2-2 斎藤和也
なんで冬弥が困ったような顔をしているのか理解できないでいると、先に沙羅がこっちに気付いたようで廊下の向こうから「おーちゃん!」という声が聞こえた。
おもわずそっちをみると、沙羅が角で見えない男子に何かを言って軽く頭を下げるとこっちに向かってパタパタと駆けてくる。沙羅の後ろにいた男子も一緒に来ているからこっちが木下君だったのかな?
まるで飼い主を見付けた犬みたいだな。こっちに駆けてくる沙羅を見て、そんな失礼なことを考えていると気付いた。廊下の向こう、おそらくそれまで沙羅と話していたであろう男子がこっちを見ている。
それがなんというか……じとっとした、恨みがましいというか……「お前のせいで」と言わなくても聞こえてくるような顔でこっちを見ている。
「おーちゃんも呼ばれたの?」
「う、うん。やっぱり沙羅もか。そしたら君が木下君?」
沙羅の後ろに控えめに立つ男子に声をかける。声をかけたことでびくっとしていたみたいだけど僕に向かって控えめに笑みを浮かべて小さく頭を下げた。
あー。おとなしい子ね。この子は冬弥の勢いを交わすことは難しいだろうな。と僕は自分の事を棚に上げて木下君を見ていた。やや長めの髪で目の方まで覆われていて視線もよくわからない。たぶんそのせいで余計に気弱っぽく見えているんだろう。ぱっと見だけどきれいな顔立ちをしているので、整えればイケメンっぽいのにな。などと考えていると廊下の反対側からスリッパの音が聞こえる。
「あー……お前らか。うん、全員そろってるな。じゃ中に入れ」
姿を現したのは四組の担任で、理科を担当している山内先生だった。いつも薄汚れた白衣を着ていてぼさぼさの髪とたばこのにおい。あとは授業中どれだけ騒いでいても一切注意をしないし見向きもしない。学校一やる気のない先生と認識している。
山内先生が入れと言ったのは理科の準備室だった。中にはいるとツンとした薬品のにおいとよくわからないものが浮いたビーカーやお決まりの骨格標本がある。
その先には先生の机と応接用だろうテーブルとソファがある。
ソファは二人がけが向かい合わせに置いてあり、先生は自分の机に座ったので僕たちはソファに座った。僕が座り、向かいに木下君が座った。驚いたことに僕の隣には沙羅が座ると思っていたら沙羅は木下君の隣に座り、僕の横には冬弥が座った。
別に冬弥が嫌とかじゃないけど、なんとなくもやもやしていると、山内先生が椅子ごとこっちを向いて言った。その手にはあの日名前を書いたプリントが握られている。
「えぇと……倉田は聞いてると思うが、前例がないんでな。非公式になるがいいな?正式な名称は決まったらおしえてくれればいいが、「部」は名乗れないから、「クラブ」とか「会」とかにしとけよ?」
と、よく意味の分からない事を言い出した。
きょとんとしているのは僕だけではなくて、沙羅や木下君もわかってなさそうなので、これはまた冬弥が何か仕組んだのだと気付く。
冬弥を睨むとすっと目線をそらして鳴ってない口笛を吹くような仕草をしているので、確定だろう。
「それとだ!これが一番大事なことだからよく聞いておけ」
冬弥を睨んでいると、山内先生がそんな事を言い出したので自然とそっちに集中すると、まじめな顔で先生は言った。
「俺は名前を貸すだけだからな。活動には関与しないし参加もしない。まあ、しないだろうがどこかに合宿とかで宿泊って事になれば仕方ないから引率するが……基本俺をわずらわせるような事はするなよ」
などと素晴らしいことを仰った。噂にたがわないやる気のなさが前面に出ている。
「はい!大丈夫です。俺たち常識的な事しかしないんで。先生には迷惑かけませんって」
こっちも負けずに適当な事を言う奴がいた。何のことか全くわからないし、もう頭を抱えたくなってきた。
それでも先生は冬弥の言った事に満足したようで、それだけ言うと立ち上がり「その辺のものに勝手に触るなよー」と言い残して去って行った。
先生が部屋を出てから数十秒。三対の視線が一か所に集中している。もちろん集中しているのは冬弥に向けてだ。
「ハハハ……まあそう睨まずに。話しをしようじゃないか。ほら、蒲生!お前は立つな。ほら逢介!」
ゆらりと立ち上がった沙羅に、冬弥はソファから転げ落ちるようにして後ずさる。そんなに怖がるならやらなきゃいいのに……
ため息をつきながら僕は誰もいなくなった隣のソファをポンポンと叩いた。それを見た沙羅はパタパタと走ってテーブルを回り込むと僕の隣、ではなく座っている僕の足の間にお尻をねじ込んできた。なんだこれ?
ぱっと見は僕が沙羅を後ろから抱きかかえているように見えると思う。沙羅が小柄なので僕のあごくらいに沙羅の後頭部が来るくらいで視界を遮る事は無いんだけど……なんだこれ?
正面では驚いた顔で僕たちを木下君が見ている。そりゃ驚くよね。
「あ、いつもこうじゃないからね?どうしたの沙羅?」
なんとなくごきげんな雰囲気を醸し出してる沙羅の後頭部に向かって問いかけると、沙羅はちらっとこっちを見てから話し出した。
「なんか、最近斎藤君が何度も誘ってくるから……行かないって言ってるのに」
なんとなく急降下した沙羅の機嫌を感じながら斎藤君の事を思い出す。が、お世辞にも社交的ではない僕が知ってる同級生の範囲は狭い。クラスが違ってしまうともうアウトだ。
「斎藤和也だろ?三組の学年一のイケメンって言われてる」
さりげなく沙羅が座っていた場所に復帰した冬弥が助け舟を出してくれた。
「ああ……?なんとなく、分かる?ああ、よく廊下で女子に囲まれてる人?」
あまり人に興味がない僕がなんとなくでも覚えているくらいなら、きっとしょっちゅうそんな感じなんだろう。
「お前……いくらクラスがちがうからって。ウチの学年の有名人だぞ?成績もいいみたいだし、一年でサッカー部のレギュラーにもなったってくらい運動神経もいいし……とどめにイケメンときた。かーっ!誰だよ天は二物を与えないって言ったやつは!」
言いながら一人でやさぐれている冬弥は一旦放置して。
「そんな人が沙羅になんて?」
そう聞きながらさっきの場面が頭に浮かぶ。そう言われてみれば確かに整った顔つきだったようにも思える。ただ、僕の印象に強く残っているのはあの目だ。じとっとした恨みがましいような目で僕をじっと見ていた。あれはイケメンがしていい目じゃないと思う。そう考えていたら沙羅が話し出した。
「なんか……遊びにいこうとか、カラオケ行こうとか、よく言ってくるの。よく知らない人と遊びにいくわけないのに。何度断っても……しかもなんかおーちゃんの事悪く言うから嫌い!」
「沙羅ちゃんがいつもおーちゃんと帰るからいかないって断るから……あんな奴とか、ぼっちなんか、とか」
消え入りそうな声で木下君がそう教えてくれた。
ぼっちとかほっといてほしい。いつも女の子に囲まれているだろうに……沙羅にこだわらなくても。と思っていたら口に出していたらしい。冬弥が呆れた顔をして言った。
「いや、お前は慣れてるかもだけど、蒲生ってめっちゃ可愛いって評判なんだからな?ウチのクラスの連中も声かけたいけど恐れ多くてかけきれないって奴がわんさかいるんだからな」
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