1-9 命の恩人?
それから物陰や散乱している旅館の備品らしき物をひっくり返す勢いで探していたが、一向に携帯は見つからなかった。今のところは不良の霊がまた現れるという事もなかったし、二階でも大騒ぎするような物音は聞こえなかったから冬弥の方もきっと大丈夫なんだろう。
スマホが表示する時刻は日付をまたごうとしている。探し出してから二時間近くが経過していたが僕も沙羅も携帯らしきものを見つける事はできないでいた。
「本当に携帯なんてあるのかな?」
「ううん、わかんないけど……真美さんがここにいるって事は原因がここにあるって事だと思うから……」
さっきから何度目か分からない問答を繰り返す。時間が経つにつれて不安が増してくると、どうしてもそんな言葉が口をついてしまうのだ。冬弥だったらとっくにキレて文句を言う所だけど、沙羅は毎回きちんと受け答えしてくれる。それだけにだんだん申しわけない気持ちになってくる。
「ごめん、沙羅……」
「おーちゃん?」
いきなり謝りだした僕の顔を、きょとんとした顔の沙羅が見つめる。
「つい不安になっちゃってネガティブなことばかり言うのは僕の悪い癖なんだよね。分かってるんだけど……沙羅もイライラしたらうるさい!とかって怒っていいからね?」
多分情けない顔になっていたと思うけど僕は沙羅にそう言った。逆の立場になって考えても、いいから黙って探せよ!って言いたくなると思ったから。でも沙羅は優しく微笑んで言った。
「大丈夫、私はおーちゃんがどんなにネガティブなこと言ってもうるさいなんて思わない。おーちゃんは優しいからそうやって愚痴を言った相手まで気を使ってるんだろうけど、私には必要ないから。むしろもっと甘えてほしいまである」
最後の方は力強く言ってくれる。久しぶりに会ったばっかりなのに、もう沙羅には頭が上がらなくなりそうだ。
「ねえ沙羅?変な事聞くけど……どうしてそんなに僕に好意的に接してくれるの?その……僕はどっちかっていうと鈍感なほうだからさ、昔仲良かったって言ってもそこまで沙羅が良くしてくれる心当たりがなくって……」
携帯を探す手は止めずに、顔も合わせないで聞く。心臓がドキドキしながら口から出てくるんじゃないかと思いながら……
背中越しに聞こえてくる携帯を探す音が止まる。沙羅がこっちを見ているのを背中にひしひしと感じながらひたすらに携帯を探すことの方に意識を向けて動揺を押し隠す。勢いで思わず聞いてしまった……これで沙羅の返事が「は?何勘違いしてんの?キモ」とでも言われたら、僕はもう立ち直れない自信がある。
しばらく沙羅は何も言わなかった。無言の時間に耐え切れなくなった僕が質問を取り下げようと言葉を探し始めた頃、沙羅が口を開いた。
「……おーちゃんは、私にとって命の恩人。私はおーちゃんに救われたの。本当ならここにもいなかった……私ね、生まれたすぐに魂を半分取られたんだって。本当は全部取られる所だったんだけど、お母さんが守ってくれて。でもそのせいでお母さんは死んじゃって……すぐにもう半分も取られるところだったんだけど、おーちゃんが守ってくれた。ううん、おーちゃんとお姉ちゃんが……」
そう言うと沙羅は口をつぐんだ。好きだとか嫌いだとか言うレベルの事を考えていたのに、とてつもなく重い話を聞いてしまった。正直なところ沙羅が話した事は半分も理解できなかったし、魂がどうとか……それに沙羅が生まれた時なら僕も赤ん坊だったはずだ。それなのに僕が守った?よくわからないけど、なんとなくそれ以上聞くことができなかった。沙羅のお母さんが亡くなっていた事も初めて聞いたし、きっと沖縄に修行とやらに行かないといけなくなったのもなんとなくそれが原因と思った。親しい身内との別れを経験した事もない今の僕にはどんなに言葉を繕っても掛けてあげられる言葉を見つけることができなかった。
「おーちゃんは気にしなくていい。私が勝手にそう思ってるだけだから……でも、もし迷惑なら言って?」
何も言葉を返すことができないから、再び重い沈黙があたりを支配していたけど、口調を柔らかいものに変えて沙羅がそう言った。少し寂し気な感じで…………
「そんな!迷惑なんて!そんな事思ってないよ、その……よくわからないけど、沙羅が僕の事を昔と同じように「おーちゃん」って呼んでくれた時、すごく嬉しかった。その、何て言うか……昔と同じように仲良くできたらいいなって思ってる」
沙羅が言った事に僕は思わず振り返って沙羅の両手を握って言ってしまった。反射的に言ってしまったが紛れもない本音でもある。
沙羅はいきなり振り返って両手を握られて驚いた顔をしていたけど、数秒間僕の顔を見つめてとても柔らかく微笑んで小さく、ほんの小さい声で言った。
「うん」、と。
「なあ、いい雰囲気の所悪いんだけどさぁ。本題忘れてはいないよな?」
ふいに暗闇から声が聞こえて僕は思わず握っていた手を離した。慌てて振り返ると、二階への階段の所まで来ていたらしく、ちょうど降りてきた冬弥が手を握って見つめ合う僕たちと遭遇してしまったようだ。
「まぁ。薄暗い心霊スポットだし?危険な目にもあったし、つり橋効果ってやつ?逢介、お前中々今の状況をフルに利用してるな。少し見直したよ」
慌てて挙動不審になっている僕の肩にニヤニヤと笑いながら手を回してきた冬弥は、まるで僕が今の状況を利用して沙羅を口説いていたような言い方をしている。僕も沙羅も顔を真っ赤にしてるし動揺してしまってまともな言い訳もできないでいると、冬弥はまるで全部分かったような顔をして「いいからいいから」と肩を叩いてくる。
「と、冬弥!」
そうじゃない事を伝えたいけど、沙羅の話を勝手にするわけにもいかない。結局僕が意外とナンパ野郎だったという結論になってしまった……
「そっか、二階にもなかったんだ」
それから少しの間からかわれたが、冬弥も状況を考えてすぐに探している携帯の話に戻った。二階はくまなく調べたけど携帯やそれに類するものは一切なかったらしい。
「逢介のほうは……その様子じゃ見つかってないな。お前、見つけてからいちゃつけよな」
落ち着いたかと思っていたらまたぶり返してきた。これはしばらくの間言われそうだ。
「そんなんじゃないってば……一階は客室もないし、全部の部屋を二回ずつ探したんだけど……もしかして建物の外とか?」
「それならもっと絶望的だな。草木が生い茂ってどこまでが敷地だったのかもわかんねーよ」
そう言い合って、黙り込む。三人でこれだけ探して見つけきれないとは思ってなかった。冬弥と二人で落ち込んでいると、再び沙羅がアイデアを出してくる。
「こんな時は真美さんの気持ちになって考えればいいんじゃないかな?彼女がなぜここに来て、そのためにどこを通ったか想像すれば……そのルートをたどればもしかして」
言いはしたものの、さすがに自信はなさそうにしていた。それが分かれば苦労しないからだ。
それでも手当たり次第に探すことはもうやった。想像する事しかできないけど、真美さんがここに来て、どの部屋にいったかでも分かれば……
それを聞いた冬弥は急いでスマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げると、指で何度もフリックしている。この建物について調べた内容をもう一度確かめるのだろう。
僕は真美さんの気持ちはわからないから、せめて普通どうするかを考えることにした。何かを探す事が目的で、しかも夜中にここに来た。どういう行動をとるだろうか……
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