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私の玉の輿計画!  作者: 菊花
本篇
10/101

 十、直談判

――このままでは城を追い出される!!


ベティーと見知らぬおじさんが言い争っているのを聞いた私は咄嗟にそう思い駆けだした、まではよかった。

だけど、今まで何の用もなかった国王陛下の執務室がどこにあるかなんて知るはずもなく、私は広い城の中を独りさ迷うこととなった。

誰かに尋ねられれば良かったんだけど、時間が悪いのか、場所が悪いのかすれ違う人なんて一人もいなかったし。

とりあえず周りをキョロキョロと見ながら、今まで歩いたことのなかった方向の廊下もくまなく捜す。

どの廊下も同じ造りで、くねくね何度も曲がっていると次第に自分がどこにいるのかさえも分からなくなってきた。

まるで迷路の中に放り込まれた気分だ。

心細さが胸に灯り、マリアが帰ってくるのを待ってから執務室に向かえばよかった。そんな後悔が頭をよぎった、その時。


あった。


両開きで重厚感が漂うその扉は他のどの部屋のものとも違っていて。

そして扉の前にはその部屋を守るように2人の武官が立っていた。

それは見るからにこの部屋は“別格だ”と言っている。


ここじゃないだろうか?


私はその部屋の前で歩き疲れた足を止め、武官2人と向き合った。誰だ?というように2人は眉をしかめながらジッと私の顔を見る。初対面だもの。彼らには私が不審者に見えているかもしれない。すんなり答えてくるかしら?


「ここが陛下の執務室?」


私は彼らにお上品に首をかしげながらそう訊ねてみる。


「誰だ?」


案の定、武官の一人が私にそう問いかけてきた。


「私は国王陛下の側妃でエリカ・チェスリーと申します。ねぇ、ここが陛下の執務室?」


私はもう一度、口元に指先を添えて悠然と微笑みながらそう訊ねてみた。王女時代に習得した“人を従わせる”雰囲気を醸しだしつつ。

すると、それが伝わったのか2人は「はい」と頷いてくれた。


よかった。間違いじゃなかった。


「そう、それなら陛下に用があるの。通してくれるかしら?」


男たちは私のその言葉に一瞬戸惑ったように互いの顔を見つめた後、左右に分かれ扉の両脇に避けた。


私は一歩前に出て扉の前に立った。材となっている木の名前は分からないけれど硬そうで深みのある色合いが美しい扉だった。金具の部分には繊細な彫刻も施されていて国王の部屋に相応しい品がある。

私は掌を軽く握り、扉にそれを振り落とそうとした。


だけど、


はたと不味いことに気が付いてしまってそのまま動きを止めた。


最初に、一度だけ対面した陛下は言っていなかっただろうか。

自分が側室を望んだわけではない、と。大臣たちがうるさかったから娶っただけだ、と。


陛下にとって側室選定試験の合格者は別に私でなくてもよかったのだ。というかそもそも合格者すらいなくてもよかったのではないだろうかとすら思えるほどの無関心ぶりだ。

だから陛下にとって必要のない側室である私が城から追い出されたところできっと彼は痛くも痒くもないはず。

そんな人が私に協力などしてくれる?


無理な気がする。

むしろさっきのおじさんと一緒になって私を追い出そうとするかも。


あぁーーーー!

こんなことならもうちょっと媚びを売っとくんだった。

失敗したわ。


どうしよう。どうしよう。どうしたらいいの!?


手を浮かせたまま動かなくなった私に、扉の両脇に立っている護衛の武官たちが不審そうな視線を向けてきた。

いつまでもこうしてるわけにはいかない。

仕方がない。当たって砕けろ!

いや、砕けたくはないけれど。

とりあえず今の私が出来る精一杯のことをしないといけない。


私は思い切って目の前の扉を叩いてみた。

だけれどその音には何の反応もない。

さっきから中で何やら喚いているような声するけれどそのせいで聞こえなかったのかしら?

気を取り直してもう一度、思いっきり力を込めて叩いてみる。

すると今度は「誰?」という言葉がかえってきた。この声はアルフレッドだろうか?


「エリカ・チェスリーです。少しお時間いただけませんか?」


私が声を発したその途端、さっきまでうるさいくらいだった室内がシンと静まり返った。

何? 何かまずかった?


「少々お待ちください」

「はい」


もしかしてタイミングが悪かった? 忙しかったのだとしたらあまり話を聞いてもらえないかもしれない。

私は脂汗がこめかみのあたりをタラリと流れるのを感じながら返事をした。

しばらく待っていると執務室の内側からその扉は開かれた。

アルフレッドがにっこりと笑いながら「お待たせしました。どうぞ中へ」と促してくる。

部屋の奥の、窓を背にした執務机の椅子には陛下が腰かけていて、その横にオルスが立っている。

部屋の中にはこの3人だけ。あれ? おかしいな。


「あの、先ほど中から女の人の声も聞こえる気がするのですけど?」

「気のせいですよ。ずっと私たち3人だけでしたし」

「そうですか?」

「はい。きっと空耳ですよ」


にっこりとそう言い切られてはこちらとてしてももう言及できない。

そんなに大した問題でもないからどうでもいいし。


私は気持ちを入れ替えて、一度気づかれないように大きく息を吸い込み、意を決して執務室の中への一歩を踏み出した。



「なんの用だ」


執務机の前に立つと、陛下が私の顔をじっと見ながらそう尋ねてきた。

それはどこか警戒したような空気があって、それにつられたように私の緊張はさらに増す。

いつも勝手に見ている顔だけれど、その綺麗な顔が自分に向けられるとなんだか“怖い”と感じてしまって身がすくむ。

でも、ここで怯むわけにはいかないんだ。


私は何度か鼻をすすった後、両手で顔を覆いワッと鳴き真似をする。演技というのはなかなか得意なもので次第に瞳から熱いものがこみ上げだす。


「陛下、助けてください。私、このままだとこのお城を追い出されてしまいます。さっき、知らない(かた)がベティーさんに“陛下の気も引けない役立たずは城から追い出せ”って怒鳴っているのを聞いてしまってっ。私、どうしたらいいのか分からないんですっ。折角お城にも慣れたのに。私はまだここに居たいんです。陛下、どうかお力を貸してください」


