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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
20/101

二十、後悔と

主人公不在となってます。

三人称です。

まったく、どこへ行ったのか。


どこへ行っても空振りばかりでうんざりしつつ暗闇の中、明かりを手にし辺りを見回しながら歩いていたアルフレッドは、城の大広間に面した庭園でやっと目当ての人物を見つけて足を止めた。


「ここにいらしたんですか。陛下」


ほっとしたような溜息が彼の口から洩れる。

その声と気配に気が付いたように、庭園の中央に設けられた噴水の淵に腰かけていたジェルベが立てた片膝にうずめていた顔をゆっくりと上げた。


「なにをやっているんですか。こんなところで」


バルコニーでの国民たちへの挨拶の後、突然姿をくらませ心配と、捜索という手間をかけさせられたことに対する非難を込めた口調でそう尋ねるとジェルベは今は闇色に見える瞳でぼんやりとアルフレッドの顔を見上げてきた。

月明かりに照らしだされた彼のその表情はなにか弱弱しさと不安定さを宿していて、アルフレッドは思わず顔を顰めた。

自分へ一言もなく姿を消した時点で危ぶんではいたがやはり何かあったのだろうか。

この従弟は昔から何かがあるとこうやって姿を消して自分の殻に閉じこもりたがるところがある。それは人前では完全に“自分”というものを繕いながら生きねばならぬ立場故であることが大きいのだと理解はしているが、それでも、かつて『ジェルベ様は、わたくしには何も分け与えてくださらないわ』と空色の瞳に浮かんだ涙を雫に変えて悲しそうに俯いた彼女の気持ちが分からなくもない。


このまま、勝手に立ち直るまでそっとしておいた方がよいだろうか?


話してくれれば無駄な心配をしなくて良いのだが、無理に聞き出そうとしてもどうせ閉ざした口を開きはしない。

だが、それが今日の花祭りでのエリカ・チェスリーに関することであるのならば悠長に構えているわけにもいかなかった。

これはどうしたものだろうか。

今、選ぶべきなのはどちらかアルフレッドが思案していると、


「探したか」


かけられた言葉は思いのほかしっかりとしていて、一度伏せられて再び現れた瞳はもうどこにも翳りが見えなかった。

そこにいたのはいつものジェルベ。


「当たり前でしょう。こんなところに一人でいるなんて危ないじゃありませんか。オルスが仕事中でなかったら今頃大騒ぎしてますよ」

「仕事?」

「ええ、オルスも今日は昼間抜けていましたから色々と溜まっているらしくて。あ、貴方も明日から覚悟しておいてください」


そうにっこりと微笑んだアルフレッドにジェルベは嫌そうに小さくため息を吐き出した。


「おや、どうかしましたか?」

「別に。今日はずっとあの騒がしいのと一緒だったから少し疲れただけだ」

「騒がしいとは、エリカ・チェスリーですか?」

「他に誰がいる? あんなうるさい人間、なかなかいないぞ。あれのせいでなんだか頭痛がする」


思いっきり顔を顰めてこめかみを抑えるジェルベを見てアルフレッドは思わず小さく噴き出す。ここまでジェルベに言わせるとは一体彼女は何をしたのか。それを見たジェルベが何が可笑しいんだとキッときつい目で睨みあげてきた。

それを笑顔で受け流して、ジェルベを探していた目的である話題を振った。


「エリカ・チェスリーといえば今日はいかがでしたか?」

「いかがも何も本当に花祭りに行きたかっただけみたいだ。特に誰かと会っていたわけでもないし。俺はあれが間者だなどと思えないんだが」

「なぜです?」

「致命的に頭が悪い。あれじゃ間者なんて無理だ」


そのバッサリと切り捨てるような返答にアルフレッドはクスリと小さな笑みを漏らした。


「オルスも同じようなことを言ってましたよ。ただのバカじゃなく大バカなんだそうで」


どう見ても武術の経験がなさそうだった彼女が、無闇にも剣の前に躍り出たのは間違って死んでしまってもおかしくないタイミングだったと。それに、もう城から抜け出たことが周知のことだと分かった後の彼女は陛下に媚びるどころかずっと文句を言っていて、その全てが計算されているようには見えない、と。


「本当に、浅はかでお節介で騒がしい変なやつだ」

「もう城から出しますか?」


うんざりとした深いため息を吐き出したジェルベにアルフレッドはそう訊ねた。

これ以上、ジェルベの負担になるのならもう良いのではないだろうか。これだけの時間があって、今回のように狙う隙が十二分にあっても何一つ動かなかった。それならばきっと狙いは違うところにあるのかもしれないし、そもそもそんなものはないのかもしれない。もう、この辺で一区切りつけても良い頃合いかもしれない。

明日には城から出すとして、それでも念のために見張りは付けておいた方がいい。今から人選をして、今日はなかなか遅くまでかかりそうだ。


しかし、少し考えるような間を開けた後、ジェルベから出された答えはなんともアルフレッドの予想とはかけ離れたものだった。


「どうでもいい。好きなようにしろ」


どうせこの提案はすぐに快諾されるだろうと踏んで、唇に指先を添え、すでに今後のことを考え込んでいたアルフレッドはあっけにとられて小さく目を見張った。ジェルベはそんなアルフレッドを不審げに見る。


「どうかしたか?」

「いえ、……意外だなと、思いまして。今まで側妃を拒んでいたあなたがまだ側においておいても構わないと思われるなんて」


それにジェルベは心外そうに顔をゆがめ、プイッと顔を逸らしてしまった。


「そういう訳じゃない。追い出すとなったらより一層あれがうるさくなりそうだからだ」

「まぁそれならそうで私は構いませんけどね。でも、分かっているでしょうけれど情をうつしてはいけませんよ。まだクロである可能性は捨てきれないんですから」

「誰がうつすものか。あんな奴に」

「分かっていますよ。でも助かりました。実をいうとまだ調査のほうがしばらくかかりそうなんです。今まで彼女と関わりのあった人間全ての経歴を調べるのはなかなか骨の折れる作業ですので」


