ、本当に追い出す気があるのかくらいなら今度聞いといてやるよ」
「ついでに見てる理由も聞いといて」
すっきりしないままだといつまでも怖いままだから。
そう涙目で喚く私に、けれどオルスは困ったように首を傾げた。
「それは無理だろうな。陛下もアルも、肝心なことに関しては基本的に腹の内明かさねえから」
「あんたたち親友じゃないの?」
「まあ二人にも色々あるんだろ。特に王族は抱えてるものもおっきいしな」
ニヤリと笑うオルスはそれでも少し寂しそうで、けれど前世の父上と兄上のことを間近で見ていた私はそうしなければならない方の気持ちも知っていて。だからこそ私はオルスに何も言うことが出来なかった。
「さ、早く戻ろうぜ。本気で遅くなるし寒い」
気を取り直すようにオルスは、しゃがみこんだままの私に手を差し出してきた。
それを振り払う理由なんてなく、そのままその手を取って立ち上がる。そして、私はアルフレッドという脅威に未だ頭をぐるぐると回したまま、お城の中に入れる最短ルートをオルスと二人並んで歩いた。
訓練場から抜け道を行くと東の庭園に出る。
「オルス、今日もありがとう。じゃあ、また明日ね」
アルフレッド次第ではその明日も危ういのだけど、とりあえずいつものようにこの場所でオルスにお礼と別れを告げた。
流石に暗い中、外を歩くのは怖いからいつもここまで付き添ってもらっているけれど、この先はもう大丈夫。
ここからお城の回廊に入ってそのまま私の部屋に戻ることが出来るから。
手を振って、オルスの傍から一歩踏み出す。
そして、庭の先の、私がこれから入ろうとしている回廊へと視線を向けた。
けれど、
その先にいた人の姿に私は息を止めた。
何で今なのだろう。
久しぶりに目にする陛下。そしてその隣に並ぶのは輝く銀の髪が美しいシーラ様。
出入りするようになるとは聞いていた。けれど、こうやって目にするのは初めてで。
咄嗟だった。
嫌だ、見たくない。そう思って、私はまだそこにいたオルスの背中に隠れて後ろを向く。
陛下が前を通るのならば私はその場で頭を下げるべきで、そうしなければいけないことはよく分かっていたけれど、嫌で、怖くて。オルスの体に隠れて気づかれなければいい。ただ、それだけを祈って私は硬く目を瞑り、手を力いっぱい握りしめて、二人が城の奥に消えていくまでじっとと待った。オルスが最初、戸惑ったように「エリカ?」と名前を呼んできたけれど、私はそれに答えることも出来ず、そんな私にオルスはもう何も言わずただ陛下たちを見ているようだった。
どれくらい時が経ったのだろう。そんなに経っていないはずなのにとても長い時間が流れたような気がする。
「もう行ったぞ」
頭上からオルスにそう声をかけられて、私はハッとしてそれから止めていた息を吐き出して体から力を抜く。それから一歩進んでオルスの方を振り返る。
「えっと、ごめんね?」
勝手に盾にしてしまって、私の情けない格好悪い部分を見せてしまってなんだか気まずい。
オルスが、少し居心地が悪くて空笑いして見せる私を何だか訝しげに見て、それから陛下が消えたらしい方向に無言のまま目を向けた。
その目がすぅっと細められて、そして再びこちらを見る。
「じゃあ、私、今度こそ部屋に戻るから。って、あ」
気まずさから早く立ち去ってしまいたい衝動に駆られた私はもう一度別れを告げ、オルスに手を振ろうとした。なのに突然、ひりひりとした痛みが掌に走って、私は何だろうとそれを目の前に持ち上げる。
見てみると、最近剣の握りすぎで掌にいくつかできていた肉刺の一部が、先ほど強く握りしめたせいで潰れていた。水疱に爪が食い込んでしまったのかもしれない。痛みの原因は確実にこれだ。
部屋に戻ったら消毒をしなくちゃ。でも、マリアたちにはなんと言おうか。なんで手がこんなことになってるのかと確実に怪しまれてしまう。そんなことを考えながらぼんやりと掌を見つめていると、今まで無言だったオルスが「ほら」と目の前に小さな何かを差し出してきた。
「傷薬だ」
「あ、ありがとう」
私は有難くそれを受け取り、容器の蓋を開けて中に入っていた軟膏を掌にしっかりと塗り込む。
早く治るといい。明日も剣を握らないといけないんだから。
使い終わった薬にもう一度ふたを閉めてオルスに返すため手を伸ばすと、けれどオルスはなんだか考えこむように腕を組んでいて、その薬は受け取らず、私をじっと見つめていた。
「オルス?」
どうかしたのだろうか?
