王妃陛下の代わりに子供を産みます!と現れた愛人を教育したら夫にざまぁしてました
「私、妊娠しました! 王妃陛下の代わりに子供を産んで差し上げます。だから、仲良くしてください。よろしくお願いしまぁーす♪」
私が夫に呼ばれ、サロンのソファに腰を下ろした途端、彼の腕にすがった女が甲高い声をあげた。
私の侍女は顔をしかめ、近衛騎士たちはそっと目をそらした。
けれど夫だけは、ひどく嬉しそうに微笑んでいる。
「セガール、この女性は? ……それに、子供とは?」
「彼女はダイアナ・エーバリー男爵令嬢だ。俺の子供を腹に宿している。君を尊敬しているそうだ。いろいろと教えてやってくれ」
「……愛人に難しい教育は不要。教えることなど、なにもありません」
そう答えながら、私はダイアナの胸元に視線を留めた。
あり得ないことに、そこには私と同じペンダントが光っていた。王家の紋章を刻んだ、婚約の際に夫と二人で作った思い出の品だ。
「なぜ、この者がそのペンダントを? それは、私たちが婚約し、一緒に国を繁栄させていこうと誓い合った記念に、作ったものですよね?」
「ああ、ダイアナがどうしても欲しいというのであげた。王妃とお揃いだと言ったら、とても喜んでいたぞ」
「ふふっ。とっても綺麗なので、私がおねだりしたんです。そうしたらセガール様が、可愛いダイアナの願いを聞かないわけにはいかないって、くださったんですの。……それに、私を愛人呼ばわりなんて酷いです。セガール様は私を第二王妃にしてくださるとおっしゃいました」
この国では、王の正妃を第一王妃、同格に近い妃を第二王妃、それ以下の妃を側妃と呼ぶ。その他の女たちは、ただの愛人だ。
第二王妃ともなれば、実家は侯爵家以上の家柄で、社交界での影響力も高く、教養と品格が求められる。当然、宮廷行事での席次も第一王妃に準じるものとなる。
「もちろん、愛人になどさせない。フランシーヌ、ダイアナは第二王妃となるのだ」
「……男爵家の令嬢が第二王妃になるなど、前例がありません。身ごもっていることを考慮しても、側妃に迎えるのが限度でしょう。それすら、正式な手続きが必要です」
「ちっ! 君は融通がきかなくて困る。ダイアナが男子を無事に産んだら、それは素晴らしい功績ではないか。とにかく、第二王妃として扱え!」
私は呆れてため息をついた。
婚約当初の彼は、こんな愚かな男ではなかった。二人で力を合わせ、いい国にしていこうと誓い合った。
(きっと、一時の気の迷いだろう。少し時間を置けばセガールも正気に戻るはず……熱病のようなものよ)
翌朝、食堂に向かうと、ダイアナが私の席に椅子を並べて座っていた。これだと彼女と並んで、食事をすることになる。
「そこは王妃の場所です」
「王妃陛下と並んで座りたいんです。だって、皆で食べた方が食事はおいしいですよ?」
「食事の席くらいでとやかく言うな。フランシーヌは細かすぎる。ダイアナの言うように、大勢で食事をしたほうが楽しいに決まっている。身分にこだわりすぎじゃないか?」
王妃付きの侍女、マリアが厳しい声でセガールをいさめる。
「王妃陛下にそのようなお振る舞い。あってはならぬこと……なんという不敬な……」
私はマリアを押しとどめた。こんなことで口喧嘩など、したくもなければ見たくもない。
「マリア、私のために怒らなくてよいのです……しばらくの間、私は自室で食事を取りましょう」
「待ってください、お姉様! 気分を悪くしたのなら、申し訳ありません。ただ私は、お姉様に憧れていましたので……一緒に隣で食事をしたかっただけなんです」
「……お姉様? 私はあなたの姉ではありません」
すると、たちまちセガールの鋭い声が私へ向けられた。
「フランシーヌ! せっかくダイアナが慕ってくれるのだ。そこはありがとう、でいいだろう?」
「……私はディディエ公爵家のひとり娘です。姉と呼ばせるなど、まるでダイアナをディディエ公爵家の一員と認めるようなもの」
「そこですわ。王妃陛下が国王陛下に愛されないのは! 可愛くないです。なんでも、物事を難しく考えすぎなのです」
「よく言った、ダイアナ。君の言う通りだ。フランシーヌは何をするにも『前例が……』と言い、簡単なことを難しくこねくり回す。実にめんどくさい性格だと思う。皆で食事をすれば済むことではないか? お姉様と呼ばせることの何が悪い?」
