・第1話
「…よし、そこまで!」
老人が青年に言った。
そして老人は青年に近づく。
「ユアン。お前もこの10年でかなり成長したな」
あれから10年。雨の日も風の日も一日も休まず、老人のもとで修行を積んだ少年、ユアンも18歳となり、たくましい青年に成長していた。
「いえ、まだそれほどでも」
「何を言っておる。お前は10年でワシが考えていた以上に成長した。もうワシはお前に教えることは何もない。それでユアン。話があるじゃが…」
「話?」
「ちょっとこちらへ来い」
そう言うと老人はユアンを自分の家の中に入れた。
*
「それで、話っていうのは?」
「…これを覚えておるじゃろ?」
そういうと老人は小さな袋を見せると、その中から1個のクリスタルを取り出す。
「…それは…」
「そう。何度もお前には話したと思うが、今から50年前にワシとおまえの祖父が力を合わせて『封印』をした時のクリスタルの一つだ」
そのことについてはユアンも昔から聞いていた。そしてその時に「封印」を施したのが自分の祖父と目の前にいる老人だということも…。
ユアンが生まれた時にはすでに祖父はこの世にいなかったが、そのことに関しては自分の父親からは何度も聞かされていたし、10年前に修業を始めた時も父親から「今度はお前が自分の祖父と同じ役目を担うことになるんだ」とも言われていた。
「手に取ってみろ」
そう言われてユアンはクリスタルを手渡された。
そしてユアンは自分の手のひらにクリスタルを乗せる。
「…これは?」
そう、ほんのわすかだが、ユアンは何やらクリスタルから「気」のようなものを感じたのだ。
「何か感じたろう?」
「…はい」
「それがお前の祖父とワシが封印を施した時の『力』だ」
「力?」
「…まあ、わかりやすく言えば強さだな。『封印』を施したころにはこのクリスタルから物凄い強い力を感じたものだったが、今ではほんのわずかしか感じない。これがどういうことだかわかるか?」
「どういうこと、というと?」
「…年々、その力が弱くなってきている、ということだ。それが証拠に、お前が修業を始めた10年前と比べると感じる力も弱くなっておる。この分だとあと2、3年しか力がもたんじゃろう。それに…」
「それに?」
「ここ最近、あちこちから嫌な話が流れてきておる」
「嫌な噂?」
「うん。ある街では夜中に何者かが暴れているようだとか、別の村では何か獣のような唸り声が聞こえるとかいう話が聞こえてきているのじゃ。ワシの考えではおそらく、少しずつではあるが『封印』が解かれつつある、ということなんじゃろう」
「『封印』が解かれつつある?」
「ああ。『封印』というのは決して永久にその効力がある、というわけではないのじゃよ。ワシの考えでは100年は大丈夫と思っていたのだが、思っていた以上に相手の力が残っていた、ということじゃな。ワシたちの力不足だったよ。ユアン、『封印』が解かれる、ということはどういうことになるのかわかるじゃろう?」
ユアンは何も言わずにうなずく。
「そうじゃ。街の平穏が破られる、ということになる。そして何も罪のない人々が犠牲になる、ということなのじゃよ。そうなる前に手を打つ必要があるが、ワシももう70歳を過ぎておる。お前のような若い者でなければ再び『封印』を施すことはできない、と思ってな。それでユアン、ワシはお前に修行を施したのじゃよ。これはアイツとの約束でもあったからな」
「約束?」
「もしワシらの子供や孫の時になったまた同じようなことが起こり、その時にどちらかがいなくなっていたとしたらまとめて面倒を見よう、とな。お前を預かってから10年の間、ワシはアイツとの約束を守るためにお前に修行を積ませてきたのだよ。お前はこの10年で十分に力をつけた。もうお前なら十分に『封印』をすることができるよ」
それがどういう意味なのかはユアンも十分に分かっていた。
50年前に自分の祖父と自分の師匠である老人の二人が命を賭けてやった「封印」を今度は自分がその役割をする、ということなのだ。
おそらくそれは下手をすれば自分の命を落とす危険なことであることは変わりがない。しかしユアンはそれをやる使命を持って生まれてきたのだ。そして今、その時が来た、ということである。
と、老人は何かを思い出したように、
「…とはいえ再び封印を全て施すまでどのくらいかかるかわからんからな。お前もひとりではいろいろと大変じゃろ? …そこでじゃ、お前にパートナーとなるべき者をつけようと思うのじゃが…」
「パートナー?」
「ああ。ワシもおそらくアイツと二人でなかったらおそらく『封印』をすることはできなかったじゃろ。それに一人よりは二人のほうがいろいろと心強いこともあるからな。もう、お前にふさわしいパートナーを決めておるよ」
「…それは誰なんですか?」
「…入ってきなさい」
そして自分の前に現れた人物を見てユアンは驚いた。
「フレイ!」
そう、自分の師である老人の孫娘でもある少女、フレイだったのだ。
もともとユアンとフレイはユアンが老人のもとで修行を始める前から幼馴染という間柄だった。年齢はユアンのほうが一つ年上だった、ということもあってか、ユアンはフレイを妹のように可愛がっていたのだが、丁度ユアンが老人のもとで修業を始めたころ、フレイも一緒に修行を始めていたのだった。
