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1-6 見える 見えない

「なんでだよ……なんでこっちから」


前と後ろを何度も見返しながら冬弥はつぶやく。今向かっている廊下の先は行き止まり、大浴場と事務室、倉庫しかない。逢介も冬弥も携帯を探していたので、すべての部屋を調べたし行き止まりも確認している。この先には外への出入口どころか階段などもない。

逢介たちが隠れていた大浴場から正面玄関までの道は一つ。逢介たちに会わずにこの廊下の先に行くことはできないはずなのだ。


「ハハ……ハハハ」


呆然と立ち尽くす逢介たちの耳に男の笑い声が聞こえる。……近づいて来ている。


「どうしよう逢介……」


「冬弥……」


周りを見るが、近くには隠れるところもない。引き返して、売店の所に隠れるか……そう考えたが、無情にも振り返った瞬間に後ろからも足音が近づいて来ている事に気付いた。


「ハハハハァ……」


コツコツコツ


笑い声はもう大浴場への曲がり角の向こう、すぐそこから聞こえている。そして暗闇の中から近づいてくる足音。


「もうだめだ……」


聞こえるか聞こえないかの大きさで冬弥が呟いた時、その言葉を聞いた逢介が恐怖の限界で意識を飛ばしそうになった時。


場違いな声が二人の耳に入った。


「あ、やっぱりここにいた」


「は?」

「え?」


まるで教室で友人を見つけた時くらい日常な抑揚の女の子の声。それと同時に後から聞こえる足音の姿が見える。

真新しい制服を着た小柄なその女の子。逢介たちはその子に見覚えがあった。ていうか、今朝方自分たちの方から見に行った。転入生の女の子だ。

その子はトコトコと逢介の所まで歩いてくると、逢介を見上げて薄くだがにっこりと笑って言った。


「相変わらずおーちゃんはおーちゃんだね。」


その言葉で逢介の記憶が一気に蘇った。ここに来てすぐに気絶した時、久しぶりにその時の夢を見たせいもあり、鮮明に思い出すことができた。


「まさか……沙羅?」

「蒲生 沙羅?」


逢介と冬弥の声が重なる。


「どうしてここに!ってかどうやって?それもこんな時間に!」


慌てた様子で冬弥がそう聞くが、沙羅は不思議そうに首をかしげる。何の事を言ってるのか分からないといった表情だ。


「ここに来る途中で……具体的には正面玄関の所と受付のあるロビーの所に何か変な物見なかったか?」


逢介がそう聞くと、一度ふるふると首を振ろうとした沙羅が何か思いついた顔になった。


「もしかして、何かいるの?」


沙羅がそう言いかけて、視線を逢介達の後ろに向けた。当然つられて逢介達も見たが……


ハハハッ……いたぁ。


焦点のあっていない目を逢介達に向け、笑う男がそこまで来ていた。


「うわあぁ!」


「ひいいぃっ!!」


悲鳴をあげながら、足の力が抜けてしりもちをついた逢介は座ったまま後ずさり、冬弥も慌てて逃げようとした。だが、沙羅はそこから動かない。


「おいっ!蒲生、逃げるんだ!すぐそこに霊がいるんだよ!」


冬弥が必死に逃げるように言うが、沙羅は笑う男がいるとこらへんをじっと見ている。


「沙羅!」


「おーちゃん大丈夫。うん、なんかいるのはわかる。その辺でしょ?」


笑う男との距離はもう5mも離れていない。だが、しっかりとそのあたりを沙羅は指さした。


「沙羅もわかるの?いや、とにかく逃げないと!普通じゃないんだ!」


普通とは何かよくわからないが、それだけ慌てているのだろう、逢介がそう言った瞬間だった。


「シュッ!」


小さく、でも鋭く息を吐いた沙羅が姿勢を低くしたかと思うと笑う男に向かって動いた。


一歩、二歩とステップを踏むようにしてくるりと身を翻す……


「は?」


「え?……」


冬弥と逢介が若干間抜けな声を出した後、絶句する。


沙羅がくるりと回転した後、ドッ!という重い音が聞こえ……笑う男が壁まで飛ばされた。


「ふう……。当たった、よね?」


笑う男にきれいな後ろ回し蹴りを放った沙羅は、きれいに着地してゆっくりと息を吐いた。そして逢介の方を振り返るとややあどけなさも感じる仕草でコトンと首をかしげ、確認するように聞いてきた。


「あ、うん。え?」


頷いて答えたものの、逢介はまだ混乱した様子だ。


「すげー!蒲生、空手かなにかやってんのか?っていうか霊って蹴り飛ばせるんだな!」


先ほどまでの恐怖は一緒に吹き飛んでしまったらしい。冬弥が興奮した様子で沙羅に話しかけた。


沙羅はそんな冬弥を少しだけ見て、ややうつむいて答える。


「ん……テコンドーを少々」


「いやそんな、お花を少々。みたいなニュアンスで言われても……」


思わず逢介が突っ込む。どうやら逢介の恐怖も飛んで行ったらしい。小柄で、どちらかといえばかわいらしい見た目の沙羅がはなった後ろ回し蹴りにはそれだけの衝撃があったのだ。


