1-1 いつもの朝
僕は今真っ暗な世界にいる。寝ているのか立っているのかもはっきりしない。ぼんやりした思考で、どこにいるのか何をしているのかもわからなかったけど、次第に意識がクリアになるにつれて、モノクロの世界が目の前に広がっていった。
「あ、あれ?ここは……うわ懐かしいな!小さいころよく遊んだ公園じゃん。いつも遊んでたなぁ……三人で。」
ん?三人……昔から基本ぼっちな僕が三人で遊ぶことなんかあったっけ?一人首をかしげているとそれが見えてきた。どこか見覚えがある光景。
ああ!幼いころにいつも遊んでいた近所の小さい公園だ。僕たちは特に砂場がお気に入りだった。
「ほら、おーちゃんの番だよ?今日こそお城を完成させるんだから!」
ふと気づくと、そう言って鼻息も荒く僕に話しかけてくるきれいな黒髪の女の子が目の前にいて、その子の前には砂山がある。うっすらと思い出してきた記憶をたどると、この子は近所に住む子で、引っ越してしまうまで一緒に遊んでいた事をようやく思い出した。この日も二人で交互に固めて作った砂山を削って、崩してしまった方が負けという遊びをしていた事を思いだした。そういえば毎日のようにこの公園で飽きもせず二人で砂遊びをしていたっけ……
あれ?二人……三人?
何人で遊んでいたかの記憶があいまいになっていて、僕は再び首をかしげる。そんな時だった。
「おい!今からここは俺たちが使うからお前たちはどっか行けよ!」
乱暴な口調でそう言われ、声の方を見ると男の子が三人立っている。少し離れた団地に住んでいる子達で真ん中で偉そうにしているのがこのあたりのガキ大将みたいなやつだったと思い出す。他の同年代の子供たちより体格が良く、同じ団地に住んでいる同じ年の子供二人を子分のように引き連れ、腕を組んで僕たちを見下ろしている。
(何よ!あたしたちが先に遊んでいたんじゃない。後から来たんだからアンタたちがどっか行きなさいよ!)
いつの間にか僕の隣にもう一人女の子が立っていた。黒髪の子とは別の子なのだが、はっきりとは思い出せないのか、容姿や名前なんかもぼんやりしている。考えている間にもその女の子はガキ大将に食って掛かっている。思い出した、名前は……うーん?はっきり思い出せないけど一緒にいたのはこの三人だった。そういえば名前を聞くといつも「おねえちゃん」と呼びなさいって言われてた。
「何ぼおっとしてんだよ!早くどけって言ってるだろ!」
取り巻きのうちの一人がガキ大将の顔色を窺いながら僕たちに急かすように言ってきた。おねえちゃんの言葉は無視するつもりみたいだ。
(アンタらね!)
無視されたからか、さらに怒ったお姉ちゃんが文句を言うが、それをスルーしてガキ大将がゆっくりと歩み寄ってくる。
「いいか、ここは俺たちの縄張りだ。俺がどけって言ったら……」
そう言うとガキ大将はにやりと笑った。そして……「どけばいいんだよ!」と、言いながら僕たちが作っていた砂山をぐちゃぐちゃに足で蹴り崩してしまった。
「ああ!」
僕は何もできずにそれを見ていたけど、止めようとしたのか、勢い余ったのか。一緒に砂山を作っていた黒髪の女の子がガキ大将に突き飛ばされた。小柄な体格していたせいか、めちゃくちゃ体格のいいガキ大将に突き飛ばされ、砂場の外まで飛ばされしりもちをついているのが見えた時、僕は珍しく声を荒げてガキ大将に詰め寄った。
「おい!なにすんだ。砂場はいいけど○○ちゃんに謝れ!」
その黒髪の女の子の名前を言いながら僕がガキ大将の襟元を掴んだが、あっさりと投げ飛ばされてしまう。
……そうだった。確かこの時、投げ飛ばされた勢いで僕は頭を打って軽く脳震盪を起こしたんだ。それで騒ぎになった……?いや?騒ぎになったのはそれが原因じゃなかったような気が……
ふとそんな気がしたけどその先を思い出すことはなかった。モノクロの世界は遠ざかっていきゆっくりと現実に戻っていったからだ。
瞼を開けると見慣れない天井が目に入る。薄暗い空間でわずかな明かりで見える天井は薄汚れていて、いたるところにクモの巣が張っている。
「あ、逢介。気が付いたか。お前どんだけビビりなんだよ、いくら薄暗くて不気味ったって言ってもカーテンがひらひらしただけで悲鳴を上げて気を失うとは思ってなかったよ」
僕の様子に気付いたのか、そばに座り込んでスマホをいじっていた奴が呆れ顔でそう話しかけてきた。。そのころにはようやく僕の意識もはっきりしてきた。頭を振ってどうしてこうなったのかを思い出す。
