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あなたが落としたのは、金の勇者ですか? それとも銀の魔王ですか?

作者: 雪嶺さとり


 国の外れの森の中には、女神が棲む川があるという。

 

 なんでも、正直者で清く正しく生きる者には褒美を与えるというのだとか。


 だが、この森で長年暮らしている魔女ジャレットは、女神など見たこともなければその川で洗濯をするぐらい気にしていなかった。


 ジャレットにとって興味があることは、薬を作って町の人間たちに売り、その金で美味しいものを食べることぐらいだった。

 

 平凡で慎ましい地味な暮らしだが悪くない。

 

 なにより、ジャレットは静かな場所が好きだった。

 

 天気の良い日はハンモックで昼寝をしたり、川のせせらぎを聴きながらのんびりお茶でも飲む。

 

 天気の悪い日は部屋の中で雨音を聴きながら昼寝をしたり、クッキーを焼いてみたり、やっぱりその後に昼寝をしたり。

 

 とにかく、ジャレットは落ち着いた場所と美味しいものと昼寝が大好きな、いたって平凡な魔女だった。

 

 そんな平凡な魔女が、いつものように川で洗濯をしていると、突然ざばぁっっっと水が湧き上がってきた。


「へぁっ!?」


 ばしゃばしゃと水が降り掛かってきて、ジャレットは思わず尻もちを付く。

 

 急に川が氾濫するなんてと思いきや、なんと水の中から美しい女性が浮かび上がってきた。

 なんと神々しいオーラなのだろうか。

 

 ――――まさか、川の女神は本当にいたのか!

 

 ジャレットは眩いばかりの光に思わず目を細めるが、よく見ればその両脇に男が二人抱えられていた。


「――――あなたが落としたのは、金の勇者ですか? それとも、銀の魔王ですか?」


 透き通るような美しい声で、女神はそう言った。

 両脇に抱えられている男は、片方は金髪で冒険者のような服を着ていて、もう片方は銀髪で魔族のような黒い角が生えている。

 

 しばらく呆気に取られてから、ジャレットは口を開いた。

 

「いや……どっちもいらないです」

「……」


 しばらく沈黙が広がる。

 生きてはいるようだが、洗濯していただけでずぶ濡れの大男二人押し付けられるなんて、なんという天罰なのか。


「すいません、川を汚したのは謝ります。もうしないので、帰ってください」


 ぺこりと頭を下げてから、洗濯カゴと共に退散しようとする。

 しかし女神は逃がしてくれなかった。


「な、なんということでしょう! とっても心の美しいあなたには、二人とも差し上げま〜す!」

「いやいらないです」


 先日市場でやっていた抽選会の『おめでとうございます! 一等賞で〜す!』みたいなノリで押し付けられても困る。

 というか人って差し上げてもいいやつなのか。

 

「遠慮しないで! さあ受け取ってちょうだい!」

「いやほんとに。警官呼びますよ」

「さあさあさあさあ!」

「冷たっ」


 拒否し続けたら、女神は男二人をそのままべチョッと勢いよく地面に放り投げてきた。

 やっぱり女神じゃなくて不審者かもしれない。

 

「それではさようなら〜!」


 女神はざぶざぶと波を立てながら川に沈んでいく。

 

「えっ、私の部屋着……」


 勢いで流されて言った洗い途中の洗濯物を、下流でも達者でね……と見送る羽目になってしまった。


「これ、どうしたら……ていうか生きてるよね?」


 多分人間であろう金髪の方を恐る恐る突っついてみる。

 ついでに銀髪の方の角もつんつんしてみた。


「あの……大丈夫ですか……?」

「はっ……!」

「くっ……!」


 二人とも同時に呻き声を上げている。

 どうやら生きているようだ。


「あ、あの」


 ジャレットが助け起こす間でもなく、二人は自力で立ち上がった。

 そして、ボタボタと水を垂らしながらジャレットに詰め寄ってくる。

 

「あなたが女神様ですね!」

「そなたが女神であったか!」


 同時にそう言ってから、顔を見合せてまた同時に口を開く。

 

「なぜお前がここに!」

「なぜ貴様がここに!」

「順番に喋ってもらっていいですか?」


 息ピッタリで仲良しなのは構わないが、話が入ってこない。


「申し訳ない!」

「うむ、すまない」


 謝罪まで被っている。

 気を取り直して、彼らは何者なのかを問いただす。


「あの、お二人は一体どうして川の中に……」

「実は私は隣国の勇者でして、この悪しき魔王を討ち取るべく戦っていたのですが、魔王の卑劣な罠にかかってしまい」

「違う、貴様がこちらの言い分も聞かず暴れるからだろうが」

「なんだと! お前こそ問答無用で俺をぶっ飛ばしたくせに」

「ちょっと、喧嘩しないで?」


 ジャレットが止めようとしても、両者はいがみ合っている。

 

