1-3 初めてのスポット
日曜日はどんよりと曇った空模様だった。雨が降りそうで降らない、そんな天気だ。にもかかわらず、待ち合わせ場所に来た冬弥はとても元気だった。なんでそんなにノリノリなんだ?と何度聞いたかわからないくらい。
真美さんが行ったという旅館の場所なんかは、冬弥が調べてくれた。というか、調べるのは自分がやるから全てまかせてくれ!と頑強に言い張る冬弥に言い負かされた形だ。いつになく乗り気になっている冬弥に僕は不思議に思ったが、そこまでいうならと、お願いしたのだ。
意気揚々と自転車にまたがった冬弥は結構な勢いで漕ぎ出す。
「ねえ、冬弥!ちょ、急ぎすぎじゃない……なんでそんな元気なんだよ……」
冬弥の自転車はかなりスポーティなタイプで、見るからに軽快そうだ。僕のママチャリよりかはマシ、というレベルのシティサイクルとはそもそもからして違う。しかも身長はそこそこあるがスマートな体格をしていて、しかも運動神経がいい冬弥が本気で走ると、体格はいいがどちらかと言えば鈍重なタイプで、しかも運動神経をどこかに置き忘れてきたような僕ではとても追いつけないのだ。
「普段から運動しとかないからいざという時に体が動かないんだぜ?ウチのマンションにちょっとしたジムみたいなルームがあるから一緒に鍛えないか?」
先へ進んでは遅れる僕の所まで戻ってきてを繰り返しながら冬弥がそんな事を言った。僕がジムだって?……バーベルに挟まるかランニングマシンでこけるような未来しか想像できない。
というよりもすでに僕は返事もできない状態になっている。くだんの旅館は山奥にあるという事だった。という事は山を登らないといけないという事だ。
少し前からずっと緩やかな登り坂が続いていて、地味に体力を消耗していたところに、あまり車も通らないのか落ち葉や枝が散らばっていて、かなり走りづらい急な登り坂になっていたのだ。
冬弥がスマホで見せてくれた地図で見て、距離的には大したことないなと思っていた今朝の僕を殴りたい。
目的の旅館は隣の県にあったが、県境にある山の中腹にあった。距離は自転車を使えば一時間ちょっとくらいで着く。……はずだった。
……それから一時間ちょっとどころか、その倍ほどの時間とかなりの体力を使って、ようやく目的の場所へと到着した。
「なんか……ずいぶん荒れてるね。管理が行き届いていないのかな」
「旅館 山野」と書いてあるすすけた看板から入るとやがて駐車場らしきスペースがあった。一応アスファルト舗装はしてあるものの、駐車場の白線はほとんど消えかけていて、掃除もできていないのか風に集められた落ち葉が隅に積もっている。
駐車場を横目に見ながら、上に登る階段の脇に僕たちは自転車を止めて荷物を手に階段を上がっていく。
「で、なんで取りに行ってやるなんて言い出したのさ?別に場所が分かったんなら連絡して郵送でもよかったんじゃないの?サイクリングの予定があるなんて嘘までついてさ」
階段を上がりながら気になっていた事を冬弥にたずねる。他人のために骨を折るなんて行為は冬弥らしくない。きっと何か自分の目的がある、逢介はそう思っていたのだ。
「んー?俺最近ちょっと興味がある事があってさぁ……てか、逢介まだ気づいてないの?マジ?」
「何が?」
「ここの旅館さ……もうずいぶん前につぶれてんだよね。つまり忘れ物があっても誰も送り返してなんてくれないんだよ」
おかしそうに笑いながら冬弥がそう言った。
「え?つぶれてるって……真美さんはこの旅館に泊まったって……」
「泊るって言っても色々あるじゃん。廃墟の旅館の中に寝袋持ち込んで一晩明かせば、そこに泊ったって事だろ?」
そういう冬弥の言葉に僕は口をパクパクとさせる事しかできなかった。っていうか廃墟の旅館に泊まる理由って……
僕は話の内容が理解できていくにつれて顔色が悪くなっていくのが自分でもわかった。そこに冬弥がとどめの一言を言った。
「ここさ、心霊スポットとして割と有名なとこなんだよな。あんまりメジャーすぎて俺は来たことないけど……初心者の逢介にはこれくらいがちょうどいいだろって……逢介?」
話しているうちにいつの間にか隣にいなくなった僕に冬弥が慌てて振り向く。そこには両手両膝を地面についた僕に姿があった。
絵にかいたようなorzだった。
「なんだよ、本気で気付いてなかったのかよ。ビビりのくせにあまり抵抗しないからおかしいとは思っていたんだけどさ」
そう言って笑いながら冬弥は僕の背中をバンバンと叩く。見事なorzから復帰した僕は冬弥に押されるようにしてとりあえず石段を全部上がった。
そこから見えたのは、木造の古い建物。かつての山野旅館だった。
それを目にした僕の顔は引きつっていたと思う。あまり言いふらすような事じゃないけど、僕にはいわゆる霊感というものがある。時々明らかに生きてはいないであろう人を見かけたり、本当に危険な場所に近づくと背中に電気が走るような感覚があったりする。ただ、それほど強くはないのか、ただ見えるだけだ。
