2-3 民俗風土クラブ
冬弥の言葉にそう言えばと思う。僕たちも沙羅が転入してきた時、噂を聞いて見に行ったんだっけ。確かに沙羅はかわいい。お人形さんっていうかそれよりも柔らかい感じで整ってるし……髪も理由があって短くしてるらしいけど、きっと伸ばせばさらさらの髪なんだろうって感じはする。なんか紫外線のせいでやや茶色っぽい明るい髪色は沙羅によく似合ってるし。
成績も悪くなかったはずだ。なにより小さいころからテコンドーなんかやってたくらいだから運動神経もいい。うん、かなりなるほど。と思った。
「もう蒲生の事を「姫」とか「姫様」とか呼ぶ連中も出て来てるからな。ちなみに斎藤も「王子」なんて言われてるけどな。ケッ!」
冬弥は斎藤君にだいぶ悪感情があるようだ。
ただ、当の沙羅は僕の膝の間でモゾモゾしている。
「むー……そんな呼ばれ方嫌だ。普通がいいのに」
どうやら姫様はその呼ばれ方にご立腹のようだ。面白がって言わなくてよかった。
「逢介、一応気をつけろよ?斎藤は変に顔が広いみたいだから。逆恨みされんのも嫌だろ?」
少し真面目な顔になった冬弥がそう言った。何それ、怖い。僕何もしてないのにヘイトが溜まっていってる!?
「む、おーちゃんに何かしたら蹴る」
わずかに不機嫌さを増した沙羅がそう呟いた。見た目は小柄でかわいらしい沙羅が蹴るというとなんか微笑ましい図を想像してしまいそうだけど、習っているテコンドーのせいで現実は凶悪だ。一週間くらい前に学校の帰りに20代くらいの不良っぽい人にカツアゲにあってしまったんだけど、駆けてきた沙羅が蹴り飛ばしたら3mくらい飛んで行ったからね。
飛ばされた人は鳩が豆鉄砲、いやバズーカくらったような顔してたもんね。その人立ち上がれなくて仲間に支えられて帰って行ったし……
「それはやめたげて」
苦笑しながらいうと、振り返って不満そうな顔をした沙羅が僕の胸にドンドンと後頭部をぶつけてきた。こういうのは全く痛く無くて微笑ましいのにな……ちらりとスカートから伸びる沙羅の足を見ても筋肉で盛り上がっているわけでもないし、どっちかといえばかわいらしい足だ。これからあの凶悪な蹴りが……人の体って強い衝撃を受けたらあんな音するんだなって現実逃避したくなるくらいなのに……
「まあ、基本逢介は蒲生と一緒にいるから大丈夫か。それより名前決めようぜ」
「名前?」
冬弥が言い出した事に、沙羅の動きもぴたりと止まった。
「そう言えば冬弥には聞かないといけない事があるねぇ」
「落ち着け逢介。蒲生は立つなって!逢介!」
理科準備室に冬弥の悲鳴が鳴り響いた。まあ、全員で頭にチョップしただけなんだけどね。
「じゃあ民族風土クラブでいいな?」
しっかり立ち直った冬弥がみんなを見渡して言った。
「いいも何も冬弥が無理やり巻き込んだんじゃないか」
僕が口をとがらせると「ハハハ……」と笑ってごまかしている。チラチラ沙羅を見ている所を見ると相当危機感は感じているらしい。沙羅ミサイルか……
なんと冬弥は詐欺まがいの事をしていた。先日署名させられた課外学習の申請用紙、二枚あるというのはうそで、下にあった用紙は部活動新設の嘆願書だった。冬弥は堂々と心霊スポットの調査をするために学校の部活動の時間を使おうと計画したのだ。嘆願書を出す条件に教員の同意と顧問の承諾。それと代表とは別に三名の生徒の同意が必要だった。それにまんまと僕たちはひっかかったのだ。って普通は中学生の友人が持ってきた用紙を疑う人なんていないと思う。
顧問は冬弥が名前だけでいいからと説得した山内先生。さっきの話はこういう事だったのだ。主な活動は心霊の調査。だけどそんな事書けるはずもないから、冬弥はそれっぽく土地の風土とか民俗学の調査という事にした。で、さっきの名前になったというわけだ。
「よくもまぁこんなそれっぽく書いたもんだね……」
冬弥から渡された学校の印鑑が打ってある嘆願書を見て呆れの声を出した。活動内容に虚偽があれば即廃部になる。それを逃れるために冬弥は民俗学だの土地の風土などそれっぽい、でも完全にうそではないような言葉を引用して書いてある。この書類に加えて、冬弥の舌先三寸でどうとでも言い逃れてしまうのだろう。
「しかもさ、この学校って中、高、大まで一貫校じゃん?うまくやればずっと使えるんだぜ、このクラブ!見てろよ逢介、高校にあがるまでに俺はこのクラブを部に昇格させてみせるからな!」
「その熱意をもっと別の所に向ければいいのに……」
呆れた声を出してみたが、よく考えたら冬弥は中学に入る時点で高校の学力についていけるって判断されてたんだっけ。日本には飛び級というシステムがないからアメリカの高校から誘いが来てたとかなんとか……
ちらりと冬弥を見て見ると、今はどうしたら部員が増えるか考えているようだ。木下くんはスマホをいじっているし、沙羅は何が楽しいのかさっきから前後に揺れて僕の胸にこつんこつんと頭をぶつけている。別に痛いわけでもないんだけど、何が楽しいのかちょっと理解に苦しむところだ。
まあこれ以上犠牲者は増えないだろうな。なんとなくだがそう思った。
「民族風土クラブなんて何するかもよくわかんない部ですらないクラブに誰が入るの?」
呟いた僕の言葉は熱中してる冬弥には届かなかったようだ。
「よーし、じゃあこの四人が記念すべきスタートをきった部員ってことだ。まずは景気よく自己紹介といこうか」
よくわからない冬弥のノリでいきなり自己紹介が始まった。
「まずは俺からだな!記念すべき最初の部長だしな!」
(最初で最後にならないといいね)
「えっ?」
「今……蒲生でもあきらでもなかったよな?」
木下君は少し青ざめた表情で首を振り、沙羅もふるふると振っている。そして沙羅はそっと僕の耳に口を寄せると「お姉ちゃん?」と聞いてきたので、僕は「たぶん」と返した。
冬弥も最初は驚いていたが、心霊をテーマにしているだけあって、今は目を輝かせて幸先いいとか言っている。
「じゃあ次は副部長だな!」
テンションも高く冬弥が高らかにそう言った。いつの間にか副部長まで決めていたらしい。
「………………」
「………………」
「………………」
「…………おい逢介」
「何?」
「早くやれよ副部長」
「……聞いてないんだけど?」
「そこは察しろ」
「僕霊感は少しあるけどエスパーじゃないからね!あといやだ副部長なんて」
そう言って抵抗したが無駄だった。もう先生にそう書いて提出したと言う。がっくりと首を落としながら沙羅に横にどいてもらって緩慢に立ち上がる。
「はあ……不本意だけど副部長になってしまった神野逢介です。嫌いなものは心霊関係全般です。心シュポとか行きたくない……」
(あはは、逢介噛んだ。かわいー)
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