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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
34/101

三四、現れた人

「え? 何で?」


何故、私が陛下と踊らなければならないのだろうか?

突然、全然彼らしくないことを言われて、私は陛下の顔をまじまじと見てしまった。でも、まぁ当然ふざけているような様子でもない。

アルフレッドさえも困惑したような表情を浮かべている。


「どういうことです?」

「エリカとなんか踊ったら足に穴を空けられちまうぞ、陛下」

「失礼ね! 私はダンス得意なんだから!」

「確かにエリカ嬢は側室選定試験の時にダンスも“優”でしたけれど、しかし」


側妃がそんなに出しゃばるものじゃない。私のような庶民出の人間であれば尚更と言いたいのだろう。


「正妃はいないし、エリカは寵妃ということになっている。別に構わないだろ。それにアルフレッド」


開き直っているかのように反論しながらアルフレッドの方を向いた陛下はその耳元に何かを囁いた。それを聞いたアルフレッドが一瞬眉根を寄せたけれど、次に納得したように陛下を見る。


「……分かりました。貴方がそれでよいのなら」

「え? ちょっと待ってよ。私、ダンスなんて久しぶりなんだけどっ」


勝手に承諾されても困るわ。

けれども陛下は「踊れないのか?」と私の手を引きながらそう訊ねてきた。


「そんなことないわ」


そんなことあるはずがない。陛下のその訊ね方にちょっとムッとしながらもそう言い返した。

大丈夫だ。体が、というかこの魂がちゃんと覚えているはずだもの。

ただ、最後に踊ったのはそれこそ選定試験の時だ。それ以来何もしてない。自信はあるけれど、こんな場で他人の注目を浴びて踊るには少しばかり不安だ。大体、こんなにいきなり、陛下らしくなく強引に、一体何を考えているんだろう?


「やめておくなら今のうちだぞ」

「大丈夫だって言ってるでしょ? 私を誰だと思ってるの?」


ダンスくらいで私が怖気づくと思っているのだろうか。私を舐めないでいただきたい。

ツンとしたプライドが頭を擡げて、そう言い返すとこちらに向けられていた陛下の瞳が探るようにスッと細められた。


「……誰だ?」


問いかけてきたのは静かな声。思わぬその返答に私は眉をひそめて首を傾げた。


「誰って、……私はエリカでしょ?」


今更なに? なんでそんなことを訊くの? 他にどんな答えがあるというのだろう?

それでも「……そうだな」と伏せられた濃い青の瞳がなんだかとても気にかかる。

何を言いたいのだろうか? 陛下は今、何を考えてる?

少し歩いて会場の中ほどに来たところでぴたりと立ち止まった陛下に合わせて私も足を止め、陛下と向かい合う。

目を伏せて一度小さく深呼吸をした。

よし、大丈夫。


優雅なワルツが流れ出す。

一度離した片手の掌をスッと陛下が私に差し出してきた。

私がその手を取る姿に周りがざわつくのが分かったけれど、それよりも今はリズムに乗りステップを外さないために曲に集中する方が重要だ。

だって、ほら。まただ。いつもよりも密着した体に、どくどくと心臓が高鳴ってくる。平常心を心掛けていないと頭と顔に熱が集まってきてなんだか失敗してしまいそう。こんなこと、なかったのに。昔、色んな人と踊ったけれど、その時はたしかこんなになったこと一度もなかったのに。何でだろう? 陛下だけが、特別だ。

その理由を考えたけれども、やっぱり無言で踊っているとどうしても意識してしまって、それをはぐらかすために私はくるりと回りながら陛下に話しかけた。


「貴方、ダンス上手いのね」

「どういう意味だ」


陛下が微かに眉を顰める。


「悪い意味じゃないわ。とても踊りやすいって誉めてるのよ」

「子どものころにうんざりするくらい練習させられたからな」

「そう」


それは私にも覚えのあることで、クスリと笑みが漏れた。

それでも私は机に向かう勉強なんかよりもずっとダンスの授業のほうが好きだったけれど。陛下にとっては苦痛だったのか嫌そうに顔を歪めている。そんな姿にますます笑ってしまった。

陛下はここでどんな子ども時代を過ごしたのだろう?

そんな事を考えていると、


「エリカ」


突然、陛下に名を呼ばれて私はハッとして顔を上げた。


「なに?」


真顔に戻った陛下が私をじっと見下ろしている。

そして、陛下は一度ちらりとある一点に視線を向けた。

何だろう?