そう思って首を傾げるとオルスは一度瞳を伏せ、それを再びゆっくりと開いてから、やっと差し出したままだった薬を受け取ってくれた。
けれど、やっぱりまだその視線を外してはくれない。
「なあ、エリカ」
強張った声だった。
「何?」
「お前さ、陛下からさっきのアリスそっくりな女についてなんて聞いてる?」
「なんてって……、何で突然」
「いいから、答えろ」
なんでそんなこと言わなきゃいけないのだろう?
結局のところ、私はまだあの日からも逃げていて思い出したくなんてないのに。
言いたくないと、口を引き結んでみたけれど、それでもオルスはじっと私を見てその答えを促す。
しばらくそのまま沈黙に耐えたけれど、でもオルスの鋭い茶色の瞳に睨まれることについに居心地が悪くなって観念した私はしぶしぶポツリと呟くようにその問いに答えることにした。
「私は、なにも教えてもらってなんかないわ」
そもそも私がなにも聞かないでいいようにずっと耳を塞いでいた。
「ただ、これからシーラ様がお城に出入りするから絶対に関わるなって、最後に私の部屋に来た時に言われただけ」
「エリカ、お前とのことは?」
「しばらく来ないからもう待たなくていいって、それだけよ」
そう答えると、オルスが「ふーん」と言って薄く笑った。
「それがどうかしたの?」
そんな事を訊いてきて、何を一人で納得してるのか分からない。
私が眉間を寄せて首を傾げると、オルスが改まったようにして私に向き直った。
「なあ、エリカ。お前、そんなに陛下のこと好きか?」
「え?」
突然の、その問いかけに固まった私の手をスッとオルスが取って掌を上に向けられる。潰れた肉刺が自分で見ても少し痛々しい。
「手をこんなにしてまでエリカが守りたいものって陛下だろ? なんで自分の身を護ることが陛下を守ることにつながるのかはよく分かんねえけど、それでもここまでしてるのは全部陛下の為なんだろ?」
「……そういうわけじゃ」
陛下の為だけじゃない。私自身の為でもあるし、この国の為でも兄上の為でもあるかもしれない。
けれど、「じゃあ何のためだよ」と訊かれたのには、さすがに上手く答えることが出来ない。
オルスは一つ大きくため息を吐いて私の手を放した。・
「陛下の顔もまともに見れないくらい傷ついて、こうやって手まで傷つけて、もう充分だろ。アルはなんて言うか知らねえけど、こんなことやめてお前はもう城を出ないか?」
「ちょっと! なに? いきなり」
なんで私がお城を出ないといけないのだろうか?
いつものように嫌味で言っているようには聞こえない。多分オルスは本気だ。
急に何を言いだすのだろう。私がお城を出たら何の意味もないのに。それなのに、
「お前の分までオレがちゃんと陛下を守るから」
そんな事を言いだす。
本当に訳が分からない。でも、私は必死になってそれを否定するしかない。
「そうじゃないの! 私にしか出来ない守り方があるはずだから。だから」
私はここにいなくちゃいけないの! だから、勝手に変な話を進められては困る。
そう言おうとした。
だけど、
何故か突然、オルスの手が伸びてきて、その手に私の体が攫われ抱きしめられて驚いた私はその続きを口にすることが出来なかった。
何が起こっているのか分からない。
そして、オルスはどこか苦しげな声で更に変なことを言いだした。
「うちに、来ないか? うちも一応爵位持ちだ。お前の嫌いな庶民の生活とやらに戻る必要はないぞ」
「なんで私があんたのうちに行かなきゃいけないのよ」
「好きだから。陛下じゃなくてオレのところに来いっていう意味だよ」
「……えっと、それはなんの冗談?」
うん。冗談だ。じゃなきゃ絶対にありえない状況だ。
オルスが私のことを好きだなんてこと、そんなことあるはずない。
そう勝手に結論付けてみたけれど、それは真剣で強張ったオルスの声に否定される。
「冗談じゃない」
「えっと?」
冗談じゃないというのなら、本気だとでも?
