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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
39/101

三九、身勝手な想い

「これはまた簡単に踊るものだな」


溜息を吐き出しながら机の上に報告書を放るジェルベに、アルフレッドはニコリと頷いた。


ことは順調に進んでいる。ジェルベの立てた筋書き通り、シーラの件によってエヴァンズ候は少しずつ本来の力を取り戻し、アリスが死んだときに蜘蛛の子を散らすように彼の傍から離れた当時エヴァンズ派と呼ばれた者たちは再び彼に擦り寄りはじめた。あとはシーラが妃になればすべてが元に戻る。


彼らはそう思っているはずだ。

再び自分たちの時代がやってくると。


けれど、そう思っているのはあちら側だけだ。


いよいよ舞台は整えられつつある。あのとき、アリスのことを思って諦めた報復を成す舞台が。

大人しくしておけばきっともう目を瞑っていた。けれど、自ら再び表舞台へと出ようとしたのだ。そんなエヴァンズ候をジェルベも、そして前国王を慕っていた父も決して許しはしないだろうことをアルフレッドも分かっている。

だからこれでいいはずだ。

でも、そう簡単にいかないのは人の心。


「大丈夫ですか?」

「何がだ?」


気遣って声をかけてみても、他の報告書に目を通し始めたジェルベから返ってきたのはそんな言葉のみ。基本的に彼が自分を追いつめがちなのはいつものことなのだけれど、さすがにこの状態では溜息しか出てこない。


「顔色、悪いですよ。無理しすぎです。最近、ちゃんと休まれてもいないでしょう? いい加減にしてください」

「休んでないわけじゃない」

「貴方は……」


何故、こうやって見ればわかるような嘘を吐くのだろうか。

夜、エリカ・チェスリーのところに行かなくなってからずっとこの調子だ。元から夜眠れないのは知っているけれども、それにしてもここ最近はあまりにもひどい。

それでもアルフレッドが向けた非難がましい眼差しはジェルベにあっさりと無視される。


「それよりアルフレッド。シーラの調査はどうなってる? 使えそうか?」


更に詳しくと頼まれていた調査。“出来ることならば”という願いが込められていたことを知っているアルフレッドは、その問いかけに首を振って答えた。


「シーラは、彼女はやはり諦めたほうがいいでしょうね。たしかに仲間に引き入れたほうが早いのは最もなのですけれど、完全に信用することは出来ません。マリアやベティーのような元からこちら側に属する人間を送り込むのとはわけが違います。逆に裏切られる危険性が高すぎる」


ジェルベが、「そうか」とだけ呟き瞳を伏せた。


「アリスと同じ顔の女性を利用して巻き込んで傷つけてしまうことが怖いですか?」


ジェルベの眉間に寄せられた皺が苦痛を表していたからそう訊ねた。

けれど、ジェルベは「いや」と小さく首を振る。


「……それでもやらなければならないのなら、仕方がないことだろ」


意外にもその声に込められているものは迷いでも諦めでもない。あるのは決意と力強さ。

強くなったなと思う。

ついこの間まではアリスの名を耳にすることも嫌がるほどに逃げようとしていたのに。今では目を背けることなく必死に立ち向かおうとしている。

これまで数度、シーラが訪ねてくることもあった。

本当は、アリスと同じ顔を持つシーラと関わるだけでもあの時のことを思い出して辛いはずなのに、それでもちゃんと向かい合い、意図的に彼女に微笑みかけることも出来ている。