向こうが話す声は聞こえるときもあるが、僕が話す事は聞こえていないみたいだし、もちろん触れる事も出来ない。自他ともに認めるビビりである僕からしたら見えるだけでも迷惑以外の何物でもないんだけど……
今の所、見える範囲に霊らしきモノは見えないが、廃旅館という雰囲気だけで僕はすっかりビビりまくっていた。
そんな僕の隣で冬弥は担いでいたリュックから何か機材を取り出し、組み立て始めた。カメラだ。それも動画の配信者の人たちが使うような……
「と、冬弥?そんなの準備してどうするの?まさかあそこに入るとか言わないよねぇ?」
声が震えてしまいそうになるのを男子の意地で抑え込みながらそう聞いてみた。
「え?むしろここまで来て行かないって選択肢があんの?」
僕のなけなしの男子の意地はあっけなく崩壊した。声が震えるのも構わずに僕は入りたくない理由を並べた。誰の所有かもわからないのに勝手に入ったら不法侵入になる、怖い、こういう所には不良や暴走族がたむろしている事があるって聞くから危険だ、怖い、管理もされていない古い建物だから倒壊の危険性だってある。そして怖い。
「でも真美さんの携帯探すんだろ?中に入らないと探せないじゃん」
言葉を尽くして並べた僕の反対意見はその一言であっさりと封殺された。そもそも僕が声をかけたからこうなったんだった……
それから数分の間、僕は再びきれいなorzを披露していたのだった……
「ひゃー、雰囲気あるなあ……」
そう呟きながら冬弥は手に持つカメラを左右に振っている。正面玄関らしきホールの割れたガラス窓から屋内に侵入した僕たちは建物の中を順に見ていった。中は一度解体しようとしたのか、荷物などは片づけてあって一部内装も剝がされていた。地面には割れたガラスやかつてのパンフレットや何かの書類。エアコンのリモコンのような物や薄いピンクっぽい色をした公衆電話などが散乱している。
「見ろよ逢介、建物の案内図があるぜ。えーと、ここが正面玄関……ここから右手に行けば大浴場があって、その奥は事務室とか倉庫みたいだな。左は宴会場があって、奥に厨房で。客室は二階か……逢介どこから行く?」
「……どこでもいい。っていうかどこも嫌だ」
「お前、強がりもしなくなったな……」
「だって怖いんだよ!悪かったなビビりで……廃墟なんて知ってたら来てもいないよ!」
半ば八つ当たり気味に冬弥に食って掛かる。冬弥はそんな僕を見て怒りもせず、苦笑いを浮かべるだけだ。
「事前に教えなかったのは悪かったよ。でもさ、俺幽霊って奴を写真か動画に撮ってみたいんだ。お前霊感あるんだろ?お前と一緒なら取れるかもしれないって思ってさ」
とりあえず二階への階段を上がりつつ、バツが悪そうに首の後ろをポリポリとかきながら冬弥が言った言葉に僕は少なくない衝撃を受けていた。さらっと言った冬弥の「お前霊感あるんだろ」って言葉……。
僕はこれまで霊感があるなんて誰にも言った事がない。馬鹿にされそうだったし、信じたなら信じたで面倒なことになりそうだったからだ。
僕がぽかんとしていると冬弥は怪訝な表情になる。
「なんで……」
思わずそう呟くと、階段を上り終えた冬弥が少し考えて噴き出した。
「あ、もしかしてお前霊感あるって事、知られてないと思ってた?」
頷く僕を見て冬弥はおかしそうに笑う。それに少しだけムッとした僕はわざと足音を立てながら階段を上がりきって、語気も強めに言い返した。
「何がおかしいんだよ?今まで誰にも言ったことないのに、何で知ってるんだよ!」
それを聞いた冬弥は僕の両肩に手を置いて言った。
「いいか?逢介。お前は隠しているつもりだったかもしれないけど小学校の同級生たちはみんな知ってたぞ。すぐに教えてくれたし。そりゃあ、自他ともに認めるビビりのお前が何もないところを見ていきなりビクッとしたり、頑なにある方向を見ないようにしているのを何度も見たら誰だって気付くって……」
相変わらずニヤニヤと笑いながら話した事に、思い当たる事だらけだった僕は何も言い返せない。っていうか、バレバレだったのに必死に隠そうとしてたのか……そう言えば、ばれないように言い訳している時、妙に生暖かい視線で見られていた気がする。思い返すと……恥ずかしい。
本日三回目のorzの体勢になろうとしていた僕を冬弥が引き止める。
「まあまあ逢介、気にすんなって。俺が聞いた奴らはみんな言ってたぜ?そっとしといてやれよって。みんな優しいな?な?」
ニヤニヤしながらそう言う冬弥に不貞腐れてしまい、僕は油断してしまった。やや乱暴に客室の扉を開けた瞬間、僕より少し高い位置……人が立つには不自然な高さに、白いふわっとした物が宙に浮いているのを見てしまったのだ。それは風に揺られるようにひらひらと動き、僕に向かって手を拡げて見せた。まるで「こっちにおいで」といわんばかりに……
……その瞬間、僕の意識はあっけなく暗転した。……そして冒頭に戻る。
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