私がしばらく沈黙していると、控えていた侍女や侍従、近衛騎士たちまでが青ざめ、私の顔色をうかがう。
「……そうですか。では、そういたしましょう。ここにいる皆の者、セガールの言ったことを聞きましたね? 文書に記録し署名のうえ、後ほど私に提出しなさい」
「は? そういうところがめんどくさいと言っているのだ。王宮は記録魔ばかりだ」
「……大事なことでございます。王妃陛下の仰せのままに」
その場にいた皆が、深く頭を下げたのだった。
それからしばらくすると、王宮の馬車を管理する侍従が、私の執務室に駆け込んできた。
「王妃陛下の馬車を、ダイアナ様が使おうとしております! 国王陛下が許可を出されたとか。どういたしましょう?」
「なんと不敬な……王妃陛下、ディディエ公爵に報告したほうがよろしいのでは?」
「お父様に知らせるまでもない。そのうちセガールも目が覚めるでしょう。私は実家から持ってきた馬車がある。好きに使わせたらよい。けれど、日にちと、セガールが王妃の馬車を使わせるよう許可を出した事実は、きっちり記録しなさい」
「かしこまりました」
王妃の馬車は、ただの乗り物ではない。王妃の権威を示すものでもある。それを正式な妃ですらない男爵令嬢に使わせるなど、貴族ならば誰もが眉をひそめる振る舞いだ。けれどセガールは、きっとそこまで考えていないのだろう。
ダイアナが喜ぶ。自分は気前のよい男に見える。それだけで満足しているに違いなかった。
その後、その馬車と同じ道を通った高位貴族たちから、相次いで苦情が寄せられた。王家の紋章を掲げた王妃専用の馬車を見かければ、貴族の馬車は道を譲らねばならない。追い越すことも、先に進路を横切ることも、無礼とされているからだ。
本来、私が王妃の馬車で王都を移動する際には、数日前に主だった貴族たちへ予定を知らせる。急ぎの用向きがある者は、その時刻と道筋を避ける。それが長年の慣習だった。
けれどダイアナは、なんの先触れもなく王妃の馬車を乗り回した。
その結果、王都の大通りでは貴族たちの馬車が次々と足止めされ、ちょっとした渋滞が起きたという。妹君の婚礼に遅れた公爵もいれば、親しい友人の弔問に間に合わなかった伯爵もいたらしい。
当然、その苦情もすべて記録させた。
セガールが王妃の馬車を、正式な妃ですらない男爵令嬢に勝手に使わせた。その事実が、今度は王宮の外にまで迷惑を広げたのだ。
午後になると、憤怒にかられた侍女たちが数人、私のもとにやってきた。
「ダイアナ様が、私たちをこき使おうとなさるのです。私たちは王妃陛下付きの侍女です。家の誉れとして、毎日、王妃陛下の身の回りのお世話をさせていただいております。ですが先ほど国王陛下が、しばらくの間ダイアナ様のお世話もするようにとおっしゃいました」
私は、なぜダイアナ専属の侍女を新しく置かないのか疑問に思った。王宮の侍女が足りなければ、新しく雇えばいいだけのことだ。
それともセガールは、王妃付きの侍女がどのような家から選ばれているのかも、忘れてしまったのだろうか。
「セガールのもとに行き、話を聞きましょう」
国王の執務室に向かうと、セガールの執務机の隣には小さな机が置かれ、なぜかダイアナがその前に座っていた。
机の上には、花柄の便箋や菓子を盛り付けた小皿があった。どう見ても、政務を手伝う者の机ではない。
「なぜ王妃付きの侍女をダイアナが使うのですか? ダイアナには、ダイアナ専属の侍女を雇えばよいでしょう?」
「私がお姉様と同じ侍女に世話してほしいからです。お姉様にはたくさんの侍女がいるではありませんか? 私が使ってもいいでしょう? とても綺麗な人たちですし、洗練されていますもの」
私の侍女は、伯爵家以上の家柄の令嬢たちで構成されている。いずれも教養と品格を備えた、選りすぐりの者ばかりだ。王妃付きの侍女として仕えることは、社交界での評価にもつながり、将来の縁談にも有利に働く。
「侍女は誰に仕えるかで、その家の誉れになったり、そうでなくなったりします。家の格がそこで問われるのです。男爵令嬢に仕えるのと、私に仕えるのとでは、彼女たちの立場がまるで違います」
「うっ、ひ、ひどいです! 差別ですわ」
ダイアナは目に涙をため、セガールの袖にすがった。
(これは差別ではなく、貴族社会の中での当然の価値観なのに、なぜそこで泣くの?)
