1-7 逢介の葛藤、沙羅無双
僕の言葉を聞いて、冬弥は少しバツが悪そうに頭をかいている。沙羅は大丈夫と言ってくれていたが、黙ってしまった僕を見ているうちに、さみしそうな顔になってきている。
違うんだ、そんな顔をさせるつもりはなかったんだ……。うまく言えないけど、これはきっと僕の中にほんのちょっぴりある意地なんだと思う。
「ごめん沙羅……そうだよね、僕たちには何もできない。悪いけど沙羅、僕たちを助けて」
しばらくして僕がそう言うと沙羅の顔はぱっと明るくなった。
「全然大丈夫だから。むしろそのために修行したとも言える。それにおーちゃんが何もできないなんて事はない。私には霊の姿を見ることはできない。なんとなく存在は感じれるけど、はっきりどこにいるのかも分からない。だからおーちゃんが霊のいる所と、今何してるとかを教えてほしい。そしたらおーちゃんの事は私が絶対守ってみせるから!」
ふんすと音が聞こえてきそうなくらい力を込めて沙羅が言った。
「なあ、さっきからナチュラルに俺の事除外してね?逢介だけじゃなくて俺も守ってほしいなぁなんて……」
女の子に、絶対守って見せるから!なんて言われて若干格好つかないなあと心の中で考えていると、冬弥がぽつりといった。
「…………除外なんてしてない。おーちゃんの友達も大事。ちゃんと守る」
すっと視線をよこにスライドさせた沙羅が消え入りそうな声で言う。
「目を逸らして言うなよ。いや、お願いする立場だから強く言えないんだけどさぁ。絶対眼中になかっただろ俺!」
ジト目になった冬弥がそう言うと、視線を逸らせたまま沙羅がぺろっと小さく舌を出した。
それを見ているとおかしくなって僕は噴き出してしまい、二人にも伝染していく。声を出さないようにひとしきり笑った僕らは、いくらかすっきりした表情になって、誰からとなく歩き出した。出口に向かって……
「いる?」
「うん。うわぁ……見るからにガラ悪そうなんだけど。きっと生前も悪い事ばっかしてたんだろうなぁ」
廊下の角、受付の所が見えるところまで僕たちは戻って来ていた。廊下の角からそっと顔を出してどんな状況かを沙羅に伝えるために確認しているのだ。
ロビーの受付の前に立っている例の霊は、見た目も仕草もがっちり不良の暴走族という雰囲気を出している。死んじゃってもあんな姿なんだな。と、どうでもいい事を考えられるくらいには僕もいくらかは慣れてきているらしい。
「沙羅、いくら幽霊っていっても、大きいナイフと木刀なんかもってるんだよ?ほんとに大丈夫?」
相手の姿を改めて確認してまた不安になった僕がそう言うが、沙羅は問題ないと言う。
「おーちゃん、なんか昔の偉い人?が言った言葉がある」
何度目かに聞いた時、沙羅はきりっとした顔で僕を見て言った。
「当たらなければどうという事はない」
そう言い残して沙羅は駆けて行った。
「ちょ、沙羅!それ何も大丈夫じゃない!なんか違う!?」
僕の悲鳴に近い言葉を背に、沙羅が不良の霊に駆け寄る。位置関係や立っている感じは一応詳細に伝えたとは思うけど、相手の姿が見えていないとは全く感じさせない足取りでまっすぐ霊に向かって沙羅は近づいて行った。
「ああ?」
近寄る沙羅に気付いた不良の霊は木刀を肩に担ぎ、ナイフをペロッと舐めた。そして近寄る沙羅に向かって思い切り突き出した。
「ひい!」
まるで自分に向かって突き出されたみたいに感じてしまい、思わず情けない声を出して目を閉じてしまう。
ゴッ!