「礼儀がなっとらんからだ。大体腹いせに我の城に爆弾を仕掛けたのは卑劣ではないのか」

「戦略と言え!」

「では我の戦い方も戦略であろう」

「お前っ!」


 二人ともずぶ濡れのまま睨み合いながら激しく罵り合っている。


「うるさいんだよあんたたち!」


 我慢の限界で怒鳴りつければ、二人ともビクッと肩を震わせて静かになった。

 どうやら二人は何らかの因縁により戦い、その結果川に流れ着いたらしい。

 ここは国境近い森だから隣国というのも納得がいく。

 隣国には魔族が多いというのも聞いたことがあった。


「とりあえず、二人とも帰ってもらっていいですか? タオルぐらいなら貸してあげますから……」


「そんな、とんでもない! 助けてくださったのですから、ぜひお礼をさせて下さい!」

「いや、多分あなたたちを助けた人は水底に帰ったかと……」

「遠慮するな、我が褒美をやろう。そなたの望みを叶えてやろうではないか」

「じゃ、帰ってください」


 後ろを向いてスタスタと去っていこうとすれば、ガシッと肩を掴まれて引き止められる。


「冷たっ」

「まあまあ、待たれよ。そなたはこの森で一人で暮らしているのか?」

「え? そうですけど。森で一人暮らししてる魔女なんて珍しくないでしょ」

「であれば、不便なことも多かろう。困っていることはないか? 我がなんでも手伝ってやろうではないか」

「なんでもとか気軽に言わない方がいいですよ」

「我は万能の魔王だからな。そなたの為ならなんでもしてやるぞ」


 なんだこの自意識過剰の魔族は。

 じゃあ逆立ちしながら口から火でも吹いてみろよ……と、ジャレットの邪な心が一瞬顔を出そうとしてきたが何とか留めておく。


「こいつと同意見なのは腹が立ちますが……あなた様へ感謝を伝えたいのです。魔女様、どうかあなたにお礼をさせて下さい」


 ビッショビショに濡れたまま、勇者と魔王は迫ってくる。

 うっとうしいことこの上ない。

 

「とりあえず、髪と服を乾かしてもらってからでいいですか?」

「よかろう」


 魔王が指パッチンすると、みるみるうちに水気がなくなって、豪華なマントと貴族みたいな服はシワひとつなく、銀髪はさらさらと風に吹かれている。


「どうだ、凄いだろう」

「いや、それ出来るなら最初からやればいいのでは」

「くっ……! 俺だってそのくらい!」


 どこまでも張り合いたいのか、勇者が対抗してきた。


「うおおお、風よ! 吹き荒れろ!」


 途端にごぉぉぉっという轟音と共に勇者の足元から風が吹き出す。

 強風で水気を吹き飛ばしたようだが、金髪は残念なことに爆発している。

 

「どうです、凄いでしょう!」

「……」


 後で櫛を貸してやろう。

 せっかくの綺麗な顔が残念になってしまった。



 ともかく、ただ洗濯をしただけなのに、ジャレットはやかましい大男二人を引き連れて帰宅することになってしまったのだ。


 


――――――――


 

 あれから数ヶ月経ったが、勇者と魔王はすぐ出ていくどころかなんとジャレットの家に住み着いてしまった。


 奴らはジャレットが満足するまで尽くすと言い張り、テコでも動こうとしないのだ。


 国へ帰らなくていいのかと言えば、勇者の仕事は魔王討伐だから魔王がいるところから離れる理由はないとの事で、魔王は暇だし無職だから別にいいとのことだった。

 勇者よ、その魔王は本当に倒すべき存在なのだろうか。


 幸いにも無駄に部屋は余っていたため窮屈な思いをすることはなかったが、それ以降ジャレットの静かで穏やかな日々は完全に失われている。


「魔女殿、おかえりなさい」

「……ただいま」


 町で薬を売り帰宅すれば、早速勇者が出迎えてくる。


 玄関を開けた瞬間そこで待っているのだから、一体いつからそこにいたのかと聞きたくなるぐらいだ。


 勇者はきらきらと目を輝かせながらあれこれ話しかけてくるが騒がしくて仕方ない。


「帰ったか。夕食は我特製クリームシチューだ。そろそろ寒くなってきたからな。よく食べて温まるんだぞ」


 キッチンからいい匂いが漂ってくると思えば、エプロン姿の魔王が鍋の前に立っていた。


 魔王は料理が得意らしく、料理当番を進んで買って出てくれたが、ジャレット手作りのリンゴのアップリケ付きエプロンはサイズ感が合っていなくて今にも胸筋ではち切れそうだった。