「ダイアナを第二王妃として扱うように言った。フランシーヌは忘れたのか!」
「第二王妃に迎えるには手順がございます。まず貴族会議にかけ、五大公爵家と半数以上の貴族の同意がいります。それから諸外国にもそれを知らせ、授与式もしなければなりません」
「そのような面倒な手続きは、子供が生まれてからだ。とにかく、王妃付きの侍女の半分をダイアナにまわす。これは王命だ!」
その場にいた文官たちが、一斉に顔をしかめた。
王命。その言葉を、セガールはあまりにも軽々しく口にした。
私の沈黙に侍女や近衛騎士たちも、顔を青くする。
「……なるほど、わかりました。では、ここのいる皆の者。今、セガールが王命として述べた言葉を記録し、日付と署名を記入のうえ、私に提出しなさい。今後、目の前で見聞きしたことは記録をつけ、同じように提出するのだ」
「王妃陛下、かしこまりました」
それを聞いた王妃付きの侍女たちの半分が、即座に退職を願い出た。
当然だろう。彼女たちは、それぞれの家の誇りを背負って王妃に仕えている。男爵令嬢の気まぐれに付き合わされるため、王宮に上がったわけではない。
その退職願も、すべて記録させることにした。セガールの無謀な命令が、王宮の人事に影響を及ぼした。
王妃付き侍女の実家である高位貴族の当主たちにも、当然この話は伝わるだろう。高位貴族令嬢たちの感情も、家の名誉も考えない。実に浅はかな王命といえた。
「王妃陛下って、記録、記録ってそればっかり。良くない癖ですよ。でも、私が王妃陛下のお仕事を手伝うようになれば、そんな堅苦しいことはなくなっていきます。第二王妃は王妃陛下のお仕事をお手伝いするのでしょう? 任せてくださいませ!」
胸を張って満面の笑みを浮かべるダイアナに、私は戸惑った。
「何も知らないダイアナが、私の仕事を手伝えるわけがないでしょう。無理だと思いますわ」
私がそう言った途端、セガールが顔をしかめる。
「フランシーヌは人を馬鹿にしすぎる。いくら自分が優秀だからといって……よく俺にも偉そうに意見することがあるだろう? 腹が立つよ。不敬とは思わないのか?」
「セガールが恥をかかぬように助けているだけなのですが……不敬とは思いませんでした。私はよかれと思って……」
「俺は君の助けなどなくても、十分やっていけるんだ! 今後は控えてくれ」
その言葉に、文官たちが小さく息をのんだ。
私はゆっくりとうなずく。
「……わかりました。では今後一切、セガールには意見をしません。それから、ダイアナには仕事を任せましょう。まずは七日後に迫ったお茶会の手配をお願いします」
王都施療院への支援金を募るための、王妃主催の慈善茶会であること。
招待状は既に出してあり、招待客は二十人ほどであること。
ダイアナがすべきことは席次を決めること。
お茶の種類を選ぶこと。
テーブルに飾る花と茶菓子を手配すること。
それらをきちんと伝え、質問点などないかも尋ねた。
「まあ、そんな簡単なお仕事なら、すぐにできますわ。質問……特にありません。大丈夫、素晴らしいお茶会にしますね。王妃主催……いえ、第二王妃主催としてもよろしいですか? だって、私がそのお茶会を手配するのですから。どうか最後まで責任を持って、やらせてくださいませ!」
「……正式な手続きも踏まないまま、第二王妃の名を使うというのですか? そんなことは許されません。前例にもないことですし……」
私は眉をひそめながらダイアナをたしなめる。
