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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
15/101

十五、大通りでの口論

「あの、私たちと一緒に花祭り回りませんか?」


マリアが買い出しに行ってくれている間大通りの片隅に置かれたテーブルを私と一緒に囲んでいる陛下に、いかにも容姿自慢といった感じの女2人が声をかけてきた。

私よりも少し年上といった感じの彼女たちは期待に輝く瞳で陛下を見つめていて、その隣にいる私の存在は完全無視。

私はその光景を見ながら何度目か知れないため息をついた。

これで何人目だろうか?

陛下が国王だということがばれないように指輪を売ったお金ですぐに服を買った。いつも身に着けている質の良い衣も煌びやかな装飾品も全て取り去って庶民たちのそれに変えたのに。髪の色もその顔も派手すぎるのだ。人目を集めて仕方がない。

あぁー! もう陛下を連れてきたのは失敗だった。

いや、陛下がいないとお城から出ることは不可能だっただろうけどね!

でも、これでは目立ちすぎてすぐに見つかってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。実際、そろそろお城では陛下の不在に誰かが気が付いている頃で捜索隊が出されいていてもおかしくないというのに。

こういう場合はやっぱり私の責任問題? いや、でも陛下から付いてくるって言ったわけだし、大丈夫よね? いやだ、なんだか今更怖くなってきた。もし見つかったらどうしよう。陛下は私を庇ってくれるかどうかわからないし。

もういっそのこと、すぐそこの屋台で売られているお面でも陛下の顔に付けてやろうかとすら思ってしまう。嫌がられるだろうけど。

でもなぁ、困ったな。

私がそんな考えに顔を顰めている傍らで陛下は女性たちに向かって何かを言い首を振った後、何故かこちらを見た。

すると女性たちも一緒になって私を見る。頭のてっぺんから足のつま先まで、主に顔を中心にじっくりと。

なに? なんなのよ?

私も彼女たちを見返すと、彼女たちはフンっと私を鼻で笑った後陛下に視線を戻して胸の前で手を組んだ。

そして計算された笑顔と高めの作られた声で言う。


「じゃあ、彼女も一緒なら、ね? いいでしょ?」


え? なんですか? その妥協してやろうっていう感じは。私はあんたたちと一緒に行動したいなんて一言も言ってないんですけど。勝手に私の参加を決めないでよね。

大体、相手がこんな女ならすぐに奪い取れるわって思ってるのがバレバレなのよ! 

ふんっ、残念ね。私が一緒だからって陛下にとっては何も関係ないのよ。


「断る」


ほらね。

私の予想した通り陛下はきっぱりとそう言い放った。

まぁ、予想と言ってもさっきから人を変えて何度も繰り返している会話だから展開が読めていただけだけど。

そのあまりにも素っ気ない返答に彼女たちは戦意喪失したのか「気が変わったら声かけてね」と言いながら残念そうに人の沢山いる方へと去って行く。

なんとなしにその後姿を見送っていると隣から深いため息が聞こえてきた。

見ると陛下が億劫そうに椅子の背もたれに深く寄りかかっている。


「よかったの? せっかくのお誘い断っちゃって。けっこう美人だったのに」


さっきのはちょっともったいなかったんじゃないかと思ってそんな事を訊ねてみれば陛下が私を鋭く睨んでくる。

私は気を遣ったつもりだったのに何故!?

言い方が不味かったかな?


「いや、私たちのことは気にしなくていいから貴方は好きなところに行ってもいいのよって言う意味よ。貴方だってなにかやりたいことがあったから抜け出してきたんでしょ?」

「別に何もない」


ちょっと苛立たしげに陛下はそう言い切った。

何もないって、じゃあこの人は何しに来たんだろう? 城外は危険だって分かっているはずなのに。


「じゃあもうお城に戻った方がいいんじゃない? これから中央広場に行ったらもっとたくさんの人で溢れかえってるのよ。疲れちゃうじゃない。ねぇ、それがいいわ。そうしましょう!」


なんて名案! そうすれば陛下は安全だし、私も目立つことがない。ついでにお城に戻った陛下に良いように言っといてもらえたら私も戻りやすくなるし。

そう思ったけれど、そんなに上手くはいかないらしい。


「俺がいると何か問題でも?」


陛下の瞳がスゥッと細められる。またこの目だ。なんだろう、陛下は何かを探るように私を見る。

この目は苦手だ。何かを見透かされそうで怖い。


「問題なんかないわよっ。貴方も花祭りの催し物を見たかったなんて知らなかっただけ」


まるで叱られた子どもが罪をごまかそうとするように、私は慌てて否定した。

でもその深い青の瞳が逸らされることはない。というか余計に視線が険しくなったみたい。

なんで?


「別に花祭りなど興味はない」

「え? 興味ないの? それなら、もしかして私と一緒に居たかったから付いて来たとか?」


まさかのラブ? どうしよう。私、困っちゃう。


「そんなわけない。気持ちの悪いことを言うな」

「分かってるわよ。ただの冗談じゃない。で? そうでもないというのなら何しに来たっていうのよ?」

「お前には関係ない。エリカこそ何をしに来た?」

「何って花祭り以外に何があるの?」

「……本当にそれだけが目的なのか?」


それだけって、この人は何を言いたいのだろうか?