僕の名前は神野 逢介中学一年になったばかりだ。そんな僕を呆れ顔と少しだけ心配そうな表情で見ているのは倉田 冬弥。中学に入ってからできた友人だ。
そして僕たちが今いる場所は……営業しなくなって十数年……もしかしたらもっと経っているかもしれない廃旅館にいる。一度は解体しようとしたのか、建具と内装は取り払われていてコンクリートの基礎と壁がむき出しになっている。そのコンクリートには色鮮やかなスプレーでよくわからない言葉やマークが描かれている。
そう、ここはいわゆる心霊スポットと言われている場所だ。冬弥の言うように自他ともに認めるビビりの僕が心霊スポットなんかに来ているのはもちろん訳がある。それは数日前の事だった……
いつものように登校してきた僕は自分のクラスである一年二組に入ると自分の席に座って荷物を机の横に掛けた。朝のホームルーム前、教室内は仲のいい友人同時で集まりいろんな会話に花を咲かせている。昨晩見たドラマの話、今日の部活の話。近くの席では中学に入って自分用のパソコンやスマホを買ってもらった連中が一緒にやっているのだろうオンラインゲームの話に興じている。
逢介も少しだけやった事のあるゲームだったので見てみると顔立ちのいい、いわゆるイケメン男子を中心にした数人の男女が楽しそうに話している。
それはクラスでもトップカーストに位置している集団だった。話しに興味はあったがあまり話した事も接点もない連中だ、基本的に人見知り気味の逢介が話に加われるはずもなく、カバンから出した教科書を机に入れながら耳だけをそちらに向けていた。すると誰かが逢介の前の席にどっかと腰を下ろしてきた。
「よう、逢介。相変わらず一人か?」
その声に逢介が顔を上げると、人好きのする笑顔を浮かべている男がいる。
「おはよう、冬弥。その言い方は何か傷つくからやめてよ」
苦笑いをしながら僕はそう返した。けして間違ってはいないのだが、いつも一人でいるぼっちみたいだからだ。
そうか?悪い悪い。と、冬弥は軽い感じで僕のクレームを受け流す。そして次の瞬間には何事も無かったように話題を変えてくる。冬弥は顔立ちもいいし家もお金持ちらしい。頭もよくどちらかと言えば友人が多いわけでもない僕とは違い交友関係も広いようで女子からの人気も高いと聞く。
そんな冬弥だがなぜか気が合うらしく、二組の逢介の所にわざわざ四組からこうして話に来るのだ。
「聞いたか?」
冬弥は脈絡も主語も抜いていきなりそんな事を言って来た。
「いや何をだよ。何を聞いたか言ってくれないとわからないって」
言葉足らずの冬弥の言葉に苦笑いを浮かべて僕は言い返した。
「何だよ察しが悪いな、なんとなくわかるだろ?」
いや、分かる方がすごいって。そう思ったが口には出さないでいると冬弥は勝手に話を続ける。
「三組にさ、転入生がきたらしいんだ。それが沖縄から転校してきた女の子でしかもめっちゃかわいいらしい!」
やや興奮気味に冬弥は言った。今は七月、中学校に入学してから四か月も経っていない。そんな時期に転入してくるなんて随分中途半端だな。話を聞いて僕の頭にはまずそんな考えが浮かんだ。少し変わってるのかもしれないけど、意識してやってるわけじゃないから仕方ない。
思ったような反応を返して来ない僕に冬弥がじれったそうな顔になっている。
「おい逢介、めっちゃかわいいらしいんだぞ?ここは……ほんとか?ちょっと見に行こうぜ!ってなるのが健全な男の子ってもんだろ?」
冬弥がそう言ってくるが、僕はそんな気になれなかった。転校してきてまだ慣れていないのに見世物みたいに見物しに来られてもいい気分はしないだろう。と、そう思ってしまったからだ。
僕が乗り気じゃないのを見て冬弥は呆れたような顔をして見に行こうぜと何度も誘ってくる。
そうしているうちに予鈴がなってホームルームが始まる時間であることを知らせてきた。冬弥は何度も次の休み時間にまた来るから、行こうぜ。なっ?と繰り返して教室を出て行った。その冬弥と入れ替わるようにして担任の先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。
他のクラスの転校生か……
あの様子なら何としても見に行くだろう。僕を引っ張って。でも、よそのクラスの女子が僕と接する機会なんかそうないだろう。まして、可愛い女子とくればなおさらだ。きっと遠くから見て、ほんとだね。で終わり、冬弥に呆れられながら戻ってくる事になるのだ。僕はそう思っていた。
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