1-8 お姉ちゃんと
僕がここに来ていきなり気絶してしまった時、僕は夢を見た。
それは僕がまだ小さい、保育園にもいかない頃。僕と近所に住んでいた沙羅はしょっちゅう一緒に遊んでいた。遊ぶのは決まって近所の公園で、遊ぶ約束なんてしていなくてもいつの間にか一緒にいて遊んでいる、そんな感じだった。
僕と沙羅。そしてお姉ちゃん。
記憶はまだあいまいだけど、確かに三人で遊んでいたのだ。遊んでいたけどお姉ちゃんの名前も顔も知らない。覚えていないとかじゃなくて、知らない……
ただ「お姉ちゃん」としか覚えていないけど、確かにいた存在。あいまいすぎて今まで忘れていたけど僕の記憶の中には確かにある。そしてその声は……僕がこれまで度々聞いて幻聴だと思っていたあの声だ。
ビビりの僕は霊が見えたとしても徹底的に見えていない振りをした。それと同じでたまに、ほんのたまに聞こえてくるこの声も同じように無視していた。「お姉ちゃん」の事を忘れてしまっていたから……
(気にしないで。逢介は何も悪くない……それよりその女の子の霊が逢介をここに呼んだのは悪意があったわけじゃなくて助けてほしかったから。この場所に心残りがあったばかりに、悪霊になってしまったあの男たちの霊のせいで取り込まれてしまってるみたいなの。沙羅ちゃんがいれば無理やり帰る事もできるかもしれない。でももしあの女の子が可哀そうだと思うんなら助けてあげて?……私には何もできないから。私も助けると思ってくれたら……うれしいな)
「おい、どうしたんだよ。二人で見つめた合ったまま黙って。こんなとこで告白したりするのはやめてくれよ?せめて帰ってから……」
「なあ冬弥。僕の言う事を信じてくれる?」
幻聴……お姉ちゃんの声を聞いている間、黙ってしまった僕と沙羅を見て軽口を叩いていた冬弥の言葉を遮って、僕は冬弥の目をまっすぐに見てそう聞いた。
「おい、俺はお前の友達だぞ。……信じるさ。何かあったんだろ?」
意外の話の分かる奴で助かった。僕は「お姉ちゃん」が言った事と沙羅が感じていた事。それを合わせて自分の考えを語った。
女の子の霊……真美さんは僕たちに悪意があったわけではなくて、ただ助けを求めて学校にまで姿を現したんだという事。地縛霊になってしまった原因がおそらくこの場所にあって、不良の男たちの霊に利用されている。その原因になっている物を僕たちにどうにかしてほしいんじゃないかという事。
話を聞いて冬弥は腕を組んで考え込む。途中で沙羅にも意見を聞いたけど、「おーちゃんの考えている事と一緒」といって機嫌よさそうにしていた。
「わかった。とりあえず信じるよ。そうすると真美さんが地縛霊になっている原因が何かってのを調べないといけないな」
しばらく考えた冬弥は僕をまっすぐ見てそう言った。何の確証もない話だったけど、信じてくれた。
「真美さんに話しかけたりできないのか?本人に聞けたら話が早いと思うんだけど」
腕を組んだまま僕と沙羅を順番に見て冬弥はそう言ったけど、僕は黙って首を振った。
「僕は見えるけどほとんど干渉できないんだ。ただ霊の姿が見えるのと、まれに話している事が聞こえるくらいなんだよね」
「私は見えないだけで触ったりうまく波長が合ったら会話したりはできるけど……その女の子はできなかった。男たちに利用されてこの空間を作るだけの存在になってる。どうにかして自我を取り戻せればもしかしたら……」
沙羅もきれいな形の眉を寄せて済まなそうに言った。
「ここに縛り付けている原因かぁ……もうちょっとヒントがほしいよなぁ」
冬弥はそう言ってぼやいている。その気持ちは分からくもないけど……直接の知り合いでもない真美さんの事なんか何も知らない。どんな人だったのか、ここに何をしに来たのか、そんなこともわからないんだから……
僕たちは受付の所で三人額を寄せて、考えてみたけどこれといった答えはそう簡単には出てこなかった。
そんな僕たちを交互に見ていた沙羅はどこかきょとんとした表情で呟いた。
「おーちゃん達、携帯探しに来たんじゃないの?」
「あ!」
「そうか!真美さんは携帯をここに忘れたって泣いてたんだ!怖すぎてすっかり忘れてた!」
何気ない感じで呟いた沙羅の言葉が僕たちに本来ここに来た目的を思い出させてくれた。
「ちくしょー……逢介はともかく、俺まですっかり忘れちまってた……俺としたことが!」
冬弥がしきりに悔しがっているが、僕はともかくという部分に一言モノ申したいところだったけど、こらえた。僕だって自覚症状はあるのだ。
「それならさっさと見つけよ?あまり長居するのは良くないと思うし……あの不良の霊も立ち直って出てくるかもしれないし……」
と、沙羅がさらっととんでもないことを言う。あ……し、ダジャレじゃないから!