最初は混乱ばかりだった思考を少しずつ噛み砕いていく。
ここを出てオルスと暮らす? それはなんとも不思議な光景だ。
けれど、首を傾げる私をオルスはさらにぎゅうと強く抱きしめてくる。
「エリカ、陛下のことはもう忘れろよ。きっとその方が楽になれる」
その力の強さにやっとなんだか実感がわいてきて、そして冷静になった頭でオルスのその言葉は確かにそうかもしれないと納得した。
私だって忘れられるものなら忘れてしまいたい。
そう思う。
でも、やっぱり違うのだ。
この腕の中は、陛下に抱きしめられたときのようにドキドキもしないし安心もしない。
ただ、回された腕が苦しいだけ。私が欲しいのはここじゃない。あそこじゃないなら何処もいらない。
私は両手に力を込めてオルスを押した。
私の力に抵抗することもなくオルスの体は簡単に離れる。
恐る恐るオルスの顔を見てみると、オルスは少し悲しげに小さく微笑んだ。
なんだかすごく罪悪感が湧くけれど、それでも言わなければならない。ちゃんと答えなければと私は必死に言葉を紡ぐ。
「無理、よ。私はオルスの気持ちに応えること出来ないわ。それに私はまだここで頑張る必要があるの。いつか陛下を諦められてもやっぱり私はここにいるわ。あなたのところには行けない。ごめんなさい」
「どうしても?」
「ええ」
「そっか」
呟くようにそう言ったオルスに、なんだか申し訳なくて、せめてと言い繕う。
「でも今まで言われた中で一番嬉しかったわ。ありがとう」
「オレの他にどこにそんな奇特な奴がいたんだよ。嘘つくな」
ふっと笑ったオルスが意地悪気にそんなことを言う。
私もそれに合わせて苦く笑い返した。
「そうね」
本当のことだけれどオルスの言うとおり嘘かもしれない。
たくさんの人がティアに好きだと言ってくれたけれど、こんなふうに上辺だけじゃないのはきっと初めてだったから。
「まあ、これでオレに靡くようなら、やっぱりオレお前のこと嫌いだしな」
「なによ、それ」
じゃあ、この男は何がしたかったというのだろう。
不可解なその言葉に私は眉間を寄せて首を傾げる。
「よし、これでケりもつけたしもう思い残すことはねえ。それにしてもお前ら……」
なんだかすっきりしたような顔で伸びをしていたオルスが、なんだかじっとりと私を見てきた。
何が何だか分からず私もなに?と見つめ返す。
「いや、バカの頭の悪さは一味違うなと思っただけだ」
「だから、私のどこがバカだっていうのよ!?」
「バカだろ。救いようのないほどに。でも、まあ、応援してやるよ、エリカ。お前なら大丈夫だ。アリスみたいな可憐さも何もない奴だけど、お前は充分いい女だよ」
「どういう意味よ」
さっきから言っていることの意味がさっぱり分からない。
これは誉められてるのだろうか。それとも貶されてるのだろうか。
それにオルスに応援してもらっても陛下にはシーラ様がいる。
でも、そのシーラ様もアリス様の代わり。
誰もアリス様には勝てない。
「ねえ、オルス」
まだひりひりと痛む手で軽くスカートを握りしめて、私は意を決してオルスを見た。
「アリス様ってどんな方だったの? 私にも教えてくれる?」
なんだか、どうせ負けを認めるのならちゃんと敵を知ったうえで負けたいなと思った。
きっと、いつまでも陛下への想いを切り離すことが出来ないのは、私がアリス様を知らないせいだ。
話を聞いて、やっぱり私じゃ敵わないなって思うことさえ出来れば、そうしたら私はやっと納得することができるのかもしれない。踏ん切りがつくかもしれない。
だから、そのために立ち向かってみるのもいいだろう。
オルスが、「ああ」と頷いた。




