十三、三人で
「ねぇ、今日はなんだかお城の中、賑やかじゃない?」
もともとどこへ行くわけでもなく城中散歩をしていた私はいつもとなんだかお城の中の様子が違うことに気が付いた。
文官も武官もさっきからよく目にするのだ。
しかも彼らはなんだかせかせかとした足取りで忙しそうに歩き回っている。
そんな様子を疑問に思った私は一歩後ろを歩いていたアリアにそう問いかけた。するとマリアは少しだけ考えるようなしぐさを見せた後「あぁ」と言って顔をパッと笑顔に変えた。
「もうすぐ国が主催する花祭りがあるからですわ。皆様準備に忙しいんです」
“花祭り”
そのお祭りは私も知りすぎるほどよく知っている。
春の花が咲き乱れるころに行われる、レストア王国の2大祭りの一つだ。大通りには出店が溢れ、メイン会場となる中央広場では様々な催しものが行われる。その中でも選ばれた若く美しい娘たちが魅せる伝統舞踊はお祭り最大の見せ場だった。沢山の見物客たちが国内の至る所から集まる。
「もうそんな季節だったのね」
私はその華やかなお祭りに思いを馳せた。
去年までの私ならこんな稼ぎ時、絶対に逃すわけにはいかなかったのに、この平和な側室生活のお蔭ですっかり忘れていたわ。何、この余裕。素敵。
「いいですわねぇ、花祭り。わたくしも参加してみたいですわ」
マリアは夢見るように顔を赤らめてうっとりとそう言う。
「マリアは行ったことないの?」
「一度、幼い時に兄達と行ったことがあるんですけど危ないからと遠くから眺めることしかさせてくれなくて。逆になんだか寂しかったのを覚えてますわ」
「まぁ、ひどい人ごみだしね。あの中にマリアを入れるのは心配だったのかもしれないわ」
「ええ、2人ともなんだかとても面倒くさい人たちですからね」
そう言って珍しくマリアが深々と溜息をついた。
マリアのお兄さんたちはどうやらとても過保護なようで、そんな話を聞くと私も前世の兄上を思い出して自然と笑みがこぼれる。まぁ兄上の場合はいつも泣き落としでどうにかなったけど。
「やっぱりエリカ様は毎年参加されていたんですか?」
「参加、ね。したことないわよ。会場にはいたけど」
「それは、どういうことですか?」
マリアが不思議そうに首をかしげた。
「ずっと働いてたのよ。売り子とか裏方とか。去年は焼肉売ってたし、一昨年はひたすら野菜刻みしてた。その前の年は……あぁそう、迷子案内係。幼いころは毎年ゴミ拾いしてたなぁ」
「……それは……大変でしたね」
「……まぁね」
なんだか憐れだと言わんばかりの潤んだ緑の瞳でマリアは私を見つめてくる。
よくよく考えるとマリアよりも私の方がずっと寂しい花祭りを経験してないか?
そうよ! お金がないばっかりに花祭りも秋にある収穫祭も一度として楽しんだ記憶がない!!
なんということ!
このままではいけない。
私はそう思った。
*-*-*-*
「だからってなんでこうなるんですかぁ!?」
花祭り当日。
私はこの城にやってきたときに身に着けていたワンピースに着替えて、1階にある空き部屋に侵入していた。
今年は私も花祭りを満喫すると決めたのだ。
誰にも見つからず城から抜け出し帰ってくればきっと大丈夫。
そのための作戦も練った。
手順はこうだ。
他と比べて人目につかないこの部屋の窓から出て、城門の脇に立つ門番たちの交代時間の隙をつき脱走。そして、自室から持ち出した指輪を1つ売りお金を作って今日の資金にする。
帰りはまたその逆を辿ればいい。
うん、完璧。
私はさっと空き部屋の窓に寄り鍵に手をかけた。
軽い力で簡単にそれは外れる。
そのまま窓を開け窓枠に片足をかけてそのままよじ登り一度体を安定させる。そして足に負担をかけないように綺麗に着地してから窓の方を振り返った。
やっぱりそこにはマリアがいて、私の真似をして窓によじ登り追ってこようとする。
「エリカ様! 待ってください! 行ってはダメですって」
「大丈夫よ。すぐに帰ってくるから。それまで適当にごまかしといてくれればいいんだから」
「そんなの無理ですってばぁ」
基本的に真面目なマリアは融通が利かない。
参った。もうすぐ門番たちの交代時間だ。こんなところで油を売ってる場合じゃないのに。
それならば!
