1-4 違和感の正体
僕は二階のロビーみたいな場所に寝かされていた。気を失ったのは階段を上がったすぐの客室の所だったから冬弥がここまで運んでくれたんだろう。
「……霊感なんかあったっていい事なんか何もないよ」
僕がぽつりとつぶやくと、冬弥はスマホから顔を上げて僕を見た。そして持っているスマホを僕に見せてくる。
~~と、言うわけで女性の霊がでるという展望台で一晩粘ってみましたが、捉えることはできませんでした……次回こそは何かしら動画に納めたいですね!ではご視聴ありがとうございました!
冬弥のスマホには動画投稿サイトのUちゅーぶのチャンネルが再生されていた。配信者はボイスチェンジャーで声を変えているし顔出しもしていない。どうも心霊系のチャンネルみたいだけどあまり登録者数は多くない。
「……これがどうしたの」
「これ、俺が投稿してるんだ。少し前から始めたんだけどなかなか再生数って伸びないんだよなぁ。まあ、何かを捉えたわけでもないし、霊かどうかも分からないような音くらいしか撮れてないから仕方ないんだけど……」
冬弥がUちゅーぶにチャンネルを持っていた事に少し驚いたが、興味を持った事に対してアグレッシブな冬弥ならおかしくもないか、そう思いなおした。
「さっきも言ったけど俺心霊現象をカメラに収めたいんだよ。協力してくれないか?」
さっきとは違い、今度は真剣な顔で冬弥は頭を下げてきた。いつも飄々としている冬弥が真面目な顔で話をするのは結構めずらしい。
ただ……
「ごめん……今回の事は僕にも原因があるから付き合うけど……怖いのだめだからさ」
あまり仲のいい友人がいたことがない僕に、中学に入った早々できた友人の冬弥の頼みだ。できれば聞いてあげたい気持ちはあるけど……こればかりは無理なんだ。
ただでさえ怖いのに、下手したら見えるんだから……
僕が申し訳なさそうに断ると、冬弥も半ば想定していたように言った。
「そうだよな、ビビりの逢介にこんな事頼めないよな。そんな顔すんなって!さ、真美さんのスマホをさっさと探して今日は帰ろう!」
ズボンの汚れを払いながら立ち上がった冬弥はそう言いながら手を出して僕が立ち上がるのを引っ張ってくれた。口ではああ言っているがどこか寂しそうにも見えた。
それでも……そんな顔の冬弥を見ても、僕には手伝うとは言えなかった。
それから僕たちは一つ一つ部屋を探して回ったが、二階を探し、一階も調べたが真美さんが落としたというスマホを見つける事は出来なかった。
「そもそもほんとにここで落としたのかな?どうする逢介、今日は帰って出直すか?」
二階、一階と調べてもう一度二階を丁寧に探しなおしたけど見つからない。今は逢介が気絶している間寝かされていた二階のロビーで休憩していた。いつの間にかガラスの割れた窓から見える外は薄暗くなり始めている。
帰るという言葉に強く惹かれたけど、それだけに一度ここを出たら二度と来れないような気もする……。心霊スポットとわかってて来る勇気ははっきり言ってない。
かと言って暗闇の心霊スポットの中をうろつく勇気ももちろんの事ないのだ。結局僕は逃げ出すことを選んだ。
「そうだね……一度帰って今度は朝早く……「どうかしたのか?君たち。廃墟探検かな?」
不意に声を掛けられ、弾かれたように振り返る。
そこにはチャラそうな高校生くらいの男の人が立っていた。
「あーいや。俺たちもう帰るんで……」
警戒した表情で冬弥がそう答えると、男はゆっくりと近づきながら言った。
「まあ、そう言うなよ。一緒に回ろうぜ。ハハハハ」
言いながら抑揚のない笑い声をあげる。その瞬間、僕の背中にびりっとした電流のような痛みが走った。
「行こう、冬弥!」
僕はそう言うと、返事も聞かずに冬弥の手を取って、男とは逆の方へ走った。
「……逢介、もしかして」
「うん、あの男の人……生きた人間じゃない。近づいてきた時外からの光で見えたんだ。多分殺されてる……」
僕がそう言うと走りながら冬弥は息を飲んだ。最初は薄暗くてよく見えなかったが、こっちに近づいてきた時にはっきりと見た。男の人の脇腹に刺さる包丁とそれを持つ手が。
聞くと冬弥には多少変だけど普通の人に見えていたらしい。
「このまま二階の非常階段から外に出て、自転車の所まで一気に走ろう」
そう言った冬弥に頷いて返し、非常階段の扉に向かった。広いと言っても建物の中、走ればすぐだ。
廊下の突き当り、緑色の非常口のマークがあるドアが見えてくる。先についたのは冬弥で、ドアに飛びつくようにして開けようとする。
