三、側室選定試験
無事、身体検査を通過した私は指示されたとおり大広間へと向かった。
私の後ろにはまだたくさんの女性たちが並んでいたから、ここでまたしばらく待つことになりそうだ。
待っている間「ねぇ、あれ」「嫌ね」「身の程知らず……」女性たちが私を指さしながらクスクス笑っているのが聞こえてくるけれど私は完全無視に徹することにする。
さて、これから一体どんな試験が始まるのやら。
それにしても側室を試験で決めるとはどういうことなのだろう。
普通、側室とは国王が気に入った女を召し上げて得るものだとばかり思っていたのだが。
それとも試験とは名ばかりで実際は見合いのようなものなのだろうか?
私は首をひねりつつ辺りを見回した。
この大広間には所々にテーブルが置かれていて、その上にはたくさんの料理が並んでいる。これから立食パーティーでも始まりそうな雰囲気だ。
ただ、普通と違うのは紙の束を持った文官たちがこちらを見ながら何やらチェックしているということ。
おっと、いけない。
それを見た私は、うっかり忘れそうになっていた紙の存在を思い出した。
まずは敵を知らねば、そんな気持ちで朝、情報屋から買っていた国王陛下の情報だ。ドレスと併せてこれを購入したことで私の財産は尽きた。
私は畳んでいた紙をペラリと広げて、それに視線を落とした。
ジェルベ・イオ・レストア
プラチナブロンドに青の瞳。
25歳。私よりも8歳上か。
父王の死により18歳のときに即位。
国王としての技量に問題は無し。国政は順調な模様。
母は伯爵家出身、20年前に死去。
兄弟は無し。あら、天涯孤独なのね。
7年前に婚約者であった侯爵令嬢が死去した後は女性関係の噂もなし、か。
さすが格安の情報屋なだけはある。最低限の情報しかそこには書かれていなかった。
もっと参考となることを希望していたのに残念だ。
私はがっくりと肩を落とした。
その時、後ろからバタンと扉を閉める音がした。
どうやら女性たちがこの場に全員そろったようだ。
いよいよだ。
私はゴクリと唾を飲みこむ。
他の女性たちもそう思ったらしく周りの空気がピンと張りつめているのが分かる。
一人の男が朱色のマントを靡かせながら一段高くなっている場所に出てきた。
遠目だからよく見えないがプラチナブロンドの髪がキラキラと輝いている。
それは、先ほど目を通した紙に書かれていた色と同じ色で、どうやら国王陛下がお出ましになられたのだということが分かった。
陛下は壇上のちょうど中央に位置するところまでやってくると、私たちが犇めくこちら側へと体を向けた。
あぁ、何でもうちょっと前の方に居なかったのだろう。よく見えない。
しんと静まり返る中、陛下は徐に口を開いた。凜と張った威厳に満ちた声が広間に響く。
「皆の者。急だったのにも関わらず、今日はよく私の側室選定の試験のためにに集まってくれた。礼を言う。
さて、試験の内容なのだが、何も身構えることはない。ただのパーティーだ。
そなたたちは普通にパーティーを楽しむだけでよい。
そこでの立ち居振る舞い、マナー、ダンスなどの様々な事柄をここにいる文官たちがチェックする。
その総合評価で合否が決定される。
結果は後日、通達するからそのつもりで。
それでは、健闘を祈る」
陛下の言葉が終わると同時に、試験開始の合図とばかりにその場に音楽の演奏が始まった。
彼は段になっているところから降りるや否やすぐに他の女性たちに囲まれてしまった。
しまった! 出遅れた!!
そりゃあ、皆だって今日この日に賭けているだろうから当然の結果だろうが、それにしても素早すぎる。
あっという間に陛下は女性たちの渦の中。
遠くに女性たちより高い位置にあるプラチナブロンドの頭だけが見えるような状態だった。
もっと一人一人にアピールタイムみたいなものが与えられるのかと思っていたけれど、そんなものはなかったようだ。これでは陛下の視界に映ることさえも出来ずに終了してしまう。
どうしたものか。
今から陛下のそばへ行こうとしても遅すぎるし、あとは文官たちがチェックしているはずの評価を上げるしか私に残された手立てはないだろう。
私は手近にいた男に声をかけた。
ここにはダンスの相手の為だろう、貴族らしい装いの男性が所々に配置されているのだ。
「ダンスのお相手をしていただけますか?」
にっこりと相手に微笑んでみせる。
ここからだ。
王女時代に培ったものの見せ所は。私の身に沁み込んでいる、完璧な立ち居振る舞い。それは気品にあふれているはずだ。マナーだって礼儀作法だってダンスだって、全て完璧だった前世の記憶を持つ私。これこそが今の私の最大にして唯一の武器。
文官たちよ、篤と見ておくがいい!!
私の誘いに「喜んで」と笑い返してくれた男の手を取り音楽に合わせて踊りだす。
一歩一歩、音楽のリズムに合わせて的確にステップを踏んで舞う。
ダンスなんて何年振りだろうか。自然に体が動く。
前世の私が死んだのが何年前なのか分からないから“何年振り”という表現は正しくないのかもしれないけれど、とにかく久しぶりの割には何一つ間違えることなく踊りきることが出来た。
さすが私だ。
最後にドレスの裾を片方だけつまみ、ゆっくりと腰を落としてダンスの相手をしてくれた男性に挨拶をした。
それから、普段食べることが出来ない豪華なお料理を澄ました顔で、内心あまりの美味しさに身悶えながらいただき、こうして私の側室選定試験は終わった。
出来は上々。
唯一、最後まで陛下に近づけなかったことが悔やまれる。
果たして私はあの頃の生活を取り戻すことが出来るのだろうか?
まぁ、取り戻す気満々だけどね。