特に親しかったらしい人物はそんなに多くないのだが、なにやら様々なところで働いていたらしい彼女に関わった人間は驚くほど多い。


「随分と大がかりなんだな」

「仕方がありませんよ。国の平和の為ですからね。何かを見落とすわけにはいきません。それにしても引き際というのは非常に難しいものだということを初めて知りましたよ。どうしてもシロだと断定しきれない。彼女の陰に見えるアブレンは一体なんなんでしょうね」

「お前の見間違いじゃないのか。大体、あれが試験で全て完璧だったようには見えないんだが」

「いえ、残念ながらあれは見間違いではありません。それに、貴方も感じたことはありませんか? 普通の庶民たちと何かが違うということに」


妙に城慣れしていて、委縮することもない。それはあの気の強い性格ゆえとは偏に言い切れない。

けれどもジェルベは考えるように顔を顰めた後、小さく首を傾げた。


「普通の庶民とやらにそんなに詳しくないものでな」

「まぁ、それもそうかもしれませんね。あまり城外に出ることも叶わなかったですし……。そういえば、花祭りはいかがでした? 懐かしいですね。昔、あなたと私で城から抜け出す策を練って4人で参加したのを思い出します。あの頃は楽しかった」

「そうだな」


ジェルベはまるで昔を思い出すかのように瞳を伏せて、そう同意した。


示し合わせて城に集まって、皆であの抜け穴から抜け出した。王城の中とは全く違う賑やかで楽しそうな人々、見慣れない食べ物、くだらないばかりの催し。

ただただ楽しかった。

4人で日が暮れるまで遊びまわった。こっそりと城に戻ると慌てふためいた大人たちが滑稽で、それでいて悪戯に成功したという満足感に皆で笑い合った。


何かを大きく間違えてしまった自分たち。

一人は、もうこの世にはいないし、今、目の前にいる人はよく見せていた穏やかな笑みを封じ込めてしまった。

もう戻れないあの日を想うと寂しいものが胸を過る。



「なぁ、アルフレッド」


突然、そう呼びかけられてアルフレッドはハッとジェルベの方を見た。


「何ですか?」


呼びかけたはいいものの、ジェルベはまるで躊躇うように斜め下に視線を落として、口を引き結んでいる。どうしたものか「陛下?」と声をかければ迷ったような視線がこちらに向けられて、それに対して首を傾げて先を促した。

深く考え込むように、自分自身にも問いかけるようにジェルベが口をゆっくりと開く。




「……アリスは、本当にあの時死んでいたんだろうか?」




久々に口に出されたその名と、あまりにも突拍子のないその問いかけにアルフレッドは驚き、一瞬固まった。

それは何を言いたいのだろうか?

その意図を測りかねて、とりあえず、冗談めかしてその真意を探るために問い返す。


「なんです? 現実逃避ですか?」

「そういう訳じゃない。真剣に聞いてるんだ」


一体、なんだというのだろうか? 今更すぎるそれ。

しかし、とてもではないけれど笑い飛ばせるようなものではないそのジェルベの表情に、仕方なくアルフレッドはあの時に思いを馳せた。

出来れば思い出したくない、誰もが衝撃を受けたあの、アリスの姿に。


「そうですね……。あの時の出血量は相当のものでしたから生きていた可能性はまずないでしょうね」

「……そうか。なら、いい」


納得したのかしていないのかよく分からないジェルベがそう頷いた。


「どうしたんですか? 急に。どうしても気になられるのであればいっそのこと墓を暴いてみますか? 私はごめんですけれど。ご希望であればご自分でどうぞ」

「いや、いい。それにそんなことして、アリスは俺の顔なんて見たくもないだろ」

「そんな風にアリスが思っていると?」


ジェルベはアルフレッドの顔をじっと見てきた。

それは無言の肯定。

でも、と思う。


「何があったのかは私も知りませんけど、そんなはずはないでしょう。アリスはあんなに貴方のこと……。むしろそれは逆でしょう?」


普段、一切アリスのことに触れたがらないのは彼女がジェルベの傷になっているからだということを知っている。

あの頃の、アリスの想いに寄り添えなかった自分を悔いるとともに、出来ることならもう思い出したくないと思っているから。

それは逃げでしかないのに。


「後から後悔しても遅い、か」


ぼそりと呟かれたそれは彼にしては妙にさっぱりと切り捨てられたもの言いで、アルフレッドは不思議に思った。


「なんですか、それ」

「エリカが今日熱弁してた」


ああ、彼女か。あの強気な人間なら確かに言いかねない。


「それは、……少々私たちには耳の痛い話ですね。それはそうかもしれませんけれど」


なんでそんな熱弁をされたのかは知らないがきっとそれはジェルベにとっては一番辛い言葉だったことだろう。思わずクスリと苦笑いがもれる。

いつまで経っても前へ進めないジェルベに彼女は良い喝をくれたかもしれない。


「それはそうと本当にアリスの件が気になられるなら誰かに調べさせますがどうします?」

「いや、もうゆっくり休ませてやりたい」

「あなたも休んでくださると私も助かるんですけど」

「仕方がないだろ。眠るのが辛いんだ」


ふんっと開き直ったように返してきた彼はもう7年も碌に休めていない。


「まったく、その点においてはアリスを恨みます」


やれやれ、とため息を零すとジェルベはその美しい顔を悲しげに歪ませた。

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