よく分からないけれど、ここは真面目に答えておいた方がいい。そんな気がして私はちょっとだけ姿勢を正してみた。


「それだけよ。ただ花祭りを楽しんでみたかったの。それ以外には何もないわ」

「花祭りごときのために何故わざわざ城を抜け出すリスクを負った? 城から抜け出した側妃がどうなるか知らないわけじゃないだろう? お前はやっぱりただのバカなのか?」


バカで悪かったわね。

でもその言い方はどうかと思うわ。


「ごときって何? お恥ずかしながら私はその『花祭りごとき』も楽しむことが出来ないくらい貧乏だったの。いつも働いていて、楽しそうに笑う人たちの姿を横目でずっと見てた。だから一度くらい一緒に楽しんでみたいと思っただけじゃない。人生はどこで終わるかわからないのよ? 今、やりたいことを精一杯しとかないと後から後悔しても遅いの! 1分1秒大切にしないといけないの! バカでもいいじゃない。それが私の生き方なの!」


あのときのように終わりは突然訪れる。たくさんの後悔を残して終わった前世のようにはなりたくない。今を精一杯生きていたいの。


「確かに無断でお城から出ようとしたのはいけなかったかもしれないけれど、今日は私は側妃として守られながらじゃなくてここにいるみんなと同じようにして楽しみたかったの。あなたにはそれが分からない?」


王族としての疎外感を陛下も感じたことがあるはずだ。だから分かってくれるんじゃないだろうか。人に守られて、特別扱いされながらではちっとも楽しくないことを知っているんじゃないだろうか? そう思って問いかけたのだけれど、それに共感は得られなかったようでいつのまにか陛下の顔はとても険しいものに変わっていた。


「分からないな。今やりたいことを? それはただの我が儘だ。お前はそれで満足かもしれないがそれに巻き込まれる人間はいい迷惑だ」

「私が誰を巻き込んだっていうのよ?」

「誰だと? 現に今マリアを巻き込んでる」

「それは、マリアも花祭りに参加してみたいって前に言っていたもの」


マリアにも楽しんで欲しかっただけだもの。私は悪いことをしたなんて思っていない。

でも、その私の考えはすぐに否定される。


「マリアにも立場というものがあると分かっているのか? お前を花祭りに行かせてしまったことで責められるのはマリアだ」

「バレたときの責任なら私が取るわ。マリアは悪くないんだし、誰もマリアを責めさせたりなんかしない」

「もしそれが通ったとして、誰もマリアを責めることはなくても絶対にあの娘の評価は落ちるんだ。認められたくて必死になってるあれの頑張りを無駄にするな」

「そんなこと……」


そんなつもりはなかった。でも確かに言われてみればそうなのかもしれない。

マリアにはちゃんと謝らないといけないわ。

反論を途中でやめ、自分の浅慮を省み始めた私に陛下はため息を一つついた。そしてさっきまでの苛立ちを含むものとは違い、妙に冷めたその表情になる。瞳の色が少し影って黒く見えた。


「城に、側妃としている限り勝手な行動は許されない。そんな生き方を貫きたいならさっさと出ていけ」


淡々としたその口調は少し棘があって警告の色が含まれていた。

だから、私もそれを真面目に受け取った。

陛下の言葉は確かに正しいのだろう。大人しくお城に居ればいい。そうしていればすべてが円滑に回る。皆が喜ぶ。

でも、本当にそれでいいの? 自分の意思を押し殺してしたいことも出来ず、他人の望むままただそれに従って。

裕福な暮らしはもちろん大切だ。だけど自分自身がお人形さんになっては意味がない。なにも満たされない。そのために私は側妃になりたかったわけじゃない。

そしてこの時になってようやく気が付いた。動く彫刻のように綺麗な陛下。でも、それはきっと比喩になっていないのだと。ずっと表情にあまり出さないだけだと思っていたけれど違うんだ。よくよく考えれば雰囲気さえも動かない。喜怒哀楽のうち怒しか見たことがないし、それがどこまで本気かもよく分からない。あの幼馴染2人といるときでさえそうだ。ずっと陛下観賞をしていたから分かる。幾分か和らぐ程度でやっぱり何も変化はなかった。

それは、きっと何かを失ってしまっているから。


「ちょっと待ちなさい」


気が付いたら私は立ち上がってどこかへ去って行こうとする陛下の腕をつかんでいた。


「放せ。俺に触れるな」


力いっぱい腕を振られて、私はその手を一度放してしまった。

でもダメだ。この人はこのままじゃダメ。

私はもう一度その腕に手を伸ばす。


「行かせない。貴方も今日は花祭りを楽しんで。王家は国民の心に常に寄り添うものだって昔、ある人が言っていたの。楽しいことも悲しいことも共感しないといけないって。貴方のように他人事じゃダメよ。そんなんじゃいい政治はできないわ。」

「何を言っている」

「私、決めたの。私があなたを人間に戻してあげるって。折角、今生きてるんだもの。思いっきり生きないと損なんだから!」

「だからそれは何の話なんだ」


陛下は訳が分からないというように深々とため息をつき、頭を抱えるように額に手を当てた。


「もういい。お前が何者でもどうでもいい。さっさと城から出ていけ。もう俺に関わるな」

「嫌よ。私にもう一度貧乏に戻れって言うの? そんなに冷たいこと言うなんてやっぱりちゃんと感情を取り戻さないといけないわよ」


俯いている陛下の顔を覗き込むとギロリと深い青が睨んでくる。

そこへ突然横から戸惑ったような声がかけられた。


「あの、お取込み中、ですか?」


声のした方を見るとたくさんの食料を抱えたマリアがなんだか人目を気にしながら気まずそうに立っていた。

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