#03: 聖域の外側
瀬戸陽子の、変わらない日常の中にある小さな揺れを描いた短い話です。
特別な出来事はありませんが、静かな生活の密度をそのまま置いています。
12月31日 13:30
「ねえ、美味しいもの食べに行こうよ」
「無理」
「即答?」
「寒い。それに、これからログボ回収しなきゃいけないし」
コタツに潜り込んだまま、私はスマホの画面をタップする。
「そんなの電車の中でやりなよ。大晦日だよ?」
「外に出るリソースがもったいない。お昼は昨日のピザの残りで十分」
「ダメ。せっかくの一年最後なんだから。今夜のために、最強の『神アイテム』ゲットしに行こう?」
「......課金? 悪いけど、今日はお金使わないって決めてるから」
「リアルのやつ! 広報の私のセンス、信じなさいって」
「ゲーミング手袋? 持ってるけど」
「秘密。ほら、脱出!」
相変わらず、強引なんだから。
…………まあ、いいか。年末だし。
文句を言いながら、私は重い腰を上げた。
大晦日の街は、驚くほど静か。
ゲームが始まる前の、誰もいないロビーみたいだ。
でも、辿り着いたカフェ 『Annex 44』だけは、活気にあふれていた。
高い天井に、楽しげな話し声が響いている。
「これにする。チキンオーバーライス」
運ばれてきた一皿は、スパイスのいい匂いがした。 一口食べると、チキンが口の中でホロホロとほどける。
「......美味しい」
昨夜のピザの匂いが、鮮やかな味で上書きされていく。
身体のシステムが、正常に戻っていくのがわかった。
駅ビルのデパ地下に寄ると、真希は
「陽子にはコレでしょ!」 と小さな紙袋を手に取った。
「中身、食べ物?」
「機能的な『補給物資』。指が汚れない工夫がしてあるの。 帰ってから開けてみて」
そのまま、改札で別れた。電車に揺られながら、少しずつ「ソロモード」へ。
一人じゃ絶対に辿り着けなかった大晦日ルート。
お腹と心のHPは、だいぶ回復した。
あとは聖域へ帰って、戦利品を確認しよう。
読んでくださってありがとうございます。
陽子の世界はまだ大きくは動きませんが、日々の中にわずかな変化が積もり始めています。
その微細な揺れを、これからも静かに追っていけたらと思います。