ターンする瞬間に私もその方向に目をやると、壁際でキャロルたちに囲まれたランベールがこちらを見ているのが見えた。


「なぁ、お前がランベールに話したいことってなんだ?」

「え?」

「ランベールが言ってただろ?」


あぁ、そういうことか。

『今度、ゆっくりお茶でもしよう』ランベールが私にそう言った後、陛下が「何のことだ」と訊きたそうにしていたのに気づいていた。訊かれる前にオルスがやってきたからそのままになっていたのだけれど。

だから訊かれなくて済んだと安堵していたのに。


「それは……」


私は言葉を詰まらせた。

“ティアが死んでからアブレンに、兄上に何があったのか教えてほしい”

ランベールと話したいのは、訊ねたいのはそのこと。


本当は分かっている。

陛下だって、それを知っている可能性は高いって。

陛下はこの国の王だもの。色んな情報を持っているはずだ。

けれども、私はそれを陛下に訊ねることを戸惑ってしまう。訊ねることによって何かが、変わってしまうような気がするから。陛下にはまだ訊きたくない。多分、訊かない方がいい。そんな予感がする。

だから、


「……言いたくない」


本当は時間がないのかもしれない。早く陛下に訊いてしまった方がいいんじゃないかと思うこともあるけれど、それでも。


「ごめんなさい」


今の私に言えるのはこれだけだ。


「……どうでもいいことなら、うるさいくらい喋るくせにな」


ぽつりと呟くように、ため息交じりに陛下がそう言った。私は「そうね」と小さく笑う。


「でもね、いつか貴方に話さなければ、力を借りなければならない日が来るかもしれない。その時はね、ちゃんと話を聞いてくれると嬉しいな」

「力を貸すかどうかは別として、聞いてやるからそれはいつ来るんだ」

「さぁ。そんなの分からないわ」


すぐかもしれないし、来ないかもしれない。

全てはランベールのもつ情報とアブレンの今後の動き次第。

それにきっと今の私に出来ることなんてほんの僅かしかないだろうし、そんな日が来たとしても陛下はまともに取り合ってくれないかもしれない。何もかもがどうなるのか分からない。


「本当に何も分からないの」

「……お前は、いったい」


そのとき、踊っていた曲が終わって私たちはそっと離れた。

ドレスの裾をつまんで腰を落とす。

会話もここで終了だという意味を込めてにこりと微笑みを作るとそれそ察したらしい陛下が少しだけ眉根を寄せた後、諦めのような溜息を吐き出した。

よかった。

これ以上追及されても本当にどう答えればいいのかわからなかったから。


何やら呆然としている人たちが見守る中、陛下と一緒に先ほどまで居た壁際に戻るとアルフレッドがにこやかに出迎えてくれた。


「さすがですね、エリカ嬢。とてもお上手でしたよ」

「ありがとうございます」


そういえば、結局私は何のためにダンスに付き合わされたのだろうか。ランベールとのことを訊くため? でもそれならわざわざ踊る必要はなかっただろうし。まぁ、ダンス自体は陛下も上手でなかなか楽しめたからいいけど。


「やっぱ頭悪い奴」


壁に寄り掛かったオルスが私に向かってそう吐き捨て、フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「ちょっと、どういう意味よ?」


何故? どこが? っていうか何が?

何で今日はこいつこんなに態度悪いの? あぁー、腹立つ!

オルスを睨みつける私の横で、アルフレッドが私に向けた笑顔を今度は陛下に向ける。


「陛下、貴方もちゃんと踊れるんですから日ごろからもう少し令嬢方のお誘いに応じてくださればいいのに。ほら、後ろの方で次は、と期待されている方々が……」


そんなお小言とも取れるような言葉を零していたアルフレッドが、何故か陛下の後ろの会場の方を見た途端、急に言葉を止めて顔を強張らせた。


「……陛下、後ろを」


アルフレッドらしくない潜められ強張った声。

その声に、なんだか異変を感じて私も一緒になってアルフレッドが凝視している方を見た。


そちらの方からは白髪の初老の男性と若い女性がこちらに向かって歩いて来ている。

あの人たちがどうかしたのだろうか?

疑問に思いながらその人たちを見つめていると、少しずつはっきりしてくる女性の顔に私は「あ」と小さく声を上げた。


それは一度だけ顔を合わせたことのある女性。


白銀の輝く髪に空色の瞳。ふわりとした優しく儚げな顔立ちの、一度見たら忘れられないくらい綺麗な人。花祭りの時に踊り子をしていた人だ。

でも、なんでこんなところにいるのだろう?

そう首を傾げていると、壁にもたれ掛って立っていたオルスが弾かれたように体を起き上がらせ、驚いたように瞳を見開いた。


「アリ、ス?」


アリス――?

もしかして知り合い? いや、それにしては様子がおかしいような気がする。

なに?

陛下の方に視線を移すと、陛下もまたまっすぐにその女性を見据え、そして曇らせた瞳をゆっくりと静かに伏せた。

なんだろう? どこか痛みをこらえるような苦しげな表情に胸がざわつく。


傍までやって来た彼らがコツリ、と陛下の前で足を止めた。

伏せていた瞳を開け、今度は何の感情をも読み取らせないかのように、表情を固くした陛下に向かって初老の男性が深々と頭を下げる。


「お久しぶりでございます、陛下」

「本当に、久しいな。……エヴァンズ侯爵」


エヴァンズ。

それは確か陛下の婚約者だった女性の家の名だ。

それならば――?


オルスが“アリス”と呼んだ女性が陛下へとにこりと微笑む。

それはまるで天からの使いのようで、とても、とても綺麗な微笑みだった。

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