1-10 年代
「真美さんは友達と別件でこの山に来て、たまたまここを見付けた。って高橋が調べた新聞には書いてあったはずだ。」
行き詰っている事に変わりはないからか、冬弥はこの建物について高橋さんが調べて送ってくれたスマホのメッセージを読み返し始めた。
「高橋、さん?」
冬弥の家の事など知るはずもない沙羅が知らない名前が出てきて首をかしげる。冬弥は高橋さんが送ってくれたメッセージを読み返すのに集中しているので、僕が代わりに説明する。
「高橋さんは冬弥の家の執事さんなんだ、そんで冬弥のお世話係みたいな人。冬弥の家ってでかいマンションなんだけど、そこの最上階のワンフロアが冬弥の家なんだよ。その中にはジムまであるらしいからね。」
「よかったら逢介と二人で遊びに来いよ。そのマンションの一部屋が俺の部屋だから、親とかに気兼ねなく遊べるぜ。……まあ、そうじゃなくても親なんてほとんどいないけどな」
スマホの画面を食い入るように見ながら冬弥がそう言った。スマホのバックライトに照らされた冬弥の真剣な顔がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか……
そういえば、友達になってからやたら遊びに来いって言われることが多かった気がする。お金持ちの家みたいだから気が引けて断ってたけど、今度沙羅と二人で遊びに行こうかな。
「ふうん、お金持ちなんだね」
沙羅がそう言うと冬弥は少しだけスマホから視線を上げて言った。
「俺が、じゃなくて親が、な。俺は自分で安定して稼げるようになったら家をとっとと家を出て一人暮らしをするつもりだ」
去年までランドセルを背負って学校に行ってた人間のセリフだろうか……冬弥の家の事情は知らないけど、あまり気軽に踏み込んではいけない感じがする。そう言えば、冬弥は中学校に上がる時、アメリカの大学までの一貫校から留学の誘いがあったんだって言ってた。なんでも冬弥は中学は飛び級で越えて高校からでも入っていいくらいの学力なんだそうだ。
嘘みたいな話だから話半分に聞いていたけど本当だったのかもしれない。
「飛び級で高校に行ったら周り皆年上だぜ?息詰まるよそんなとこ」とかなんとか冗談めかしてはなしてたっけ……
冬弥も沙羅も普通とはかけ離れた環境で暮らしてきたみたいだ。二人には悪いけど、僕は普通の家に生まれて本当に良かったと思う。父さん、母さん、ありがとう。
なんてことを考えてしまって、いけないと思い返す。今は真美さんの行動について考えないといけないんだ。
「新聞の記事だと、真美さんは友人の当時もう廃墟だったこの山野旅館を探索して、一度は普通に家に帰っている。でもその後また一人でここに来てるんだ、しかも夜にさ……せめて昼間に来てれば不良がそこにたむろしている事もなかったかもしれないのに……なぜだと思う?」
冬弥はそう言うと僕たちに視線を向けた。
もちろん何を言っても想像でしかない。当時の状況なんてわからないし、僕たちは真美さんの人柄さえ知らないのだ。
「真美さんの願いは携帯を見付けたいって事みたいだから、やっぱりここを探索した時に携帯を落としちゃったんじゃないかな?」
「私もそう思う。おーちゃんの話を聞いても真美さんの想いは携帯に向いている。普通は自分が死んじゃう原因になった人を恨んで……っていうほうが多いともう」
僕の考えに沙羅も自分の考えを乗せてきた。確かに玄関の所でとうせんぼするようにいる真美さんの霊は不良の男たちの被害者、というより仲間にすら見える。
「なるほど、確かにな。お、高橋のメールにも書いてある。なんか真美さんの友人が真美さんの葬儀の時に取材を受けてる。真美さんは当時珍しかった携帯をとても大切にしていた……こっそり学校に持ってくるくらい。ってウチの学校スマホの持ち込み別に禁止じゃないよな?」
「昔は禁止だったんじゃないの?当時珍しかったっていうくらいだからそこまで普及もしてなかったんだろうし。」
出来たばかりの学生証を沙羅が持ってたので確認すると、持ち込みはいいが授業中は電源を切って休み時間でもむやみに使わないようにって書いてあった。そうだったのか、普通に使ってた。
「親とかPTAが緊急に連絡する事もあるからとかなんとか言ったんじゃねえの?モンペとかいそうだし。でもわざわざ隠してまで持ってきて大切にしてたっていうくらいなのに、こんな廃墟で落とすか?俺みたいにUちゅーぶに廃墟探索の動画でも取ってたのかな?」
「そんなわけないじゃん。きっとまだそんなのなかったんだよ。」
さすがにそんな普及していない時代にって……
「ねえ冬弥、結局真美さんはいつ死んじゃったの?」
なんとなく自分たちに重ねて考えてしまってたけど、そこまで普及していない。ってとこでようやく気付いた。
「あ?ああそっか……えっと、確か一番最初の記事に…………お、あったあった。うわ、2005年だって……そんな昔だったんだ。」
想像していたよりも昔だったもか、冬弥はそう言ったきり動きを止めた。
「20年前とかますます想像つかないね、冬弥?」
なにやら固まっている冬弥に声をかけると、その目がゆっくりと動いて僕と目が合った。
「冬弥?」
「逢介……俺たちは基本的なことを間違ってた……携帯、携帯電話かぁ。逢介、お前携帯って言ったらどんなの思い浮かぶ?」
「え?そりゃあ……」
よくわからない事を聞いてくる冬弥に自分のスマホを差し出して見せる。色や大きさやボタンの位置、数なんかは色々あっても形はほとんど変わらないはずだ。もちろんケースに入っているだろうし、ケースの形は多岐にわたるから、そのあたりはきちんと考えて探したつもりだ。
「あ、そっか。フィーチャーフォン……」
沙羅が何か思いついたのか呟いた。どこかで聞いたことのある言葉だったけど、なんだっけ?ぼくが首をかしげていると。冬弥がその言葉を待ってましたとばかりに話し始めた。
「そう、20年前だなんだよ逢介。スマホなんてない時代だ。ようやくフィーチャーフォン、いわゆるガラケーが一般的に普及し始めたくらいなんだから。そりゃ大切にするよな、当時は学生はほとんど持ってなかっただろうし、まだ家電が主流の時代だったんだから。逢介、お前知らないだろ?友達に用事があるからって電話したらオヤジさんが出て気まずい思いするんだよ。相手が女の子だったりすると根掘り葉掘り聞かれたりして大変なんだよ」
なんか語りだしたが、冬弥は間違いなく同級生で同い年だったはずだ。なんでお前はそんな経験があるんだよと突っ込みたくなったが、話が進まなそうなのでやめておいた。
「形も全然違う。見たことあるか?」
冬弥がそう聞いてくるけど僕は首を振った。今どきまだ販売されているのかも知らないくらいだ。見た事なんてないよ。
「そうだよなー……。折り畳みとかフリップ式とか色々あるんだよ。家電の子機に似てる奴もあるんだけどな」
「ウチ、家電ないんだよね。みんなスマホ持ってるし……僕も中学入学と同時に買ってもらったし」
最近はスマホが流通しすぎて、家に固定電話がないお宅も多いって聞く。あっても使わないもんな。
そんな会話を冬弥としている隣で沙羅が何やらスマホを操作していたが、どうやら写真フォルダを見ていたらしい。写真を表示させて僕たちの前に出してきた。
「これ……少し前に撮った。沖縄の師匠の友人たちがまだ使ってたから珍しくて」
そう言って見せてくれた沙羅のスマホにはいろんな形のガラケーを持った手が寄せられていた。ただし……
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