いつの間にそんな強さを手にしていたのだろう、とアルフレッドはジェルベを見た。

考えを巡らせば、頭を過るのは意志の強そうな瞳でまっすぐと前を見据えるエリカ・チェスリー。

彼女だ。彼女の仕業に違いない。

彼女の強さがずっと泥に足元を取られて身動きを取ることが出来なくなっていたジェルベに、もう一度進みだす力を与えたのだ。


けれど、

彼女への疑いを考えれば、それは決して喜べることでない。

やはり彼女は、エリカ・チェスリーはこれ以上ジェルベの傍に置いておくべきではないのではないだろうか。

彼女のこの影響力は諸刃の剣だ。ジェルベに前を向かせた彼女がアブレンと共にこの国を、ジェルベを裏切った時に、彼女から得た強さは弱さに変わる。

だから、いい機会だ。このまま、今のままジェルベとエリカ・チェスリーが接触することのないようにしていかなければ。


そう思うのに。


「なぁ、アルフレッド」

「なんですか?」

「……エリカは、元気にしてるか?」


少しの間をおいて躊躇うようした後ジェルベが発したのは、そんな問いかけ。

何故、そんなことを訊くのだろう? 放っておけばいいのに。何故、そんなことを気にする?

そんな苛立ちとも焦りともつかぬものがアルフレッドの胸を過る。


「元気にはしているようですよ。ただ……」

「ただ?」


ジェルベの濃い青の瞳が先を促すようにジッとアルフレッドを見つめた。


「良くない噂が流れてますけど。最近、毎日隠れてオルスと二人で会っているようです。『陛下に捨てられてもすぐに他の男とは。これだから下賤のものは』と元から彼女をよく思ってなかった者たちに言われているらしいですよ」

「オルス?」

「元からあの二人は仲が良かったでしょう? 二人でこそこそと何をしているのかは知りませんけどね」


そう言えばジェルベは一瞬だけ顔を険しくした後迷うように視線を泳がせてそして瞳を閉じた。


「そうか。元気にしてるなら別にいい。……それにオルスといるのなら都合もいいだろう」


まるで、自分に言い聞かせるようなその口調にアルフレッドは奥歯を噛み締めた。

本当は、知っていたのだ。

ジェルベがエリカ・チェスリーの部屋へ夜行かなくなったのは寵妃からシーラに心移りしたように見せかけるため。

けれど、本当はもう一つ理由があるのだと。

それは、彼女にまで危険が及ぶのを避けるため。

エヴァンズ候が彼女を邪魔に思って、牙をむくことがないようにするためだ。


「そんなに、彼女が大事ですか?」

「何を言っている?」


眉をひそめてそう訊ね返してくるジェルベにはきっと自覚はないのだろう。

けれど、それでも。


「違いますか? それならば私が前から言っていることを飲んでくださいますか?」

「何をだ」

「エリカ・チェスリーを矢面に立たせることです。再び彼女を傍に置けば、順調に力を取り戻しつつあるエヴァンズ候たちは大人しくしていないはずです。ですから」

「エリカに、……父のように殺されろと言うのか? エリカはこの件には無関係だろ。巻き込む必要はないはずだ」


ジェルベが苛立たしげに執務机に両手をついて立ち上がり、アルフレッドから視線を逸らして窓の方へと歩み寄る。

その後姿にアルフレッドは訴えかけた。


「勿論、それを避けるために最善は尽くします。彼女にも事情を話しておけば自己防衛も出来ますし。それに今度こそ何らかの証拠をつかめば一気に彼らを引き摺り下ろすことが出来ます。回りくどいことをせずとも断罪を下すことが可能です」

