十四、脱出計画の実行
「で? どこに行くんだ?」
城門の方へ向かって進みだした私の後ろから陛下はそう問いかけてきた。
私はくるりと振り返って陛下と向かい合う。
「何処って城門に決まってるじゃない。お城に出入りするにはあそこを通るしかないし、もうすぐ門番の交代時間でしょう? 早くしないと抜け出せなくなっちゃう」
「お前はいつの間にそんな事調べてたんだ」
陛下の片方の眉がピクリと上がる。
もしかして不味いことを言っただろうか。
「いつって、……花祭りに行くって決めてからだけど」
「あそこからじゃ城は抜け出せない。城門を見張っているのは何も門番だけじゃない。見張り台だってあるんだ」
「え? そうなの?」
「ああ」
驚く私に陛下はさも呆れたと言わんばかりに息を吐いた。
その程度のことも知らずに城から無断で出ようとしていたのか、と。
だって仕方がないじゃない。前世で兄上とお城を抜け出した時はもっと確実な方法をとったけれど、ここではそうもいかなかった。それを実行するには情報と権利がなかったから。だからこれが唯一の完璧な作戦だと思っていたのに。
「じゃあ、どうやって抜け出せばいいのよ!」
「……こっちだ。来い」
まさかの作戦失敗に頭を抱えた私に見かねたように、そう言って陛下は今まで進んでいた方とは逆方向へ歩いていく。
え? 他の方法を教えてくれるの?
なんだか不気味なくらい協力的に思えるのは気のせいだろうか?
もしかして何か裏があるのではないか。そう疑いながらもマリアと2人、陛下の後ろを付いて行くと何の変哲もない城壁の一部分にたどり着いた。
「こんなところのどこから外に出るっていうのよ? もしかして壁を越えろとか言うんじゃないでしょうね?」
私は目の前にそびえる城壁を見上げた。いや、無理よ。私の背より高いのよ。陛下はどうか知らないけれど私とマリアは梯子でもない限り越えていくことなんてできない。
だけど陛下は狼狽える私にゆるく首を振って見せる。
「違う。ここに抜け穴があるんだ」
抜け穴?
「昔、見つけて何度か使ったことがある。警備のためにもそろそろ埋めてしまおうと思っていたからちょうどいい。これが最後だ」
陛下は壁に沿うようにずらっと植えられている背の低い植木の中へ躊躇もせずに一直線に入って行き、何やら屈んで大きな石を一つひとつ退かし始めた。
遠くからではどうなっているのかよく分からなくて、私もそちらに寄って行き植木の中を覗き込んでみる。
陛下が最後の石を退かし終えると、本当に城壁に大人でもぎりぎり通れそうなくらいの大きな穴がぽっかりと開いた。
「すごい。たしかにここからなら簡単に出られるわね」
出られるけれど何故こんなに大きな穴、さっさと塞いでしまわなかったのだろう。さすがに無用心ではなかろうか。
まぁ、とりあえずまだ塞いでいなかったお陰で私も抜け出すことが出来るんだけどね。
さて、と。穴も開いたことですし、
「じゃあ、私から出てみるわ」
「お気をつけてくださいね」
私に続いて様子を伺いに来ていたマリアから心配げな声がかけられる。
「まかせといて」
私はマリアを振り返らずにひらひらと手を振りながら返事をした。
そして穴の側面に手をついて少しだけ外に顔を出し、そっと周囲の様子を窺う。こんなところから出る場面を城外の人間に見られるわけにはいかないだろう。よし、誰もいない。今だ。
そのまま素早く抜け出ると陛下が手慣れた感じで、次にマリアが恐る恐る足元を気にしながら続けて出てきた。
意外とあっさり脱出完了だ。
半年ぶりの城外。
城壁に沿うように通った道とかその脇に建つ建物は久々に見る市民の生活の場で、なんだかすごく懐かしい気分になる。
それを一通り眺めながら、ふと思った。
「ねぇ、さっきこの抜け穴、何度か使ったことがあるって言っていたけれど陛下もお城抜け出したくなることがあるの?」
前世の私が外の世界に憧れたように陛下も外に出てみたいと思ったのだろうか。だから抜け出していた?
そう考えた私は、横で衣裳を叩いて汚れを落としている陛下にそう尋ねてみた。
陛下は動きを止めて、いきなり何なんだと言うような目でこちらをじっと見てきた。そしてそっと瞳を閉じる。
「……今はない」
「ふーん」
今“は”ね。
なんだろう。なんだか初めて陛下に親近感がわいてきたような気がした。
はっきり言って普段の陛下は何を考えているのかよく分からない人だ。
私の前では基本的に口数は少ないし、表情だってあまりない。せいぜい不機嫌そうに歪められたり、呆れたように冷めたものになるくらい。
それに私たちの間にはしっかりとした壁がある。
今までその壁の向こう側を見ようだなんて思わなかったけれど、その壁が一瞬だけ透けた気がしてなんだか嬉しかった。
陛下は一体どんな人なのだろうか。よくよく考えれば同じく王族として育った人間だ。前世の私と共通した思いもあるかもしれない。意外と分かり合えるかもしれないな。
そんな思いを私が抱いているとは露知らず、陛下は通った穴を塞ぐために外側から石を積み上げていく。何度か出入りしたらしい陛下の仕業なのか、程よい大きさの石が穴のそばには点在していた。綺麗に積み上げていくとその抜け穴は意外と目立たないものになる。
それを確認した後マリアが少々不安げに私に尋ねてきた。
「これからどうするんですか? エリカ様」
私はポケットの中の物を取り出してそれをマリアに見せる。太陽の光を受けてきらりと輝く金色の輪。
「もちろん、花祭りに行くのよ。これを売ってお金を作ってからね」
それを見たマリアの目が驚きに見開かれた。
「あぁー! それお部屋にあった指輪じゃないですか!」
「1個くらい売ってもいいでしょ? 好みじゃないからどうせ着けないし」
「そういう問題じゃありません。売ってはダメです。これはエリカ様に与えられたものですがお城のものでもあるんですよ」
「今回だけ。ね? さぁ早く行きましょう」
「だからダメなんですってば! エリカ様ぁ」
遠くのほうで花祭りの開始を告げる昼花火が空高くに打ち上げられた。
花火から放たれた煙がゆっくりと雲に同化していく。
楽しい花祭りになればいい。
マリアのお小言を聞きながら、私はそう思った。