なにか固い音が一度聞こえたきり、何の音もしなくなる。恐る恐る目を開けると、地面に倒れた不良の霊の背中を踏んでVサインをしている沙羅の姿があった……。
「え?」
「すげー……」
怖くて目を閉じてしまった僕と違い、冬弥はしっかりと見ていたようだ。やや興奮しながら教えてくれた。
「あの不良が、こうナイフを出してきたんだよ。そしたら蒲生はくるっと回ってジャンプして、くるくるって回りながら不良の頭を蹴り飛ばしてた。なんつーか……目にもとまらぬ動きってあーいうの言うんだろうなって思うよ」
興奮冷めやらぬ口調で冬弥は言う。どうやら沙羅はまた一撃で倒してしまったらしい。
「おーちゃん見た?きれいに決まった!」
タタタと走って戻って来た沙羅は目を輝かして言った。投げた物をくわえて戻って来た犬みたいに、「褒めて褒めて!」という心の声が聞こえてきそうな顔で。沙羅にしっぽがあったら、今頃ぶんぶんと勢いよく振られていたに違いない。ただ……
「ごめん、怖くて目を閉じてた」
正直にそう言うと沙羅はしばらく口をとがらせていた。
「なんかすっかり気が抜けた感があるけど……問題はきっとあいつだよね」
ロビーにある受付カウンターは外から入ってくるお客さんがよく見えるように考えて作ってあるだろう。つまり、受付の所にいる僕たちからはそれがはっきりと見えていた。
「間違いないよ。あの制服は現行の制服じゃない。きっと恨みをもって死んじゃったあいつがここで地縛霊になって、迷い込んできたやつらを道連れにしてるんだ」
学校の中庭で座って泣いていた子。僕たちに携帯を取ってきてほしいって頼んだ子。
僕たちはあの時から誘い込まれてたんだ。その証拠に、あの日僕らを見かけた沙羅には黒いモヤのような物に僕たちが話しかけているように見えたそうだ。それで僕たちが厄介な事に巻き込まれているんだろうと思って来てくれたそうだ。
「くっそー。つらいことがあって死んじゃった事には同情するけどさ……俺たちは何の関係もないじゃん。」
冬弥はもう声を潜めることもなくはっきりとそう言った。間違いなくあの女の子にも聞こえているくらいの声の大きさで。
事実、声が聞こえたかのように正面玄関の風除室の所にたたずんでいた女の子の霊はゆっくりとこっちを向いた。
そしてこの前見た、悲しそうな顔とは別人のような顔で僕たちを見て、にやあっと笑った。
はっきりとそれを見た背筋に寒気が走り、手足がカタカタと震えだす。なかなか破壊力のある笑みだ。あんなのと会話して、しかも可哀そうと思っていたなんて……
「んー……」
さっきと同じように位置や恰好などの状況をさらに伝えていると、さっきまでとは沙羅の様子が違う事に気が付いた。
「沙羅?」
「おーちゃん、その人はさっきまでの霊とは違う感じがする。本当に教えてくれたような人?」
沙羅には僕が見えている霊とは違う雰囲気に感じるという。どういうことなんだろう。冬弥の方を見てみたけど、冬弥も分からないのか僕と目が合うと黙って首を振った。
沙羅の言う事がいまいち理解できずに首をかしげていると、少しだけ考えて沙羅はこう言った。
「んー、言葉で説明するのは難しいんだけど……なんていうか、さっきやっつけた霊たちはどっちかって言うと悪霊?に近いの。生きてる人やここに来た人に積極的にいたずらしたり、最悪憑りついたりしちゃうかも。だから私も遠慮なく攻撃できたんだけど……」
そう言うと、沙羅は正面玄関の方に向き直り指をさす。
「あそこにいる人は悪い事をしようっていう感じがないの。なんかここに縛り付ける物があって地縛霊になってる感じがする。きっとそこをさっきの霊たちに利用されているんだと思う。」
沙羅が言うには、この建物自体が女の子の霊の影響下にあって、僕たちを出れなくしたり時間の概念をあやふやにしたりしているらしい。さらにはそういった霊の影響下にあるこの場所は他の霊にとっては居心地のいい場所になっているため、不良の男の霊たちは女の子が地縛霊になっている事を望んでいるんだろうとの事だ。
「もしかしたらだけど、その女の子の霊は今の現状を望んでいないのかもしれない。」
沙羅は少し悲し気な顔でそう言った。
(沙羅ちゃんの言う通りだよ。逢介助けてやって……)
そんな沙羅を見ていると、突然幻聴が聞こえた。そろそろ認めないといけないのかもしれない。僕は何かの病気か、もしくは何かしらの霊が憑りついている……
どっちにしても嫌すぎる。思わずまたorzの体勢に移行しようとした時、沙羅と目が合った。そして少しだけ見開いた目をして言った。
「……子供の頃に聞こえた声。なつかしい……おーちゃん、お姉ちゃんまだいるんだね?」
……沙羅にも聞こえたようだ。これで幻聴と僕が病気である線は消えた。そして、情けない事だけど沙羅が言ったお姉ちゃんという言葉で全部思い出した。
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