そして今、彼女は17歳になり、「あんなジジイになんでこんなかわいい孫娘がいるんだ」と町の人々の評判になるくらいの美少女に成長していた。
「…そ、それじゃパートナーというのは」
「ああ、フレイのことじゃよ」
それを聞いたユアンは黙ってしまった。
「…どうしたのじゃ? フレイがパートナーでは何か不満なのか?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが…。いくらなんでもフレイを危険な目に合わせるなんて…」
「何を言っておる。フレイはワシの孫娘じゃぞ」
「ですから…」
「お前だって10年間一緒に修業を積んできたのだから、フレイの腕もわかっておるじゃろ。それに今回の旅が危険であることも十分承知しておる。フレイはそれを分かったうえでそれでもお前と一緒に行く、と言っておるのじゃぞ」
「…一緒に行く?」
「お前と同じようにフレイも自分の使命というものをわかっておるのじゃ。実はな、今度の旅はフレイのほうから行くといってきたのじゃよ」
「フレイのほうから?」
「ああ。実はワシも最初のころは不安だったのじゃ。なんせフレイは女の子じゃからな。それで、ワシも何度もフレイに念を押したのじゃよ。それでもフレイは行くと言っておるのじゃ」
「…本当に大丈夫なのか、フレイ?」
「大丈夫。覚悟は十分できているわ。あたしだって勇者の孫だもん!」
フレイはユアンに向かってそう叫んだ。
「…いいな、絶対途中で帰りたい、などと言うんじゃねえぞ」
ユアンはフレイに向かって言う。
それを聞いたフレイは力強く頷く。
「…どうやら、これで決まりのようじゃな。それではお前たち、これを持っていきなさい」
そう言うと老人は一振りの剣をユアンに、一双の短剣をフレイに手渡した。
「…これは?」
「50年前、ワシとおまえの祖父が封印を施した際に使った剣だ。この日のために絶やさず手入れはしておったのだよ」
そしてユアンは鞘から剣を引き抜いた。
「それがお前の祖父が使っていた剣で、フレイが持っているのがワシが使っていた短剣じゃよ」
そしてユアンは剣をじっと眺める。
確かに老人の言うとおり、その剣は全くと言っていいほど輝きを失っていなかった。と、
「…おじいちゃま、これなに?」
フレイが自分に手渡された2本の短剣の柄の部分にくぼみがあるのを見て聞いた。
よく見るとユアンの剣にも全部で5か所、同じようなくぼみがあった。
「…ユアン、お前の持っているクリスタルを剣にはめるのじゃ」
そしてユアンはクリスタルをくぼみの中の一つにはめた。
「…あ!」
思わず声を出す二人。
そう、その時クリスタルが数秒間光を放ち、剣の一部となっていたのである。
「…わかったじゃろう? そのクリスタルはもともとその件の一部だったのじゃよ。それをワシとアイツで『封印』をした時に6個を外して残ったひとつはワシが持っておいたのだが…」
「…となるとあと6つのクリスタルがあるのね」
フレイが言う。
「うむ。赤、青、黄、緑、紫、ピンクと6個残っておる。まずはそのクリスタルを集めることだ」
「集める、って?」
「封印をした時に外した6個のクリスタルは封印を施した6つの場所にそれぞれ置いておいたのだよ。もちろんクリスタルが一つだけでも力を発揮するのだが、7個のクリスタルがそろって初めてそのお前たちの持っている剣はその威力を発揮するのじゃよ」
「それじゃあ…」
「ああ。とにかく7個のクリスタルを集めることじゃ。…それからおまえたち、これを持っていきなさい」
そう言うと老人は一枚の地図を渡した。
「…これは?」
「こういうこともあろうかと思って、ワシとアイツが『封印』をした時にクリスタルを置いた場所を描いた地図だ。まあ、50年も経っておるから、いろいろと変わっている部分が多いだろうが、それでも役には立つじゃろう」
そして二人は地図を広げる。
確かに50年という月日が経っているからかあちらこちらに傷みはあるものの、まだ十分に読むことができるようになっていた。
「…それではいつ出発すれば?」
ユアンが聞くと、
「…まあ待て、そう慌てるでない。お前たちだってこれからいろいろと支度が必要じゃろう? こういうことは準備をしっかりしておかなければ決して成功しないのじゃよ。…2、3日したらワシがお前たちの出発する日を決めるから、それまではいつも通りにしておきなさい」
そしてユアンとフレイは各々出発に向けての準備を始め、数日後に老人が出発日を二人に告げた。
*
そして出発する日の朝。
老人の家の前には息子の出発を見送ろう、というのか、ユアンの両親も来ていた。
「…うん、いい天気じゃの。二人の出発の見送りにはこれ以上ない天気じゃわい」
そう、それは見事なまでに晴れ渡っていたのだった。
「フレイ、ユアンのことを頼むわよ」
ユアンの母親がフレイに言う。
「わかってるわ、おばさま」
「ユアン、気を付けてな」
父親がユアンに言う。
「…うん。さ、行くぞ。フレイ」
「うん」
そしてどのくらいの道を進んだであろうか、二人は小高い丘の上にいた。
ユアンは不意に立ち止まると自分が住んでいた村のほうを見る。
「…どうしたの、ユアン?」
フレイが聞く。
「必ず、戻ってくるからな」
ユアンは村に向かってそういうと再び歩き出した。
(第2話に続く)
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