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育ちの違いとは、よく言ったもので

作者: 秋本悠

急に思いついて書いた話です。(要は長編の息抜きらしい)

思いついたことだけを書いた感じなので、非常に散文的かも……。



「ですから、以前からそのように申し上げていましたのに」


 多少の嫌味を込めて、目の前にいる婚約者へそう告げると、婚約者はさらに項垂れた。


「いじめでも何でもありません。区別です。淑女教育もままならない方をお招きすることは難しいのですよ」

「ああ、そうだな……。痛感した……」


 素直にそう述べた婚約者に対して、侯爵令嬢であるイーシア・ローマンは顔には出さなかったものの、今までとは違う婚約者の反応に、おや? と思った。

 イーシアの婚約者は公爵令息であるフェスト・セルーダという名で、イーシアと同い年である。

 現国王の王弟殿下にあたる父を持ち、下位ながらも王位継承権も持っている男だ。

 そんな彼とイーシアが婚約してから早五年。

 仲睦まじくやっていたつもりだったのだが、二人が貴族学院に入学してから変化が訪れる。

 とある男爵家の庶子という元平民が父親に引き取られ男爵令嬢となり、貴族学院に編入してきたのだ。そして、彼女と出会ったフェストは、イーシアとの関係を悪化させていった。

 もちろんフェストが男爵令嬢を気に入ったせいである。

 貴族令嬢らしからぬ振る舞いが、雁字搦めの貴族令息たちには新鮮に見えたらしく、あっという間に男爵令嬢を囲む令息たちといった図が出来上がった。

 その令息の中に、フェストもいたわけである。

 イーシアは軽率であると何度もフェストに進言をしたが、やましいことはないと口論にもなった。

 しまいには、令嬢たちの間で浮いた存在となった男爵令嬢をいじめたなどと言う始末である。

 実際のところは、淑女教育を習得することが出来ず、平民の態度のまま貴族の美味しいところだけ利用しようとした男爵令嬢が他の貴族令嬢たちに受け入れられなかっただけである。

 お茶会やデイパーティーのマナーが酷い状態で、食べ散らかし等、不愉快になることが多かったのだ。

 男爵令嬢の様子を見て気分を害した人間は数知れず。

 結果、お茶会等に呼ばれなくなったという、完全に自業自得であるのに、男爵令嬢は「自分だけが仲間外れ」と取り巻きの令息たちに訴えた。

 令息たちはすぐに自分たちの婚約者に対して苦情を申し立てたが、令嬢たちは「学院の淑女教育授業で及第点を取得出来ましたらご招待いたします」とだけ繰り返し返事をした。

 もちろん、令息たちは憤慨し、自分たちの婚約者を糾弾。結果的に何組かの婚約が解消されたのは、つい最近の話だ。


 そして、イーシアとフェストの婚約も破棄寸前というタイミングで、フェストから面会の申し入れがあった。

 ついに婚約破棄の話かと思い、約束を取り付けると、現れたフェストはしおれていた。




「フェスト様? 一体どうしたというのです?」

「ああ……イーシア。少し聞きたいことがあるのだが」

「聞きたいこと? なんでしょうか?」

「あの……ヒセンタ男爵令嬢のことなんだが……」


 フェストの口から、件の男爵令嬢の名前が出てきた。イーシアは手に持っていた扇子を広げ、口元を隠す。


「ヒセンタ男爵令嬢ですか? どうかされたのですか?」

「その……あの……どうして君や、他のご令嬢は彼女をお茶会などに招待しないのかなと」

「以前から申し上げていたつもりですが……」

「も、もちろんそれは知っているよ! 改めて聞きたいんだ」


 イーシアを窺うフェストの様子に、少しいつもと違う雰囲気を感じたイーシアは、少しだけ首を傾げた。


「ヒセンタ男爵令嬢は、元平民ということもあり、多少のマナー違反については許されておりましたが、何度注意してもいじめだと泣き、結局何もマナーが身につかなかったのです。学院のマナー教師も匙を投げました」

「え? そうなのかい!?」

「そうですよ。何度教えても身に付かず、結局淑女教育の単位を落とされたとお聞きしております」

「単位を落とした!?」

「ええ。普通であれば全員が合格するであろう淑女教育の単位を落とされたのです。ですので、ご実家のヒセンタ男爵家には、近々退学通知が届けられるのではないでしょうか?」


 イーシアからもたらされた情報に、フェストが愕然とする。

 それもそうだろう。貴族学院の淑女教育とは、貴族家の女性として最低限のマナーを確認する授業だ。

 下位貴族ですら、学院入学前に全員が身に付けておくべきものである。

 そのため、教える場ではなく確認の場となっている。

 もちろん男性側には、貴族教育という名のマナー単位がある。これを落とすことなど、誰も考えていない。

 そもそも貴族の最低限のマナーが出来ないとなれば、どこの夜会にも招待されないし、下位貴族が高位貴族の家で働くことも出来ない。

 出来るのは平民の商家等に働きに出ることだが、貴族相手に商売を行っている平民であれば、下位貴族と同等のマナーを身に付けている。

 それすらも危ういのであれば、平民相手の働き口くらいしかないだろう。


「……イーシアは、彼女にマナーを教えてあげるとかしなかったのかな?」


 苦し紛れに出たフェストからのひとことに、イーシアは口元を扇子で隠したまま笑った。


「侯爵家の人間であるわたくしが、寄子でもなく縁もない男爵家のマナー講師になれと?」


 目は弧を描いているが、瞳の奥は非常に冷ややかだ。それを感じ取ったフェストは冷や汗をかく。


「いやぁ……だって困っていたんじゃないかなと……」

「困っていた? ええ、困っていたでしょうね。わたくしも最初は彼女にマナーがなっていないと注意したのですよ。先程も申し上げましたけれど、何度注意してもいじめだと泣き、結局何も貴族としてのマナーが身につかなかったのです。おまけに殿方は、彼女の主張に便乗して、わたくしたちに対していじめだの何だのと糾弾し、結果的にいくつの婚約が壊れたか、ご存知ですか?」