「やめよ! 前例、前例と……もう、うんざりだ。ダイアナの好きなようにやらせてみろ! 責任は俺が取る! フランシーヌにできて、ダイアナにできないことはないだろう? 同じ人間のすることだ」
声を荒げたのはセガールだった。
「なんという不敬……高貴な血筋のフランシーヌ様に向かって……男爵令嬢と同じだと? 聞き捨てならないお言葉です……」
マリアが怒りに震えた声で抗議する。
場の空気が、すっと冷えた。
文官たちはペンを持つ手を止め、近衛騎士たちは表情を消して視線を伏せる。
けれどセガールだけは、自分が何を言ったのかわかっていないようだった。
「マリア、よい。セガールが責任を取ると言いました。皆の者、記録をきっちりとりなさい」
「はっ、かしこまりました」
私はなんの口出しもせず、そのお茶会には出席を控えた。
第二王妃の名で主催されたお茶会など、本来ならありえない。そんなふざけたことに賛成していると思われては、私の名に傷がつく。
そしてなにより、セガールは自分の口で言ったのだ。
責任は俺が取る、と。
side
ダイアナ
王妃陛下は私の憧れだ。
あの方は艶やかな金髪に、美しいエメラルドグリーンの瞳をしている。クールでため息が出るほど綺麗。そして、格好いいのだ。
背筋はいつもすっと伸びていて、誰に対しても落ち着いた声で話す。背もセガール様より高く、キリッとした横顔はどんな貴公子よりも素敵。
難しそうな書類も一目見ただけで判断して、文官たちが困っている時も、すぐに的確な指示を出すらしい。
だから、王妃陛下のお手伝いがしたかった。
絶対に、褒められたい。
だって私は、あんな知的で綺麗なお姉様がずっと欲しかったのだもの。
お茶会の準備を任された時、私は胸が弾んだ。
王妃陛下に認めてもらう、絶好の機会だと思ったのだ。
王妃陛下の前では自信のない私を見せたくなかった。だから、質問は特にない、なんて言ってしまう。けれど、何から始めればいいのかわからなかったので、セガール様に相談した。
「お茶会の準備など、難しく考える必要はない。席次は爵位の高い者から順に並べればいいし、茶葉も菓子も一番高いものを用意すればいい。花は豪華であればあるほどいい。フランシーヌは何でも大げさに考えすぎるのだ」
セガール様は、そう言って笑った。
だから私は、その通りにした。
お茶会の席次は簡単だった。
参加者の爵位だけを見て、同じような家格の人たちを近くに配置した。
紅茶は一番高い茶葉を選んだ。花は百合の季節だから、豪華に飾った。茶菓子も王都一のパティシエに頼み、見た目の美しいケーキをわざわざ作らせた。
これなら、きっと王妃陛下も褒めてくださる。
大成功……になるはずだった。
けれど、お茶会が終わった翌日から、続々と抗議文が王宮宛てに届けられた。直接文句を言いに来る夫人もいて、文官たちは口々に「国王陛下が責任を取ると記録にございます!」と叫んでいた。
その結果、セガール様の執務室は、山のような抗議文と、文句を言いに来た夫人たちでいっぱいになった。
「領地の水利権で揉めているベール侯爵夫人と隣り合わせになさるなんて、どういう嫌がらせでしょうか! ノルマン侯爵家を馬鹿にしていますの?」
「異国出身のガーランド子爵夫人の横には、語学堪能な夫人を座らせるべきでした! 私たちはひと言も会話ができず、どれだけ苦痛だったか……」
抗議文を読めば、甘いものを医者から止められていると書いてきた夫人もいた。例年は砂糖を控えたお菓子を並べてくれたのに、今回は配慮に欠けると書いてある。
そんなことまで、王妃陛下は覚えていらしたの?
