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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
17/101

十七、花祭り

私たちが屋台の食べ物でお腹を満たし、中央広場へと向かったのはもう昼過ぎのことだった。

普段であれば穏やかな時間が流れるその広場にはすでに多くの人が集まっていて、整然と並べ敷かれた石畳も奥にあるはずの噴水も今日の主役であるはずの花さえも何も見えない。視界に写すことが出来るのはひたすら人! 人! 人! 特に私たちの目的地である広場中央に設けられた簡易舞台の周りには幾重もの人垣が出来ていて人口密度が大変なことになっている。


分かってはいたんだけど……。


この広場内では朝から様々なイベントが開催されているし、その中でもこの舞台で行われる演目が1番人気であることは毎年花祭りを傍から見ていたから知っていた。

知っていたのに一刻も早くと此処に来なかったのはいつも横目で見ることが出来ていたこの舞台よりも、一度も味わったことのない屋台の食べ物を優先させたためだ。

だから仕方がないけれどよくよく考えれば場所取りしてから買い出しに行って此処で食べれば良かったのに考えが甘かったと後悔した。

でも今更そんなことに気がついても仕方がなくて、私は諦めのため息を一つ吐いて陛下とマリアの2人とはぐれることがないように気を付けながら出来るだけ舞台が見やすそうな場所へと移動する。


「ねぇ、この辺でいいかしら」


適当に行きついた場所で周りの観客の邪魔にならない程度に声を落として2人に訊ねた。どこかいい場所がないかとしばらくうろついてみたのだけれど、結局はどこも同じような感じで、でも舞台は割と高く作られているから少し距離がある分、上に立つ人の顔が見えにくい代わりに首には優しそうだ。私の問いかけにマリアが小さく頷いた。少し顔が引きつっているように見えるのはどうやらあまりの人の多さに圧倒されてしまったためのようだった。居心地が悪そうにキョロキョロと辺りを見回している。


「大丈夫?」


人ごみもそうだし、今私たちを取り囲んでいる人々はお城に仕える人間とは雰囲気自体が全く違っている。悪く言えば野蛮、といった感じで態度が荒々しくて中には酔っ払いも含まれているようだ。こういうのに慣れていないマリアにとっては辛いものかもしれない。そう気を回してみたけれど、意外にもマリアは「はい」と私に返してきた。

それはまだ少しだけ戸惑いの色を含んでいたけれど緑の瞳はキラキラと輝き始めていて、どうやら好奇心のようなものがマリアには芽生えたようだった。

陛下は、というとこちらもゆるく首を動かして辺りを見回している。けれどその顔はつまらなさそうで一人だけ妙に冷めていた。

結局、私の差し出したフエトに対しても「美味しい」も「不味い」もなく無言・無表情で食べていたし、そのほかに差し出した食べ物は要らないと拒まれてしまった。陛下もこの花祭りを楽しむことが出来ればいい。そう思っていたけれどどうやらそれはかなりの難題だったようだ。

それにしても、ここまで興味がないとは本当にこの人は何をしに来たのか謎すぎる。

私が陛下とマリアの間で首をかしげていると、前の演者が去った舞台上に再び人影が現れた。

周りのざわめきが少しの囁き声を残して静かになる。

鮮やかな赤と黄の派手な衣装に身を包んだ白塗り顔の男が大きな球と共に前に進み出てそれに足をかけた。そしてそのまま自然な動きで球の上に乗り上手くバランスを取りながら片足立ちをしてみたり逆立ちしてみたりして人の目をくぎ付けにする。毎年傍目で見ていたとはいえこんなにじっくりと見るのは初めてのことで私はそれにすっかり夢中になった。白塗り顔の男はそれをしばらく続けた後、極めつけとばかりに高くジャンプして再び球の上に着地した。観衆たちがわぁっと大きな歓声を上げた。これはなかなかすごい。だけど、そのまま重心がぶれて必死に足を動かして体制を戻そうと頑張った挙句に顔面から落下。それはどこかわざとらしい動作ではあったけれど、逆にそれが人々の笑いを誘っていて面白かった。私の隣に立つマリアからも可笑しそうな笑い声が漏れる。体を張ったその道化の演目が終ると次は珍しい形をした楽器を持った音楽隊の演奏が始まって見事なハーモニーで耳を愉しませてくれた。ずっと立ったままだったけれどそれが苦にはならないくらい様々な演目が続く。

そしていよいよ最後の見せ場。何よりも美しいのだと国中の人が絶賛する伝統舞踊。話には聞いているけれどそれはどれほどのものなのだろうか? 私は興味深く舞台の方をまじまじと見た。

舞台上に風になびく薄衣を身に纏った女性たちが十数人出てきた。

天女を連想させるその姿で建国の時以来踊りつがれているという舞をこの日演ずるのは国中から選ばれた美女たち。

この踊り子に選ばれることはとても名誉なことで、その後の結婚にも箔が付くということもあって当然競争率も高い。それを勝ち抜いて選ばれたのはどれほどの者たちなのだろうか。

私は興味津々で少し背伸びをしながらじっと目を凝らしてみた。

でもやっぱり少し遠くてぼんやりとしか顔が見えない。残念。

諦めた私は背伸びを辞めて彼女たちの舞を見ることに集中することにした。弦楽器が奏でるこの国らしく優しいけれどどこか寂しい独特の旋律に乗せられて彼女たちは指の先まで美しく艶やかに私たちを魅了する。