「私は生まれつき霊感があったらしくて。でも色々あって……今は霊の姿は見えない。でもなんとなくいるくらいは感じるし、霊が出す音や声も聞こえるし私の方から触る事もできるようになった。そのために修行しなくちゃいけなくて……」


「ああ、それで!」


記憶にあった沙羅との思い出は近所の公園でよく一緒に遊んだというもの。でも近所に住んでいるはずなのに保育園も小学校でも沙羅はいなかった。修行のために沖縄に引っ越して、最近帰って来たという事か。まだ色々と疑問や突っ込みどころは残っているが、とりあえずはそう納得した。……笑う男は壁際で座り込んだまま動こうとはしないが、ここから出るためには金髪の不良っぽい霊と、もしかしたらもう一体霊がいる正面玄関をぬけないといけない。


「逢介が蒲生と幼馴染だったのはちょっとおどろいたけど、今は早くこんなところ出ようぜ」


さっきまでの不安など、どこにもないような感じで冬弥が言う。それに逢介が少し眉をひそめた。


「それがいい。この場所もおーちゃん達もここの地縛霊の影響を受けてる。えっと……おーちゃんの友達の人がさっき私に「こんな時間に」って言った。確かにこの建物の中も外も真っ暗で夜中みたいだけど、私がここに着いたのは三時くらいだから。ちなみに私には普通に明るく見えてる」


沙羅が言う言葉に僕も冬弥も驚きを隠せなかった。僕たちがここに入ってかなりの時間が過ぎた体感もあったから、外が暗くなってても全然違和感を感じなかった。沙羅が言うにはそれも地縛している霊の仕業らしい。


「まじか……くっそー。カメラまわしとけばよかったな」


すっかり余裕を取り戻した冬弥はそんな事を考える事ができるくらいになっているようだ。


「あ、でも沙羅は大丈夫なの?その幽霊の影響って」


助けてもらったくせに心配になり、そう聞くと沙羅はふるふると首を振った。


「私は大丈夫。そう簡単に影響はうけないくらいになった。全然大丈夫!」


僕の言葉にすこし嬉しそうに微笑むと、両こぶしを握ってふんすと力を入れて見せた後Vサインをして見せた。


「すげーなぁ……。ほんじゃ、帰ろうか。いや、マジでやばかったよな」


両手を頭の後ろで組んだ冬弥はそう言うと、何事もなかったように正面玄関のほうに向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと冬弥。そっちにはまださっきの奴らが……」


僕が慌てて止めると冬弥は怪訝そうな顔をして言った。


「え?何言ってんだよ。その為に蒲生は来てくれたんだろ?な、蒲生。あと一匹か二匹いると思うんだ。またさっきみたいにぶっ飛ばしてくれよな!」


ぶんぶんと暗闇に向かってパンチをする仕草をしながら冬弥は言う。でも……なんだか違う気がして僕は立ち止まってしまった。


「おい、何してんだよ逢介。」


冬弥がわずかに不機嫌そうに言う。沙羅もきょとんとしてこちらを見ている。僕自身どうしたいのかよくわかっていない。何か違うようなそんな気がするんだけど、何が違うのかよくわからない。そんな感じだ。それでも立ち止まってしまったし、二人もどうしたんだって顔で見ている。

どういうつもりなのかわからないまま、話し出した。


「いや……なんていうかさ。うまく言えないけど……確かに沙羅に助けてもらったし、僕たちは何もできないからお願いしないといけないんだけど……沙羅が危ない目にあうのが当然みたいには言いたくない!」


しどろもどろだったけど、結局最後に言った言葉が本音なんだと思う。沙羅は幽霊に対処する事が出来る。でもロビーの所にいた不良っぽい幽霊は木刀やナイフを持っていた。霊が持っているものが生きた人間にどんな影響があるのかもわからないけど、まったく危険がないなんて事はないと思うんだ。


「そうはいってもなぁ……俺たちにはなにもできないしなぁ」


僕が言いたいことが伝わったのか、冬弥は少しバツが悪そうに言った。


「当然と思ってくれていい。私は幼い頃おーちゃんに守ってもらっていた。だからおーちゃんの事を守れる事は私にとってはうれしい事。大丈夫、私はその辺の幽霊なんかに負けないくらいに修行を頑張って来た。だから私に任せてほしい!」


いくら僕が弱っちくても、いくら沙羅が修行して強くなってたとしても、当然とは思う事はできない。それになんか僕が小さい頃の沙羅を守ったなんてなんの心当たりもない事を言ってたけど、沙羅は誰かと間違えてるんじゃないかという不安も少しあった。

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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