「バカを言え。そんなこと許せるわけがないだろ」


窓を背に、もう一度振り返ったジェルベに不機嫌そうに睨みつけられて、けれど、アルフレッドはそれでもと食い下がった。


「シーラは巻き込んで良くてエリカ嬢はダメなのですか?」

「奴の養女とは立場が違うだろ。それにあの女にどんな不利益があろうとも命まで取られることはない。全然違うだろ」

「身勝手です」

「悪かったな」


ふん、とそっぽを向くジェルベにアルフレッドは頭を振った。

違うのだ。身勝手なのはジェルベじゃない。身勝手なのは想いのほうだ。

アルフレッドは一度深く息を吸い、それを吐き出した。そして、気を取り直して改めてジェルベへと問いかける。


「ねぇ、陛下。貴方はエリカ嬢のことをどう思います?」

「どう、とは?」


突然のそんな問いかけに、何を言いたいのだとその真意を探るようにジェルベがアルフレッドを見つめてきた。


「そのままの意味ですよ。貴方は彼女のことをどう思っています?」

「……訳が分からない変な奴だな。俺には理解不能だ」


何を思っているのか、その顔が苦々しく、けれどもほんの少し影を落とす。


「それならば、衝動を感じたことはありますか? 抱きしめたいと思ったことは?」


『恋というのはね、頭でするのじゃないんだよ。体が、勝手に動いているんだ。抱きしめようとか、そういったことを思うときにはもう抱きしめている。そんな衝動のようなものだ。望んで、望まれて作り出せる想いでは、残念ながらないんだよ』


いつだったか、女好きだと評判の父親がそんな事を偉そうに言っていたことをアルフレッドは思いだす。

アルフレッドの問いかけに、ジェルベは気まずそうに視線を流して、首を振り、そしてぽつりと白状した。


「……あれが泣くから、調子が狂っただけだ」


胸元に持ち上げた掌を見つめながら、何を掴むことなくそれを軽く握るジェルベは結局はそれをしなかったのかもしれない。ただ、その衝動に身を任せたかったのだということがその迷うような瞳から感じ取れた。

アリスだってよく泣いていた。そんな彼女をジェルベは慰めるように抱き寄せていた。

けれども、彼女の泣き顔がこんなにもジェルベの心を乱すことはあったのだろうかとアルフレッドは思いを馳せる。


『ねぇ、アルフレッド。わたくしには何が足りないの? なんでわたくしではだめなの?』


あの頃、思いつめたようにアリスにそう訊ねられて、でもそれが何かなんて分からなかった。

でも、きっと足りるとか足りないとか、そんな簡単な問題ではなかったのだ。

ただ、違っただけ。ジェルベにとって、それがアリスではなかっただけ。

友や家族に向けるような愛情ではなく特別なものが欲しいとアリスは訴えていた。ジェルベもそれにちゃんと応えようとしていたのを知っている。愛そうとしていたし、アリスが望むものとは違ったけれどもちゃんと愛情はあった。だから、あの父親のことがあってもアリスとの婚約を決めたのだ。でも、想いだけは父の言うとおり望んでどうすることのできるものではなかった。

何故、よりによって彼女なのだろう。

アリスのように、特別美しいわけでもない。しおらしさがあるわけでもない。敵であるかもしれないのに。


何故、ジェルベと彼女を引き合わせるような真似をしてしまったのだろうか。何故、ジェルベの変化を確信しながらも今まで放っておいたのだろう。

後悔しても遅いけれども、それでもなんとかしなければならない。進むべき道を確認する必要がある。



「私はこれからちょっと屋敷に帰ります」

「珍しいな」


アルフレッドの声に顔を上げたジェルベが、驚いたように少し瞳を見開いた。

それも仕方がないことだろう。最近はいちいち屋敷に戻るのも面倒で城に寝泊まりしていたから。

けれど、今日はそういうわけにはいかない。


「ええ、今日は父が帰って来ているという連絡がありまして。早いうちに確かめたいことがあるんです」


エリカ・チェスリーについて密偵たちが調べても何も出てこなかった。それならば、今度は自分で調べてみよう。

彼女は本当に敵なのか、目的はなんなのか。一度、彼女とちゃんと話をして少し鎌をかけてみれば案外何か喋るかもしれない。

けれどその前に父だ。前に一度父を知っているようなことを口にした彼女を怪しんで、確認を頼んでいた。

その依頼通り建国記念パーティーで彼女と接触したらしい父は何か掴むことが出来ただろうか?

早くそれを確かめなければ。

城を出たアルフレッドはオードラン公爵邸へと帰るため、手配していた馬車へと乗り込み夜道を急ぐよう御者に命じた。

ジェルベの調子が狂ったのはエリカがベッドに潜り込んだ日のこと。

気がついてはいました。でも何もしなかったダメな人……。

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