などと誰に向かってかわからないような言い訳をしていると、冬弥がそのことを口に出してた。
「な、なぁ蒲生……不良の霊って他にもまだいるのか?さっきの奴らは蒲生がぶっ飛ばしてくれたよな?」
そうであって欲しいという願望のこもった冬弥の問いに、無情にも沙羅は首を振って言った。
「あれは一時的なものだから……私は除霊とかができるわけじゃない。小さいころから沖縄で修行して物理的に接触できるようにはなったけど、あれは普通に殴ってるだけ。生きてる人でも殴ったら痛くて動きを止めるでしょ?霊たちも元々は生きていた人間なんだから、殴られたら痛いって事が魂にしみついているから、一時的に姿を隠しているだけ。立ち直ったらまた出てくると思う。」
「まじか……でもまたくるくるって蹴り飛ばしてくれるだろ?」
顔を引きつらせて冬弥がすがるように聞く。
「おーちゃんが危ないならそうする。けど、なんどもやって霊が自分は霊だってことを完全に理解してしまったら面倒なことになる」
なぜ沙羅はそこまで僕の事を気にかけてくれるんだろうか?すごく気になったけど、今はもう一つのほうが知りたい。
「ね、沙羅?完全に理解ってどういう事?」
僕がそう聞くと沙羅は周りを見渡しながらあまり時間がないというような仕草をしながら、それでも教えてくれた。
「ほとんどの霊は半分くらいしか自分が霊だって事を認めてなかったり、気づいてなかったりしてるらしいの。だから殴ったら痛いんだと感じるし、生前の姿に引っ張られたりしてる。でも本当はもっと自由なんだって。詳しくはもっといろいろなしがらみとかがあるらしいけど、今はそれだけ覚えていたらいい。おーちゃん、早く探そ?」
そう言うと沙羅は僕の手を取って、歩き出した。少し焦っているように見えるのは気のせいじゃないだろう。僕は冬弥と目を合わせると、どちらかともなく頷いた。
「じゃ、手分けして探そう!逢介達は一階を、俺は二階を探すよ。」
「ええ?ばらけるのは危なくない?僕の方はともかく、冬弥は一人になるし……」
効率は確かにいいかもしれないけど、本当に不良の霊たちがまた出て来たら……
「危ないのは分かってるよ。でも早く見つけないとやばいんだろ?」
そう言いながら沙羅を見ると、はっきりと沙羅は頷いた。
「それにさ、考えたくないけど、原因が携帯じゃなくて、もっと他の物の可能性だってあるだろ?たぶん俺たちが考えているより、ずっと時間がないんだと思うんだ。まぁ任せとけって、出てきてもなんとか逃げて見せるから。まぁ……捕まったら助けてほしいなぁっては思うけど……」
最後に苦笑しながら冬弥はそう言いながら、二階への階段の方へ向きを変えている。そして軽く手を上げると軽やかに階段を駆け上がっていった。
「…………僕らも探そう!」
振り返ってそう言うと、沙羅は力強く頷き返してくれた。気のせいか、うっすらと沙羅の横にもう一人女の子が立っているきがする……僕はそっちにも頷いて手近なところから捜索を始めた。
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