#04:聖域の再起動
瀬戸陽子の、変わらない日々の中にある小さな気配を描いた短い話です。
大きな動きはありませんが、生活の中に少しだけ温度が滲む瞬間があります。
♯04:聖域の再起動
12月31日 21:00
「ただいま」
真希が帰ったあとの部屋は、いつもより静かだった。
コタツには昨日のままの散らかりが残っている。
少し片付けてからPCの前に座る。青白い光が壁に広がり、聖域が起動する。
コタツの上には、昼間に真希からもらった小さな紙袋。
中には生ハムとチーズ、そしてカラフルなピックが入っていた。
「……なんだ。補給物資って言うから、もっとすごいものかと思ったのに」
軽く皿に移し、キーボードの横へ置く。
ヘッドセットを装着。
VCに接続するが、マイクはミュートのまま。
声を出すと、余計なことまで気にしてしまう。
「あ、SETO入った」
「おー、ギリギリだな」
私は喋らず、チャットに打ち込む。
『お待たせ。準備完了』
レイドミッション、開始。
一瞬の操作ミスが命取りになる世界。
指がマウスとキーボードに吸い付くように動く。
画面には巨大なボスが立ちはだかる。
攻撃が飛び交い、仲間の叫び声や魔法のエフェクトが次々と響く。
爆発の光が視界を埋め、仲間の声が鼓膜に突き刺さる。
息が詰まり、集中が削られていく。
視界の端に、さっき置いた皿が映る。
ピックでつまみ、チーズを一口。
「あ……」
指先は乾いたまま。滑らない。
『……助かるな、真希』
集中を取り戻す。
攻撃を避け、反撃に転じる。
画面の中で戦闘は最高潮に達し、仲間の歓声と爆発音が連続して響く。
ミッションコンプリート!
静かな部屋に、ようやく呼吸が戻った。
読んでくださってありがとうございます。
陽子の世界はまだ静かなままですが、日常の中にわずかな変化が積もり始めています。
その小さな揺れを、これからも淡く追っていけたらと思います。