うっ、うっと嗚咽も付け足して、決して醜い顔にならないように涙も調節する。

そして手の指と指の隙間から相手の様子を窺った。


なによ、オルス。胡散臭そうな目で私を見るのはやめてよね。乙女の涙は最大の武器だって昔から相場は決まっているでしょ!? これが私の精一杯なのよ。何か文句ある?

っとそうじゃなくって陛下、陛下はっと。

うーーん、微妙。

机の上に肘を立てていて、その上に軽く乗せられた彼の顔は嫌そうにこちらを見ているだけでこれといった反応を示す気はなさそうに見える。

どうしよう。

何をしたら、何を言ったら一番効果的?

分からない。

私が作戦の変更を余儀なくされ頭をフル稼働させていたそのとき、


「諦めたらいかがです?」


陛下の横からアルフレッドのそんな声が聞こえた。

諦めろ……?

そんなに簡単に諦められるわけないじゃない。折角手に入れたのに!

貴方たちには分からないわよね。ぬくぬくとした生活しか知らないんだから。貧乏がどんなにつらいかなんて分からないからそんな勝手なことが言えるんだ。

私の心に怒りが沸々と湧いてきた。それはどんどん大きなものになってきて。


「そんなの」


私は手で覆っていた顔をガバッと上に上げて、気が付いたら言葉を発していた。

あぁ、私の悪いクセがっ!


「そんな勝手が許されると思っているの!? 私を側室に任命したのはそっちでしょう!? そして関わるなと言ったのもそっち。全部そっちの都合なのになんで私が役立たず呼ばわりされて城を追い出されなきゃいけないの!? いちいち振り回されるこっちの身にもなりなさいよ! きっちりと責任、取ってもらいますからね!!」


ビシッと陛下を指さしてぜーぜーと肩で息をしながらそう言い切った。


あーー!!

あぁーー!!

あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


何やってるのよ、私は!!

媚を売らなきゃいけないはずの陛下に何啖呵切ってるのよ。

私のバカ。

もぅ、私ダメだ。逃げたい。逃げ去ってさっきのはなかったことにしてほしい。

なんだか今度は本物の涙が出てきそうだわ。


「なるほどね。確かに威勢がいい」


目の前から呆れたようなため息と陛下のそんな言葉が聞こえてきた。

頭を抱えて俯いていた私はハッと顔を上げて前を見る。


「な? くそ生意気な奴でしょう? それにしてもこんなにあっけなく被った猫を脱ぎ払うなんてやっぱりあんたバカだな」


くっくっと喉の奥でオルスが笑っている。


「うるさい、オルス」


私はオルスに向かってそう怒鳴った。

もう脱いでしまった猫は仕方がない。諦めよう。

作戦変更! どうせ追い出されるなら慰謝料ぶんどってやる。

そう私が意気込んだとき、


「まぁまぁ、落ち着いてください」


この状況でもまだ余裕たっぷりな笑みを浮かべたアルフレッドが両手の掌を私に向けて鎮めさせるようなしぐさをする。私はそんなアルフレッドの目をキッと睨みつけた。えぇい、これが落ち着いてなどいられるかっ。ここで隙を見せちゃいけないのよ。強気な態度が大切なの! 少しでも多くのお金を奪い取らなきゃいけないんだから。

ところがその睨みつけた相手は相変わらず余裕たっぷりな笑顔をさらに深くするとこう言った。


「大丈夫ですよ。あなたを城から追い出したりなどしませんから」


ん?

どういうことだ?

困惑する私からアルフレッドは視線を外し、今度はそれを陛下の方へと向けた。


「諦めろ、とは陛下に言ったんですよ。分かったでしょう? 陛下。このままだとエリカ嬢はこの城を追い出されて貴方には新しい側室が宛がわれるんですよ。今度の側室殿はどんな女性でしょうかね? もしかしたら積極的に迫って来るような方かもしれませんよ? それでもいいんですか? 陛下?」


「だからと言ってこんな奴と過ごさなければならないなんて勘弁してくれ」


そう言いながら陛下が大きくて指の長い綺麗な手で自分の顔を覆った。

その姿はいかにも苦悶に満ちている。

前にも思ったんだけどこいつはオルス並みに失礼なんじゃないだろうか。


そのまま誰も何も言わず、沈黙が下りた。

そしてしばらくすると陛下は顔を覆っていた手を降ろしながら、はぁーっと大きく息を吐き出し私の目を、その濃い青の瞳でジッと見据えた。

な、何よ?

その視線につかまってしまった私は今更目逸らすこともできず、少し体を仰け反らせながら対峙した。


「仕方がない、か。今日からお前の部屋で休むことにする。これでお前が城から追い出されることはないだろう。これで満足か?」


最後の言葉は私とアルフレッドに向けられた言葉だったのだろう。

私は状況がいまいち理解できないまま、なんだか悪い笑みを湛えたアルフレッドと共に無言で頷いた。

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