 そろそろ新しいエプロンを仕立ててやるべきかもしれない。


(いや、元々私のものなんだけどな……)


 気を取り直して食器類を並べようと思えば、後ろから勇者がいちいち付いてくる。

 お母さんにやたら引っ付いて回る子どもかと言いたいぐらいだけれど、ガタイがいいのでかなり邪魔だった。

 

「やった〜、俺クリームシチュー大好き」


 私に言うなとジャレットが払いのけようとすれば、それより先にすかさず魔王がキレる。

 

「貴様のためではない! 魔女のために作ったのだ!」

「言われずとも分かっている! やかましい!」

「うるさ……」


 仲が良いのか悪いのか。

 奴らは相変わらず息ピッタリに喧嘩しあっている。


「そうだ魔女殿! 新しい作業台が欲しいと仰っていましたよね? 今日の昼間に作っておいたんで、良かったら後で見てください」

「えっ、早」

「魔女殿の身長に合わせてピッタリサイズで作りました! 自信作ですよ!」


 机古くなってきたなーと昨日呟いていただけだったのに、もう作ったなんて一体どうなっているんだ。


「貴様、勇者より大工の方が向いてるんじゃないか」

「そっちこそ、魔王よりシェフの方が向いてると思うぞ」


 騒がしくもあるが、二人とも恩返しのためジャレットの役に立ちたいという思いは本当のようで、何かとジャレットの手伝いをしてくれている。

 この前なんて勇者によりジャレットの薬の売り上げがレポートにまとめられ、改善点と売り上げアップのための講義まで開催されたぐらいだ。


 いやほんと、勇者は勇者より大工か商人を目指した方が良い気がする。


 ついでに魔王は貰い物の果物たちでフルーツタルトを作ってくれていたので、魔王は魔王よりシェフかお菓子屋さんを目指した方がいいのではと、ジャレットは思うのであった。

 

「でも、そろそろ冬になるってことはその前にあなたちは帰った方がいいんじゃない?」

「えっ……」

「なっ……」


 タルトを頬張りながらなんとなく言えば、二人は涙目にならんばかりの勢いで落ち込んでしまった。

 

「やはり、魔女殿にはご満足頂けなかったと……」

「ううむ、我の料理でもダメだとは……」

「あ、いや二人ともとても役に立ってくれてるのは嬉しいんですけど、このまま三人で同居って訳にもいきませんし……」


 この二人を拾って(?)からというもの、静けさと引替えにジャレットの生活水準はかなり向上した。

 毎食手作りのできたてのご飯に、常に掃除された部屋たち、庭の手入れもジャレットが気づく前に終わっている。

 薬の生産だって二人が手伝ってくれるおかげでうんと楽になった。

 二人とも、困り事があれば我先に飛びついて手伝ってくれるが、だからといっていつまでも三人一緒にいるわけにはいかない。

 ジャレットは未婚で、親しい人もいない魔女だ。

 素性の知れない男を二人手懐けているなんて噂になったら恥ずかしい。


「三人がダメなら勇者が出て行けば良かろう。そうすれば、我と魔女で二人きりだ」

「なにッ! 魔王、お前こそ出て行け! 魔女殿をお前のような悪しき輩の手には渡さない!」

「いやその悪しき輩に胃袋掴まれてるのはどこの誰よ」

「ふ、貴様こそそう言いつつも魔女を独占しようとしているのではないか。貴様は隠しているつもりだろうが、内に秘めたる醜い欲を我が知らないとでも思ったか」

「何を言う! お前こそ、魔女殿を邪な目で見ていることは分かっているんだぞ!」


 みっともない言い合いがまた始まってしまった。

 

「どっちも危ないってことね……。じゃあ私が出ていくから二人で仲良くどうぞ」

「ま、魔女殿! なんということを……!」

「おぞましいことを口にするでない!」

「そ、そんなに……」


 二人してこの世の終わりみたいな顔をするものだから、さすがにやめておいた。


「大体、二人とも私にどういう感情を向けてるんですか。その、邪ななんちゃらとか」

「いや……それは……その、恥ずかしいので……」

「言わずとも分かるだろうに。どうしても我の口から聞きたいというのだな」


 急にモジモジし始めた勇者と対照的に、魔王は自信満々ににんまり笑っている。


「魔女よ、そなたを我の妻としここを新たな魔王城と定めようではないか」

「うわっ、聞くんじゃなかった」

「魔王! そんなことは許さない! 魔女殿と結婚するのはこの俺だ!」

「誰とも結婚しませんけど」


 深いため息をついてから、改めて話を整理する。

 