「!?っ、開かない!なんでだよ、さっきは開いたのに……」
冬弥と代わり、僕も開けようとしたが押しても引いてもドアはビクともしない。息を弾ませながら二人で顔を見合わせていると、コツコツと足音が聞こえてくる。
「おーい、そっちは行き止まりだよ。こっちに来なよ。一緒に、ハハハ……一緒になろうよ。携帯も探してあげるよ。一緒に……ハハハハ」
さっきよりも抑揚のない声でそう言いながらさっきの男の声と足音が近づいてくる。
「くそ!」
もう一度非常口のドアを開けようとしていた冬弥が苛立たし気にドアを蹴る。その音に反応したのか、近づいてくる男の声が乾いた笑い声に変わる。
ハハハハハハ。
「ヤバイ、来る!っていうか、なんで俺たちがスマホ探しているの知ってんだよ!」
冬弥が焦った声で言いながら周りを見る。廊下は一本道。近くには客室のドアと壊れた飲み物の自動販売機。一瞬だけ迷った冬弥は一番近くの客室のドアを開けた。……そしてそのドアが閉まるか閉まらないうちに暗がりからさっきの男が姿を現す。
ハハハハ……。
もうさっきと声の感じも変わってきている。男はゆっくりと歩いて、非常口のドアの所まで来るとスッと振り返り、迷いなく冬弥がさっき開けたドアを開けて中に入った。
「今だ……」
その瞬間、僕たちは隠れていた壊れた自動販売機の陰から飛び出して、廊下を逆に走った。このまま建物の中の階段を使って一階に降りて、入って来た正面玄関から外に出る。
後ろから男の声が聞こえたが、振り返る事もせず飛ぶようにして廊下を走って、階段を駆け下りた。階段を下りればそこは一階の受付ロビー。正面玄関はすぐそこだ。
わざと客室のドアだけを開けて自動販売機の陰に隠れた冬弥の機転のおかげで何とか無事に脱出できそうだ。
ところが、受付ロビーまで来た瞬間、冬弥は僕の手を掴んで急に進路を変えた。
「うわ、ちょ!」
いきなり進路を変えられて僕は危うくつんのめりそうになったが、冬弥が手を引いてくれて転ばずにすんだ。そのままなるべく足音をさせないように走って、僕の目に飛び込んできたのは大浴場の暖簾。それをくぐって脱衣場のロッカーの陰に隠れた。
2人とも息を整えながら周りの様子を窺う。……もうすっかり暗くなってきて、明かりなしには数メートル先もぼんやりとしか見えない。
「どうしたのさ、あのまま玄関を出てたら……」
ようやく話せる程度に呼吸が落ち着いてきた僕がそう言いかけるのを冬弥が手ぶりで遮った。
「あの女……真美がいた。正面玄関のところに、一人で明かりも持たずに……」
僕の言葉を遮って冬弥の言った事に、僕の背中に冷たいものが走った。真美さんが来れないと言うから僕たちが来たのに……それに山奥の心霊スポットでもあるここに、一人でしかも明かりも持たずにいるのは明らかにおかしい。
「何なんだあの女……何が目的で……」
そう呟いていた冬弥がハッとした表情をして顔を上げた。
「そうか、あの時の違和感……すると、もしかして……」
「一体何なのさ。冬弥、僕にも教えてよ」
そう言うと、冬弥は声を潜めて話し始める。
「確証はないんだけど……あの日、初めてあの女に会った日覚えてるか?あの時さ、俺なんとなく違和感を感じたんだよ。」
覚えているかと言われ、その日の事を考えた僕もハッとした。そう言えばなんだかわからないけど確かに僕も違和感を感じたんだ。
「今気づいた……畜生スカーフの色にばかり気を取られていた。」
確かに僕も真っ先にスカーフの色に目が行った。僕たちが通う中学校では、学年で名札の色と女子は制服のスカーフの色も変わる。今年の一年生は赤で、二年生は青で三年生は白。……そして来年は二年生が赤で、一年生が前年の三年生の色だった白になる。というふうになっている。
真美さんのスカーフは赤だったから、同級生だと思い声をかけたから間違いない。
「違和感は制服の方だったんだ。あの女が来ていた制服、あれは現行の女子の制服じゃない。男子はずっと学ランだから大差ないけど、女子は時々デザインが変更される。ほら、今の三年生の制服は一、二年と少し違うだろ?襟と袖に入っているラインが一、二年は二本入ってるけど三年生の制服は一本しか入っていない。」
そう言われ、思い返してみると確かに三年生だけ少しデザインが違う。
「え、じゃあ真美さんは……」
「そうだ、少なくとも俺たちと同じ学年はありえない。あの制服のデザインでスカーフが赤なら……少なくとも去年の三年生よりは前の制服ってことになる」
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