1-5 山野旅館の怪異
「え、という事は……つまりどういう事?真美さんは学校に忍び込んできた元生徒って事?」
よくわからなくなってきた。そんな僕に冬弥は、まあ待て。と言わんばかりにジェスチャーをしてくる。
「まだあるんだ。さっき逢介が気絶してる間、高橋と連絡を取ってた。そんで調べてもらったんだ。どんな現象が起きたのかとか、どんな幽霊の目撃談があるかとかな。そして、高橋には過去の新聞なんかも調べてもらった。そうしたら結構ここ、死人がでてるんだ。そのほとんどが原因不明だった。心霊スポットなんかに行きそうもないって人が数名、なぜかここで命を落としている。そして過去の新聞に興味深い記事があった。ここの旅館が閉鎖されて間もない頃、女子中学生が一人死んでた。閉鎖されたばかりだから、まだ心霊スポットなんて言われてない時期に……記事では別の用事で近くに来ていた数名の女子中学生が偶然ここに迷い込んで、面白がって忍び込んだ。それだけなら何て事なかったんだけど、そのうちの一人がなぜかその日の夜にここにまた来たらしい。しかも、そこにおり悪く高校生の不良が溜まっていて、乱暴された。そして一度は家に戻ったけど、後日再び誰もいないここに戻って……命を絶ったって……。その事件が起きてからここは心霊スポットって言われるようになった可能性が高いって高橋が言ってた」
視線を落としながら冬弥は話した。ここを探索している間冬弥のスマホに何度もメッセージが来てたけど、今の情報を伝えるものだったのかもしれない。
「え……という事はつまり……?」
答えはなんとなく想像がついているけど認めたくないのか、ついそう聞いてしまった。冬弥はそんな僕に律義に答えてくれた。
「つまり、俺たちは誘い込まれた可能性があるってことだ。ちなみにお前が倒れた時、なにかあったらまずいから図書館で新聞記事を調べてもらっていた高橋にここに迎えに来るように言ったんだ。そしてこれが十分ほど前に来たメッセージ」
そう言って冬弥はスマホを僕に見せてくる。
「はぁっ!?」
その中身に目を落とした僕は思わず声を上げてしまった。
そこには高橋さんから短い間隔で何度も来ているメッセージがあった。山野旅館に到着しました~~連絡がないけど大丈夫ですか?~~とりあえず建物の中を一通り確認しました。誰もいませんでしたが、間違いなく山野旅館ですか?~~このまま正面玄関にて待機します。連絡をお待ちしています~~といった内容だった。それに冬弥は状況を伝えるメッセージを返しているんだけど、それには既読のマークがついていない。にもかかわらず次のメッセージが来ている。普通はありえない事だ。メッセージを送るためにアプリを開けば既読のマークがつくんだから……
冬弥が言うには、あの笑う男と会ってからメッセージも通話もできなくなったらしい。かろうじて向こうからのメッセージは入っているけど返事は届いていないみたいだし、何より話が合ってない。
「まいったな……」
そう言った冬弥の顔には、珍しく不安の色があった。すぐそこに助けが来ているのに、連絡をすることができない。あいかわらずメッセージは届かないし、電話も圏外か電源が入っていないとアナウンスが繰り返されるだけだった。
「仕方ない、怖いけど玄関の所まで行って大声出せば高橋さんも気づいてくれるんじゃないかな?」
「……そうだな。正直嫌な考えが浮かんでるけど、まずはそれをやってみよう」
少し消極的だったが冬弥もそれに賛成する。何か不穏なことを言っていたのが気になったけど、冬弥が立ち上がったから僕もあわてて立ち上がった。
「あの男がうろついてるみたいだから気をつけろよ。音は立てないように……」
冬弥は振り返って、声を潜めてそう言った。実際ここの大浴場で話し合っている時にも、あの男らしき足音と気持ち悪い笑い声がすぐ近くまで来た事もあった。幸いその時は見つからなかったけど、最悪なのは鉢合わせしてしまう事だ。
僕たちは足音を忍ばせて、ゆっくりと歩いた。物音を立てないようにして、脱衣場の出入り口から廊下を見るために、冬弥がそうっと顔を出した。
(行こう……)
声に出さずに身振りでそう伝えてきた冬弥に僕も黙って頷く。そして廊下に出るとできるだけ物陰に隠れるようにして正面玄関のほうに向かって行った。
今のところは誰もいないし、物音も聞こえない。大浴場の隣にあるちょっとした遊戯コーナーの横を通り抜けて、角に差し掛かる。角を曲がって少し進めば受付ロビーだ。
(何もいませんように……)
心の中でそう祈って角を曲がる。すっかり陽が落ち、視界も悪いなか進んでいくと左手に売店らしきスペースと棚がある。作り付けのカウンターと棚だけが残っているスペースを通り過ぎようとした時、冬弥が強く僕の手を引っ張った。
(え?)