「要は二人とも私が好きなんですか?」


 二人とも揃って頷く。


「じゃあそれは勘違いですね。助けてくれた恩を恋愛感情と誤認しているだけです。そもそも私、あなたたちを助けた覚えはありませんし」


 これで納得してくれるはずはなく、勇者たちは諦めず食い下がってくる。

 

「なにをおっしゃるのですか! こう、頬をぺちっとして眠りから目覚めさせてくれたではありませんか!」

「えっ、助けた判定そこ?」

「我は魔女のことを女として気に入ったのだ。どうだ、我の伴侶となれば一生退屈はさせぬぞ。食事も、毎食魔女の望むものを用意しよう」

「お待ちを! 俺も、魔女殿のことを愛しています。一生かけて守り抜くと誓います。それに、新しい家も建てて挙げられますし、魔女殿のビジネスを万全の体制で24時間サポートすることだってできますよ! 魔女殿の薬の売り上げ、どこまでも高くして見せましょう!」


 勇者は焦るあまりか、最後の方は胡散臭いセールスみたいになっていた。


「あ、分かった。あなたたち張り合ってるからでしょ。今度は私を奪い合って勝負ですか?」

「そうだが」


 からかうように言ってやったつもりが、魔王に即答された。


「我はそなたが欲しい。愛している」


 そんな銀髪のツノ生やした男にリンゴのアップリケ付いたファンシーエプロン姿でそんなこと言われても……。


「お、俺だって魔女殿が……好きだっっっ!」

「声デカっ」

「どちらが先に魔女殿の心を手に入れられるか、勝負だ!」

「良かろう、受けて立つ!」

「立つな」


 肝心のジャレットの気持ちを無視して二人は睨み合っている。


「魔女殿は、一体どちらが好きなのですか!?」

「どっちも好きじゃないよ……」


 二人の気持ちはよく分かったが、ジャレットは恋愛ごとには一切興味がない。

 どこまで行ったってこの二人はやかましいけれど何かとお役立ちな同居人一とその二である。


「じゃあ今から私の好きなとこひとつずつあげてってください。多かった方が勝ちね」


 すぐ終わるだろうと思ったが、奴らは嬉しそうに飛びついてきた。

 

「よし分かった! まずその冷静な性格だな!」

「かわいい顔!」

「さらさらの髪!」

「鈴の音のような声!」

「我の料理をいつも美味しそうに食べてくれるところ!」

「薬作りが上手なところ!」

「植物についての知識が豊富なところ!」

「怪我したらすぐ薬塗ってくれるところ!」

「寝顔がかわいい!」

「たまに寝言言ってるところもかわいい!」

「自分で閉めた瓶の蓋が空けられなくて怒ってる時もかわいい!」

「洗濯物干したままうっかり昼寝し過ぎて忘れてた時もかわいい!」

「ファンシーグッズに興味無いフリしてぬいぐるみ買ってあげたら超喜んでたところもかわいい!」


 くだらない提案をしたのを、ジャレットはすぐに後悔した。


「終わらない……」


 そうしている間にも、奴らはあれこれと並べ立ててはジャレットのやれどこがかわいいだのなんだの騒いでいる。

 寝言とか聞かなかったことにして欲しいのにお構い無しじゃないか。

 魔王が用意してくれた食後の紅茶を飲みながら終わるのを待つが全く終わらないので、そのうちジャレットはうとうとしてしまい、気づけばソファで眠っていた。

 二人が運んでブランケットまでかけてくれたらしいが、その間もまだジャレットの好きなところを言い合っていた。

 


 

「分かった。あなたたちの気持ちはよく分かりました」


 翌朝、結局ジャレットが途中で寝落ちしたため判定が分からなくなりこの勝負の意味は無かったことになったが、二人がどれだけジャレットを見ているのかはよく思い知らされた。


