二、まさかの門前払い
私が王城前に着いたころにはもう沢山の女性たちがそこに集まっていた。あまりの人だかりで本来ならば一番に視界に飛び込んでくるはずの荘厳な城門がさっぱり見えない。
私は周りの女性たちを見渡した。これが今日の私の敵。
さすが、自ら側室に立候補することだけあって美女揃いの顔ぶれだ。可愛い系から清楚な綺麗系、幼女系にお色気系、様々なタイプを網羅している。
この中で国王陛下のタイプはどれなのだろうか。
まぁ、真剣に考えたところで私には関係がないのだけれど。
私の今の容姿はごくごく普通だ。決して不細工ではないはずだけれど美女というほどでもない。
ありふれた栗色の髪と目の色は間違いなく人目を引くものではない。
前世では絶世の美姫だともてはやされていただけにどこにも向けようのない悔しさが募る。
それでも、私には私なりの武器がある。何も引け目に感じることはないだろう。
私はスッと背筋を伸ばして勝負のときを待った。
10時の刻を知らせる鐘の音が遠くの寺院から低く聞こえてきた。
それと同時にギギッという城門がゆっくりと開かれる音が鳴る。
いよいよだ。
皆もそう思ったのかいっせいにざわついていたその場がシンと静まり返った。
見えないながらも女性たちの頭越しに城門の方に視線を向ける。すると綺麗に揃った複数の足音と男たちの掛け声が聞こえてきた。どうやら武官たちの登場のようだ。
最後にひときわ大きい掛け声が響き一斉に足音が止む。
次いで武官の代表が声を張り上げて、これからのことを指示しはじめた。
「これより側室の選定試験を執り行う。一列に並び1人ずつ記名と刃物等の所持がないかの身体検査を受け、城内の大広間に向かうこと。もし、不審な行動をする者がいれば即刻切り捨てるのでそのつもりでいるように」
そんな声がその場に響き渡ると女性たちは我先にと城門の前に並びだす。私も遅れをとらないように急いでその列に加わった。
一人ひとりに入念なチェックが入る。なかなか前に進めずじれじれとした苛立たしさを我慢して我慢して。ようやく私の番が来た。
さぁ、記名帳に名前を記そう。私が記帳台に身を屈めペンを取ったその瞬間、上のほうから声が掛けられた。
「おい、そこのあんた」
「何か?」
私が顔を上げると、武官の一人が不躾に私の頭から足の先までじっとりと眺めてきた。
気持ち悪っ!
「あんたはもう帰っていいぞ。試験受けるだけ時間の無駄だ」
「はぁ!???」
私は開いた口が塞がらず男の顔を見る。
「あんたみたいに美人じゃない上に貧乏そうな女が選ばれるわけないだろ。身の程を知れよ」
ふふんと男は私を鼻で笑った。
今の私が美人じゃないのは重々承知。貧乏そうだというのはこの今着ているドレスを見て言ったのだろうか?
90ペリルもしたのに! 私の3か月分の生活費だぞ!