他には、イチゴが苦手、生クリームが苦手、ナッツを食べると蕁麻疹ができる、などと書いてきた夫人もいて、思わずため息が出た。
一人一人の好みに合わせてお菓子を選ぶなんて、私は聞いていない。
それから、花の香りが強すぎてお菓子が楽しめなかった、お茶の香りがわからなかったと書いてきた夫人たちもいた。
確かに私も、少しばかり香りが強いなとは思った。
豪華にすれば喜ばれると、セガール様はおっしゃっていた。
でも、私はようやく気づいた。
お茶会とは、綺麗な花を飾って、高い茶葉と豪華なお菓子を並べればよいものではなかったのだ。
セガール様は顔を引きつらせながら、王妃陛下を呼んだ。執務室へ王妃陛下が姿を現した途端、セガール様は声を荒げる。
「なんで教えてくれなかったんだ! 席次に細かい注意点があるなら、最初から言っておいてくれればいいだろう!」
「セガールが、意見は不敬だと言ったからです。それにダイアナも、特に質問はないと言いましたよね? きちんと、あなたたちの発言は記録されています」
「……そういう必要なことは教えてくれないと困る。今年度の王都施療院への寄付は……ゼロだ」
「まあ。……ですが、セガールが責任を取ると言いましたね? でしたら、私財から補填してください。それが難しければ、今年度の国王に割り当てられる予算から差し引くのがよろしいかと」
王妃陛下はきっぱりとそう告げると、颯爽と執務室を出ていった。
私は慌てて、その後を追う。
「王妃陛下!」
呼び止めると、王妃陛下が肩越しに私を見た。
その氷のような眼差しを見た瞬間、胸がぎゅっと痛くなる。
「申し訳ありません。私が間違っていました。セガール様に、難しく考えなくていいと言われて……それをそのまま信じてしまって……。でも、お茶会というのは、もっと奥が深く、きちんと準備しなければならないものだったのですね。私、何も知りませんでした」
恥ずかしくて、涙がにじむ。王妃陛下は少し驚いたような顔つきで、お付きの侍女は呆れたように眉をひそめた。
「王妃陛下のお手伝いをしたかったのです。褒めていただきたかったのです。でも、何も知らないまま、できるつもりになっていました。本当に、申し訳ありません」
私は深く頭を下げた。
◆◇◆(※主人公に視点戻ります)
私の後を追ってきたダイアナが、目に涙をいっぱいためて謝罪してくる。
その姿を見て、私は少しだけ考えを改めた。
もしかしたら、この子はそれほど悪い子ではないのかもしれない。ただ、知識がないだけ。何をしてよくて、何をしてはいけないのかを、誰からもきちんと教えられてこなかっただけなのだ。
そしてセガールは、その無知を正すどころか、都合よく甘やかした。
「学ぶ気があるなら、私の執務室へいらっしゃい」
「は、はい! よろしくお願いします!」
それから、ダイアナは毎日私の執務室へ来るようになった。
招待客を爵位だけで判断しないこと。家同士の確執を踏まえ、問題を抱えた家同士は引き離すこと。穏やかに交流している者同士は近くに座らせ、どのテーブルでも話が弾むように整えること。
主催者の腕の見せ所は、誰もが心地よく過ごせるよう、事前に細やかに気を配ることなのだ。
花は香りの強くない品種を選ぶ。紅茶と菓子は、それぞれの好みや体調に合わせる。甘いものを控えている夫人や苦手な食べものがある夫人には、配慮を忘れない。招かれた者はそれだけで大切に扱われたと感じる。
ダイアナは最初こそ目を白黒させていたが、次第に真剣な顔でメモを取るようになった。
「王妃陛下……私、今まで本当に何も知りませんでした。セガール様は、難しく考えなくていいとおっしゃったのです。けれど、難しく考えないのと、何も考えないのは違うのですね」
「その通り。その違いがわかったのなら、ひとつ賢くなりましたね」
そう告げると、ダイアナはぱっと顔を輝かせた。
その頃には、彼女はすっかり私に懐いていた。どうやらダイアナは、セガールの甘い言葉に流されるより、私のもとで学ぶほうが自分のためになると理解したのだろう。