「二人ともそんなにここを出て行きたくないんだね……まあ分かります。田舎暮らしとかスローライフとか、誰でも憧れますよね。私もそうだったし」


 魔王特製のフレンチトーストを堪能しながら、ジャレットは二人を追い出すことを諦めた。


「魔女殿、俺たちが好きなのはスローライフではなく魔女殿のことなのだが」

「いいって。もう追い出したりしないから」

「魔女よ、さては面倒になったのだな」

「その通り」


 適当に返事をしていれば、二人は都合よく解釈してくれたようだ。


「ではこれからも好きにそなたを口説いて良いと」

「うんうん」

「なっ……! 魔女殿、ダメです! 誘惑されるなら俺にしてください!」

「はいはい」


 なんだかわけの分からないことをほざいているが、気にせず朝食を食べ終えるとジャレットは立ち上がった。


「じゃ、そろそろ薬草取りに行ってくるから留守番お願いしますね」

「いや、我も行こう」

「俺荷物持ちしますよ!」


 せめて薬草取りぐらい静かにしたいものだったが、魔王と勇者は着いてくると言って聞かなかった。

 仕方が無いので三人で森の中を歩く。


「えーと、どれどれ。良いのが生えてるねぇ」


 のんびりと散歩がてら収穫していく。

 森の中は空気も澄んでいて、幼い頃から親しんでいるだけあって居心地が良い。

 

 川の近くによれば、水の流れる音がゆっくりとジャレットの心を癒してくれる。

 

 ゆらゆらと揺れる水面を見て、そういえばこの辺りで二人に出会ったのだったかと、あの日のことを思い出した。

 

 

 勇者と魔王を拾う前は、家の中もずっと静かだった。

 

 だが、騒がしくもあるが今の生活も悪くないような気はしてきた。

 

 美味しいご飯もあるし、仕事を手伝ってくれる。

 

 けれどやっぱり、家に帰っておかえりと言ってもらえる生活は、ジャレットの魔女生活において滅多にないことだった。

 

 もうちょっと喧嘩ばっかりしてないで落ち着きさえあれば……なんて思っていた矢先のことだ。

 

「魔女殿見てください! なんか凄いのがありましたよ!」

「おい勇者よ! それは本当に抜いていいやつなのか!?」


 勇者が見たこともないような真っ黒の大きな花を掲げてきた。

 腐っているというわけではなさそうだが、何だか様子がおかしい。


「うわっ、黒。色が変なのは精霊が住み着いてるかもしれないのであんまり抜かない方がいいかも……」


 変わった植物には精霊が宿ると昔から言い伝えられている。それにしてはなんだか禍々しい気もするが。

 

「え!?」

「ほれみろ」

「くっ、お前だってさっきすごい興味ありますみたいな顔してただろ!」

「だからといって引っこ抜くかは別だろうが!」


 勇者と魔王は言い争いながら揉み合っている。

 

「ちょっと、そんなに暴れたら……」


 ジャレットが止めようとしたその時だ。

 

「あ」


 すぽーん、と勇者の手から花が抜けて、そのまま川にぽちゃっと落ちた。

 ジャレットはもう知らんからなという目で二人を見る。


「魔女殿、心配ありません! 今取ってきますから!」

「お前では不安だ。我がやろう」


 こういう時だけ意気投合する二人は、ざぶざぶと川の中へ入っていった。


「あーあ……」


 洗濯したばっかりの服なのにまた汚して。

 ジャレットはため息をつきながら、空を見上げる。

 今日もいい天気だった。

 

 すぐ戻ってくるだろうと思いきや、二人の声が聞こえない。

 よく見れば、なんと二人の体が徐々に沈んでいるではないか。


「……え? う、うそだよね?」

 

 唖然としながら魔王のツノが見えなくなったのを見送り、ジャレットは水面を覗き込もうと駆け寄る。

 

 ぶくぶくと水面が泡立ったと思いきや、ざばぁっっっと水が湧き上がってきた。

 

 その瞬間、ジャレットの脳内にデジャブという単語が浮かんでくる。


 予想通り、水の中からとても美しい女性が現れた。

 そして、ジャレットにこう言うのだ。


「――――あなたが落としたのは、金の勇者ですか? 銀の勇者ですか? それとも……黒の邪神ですか?」


 透き通るような美しい声で女神はそう言いながら、ベチョッと勢いよく地面に男たちを放り投げる。

 

 一人は金髪の勇者でもう一人は銀髪の魔王……そして、新たに黒髪にボロボロの布をまとった男。

 

 やばい、増えた。


 さっき水面に落ちた怪しい黒い花に住み着いていたのは、精霊ではなく邪神とかいうなんだかヤバそうなやつだったらしい。


「えーっと……全員いらないです」

「正直者のあなたには、全員あげま〜す!」


 女神は男たちを川辺に放り出したまま、ざぶざぶと再び川の中へ帰っていく。

 

 ジャレットの平凡で地味な生活は、まだまだ戻ってこないようだった。


お読みいただきありがとうございました!


にぎやかなお話が作りたくて書きました♪

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