#01 1DKの再起動
瀬戸陽子の、静かな1DKの朝を切り取った短い話です。
大きな出来事は何も起きませんが、彼女の世界の温度を感じてもらえたら嬉しいです。
12/30 22:48
瀬戸陽子 (28) は、小田急線沿いの私立大学で事務員として働く正社員だ。
帰りの電車は、12月30日ということもあって拍子抜けするほど空いていた。
朝の殺人的なラッシュや、夕方の混雑が嘘のような静けさが、かえって一年分の疲労を浮き彫りにする。
彼女は居間には目もくれず、真っ直ぐ脱衣所へ向かう。
給湯器を42度に設定し、熱いシャワーを浴びる。
これは単なる洗浄ではない。皮膚にこびりついた「事務員の瀬戸さん」という役割を洗い流し、自分自身を初期化 (リセット) するための儀式だ。
15分後。浴室から出てきた彼女は、もう「事務員」ではなかった。
髪は半乾きのまま、紺のスウェットに袖を通す。洗面台に置いていた眼鏡をかけた瞬間、世界は鮮明な解像度を取り戻した。
冷蔵庫からエナジードリンクとゼリーを取り出し、完璧に遮光カーテンが閉まった居間へ。
そこには、彼女の聖域がある。
正面に鎮座する60インチの大型モニター。コタツ。そして、予備のコントローラー。
陽子がコタツに滑り込み、コントローラーを握ったとき、彼女の本当の一年がようやく「起動」した。
「……………よし」
エナジードリンクの音。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
Maki (LINE):「今、駅着いた!ピザLサイズ2枚持って15分後に突撃しまーす!!!」
「......15分」
陽子は溜息をつきながらも、迷いなくテレビ台へ手を伸ばした。そこにある黒い予備のコントローラーを、隣の「予約席」 へと配置する。
ピンポーン、ピンポーン!
予測通り、15分ちょうどに鳴り響くチャイム。
2025年、最後から二番目の夜。瀬戸陽子の1DKは、静かなログアウトから、騒がしいマルチプレイへと強制的に移行した。
読んでくださってありがとうございます。
陽子の一日は、いつもと同じように始まり、少しだけ違う気配を残して終わります。
この静かな再起動が、どこへ続くのかはまだ決めていません。