やがてダイアナが出産し、男子を授かった。セガールは大いに喜んだが、すでに新たな女性アンリエットを寵愛していた。アンリエットの衣装や宝飾品のために、孤児院へ送られるはずだった補助金を使い込んでいたし、災害に備えた備蓄費などにも手をつけていた。もちろん、私はその証拠となる記録をきっちり文官たちにつけさせていた。
そんな折、セガールが私の執務室に来て、声も高らかに叫んだ。
「男子を出産した今こそ、ダイアナを第二王妃へと正式に迎える手続きを進めよ。そして、生まれた子を次期王とする! ダイアナは、今ではすっかりフランシーヌのお気に入りだろう? アンリエットも子ができたようだ。ダイアナのようにアンリエットの面倒もみてくれ」
「……承知しました。では、手続きを進めましょう」
私は満面の笑みをセガールに向けた。
その数日後、貴族会議の席で、まずダイアナが産んだフィリップを次期国王候補とする審議が行われた。
「ダイアナ様がお産みになったフィリップ様を、次期国王とする件について審議に入ります!」
議長となった宰相の神妙な声が響く。
「賛成」0
「反対」49
反対の声しかない。
私はそこで、穏やかに口を開く。
「この子が成人を迎えた時点で判断しましょう。状況的にフィリップしか跡継ぎがおらず、王としての資質が充分備わっていたのなら、その時に改めて王位継承を認めればよいのです。その際には、私が後見人となります」
会場に、割れるような拍手が起きた。
フィリップは王位継承者候補として残す。ただし、王としてふさわしいかは成人後に判断し、それも状況次第だと条件をつけた。これは全員一致で決まった。フィリップが優秀に育ったのなら、いずれ私の養子にしてもいいかもしれない。
次に、ダイアナを第二王妃とする審議に入った。
「ダイアナ様を第二王妃とする件について審議いたします!」
宰相がまた声を張り上げる。
「賛成」0
「反対」49+本人
真っ先に反対を叫んだのは、本人であるダイアナである。
「第二王妃など、私には分不相応です。今ならそれがわかります。私は以前のようなお馬鹿さんではありません。王妃陛下の横に並び立つなど、身の程知らずにもほどがありました」
セガールが呆然とダイアナを見る。
「どうしてなんだ? ダイアナ、君はせっかくのチャンスを逃すのか?」
「逃しているのではありません。身を守っているのです。最善の選択といえましょう。王妃陛下は、血筋も教養も政務の実績も、セガール様より遙かに上回ります。それに、セガール様にはアンリエット様の他にも女性がいるでしょう? 私はもう、愚王の言いなりになるほどお馬鹿さんではありません」
「はぁー? だれが愚王だ! 無礼な!」
会場がざわめいた。セガールは屈辱で顔を真っ赤にし、唇を震わせていた。貴族達はクスクスと笑っている。宰相は納得したようにうなずき、大臣たちの中には小さく拍手する者もいた。
「私は側妃の身分で充分です。いえ、許されるなら王妃陛下のもとで専属侍女になりたいのですわ。王妃陛下の側にいるほうが、私も私の子も安全なんです」
寄らば大樹の陰。
ダイアナは自分と子を守るために誰の庇護に入るべきか、見分けられるようになったらしい。そこまで考えられるようになったことに、私は少しだけ感心した。
男爵令嬢と、その産んだ王子。王位継承者候補となった時点で、二人は争いに巻き込まれる。味方のふりをして利用しようとする者もいれば、邪魔だとして排除しようとする者も出てくるだろう。
けれど、私の保護下にあるなら話は別だ。侮る者も、非道な真似をする者もいない。少なくとも、この私が許さない。
そして次の審議に移った時、セガールの顔色は目に見えて悪くなった。
「ここで、王位をセガール国王陛下からフランシーヌ王妃陛下へ移す手続きについて審議します!」
議場が静まり返る。
「フランシーヌ王妃陛下はディディエ公爵家の令嬢。ディディエ公爵は先王の弟君であられます。さらに王妃陛下の母君は、ヴァロワ帝国の現女帝陛下の妹君。王妃陛下は姪にあたります。血筋の尊さはセガール国王陛下より遙かに上です!」
宰相の声に続き、大臣の一人が立ち上がった。
「王国法には、女は王になれぬとあります。しかし、法律は国を守るためにあるべきもの。国を損なう王を守るためのものではありません!」