驚いたが逆らわずに、売店のスペースに入り込み棚の陰に隠れる。
「どうしたの?」
内緒話をするくらいの声で冬弥に話しかけると、冬弥は黙って進行方向を指して渋面を作っていた。
「もう一人増えてた……あの男のほかにもう一人、同じくらいの男がロビーの真ん中に突っ立てた……」
うそでしょ……。ロビーを横切ってしか正面玄関の方には行けないのに。愕然としていると、冬弥はあたりをきょろきょろと見回して、そばに落ちていた拳より一回り大きいコンクリートの塊を拾った。
そして冬弥は隠れながら大きく振りかぶってロビーの方に向かってそれを思いっきり投げた。
一拍遅れて、ガシャン!という思っていたよりも大きなが音が聞こえた。それと同時に冬弥が物陰から顔を出してロビーの方を見た。そして僕の方を振り返ると焦った口調で言った。
「今だ!行くぞ逢介!」
言い終わらないうちに冬弥はもう動いている。僕も慌てて後を追うと、ぼんやりとロビーが見えてくる。冬弥が言ってた男の姿はない。
音がしたことで確かめに行ったのか、何か投げて物音を立てて相手の注意を逸らす。物語やドラマなんかでしょっちゅう見るやり方だけど、正直なところ僕の頭にはかけらも浮かばなかった。ただ動転していただけだった。
こんな状態で機転を働かせる冬弥の事を、すごいと思う。
もう足音を殺す事も忘れ、ロビーまで来た。あとは正面玄関から外に出るだけ……僕の心に安堵感が浮かぶ。ところがそんな僕の心をあざ笑うかのようにそれは立っていた。
廊下の方からは陰になっている受付のカウンター。男はそこにいたのだ。僕たちが期待したように物音を確認しになんて行ってなかったのだ。
「まずい!逢介、戻れ」
滑りながら止まった冬弥がそう叫んだ。
「でも!」
もう正面玄関はすぐそこなのだ。男は受付の所に立っているから、うまくすれば走り抜けられるかもしれない。そう考えてしまい、正面玄関と冬弥を交互に見ていると男の姿も目に入った。
男は無表情だった。かつては金髪に染めていたのか、今はくすんだ茶色にしか見えない髪の毛はいわゆるリーゼントっぽく見える。そして暴走族がよく着ている特攻服を着ていて、片手には木刀を引きずり、逆の手には持ってるだけで警察に捕まりそうな大振りのナイフを持っている……ただ、男の足は地についていない。暗闇から下がっているロープが男の首に巻いてあるのがはっきりと見えた。よく見ると首の長さが不自然に長い気がする……
それに気を取られた僕の手を冬弥が強く引きながら言った。
「あいつらだ!ここであった事件。女の子が乱暴されて死んじゃったってやつ!俺調べたんだ、女の子は乱暴されただけじゃなくって木刀やナイフで傷つけられた跡もあったって……きっとあいつらが犯人なんだよ!あいつらも殺されてたんだ」
言いながら冬弥に手を引かれ、今来た廊下を走って戻る。でもこの先は行き止まり……館内図では大浴場の先は倉庫と事務所しかなく、出入口らしきものは書いてなかった。
だけど冬弥は僕が考えている事を察したように言った。
「分かってる、こっちに逃げても外には出られない。なんとか……隠れて隙を見つけるしか……」
そこまで言ったところで、言葉と共に足も止まった。
そしてその理由は僕にもすぐに分かった。廊下の先から微かに聞こえる……もう一人の男の足音と気持ちの悪い笑い声が……
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