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贖い(ヴェルンドの歌)

作者: 水無飛沫


鍛冶師ヴェルンドには妻がいた。

狼谷(ウールヴダリル)にて七年の歳月をともに過ごしたが、

運命を定めに旅立ってしまった戦乙女(ヴァルキュリャ)が。

フレズヴェールの娘、名をアルヴィトという。


ひとり取り残されたヴェルンドは、妻がいつ帰ってきてもいいように、槌を振るい赤い黄金を鍛え、宝石を磨いた。

寂しさを埋めるように、不安を打ち殺すようにして、

妖精(ドワーフ)から教わった秘技でもって様々な装飾を生み出した。

そのため、ふたりの住まいには今や彼女のために造られた沢山の武器甲冑や装身具で溢れていた。


さて、ニャーラルにはニーズズという王がいた。

妖精の技を受け継いだヴェルンドが、狼谷に住んでいるという噂は彼の耳にも届き、さっそく兵を連れて出発した。

夜の闇に紛れて、彼らはヴェルンドの館を目指す。

月の光が、欲望に駆られた彼らを鈍く光らせる。


ニーズズ王がヴェルンドの館に到着した時、ヴェルンドは狩りのため留守にしていた。

王は彼の館に飾られた金銀財宝を眺める。

光り輝く数多の細工。その技に陶酔しながらも考えた。

――これらが全て私のものになったなら。


噂に聞くラインの財宝ですらここまで美しくはないだろう。

ヴェルンドは鍛冶師としても彫金師、宝石職人としても人の技を遥かに超える。

王は必ずこれらの宝物を自らのものにしようと誓う。

そしてヴェルンドを自らの城へ連れて帰ることを策略する。


壁にかけられた数多の腕輪の中から、ひときわ美しいものを抜き取ると、

王は兵士とともに隠れてヴェルンドが帰ってくるのを待った。

ヴェルンドは帰宅するとすぐに腕輪が無くなっていることに気が付いた。

彼は妻が帰ってきたものだと思い込み、たくさんの酒を飲んで、幸福の妄想をするうちにやがて眠ってしまった。


王は目覚めぬヴェルンドを捕らえ、財宝とともに帰還した。

ヴェルンドは目を覚ますと、自分が捕らわれていることを知った。

そこが狼谷でないこと、自らの調度品が残らず盗まれてしまったことを知る。

ヴェルンドはニーズズ王が彼の鍛えた輝く剣を身に着けているのを見て激怒した。


「それは戦乙女(アルヴィト)のためのものだ。不届き者が、恥を知れ!!」

それからすぐに、彼はニーズズ王の娘が彼の鍛えた腕輪をしているのを見て再び怒り狂った。

「王の娘! 盗人の娘! お前が身に着けているのは、私の妻が持つべき腕輪だ。

お前などが私の妻だとでも言うつもりか。あぁ、そうか。お前は私の妻になるのだな」


王妃は怖がる娘を背中にかばい、ヴェルンドを狂人と断じた。

けれどドワーフから譲り受けたその技を失うには惜しい。

王妃は内心から湧き上がる笑いを堪えもせず、部下に命じる。

「足の腱を切って、幽閉しておしまいなさい」


小さな島にある小屋に幽閉されたヴェルンド。

歩くこともできなくなった憐れなヴェルンドはもうどこへも行くことはできない。

自らの館でアルヴィトの帰りを待つことも許されない。

ただ絶望と怨嗟の中で、ニーズズ王のためにドワーフの秘技をふるい続けた。


ニーズズ王の娘は名をベズヴィルドという。

月日を経て成長したが、彼女はヴェルンドを恐れていた。

怒りと絶望のさなかで自らを妻と呼んだ、あの狂った瞳が忘れられなかったからだ。

けれど同時に、ヴェルンドの悲しい境遇に同情してもいた。


彼女は意を決してヴェルンドのもとを訪ねる。

「腕輪が壊れてしまったの」

椅子に腰かけ、彫金作業をしながらヴェルンドが王女の手元を一瞥する。

それは自らが妻のためにと技の限りを尽くした宝石を散りばめた金細工だ。


ヴェルンドは自らの本懐を遂げようと、王女に優しい声をかける。

「数日のうちに直してあげよう。今度は一人で来なさい」

王女が供を引き連れて出ていくと、ヴェルンドは高らかに笑った。

あの性根の腐った王と王妃に、これで一泡吹かせてやれると。


幾夜を経て、ベズヴィルドは夜の闇に紛れてヴェルンドのもとを訪れる。

その手には火酒が握られている。王女を殺す前に酒を飲むのもいいだろう。

「よく来てくれたね」

ヴェルンドは王女の勧めるがまま火酒を喰らった。


幾杯目の酒を飲み、ヴェルンドは世界が回るのを感じていた。

「それは妻のために作った寝衣だ」

久しぶりに強い酒をしこたま飲んで、酩酊したヴェルンドが王女を違う名で呼ぶ。

もう帰ってこない戦乙女の名を。


両手を伸ばして椅子から転げ落ちたヴェルンドを、ベズヴィルドが優しく介抱する。

なおも戦乙女(アルヴィト)の名を呼ぶヴェルンドの手を、王女は優しく握り返す。

「やっと会えた。やっと会えた」

子どものように泣きじゃくって喜ぶヴェルンドに王女の胸に茨の棘が刺さる。


「ただ君に会える日を望む日々だった。

君のために黄金を打ち、君のために宝石を削り、君のために服を編む。

気の触れるような長い日々だった。それも今夜で終わる。

過ぎ去った冬の何倍もの春を、ともに過ごそう」


ベズヴィルドは彼のなすがままにされている。

想像もできないほどに優しい声音と瞳が彼女を蕩かす。

彼女はその愛の重さを知るだろう。

暴君が如何なる残虐な方法でもって、彼から様々なものを奪っていたか知るだろう。


ベズヴィルドは彼のなすがままにされている。

国の富も名誉も、王女の身の回りの全てのものがヴェルンドの技でできている。

どれだけのものを彼に返せば、それを償えるのだろう。

「愛してる。世界中で誰よりも愛しているよ」


ヴェルンドはここ数年で最も幸せな夜を過ごし、

王女もまた悲しくも満たされた一晩であった。

朝日が昇ると、王女はふたりの行為が白日の下に曝されてしまわないように、

安らかな顔をして眠る鍛冶師を残して城に戻った。


それから幾日かが過ぎ、ヴェルンドは神業をもって羽衣を縫った。

戦乙女たちが空を征くときに身に纏っているものだ。

身に着ければたちまち身体が軽くなり、鳥のように飛べるのだ。

ヴェルンドはニーズズ王のもとへ飛んでいくと叫んだ。


「この人でなしども。よく聞くがいい。

俺の財宝を奪った対価を知るがいい。

俺はここから離れるが、お前は一生俺から逃れることはできないぞ。

なぜならお前らの大切な王女、その腹には俺の子が宿っているからだ」


ニーズズ王は彼を射落とすように部下たちに命じた。

「ああ、ほら。あんなに高いところまで飛んで行ってしまったのだもの。

もう誰にも彼を射落とすことなんてできないでしょう」

王女は早く彼の姿が遠くへ消えてしまうことを願う。


ニーズズ王が娘に問いかける。

「あいつの言ったことは本当か」

怒りと悲しみがその声音から溢れている。

青白い王の顔を直視することができず――


ベズヴィルドは両手で顔を隠して俯く。

「私、あの人に逆らえなかったの。

私、逆らえなかったのよ……」

その表情がどんなものであったか、誰にも知ることはできなかった。





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