そこで、文官が積み上げられた記録を読み上げた。
王妃の馬車を正式な妃でもなかったダイアナに使わせ、王都の往来を混乱させたこと。
王妃付き侍女を無理にダイアナの侍女にしようとし、多くの侍女が職を辞したこと。
慈善茶会の失敗により、今年度の王都施療院への寄付が失われたこと。
その責任を自ら取ると明言しておきながら、補填を渋ったこと。
そして、孤児院や災害に備えた備蓄費を、新たな愛人アンリエットのために流用したこと。アンリエットの他に貢いでいる女性が複数いること。
「こんな無能な王に、これ以上国を任せておけるものか! 見栄えのする公務だけを選び、政務や面倒事はすべて王妃陛下任せ。それで王を名乗るなど笑わせる。張りぼての王など不要だ!」
「法を改め、良識あるフランシーヌ王妃陛下を女王に!」
「王妃陛下ならば、この国を守れる!」
会場は満場一致だった。
セガールが慌てて私にすがりつく。
「待ってくれ、フランシーヌ。俺は少し間違えただけだ。これからは心を入れ替える。だから、どうか……」
私はその手をぴしゃりと振り払った。
「次々と身分の低い女性を愛人にし、大事な国費を無駄に使い、意見を不敬と退ける夫など、もう不要です!」
ダイアナはフィリップを抱きながら、私の前でひざまずいた。
「女王陛下に、改めてご挨拶申し上げます。私とこのフィリップは、永遠の忠誠をお誓い申し上げます」
私はダイアナの髪をそっと撫でた。行儀よく己の立場を弁えた者は可愛い。
side
セガール
「待ってくれ。俺が悪かった。心を入れ替えるから……どうか」
「無理です。おとなしく王都から最も遠い離宮で、お好きな女性と暮らしてください。最低限の予算はつけて差し上げますわ」
フランシーヌからは冷たく言われた。
「セガール様は速やかに離宮へとお移りください。我が国はフランシーヌ女王陛下を待望しております。ヴァロワ帝国の女帝陛下からも姪が王になることは大変喜ばしいと、たくさんの祝いの品をいただいております」
宰相は今まで見たこともないほどの満面の笑みだった。
「なに? もうヴァロワ帝国には報告済みだと? くっ……順番が違うだろ!」
「あら、今までさんざん前例を無駄だと言い切ったセガールが、順番にこだわるのですか?」
フランシーヌがクスリと笑った。
彼女はこの上なく尊い血筋だ。そしてあまりの優秀さに、王としての俺を支えられるだろうと、父上(前王)が叔父上(ディディエ公爵)に頼み込んで迎えた妃だった。彼女の母はヴァロワ帝国女帝の妹。叔父上は父上の実弟だ。
(だからこそ、癒しが必要だったんだ! 高貴で生意気な頭のいい女じゃなくて、その真逆の女がよかった。しかし、ダイアナはすでにフランシーヌに傾倒し、どちらにつけば自分が得なのか、わかる程度には頭がよくなってしまった)
意気消沈していると、俺の傍らにいたアンリエットが、すっと離れた。フランシーヌに近づき、その場にひざまずく。
「セガール様と一緒に、離宮など行きたくありません。どうか、女王陛下に仕えさせてください。女王陛下に永遠の忠誠を誓います! 王位継承権などいらないので、どうか私とこのお腹の子を庇護下に……」
「……心得た。その時の状況次第ではあるが、アンリエットの子も、能力次第でしかるべき地位に就けることを約束しよう。少なくとも私の庇護下にある者が他から害されることはない。安心して、私のもとで暮らすがよい」
(待て待て待て待てぇー、俺は国王だぞ。我が国の法は、女を王にできないはずだった。なぜ、こうなった? ダイアナも、アンリエットも、宰相も、大臣も……。皆が一斉に、フランシーヌの前でひざまずいている。しかも俺にしていた時より丁寧に敬意を示すように……)
「……どうして、誰も俺についてこない? なぜなんだあぁぁあああー」
俺は絶叫していた。多くの者たちの失笑や軽蔑の眼差しが心に刺さる。
その問いに答えたのは、かつて俺が「記録魔ばかり」と笑った場にいた侍従だけだった。
「元国王陛下の無能は、すべて記録に残っておりますので」
完
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