「じゃあ、マリアも一緒に行きましょうよ。花祭り、参加したいって言ってたじゃない。うん、それがいいわ。そうしましょう?」
「えぇーー!?」
もしかしたら私一人の姿が消えるよりもマリアも一緒の方が誤魔化しやすいかもしれない。
私は慌てるマリアの腕を引っ張った。
あわあわと、まるで落ちるように窓枠から外へ着地したマリアをそのまま引っ張って城門の脇まで一気に走り抜ける。
でも途中でマリアの力強い抵抗にあってしまってそれ以上進めなくなってしまった。手を取っていたことが逆効果になってしまったらしい。
マリアが喚くように声を荒げる。
「ダメですってば! ばれたらどうするんですか!?」
「大丈夫よ。ほら、早くしないと花祭り終わっちゃうじゃない。急ぎましょう」
「大丈夫って何を根拠におっしゃってるんですか!?」
うーん、困った。どうしよう。流石にここまで抵抗されてはどうしようもない。
私がどうしようかと考えあぐねたときだった。
「なにを騒いでいる?」
――げ。
突然かけられた第三者の声に私はビクリと固まってしまった。
こ、この声は……
声がした方をそろりと振り返る。
庭に植えられた大きな木の根元。そこには私が思い浮かべた通りの人物が白い衣を身に纏い木の幹に寄りかかるようにして片膝を立てて座り、濃い青の瞳でこちらをじっと見ていた。
「陛下!」
「どうか、したのか?」
すっと濃い青の瞳が細められる。
いや、だから怖いんですって。その表情。
陛下はゆっくりと立ち上がりこちらにやってくる。
あぁ、まさかこんなところでばれるなんて!
よし、とりあえず話を逸らそう。
「こんなところで何してるの? さぼり?」
「休憩だ。で? お前は何をしてるんだ」
「私は散歩よ。陛下は護衛もつけずに休憩だなんて危ないんじゃない?」
「エリカに気にされるほど俺は弱くない。これがあれば多少のことならなんとかなる」
陛下はそう言って腰にぶら下げている剣を少し持ち上げて見せる。
あら、随分と自信がおありなこと。
「でも、やっぱり護衛はいたほうがいいわよ。今頃オルスが心配してパニック起してるんじゃない?」
よし、このまま会話に乗せて、適当に別れよう。
うん、それがいい。
「陛下! それよりもエリカ様が花祭りに参加したいからってお城から抜け出そうとしてるんです! 止めてください」
ちっ!
陛下に泣きつかれてしまった。
「花祭り?」
陛下が訝しむように濃い青の瞳で鋭く私を見る。
バレてしまっては仕方がない。
でも諦めたくなんかない。
えぇい! ものは試しだ。
「えぇ。是非行きたいの。ねぇ、行っちゃダメ?」
ダメ、だろうな。
名ばかりでも私は側妃だし。普通の側妃が城から抜け出そうものなら不義だのなんだのと騒がれて最悪処刑だものね。それを陛下直々に許すなんてあるはずがないし。
あーぁ。こんなことならマリアにもばれないように朝早くに逃げ出すんだったか。いや、でもそれはそれで私がいないと騒がれるだろうし。協力者は必要だった。
マリアが思った以上に強情だったのが私の誤算だったんだ。
とりあえず最後の頼みの綱となった陛下の様子を窺う。
「…………」
陛下が音として響かないほどの小さな声で何か言ったのが分かった。考え込むように口元に指先を当てて瞳を一度閉じる。
何を言った?
陛下はゆっくりと目を開けて私の顔をじっと見る。
え? なに?
「ならば、行くか」
「本当!?」
なぜ!? いいの!?
希望通りの答えだったにもかかわらず逆に驚いてしまう。
「だが、俺も一緒にだ」
いや、別にかまわないけれど国王が城から勝手に出るのは不味くないか?
マリアもそう思ったのか今度は陛下に食い下がる。
「そんな! 陛下!! ならば他の人間を」
「いい」
「でも、……」
「マリア、分かるだろう?」
「そんな危険すぎます!」
「それなら大丈夫だ」
なんだかよく分からないけれど陛下の断言にマリアはしぶしぶ頷いた。
流石、陛下。役に立つ。
さて、これ以上誰かに見つからないうちにお城から出なくっちゃね。
「じゃあ早く行きましょう」
私は花祭りに行ける喜びに胸を弾ませながら2人に向かってそう微笑んだ。
さぁ、花祭りへ出発!
満面の笑みを浮かべて先に進む私の後ろで、2人がどんな顔をしていたかなんて私は知らない。