社交界の、様々な思惑と駆け引きに満ちているダンスとは全く毛色の違うそれは、とても澄み切って見えた。

こういうのも悪くない。

いよいよ終盤に差し掛かった時、突然、強い風が吹いた。

広場に植えられている木々の葉がザァっと大きな音を鳴らす。

その風に煽られて、踊り子の一人の腕にかけられていたショールが大きく舞い上がるのが見えた。

薄紫色のそれは太陽の光を透かしながらふわりとこちらに飛んでくる。

そしてそれは音も立てずに私の足元に優しく落ちた。


「……」


放っておくわけにもいかず、羽根のように軽いそれを膝を折って拾い上げる。持ち主の顔を確認しようと視線を舞台の方へと戻すとちょうど彼女たちの舞が終ったところで頭が下げられているため顔は見えなかった。

周りから大きな拍手と歓声が鳴り響く。

私は一緒になって拍手をした後、周りの音と声がひと段落するのを待ってからマリアの耳元に口を寄せた。

これで演目は全て終わりということで周りの人たちが他の催しへ移動しようと動き出す。そしてざわざわとした話し声が辺りから聞こえだした。私はそれに負けないように声を張り上げる。


「私、これを返してくるわね」


私とショールを見比べて、今度はマリアが私の耳元に手を添えて口を寄せた。


「わたくしも参りますわ。これでははぐれてしまいそうですもの」


それはそうかもしれない。私はマリアに向かって一つ頷いた。

陛下はどうするのだろう? そう思って陛下の方を見上げると陛下からも「俺も行く」と返ってきて、私は先頭になって舞台の方へと進むことにした。

舞台から離れようとする人の流れとは反対だから、押し流されそうになりつつも踏ん張って人の隙間を縫うようにして前に進む。

舞台の近くに寄れば寄るほど人はまだらになって行き、視界が開けだした。

私はそこで一度立ち止まって周りを見回した。

ここまで来たのはいいけれど、このショールの持ち主はどこだろう? それが分からなければどこに向かえばいいのかも分からない。

さっき顔も確認できなかったしどうやって探せばいいんだろう。

そう思ったのだけれど、どうやら持ち主の方もこれを探していたらしい。

先ほど舞台上に見た、天女を想わせる青の衣を身に纏った女性が一人、辺りを見回していた。


「あの、」


私が声を上げて近づくと、彼女は私の手に握られたものに気が付いたようで顔をハッとさせて慌てた様子でこちらに寄ってきた。


「それっ」


近くまでやってきて確信したのか彼女の顔がパァッと笑顔になった。

うわぁ!

私は思わず感嘆の声が出そうになった。

結い上げられた髪は珍しい白に近い銀、空色の瞳が良く似合う優しくてどこか儚げな顔立ち。

さすが、踊り子に選ばれるだけある美しさ。

私はそんな彼女に見とれながら両手を伸ばしてショールを差し出した。


「これ、飛んで来たの。あなたの、ですよね?」

「はい」


聞こえてきたのは透き通った声。

可愛くて綺麗だ。

私が男だったなら今、この場でプロポーズしてしまうんじゃないかと思うくらいに。

彼女は両手でショールを受け取り大事そうにその胸に抱えた。


「あの、どうもありがとうございました」

「いいえ」


そう返すと彼女はもう一度にっこりと笑い「では、失礼します」と言って一度頭を下げて去って行く。

私も現世でもこれくらい美人だったらよかったのに。そう思わずにはいられない。

私はしばらくその後姿を見送り、くるりと後ろを振り返った。

無事ショールを返せたことだし一安心だ。


「じゃあ私たちは帰りましょうか。そろそろ戻らないといけない時間だし」


本当は夜の花火まで見たいけれどさすがにそれは無理だから諦めよう。きっと城内からも見えるし。

私の言葉にマリアは「はい」と微笑んだ。

でも、陛下からは返事がなくて、それはよくあることではあるのだけれどなんだかいつもと様子が違う。

目を見開いて固まったまま先ほどの踊り子の女性の去って行った方を見つめていた。


「ねぇ」


私は陛下の前に立って声をかけた。

でも、陛下は全く聞こえていないようで何の反応も示さない。ダメだ。魂が抜け出ている。


「ねぇ!」


今度は声を張り上げて、彼の目の前で手をパチンッと大きく鳴らして陛下を呼んだ。

するとやっと気が付いたようでハッと私の方を見る。


「どうしたの? あの綺麗な人に一目惚れでもした?」


どう考えても原因は彼女で、私がそう尋ねると陛下は翳った瞳を一度をゆっくりを閉じて、それから小さなため息とともに「いや」と答えた。

私との初対面の時には「冗談じゃない」とまで言ったくせになんなんだ、この違いは。

そりゃ、今の私はあんなに綺麗でも可愛くもないけどさ。

私はむぅっとしながらも、その答えに納得もしていた。

一目惚れをした瞬間の人間の顔なら何度か前世で見たことがある。

見開かれた瞳に宿る熱、紅潮する頬。どこか落ち着きのない態度。時には急に手を握ってくる男もいてそれはそれは気持ちの悪いものだった。つい、警戒心から顔をひきつらせてしまうくらいに。

けれど、それらはさっきの陛下からは一切感じられなかった。

なんだろう? まるで亡霊でも目の当たりにしたように息を止めていた。でも、その表情はただそれだけではない何かがあってなんだかそれがとても気になった。


「どうか、したの?」

「いや、なんでもない。帰るんだろう? 行くぞ」


陛下はそう言ってさっさと背を向けて歩きだす。


「……ええ」


多分これ以上何か訊ねてみても、何も教えてはくれないのだろう。

私はマリアと共に、陛下の後を追おうと足を踏み出した。

でもその時にふと何か嫌な予感を感じて私はもう一度後ろを振り返った。

でももうそこには何もなくて、舞台の周りを取り囲むように置かれた沢山の花が風に揺れているだけだった。

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