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1-13 因果応報

なんともやりきれない内容だった。これが20年前に本当にあった事だったとしても、まるでその場にいるかのように見聞きしるのと、テレビや新聞の記事で概要と結果だけを聞くのとでは大きな差がある。


「冬弥さん!」


僕たちが言葉も発せずに立ち尽くしていると、ガタガタと騒がしい音がして壮年の男性が飛び込んできた。


「……高橋」


「冬弥さん、いったい何が……何度もこの建物の中は探しましたが……どこにおられたのですか」


高橋さんは冬弥の前に膝立ちになると冬弥の体を怪我がないか検めている。ちらちらと僕や沙羅の事も見てはいるが、今は冬弥の事で一杯のようだ。


「なあ、逢介……真美さんは一体何を伝えたかったのかな……辛かった事か?それとも……」


その答えは僕も考えたけど、結局分からなかった。


(……悔しさと、後悔。それと罪悪感だね)


僕の頭の中にお姉ちゃんの声が響く。と、思ったら沙羅だけではなく冬弥まで辺りを見渡している。


「逢介……今のって」


驚いた顔で冬弥がそう言うので、僕は黙って頷いておいた。お姉ちゃんがどこまで知っていたか分からないけど、多分それもきっと憶測にすぎないだろうから。


涙を拭きながら沙羅がそっと僕の腕に寄りかかってくる。


僕はそんと振り返る。そしていまだに正面玄関のところに立っている真美さんの姿を見る。思えば自分の意志ではっきりと幽霊を見ようと思ったのは初めてかもしれない。

リョータやアキラの気配はない。もしかしたら携帯の動画にしがみつくようにこの世にとどまっていたのかもしれない。


真美さん……あなたはどうしたら安らかになれますか?


心の内でそう尋ねてみるも真美さんからの応えはない。


(もう、逢介!お姉ちゃんが教えてあげたでしょ?悔しさはあの男達。後悔は携帯、なら罪悪感は?)


お姉ちゃんはそう言うけど、罪悪感を晴らすものって何さ?幽霊を法律にのっとって罰するわけにもいかないし、そもそも向こうから来てくれないと、僕には接することもできないし。


僕には霊感がある。でもそれはとても限定的でとても役に立つとは言えない。学校で携帯の事を頼まれたように向こうから接触してくるときは、僕も会話したり時には触れたりすることができる。

でも僕の方からは接する事はできない。昔詳しい人に話を聞いた事があるけど、幽霊が見えるのはラジオの周波数が合うのと同じようなもので、霊側はチューナー機能があって周波数を合わせる事ができるけど、僕からは決まった周波数しか出すことができない。それでも僕は周波数帯が広いほうで、そのせいで見たくもない物が見えるらしい。

そしていわゆる霊能者と呼ばれる人は自分である程度周波数を寄せる事ができて、それができるから話すにしろ、祓うにしろ接触する事が出来るそうだ。


だから今は真美さんの方からしかアプローチをとることができない。あ、でも沙羅はどうなるんだろう?詳しく聞いてないけど沙羅は特殊な感じだった。


(だから言ってるのよ。沙羅ちゃんと話してみなさい)


最後にそう言ってお姉ちゃんの気配も消えてしまった。特殊といえばお姉ちゃんもかなり特殊だとおもうけど、どうなってるんだろう?


「おーちゃん……」


「あ、沙羅……今の話も聞こえた?」


僕が聞くと沙羅は頷いた。ついでに言うと今回深くかかわったからか、冬弥にもお姉ちゃんの声や真美さんの姿も聞こえたし見えるそうだ。


「ね、おーちゃん。真美さんのいる所とどうしてるか教えて?」


沙羅は真剣な表情でそう言った。僕は真美さんを見てなるべく子細に沙羅に伝えた。そうしないといけないと思ったのはさっきのお姉ちゃんの言葉があったからだろう。


そして、沙羅は何を思ったのかスタスタと正面玄関のほうに向かって歩き出した。すなわち真美さんが立ってるほうへ……僕の手を握ったまま。


「ちょ、さ、沙羅!?」


「大丈夫。おーちゃんには危ない事させない」


そうは言っても、幽霊に自分から近づいていくっていうのは……ちょっと、いやかなりキツい。あ、やばいかも……

飛びそうな意識を何とか保てたのは、僕の手を握る沙羅の手の温かさと、僕にほんの少し残った男の矜持だろうか……



「真美さん!」


沙羅が真美さんに話しかける。反応はないと思われたがゆっくりとうつむいていた顔を上げた。その顔は最初学校であった時のきれいな顔だ。山野旅館で囚われている時に見た、醜悪そうに笑う真美さんとはこうして見ると随分かけ離れてるな。


