エピローグ:ふたりの放課後
あれから数ヶ月が経った。季節は冬の名残を惜しむように、穏やかな春の訪れを感じさせていた。
図書室、通称「猫の書庫」。暖房は相変わらず壊れたままだったが、以前ほど冷たくは感じなかった。
瑠璃は、相変わらず窓際の定位置に座っている。僕が淹れた温かいココアを両手で抱え、以前の彼女からは想像もできないほど、穏やかな顔で本を読んでいた。
僕と瑠璃の関係は、あの夜を境に大きく変わった。
彼女はもう、僕から手を伸ばされても、反射的に払いのけることはない。けれど、人前でスキンシップをとることは、まだ彼女にとって大きなハードルだった。
教室で僕が少しでも近づけば、彼女は猫のようにサッと身をかわす。
それでも、二人きりのこの場所では、彼女は僕のそばを離れなくなった。
「今日のココア、甘すぎる」
瑠璃は、以前のような冷たさのない、ただ素直な感想を口にする。
「そうか。じゃあ、明日はもう少しビターにしてみるよ」
僕がマグカップを受け取ろうと手を伸ばすと、瑠璃はそれを留めた。
「まだいい」
彼女はココアを一口飲むと、マグカップを机に置き、次に僕の手元を見た。
そして、ゆっくりと。
猫が、最も信頼する相手にだけ見せる仕草のように。
自分の指先を、僕の手のひらに、そっと重ねた。
五本の指が、僕の体温を確かめるように、静かに、優しく触れる。
それは、以前の拒絶とは全く異なる、柔らかく、温かい接触だった。
僕は驚きを隠しつつ、その指先から伝わる温度を、じっと感じ取った。彼女の手は、もう氷のように冷たくはない。
「……温かいな」
僕が静かに言うと、瑠璃はココアの湯気越しに、わずかに頬を赤らめて僕を見つめた。
「あなたのせいよ。毎日、温もりを押し付けてくるから」
そう言って、彼女は目を細めた。それは、日向でくつろぐ、幸福な猫が見せる表情に似ていた。
僕は、彼女の指先をそっと掴み、その手を冷たい手のひらではなく、僕の温かい手のひらの中に収めた。
あの夜、僕が感じた琥珀色の温もりは、もう悲しみの涙を伴うものではない。
それは、二人が築き上げた、確かな愛情の温度になったのだ。
僕たちの秘密の居場所であるこの図書室で、僕はこれからもずっと、君の温もりを守り続ける。
おしまい。