確かに私の今着ているドレスの生地は決していい物ではない。光沢はないし何やらゴワゴワしている。オレンジ色をしたその色は品がなくて下手に目を引く。デザインだって全然洗練されてない。そんなこと、いつも最高級品を身に着けていた私が嫌というほど分かっている。
それでも、いつものボロ着じゃあんまりだろうと私の財産のほとんどを投じて、今日の朝思い切って街で購入したドレスなのだ。これが今の私の精一杯。
それを馬鹿にするなんてあんまりではないか。
長時間、立ったまま待たされ続けたイライラとそれに続くこの男の失礼すぎる言動に私の怒りは頂点に達そうとしている。
私は間抜けに開けたままだった口を閉じ目の前の男をキッと睨み付けた。
「貧乏なことに何か問題が?」
「ありすぎだろ。周り見てみろよ。他の女どもはいかにも金ありそうだろ。あんただけ浮いてる。もし、あんたが陛下の目に留まることがあるならそれは悪目立ちしてって意味でだ。この中に入っても、あんた恥かくだけだぞ」
まぁ、確かにそうよね。みんなの着ているものは私と比べようもないくらい品の良いものだし、それに何より女性たちの人数の分だけこの王城前には沢山の馬車がひしめき合っている。繋がれた馬たちがうるさいくらいにいなないていた。
それ相応の家柄の者たちなのだろうとは察しがつく。徒歩でやってきた私とは大違い。でも、そんなこと私には関係ない。
「私は掲示板を見てここへ来たんです」
「あぁ、そうだろうな。広くから募るようにということだったからな」
「そこには『身分を問わず』と書かれていましたが?」
「最低限って言うものがあるだろう?」
男は私の強い口調に怯むことなく淡々と答えてくる。
それが私の苛立ちに火をつける。
「最低限がある? それならそうと初めからそう書いておかないほうが悪いんじゃないですか!? 身分を問わずということは貴族でも庶民でも金持ちでも貧乏でも一切関係ないという意味じゃないですか。そっちの書き方が悪いのが原因なのに無闇に他人を小ばかにするの、止めていただけます? とても不愉快なんですけど! 大体そのあなたの失礼な言動、市民たちはそれを全て国王陛下の価値観だと判断するんです。たとえあなたが小者のいち武官なだけであってもそれは城全体への不満に繋がる。あなたは今、国王陛下の評価をも下げる行いをしているということを分かっているのですか? 陛下に仕えているものとしての自覚を持ちなさい!!」
前世の父はよく私にこう言っていた。
『決して国民を貶めるような行動や言葉を言ったりしてはいけないよ。そんなことをすればいつかわが身を滅ぼすからね。私たちの生活を支えてくれているのは彼らだということを忘れちゃいけない』『王族はそこに仕える者たちの責任者でもあるんだよ。彼らの罪は私たちの罪だ』と。
一般庶民(むしろ下層)に成り下がった今になって、その元父の言葉の本当の意味が分かった気がする。
「とにかく、私を中に入れなさい」
私は鼻息荒く、男を睨み付けたまま城を勢いよくびしっと人差し指で指差した。
決まった!
ぜーぜーと肩で息をしていると、ちょっと仰け反るようにして私の反論を聞いていた男の後ろから突然、また違う男の笑い声がクスクスと聞こえてきた。
よく見ると黒いゆったりとしたローブを身に纏った文官姿の男がそこには居た。
いつから居たのだろう? 気がつかなかった。
男はさも愉快そうに海色の瞳を細めている。
何か?と私はそちらの文官もキッと睨んだ。
「いや、あなたの言うとおりだと思って。失礼したね、お嬢さん。オルス、この女性を中へ通せ」
「はっ」
こげ茶の髪がやけにぼさぼさしていて身だしなみに疑問を感じるこの文官は、それでもなかなか身分が高いのだろうか。オルスと呼ばれた失礼な男がこの文官に対してサッと頭を下げる。
どうだ、まいったか!
思わぬ味方をつけて私は胸を張る。
「どうもありがとうございます」
私は文官に小さく頭を下げた。
男の瞳はなおも愉快そうなまま。にやりと口の端をあげたのが見えた。
「あなたのお名前は?」
「エリカ・チェスリーと申します」
「……そう」
文官はゆっくりと頷く。
なんとも不思議な雰囲気の男だ。
ぼんやりと彼を見詰めていると、ふと後ろからの痛い視線に気がついた。
後ろに並ぶ女性たちがいつまで待たせるつもりだよ、さっさとしやがれとその視線で訴えてくる。
私は急かされるように先ほど名乗った名をササッと記名帳にしるし、次は身体検査に臨むため、お城の侍女たちが控えているらしい城門脇に設置されているテントの中へと入っていった。