「私は動画で見た事しか分からない。真美さんがどんなにつらかったか、あの男たちにどんなことをされたか……でも真美さんが見せてくれただけでも辛かった……苦しかった。ちょっとだけ…………ちょっとだけ死を選んだ真美さんの気持ちに納得してしまったくらい……私がもし同じ目にあったら……もうおーちゃんの前には出れない。」


いや、なんでそこで僕の名前がでてくるのさ。ほら真美さんがチラチラ見てる……


「だからね?もう結果的に終わってしまった事。真美さんも自分にされた事は納得はできないだろうけど、男たちにしてしまった事も終わりでいいと思う」


「……!」


沙羅がそう言った時、ほとんど反応を見せなかった真美さんの霊が明らかに動いた。悲しそうな顔で首を振ってみせたのだ。真美さんはあんな目に自分があわされたというのに、男たちにしてしまった事への罪悪感でこの世に縛り付けられているのだとこの時はっきりとわかった。


「……真美さんもおーちゃんと一緒」


だから僕の事は……


「優しすぎる。真美さんがどんなに罪悪感を感じていても誰も裁く事も罰する事もできないんだよ?」


沙羅がそう言うと真美さんの表情が一段と苦しそうなものに変わった。沙羅みたいに僕と一緒なんて口が裂けても言えないけど、確かに真美さんは優しすぎるみたいだ。その優しさが自分を縛っているのだというのに……


僕はそうした真美さんの様子を細かに沙羅に伝えている。それが僕にできるたった一つの事だから……


さすがに冬弥も離れた所から黙って見守っている。その横にはきっと何が何だか分からないはずなのに高橋さんも冬弥に寄り添うようにして立っていた。


僕が真美さんの様子を伝えると、沙羅はきゅっと口を閉じた。そしてしばらくうつむいていたけど、顔を上げた時にはその目に涙を貯めていた。


「分かった。世の中は因果応報。罪には罰。真美さんが罪悪感に押しつぶされるくらいなら……私が真美さんを裁いてあげる!」


そう言うと沙羅は初めて僕の手を離し、一歩二歩と真美さんのほうに歩を進めた。


「沙羅!」


思わず僕は沙羅に手を伸ばしていた。沙羅が何をしようと思っているのかは知らない。でも真美さんを沙羅が罰すると言う……真美さんには悪いけど、この時は真美さんの事より沙羅の事が心配だった。どうやって罰するのかは知らないけどその結果沙羅が傷ついたり、辛い思いをさせたくはなかった。


「沙羅……(大丈夫)」


「でも!」


(大丈夫だから。お姉ちゃんと沙羅ちゃんを信じなさい!)


僕がお姉ちゃんの声に止められているうちに、沙羅は真美さんの目の前まで行っていた。沙羅も真美さんも瞳一杯に涙を貯めているのが見える。


「覚悟はいい?」


沙羅はそれだけ言うと、真美さんの様子を伝える僕の言葉を待たずに拳を握りしめて頭上に振りかぶった。僕の脳裏に沙羅にぶっ飛ばされたリョータやアキラの姿がありありと浮かんだ。いつもならキュッと瞼を閉じるか、目を逸らす場面だろう。でもこの時の僕はなぜだが1mmも視線を逸らす事が出来なかった……



やがて、沙羅の手が振り下ろされた。真美さんはまるで裁きを受ける罪人のような表情をして待っている。


「てい」


!?


沙羅は振り下ろす手を途中で手刀に変え、勢いすら大きく減じて真美さんの頭に落とした。真美さんはきょとんとした顔で沙羅を見ている。


「……真美さんは十分に苦しんだから……情状酌量の余地ありとして減刑した。異論は認めない。真美さん?」


そう言って沙羅は息を貯めた。そして……


「私が許す!真美さんのしたことは法律ではもしかしたら許されないのかもしれない!人としても許されないのかもしれない!でも関係ない!!私が許す、行ってよし!」


そう言うと沙羅は天を指差した。


きょとんとしていた真美さんは、沙羅の言葉を聞いて驚いた表情に変わり、やがて大粒の涙を流しながら少しだけ微笑んだ。

その顔が真美さんが残した最後の表情だった。一陣の風が吹いて、瞬きした後にはもう何も見えなかったから……

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