「え……あ……その……」

「それで? ご自身に実害が出て、ようやくわたくしたちのお話を聞く気になったということですか?」


 容赦のない追及にフェストは項垂れた。


「そもそも先程から経緯を知っているとおっしゃってますが、ちゃんと理解はされておりましたの?」

「理解……ってのは?」


 何もわかっていない様子のフェストに、思わずため息をつきそうになったイーシアだったが、何とか呑み込んだ。


「ですから、わたくしたちが彼女のマナーに対して苦言を申し上げておりましたことが、いじめでも何でもなく、単なる注意であり、それを拒否して楽な方へ流されていたのは彼女自身であったということです。そんな相手にマナーを教えるという発想になる時点で、フェスト様が正しく理解していたとは到底思えないのですけれど」


 遠回しの言い方ではもう通じないと思ったイーシアは、直接的に説明するとフェストは目を見開く。

 フェストはあーだのうーだのと言葉にならない声を発する。やはり理解していなかったらしい。


「先日、ヒセンタ男爵令嬢を中心に殿方がお茶会をされたそうですね? 焼き菓子のかけらはこぼす、口に食べ物が入ったまま話しだす、汚れた手をテーブルクロスで拭く……」

「知っていたのか?」

「ええ、そういう噂は意外とあっという間に広がるのですよ」

「ヒセンタ男爵令嬢が汚したテーブルクロスは、主催の伯爵家の家紋入りで、新調したばかりの真っ白なクロスだったんだ。それを勝手にあいつが使用して故意に汚したものだから、伯爵夫人が大激怒したらしく……」

「まぁ、そうでしょうね。平民にとってテーブルクロスは手を拭く為の道具でしょうから」


 貴族にとっての純白のテーブルクロスは特権である。

 材質や大きさ、白さの度合いなど、爵位が上であればあるほど上質なものを使用している。

 ただ、食事をする場で使用するものなので、誤って汚してしまった場合は特に咎めることはないが、汚れた手を拭くために使用するなどご法度である。

 そういったテーブルクロスと区別して使用している以上、汚してはならないテーブルクロスで手を拭くなど、貴族としてはやってはいけない行為だ。


「ヒセンタ男爵令嬢のそのマナーは以前からやっていらっしゃったのよ。チョコレートで汚れた手を拭いたり、バターで汚れた手を拭いたり」


 汚してはいけないテーブルクロスでやってはいけないと何度も注意したが、全く効果はなかったのだ。


「いじめだのと言われ、純白のテーブルクロスを汚されてはたまらないと、それぞれのお家から彼女の出入りが禁止されたのです。その判断は我々ではなく、各家の当主命令でしたの。ですから、わたくしたちは当主の命に従っただけですわ」


 ヒセンタ男爵令嬢が汚したテーブルクロスの中には、どう洗濯しても汚れが取れなかったものもあり、新調せざるを得ない家もあったという。

 何度も汚されて再起不能にされては困ると、各家がヒセンタ男爵令嬢を出入り禁止にしたのだ。


「貴族として、最初のマナーがどうしても身につかないのですから、誰も相手にしない。それをいじめと言われても困ります。そもそもわたくしたちは当主である父の命令に従ったまでのこと。それに、ヒセンタ男爵家のご当主にもそのように通達されているはずです。それに気付いていなかったのは、学院の殿方たちと、ご本人だけですわ」


 ばっさりと切り捨てたイーシア。


「ですから、以前からそのように申し上げておりましたのに、ヒセンタ男爵令嬢への対応はいじめでも何でもありません。区別です。淑女教育もままならない方をお招きすることは難しいのですよ」

「ああ、そうだな……。痛感した……」


 汚されたテーブルクロスを前に、主催家の伯爵夫人は、勝手にお茶会を行ったフェストの友人でもある息子をかなり叱責したらしい。

 そもそもこの伯爵家でもヒセンタ男爵令嬢を招かない家だったにも関わらず、ヒセンタ男爵令嬢を気に入っていた息子が親の居ぬ間に勝手にお茶会をし、勝手にテーブルクロスを使用して、ヒセンタ男爵令嬢が使用不可能にしたのだから、始末に負えない。

 他に出席していた令息たちの家にも伯爵家から抗議の手紙が届き、どうやらフェストも家でこってり絞られたらしい。


「良いですか。貴族学院は貴族社会の縮図なのですよ。そこで爪弾きにあう者は、貴族社会の不適合者なのです。そういった者との付き合いは考えるべきです」


 どういうつもりで令息たちが彼女に入れあげていたのかはわからないけれど。と、もう一度嫌味を言えば、フェストは苦笑した。


「すまなかった……。私が間違っていた」


 自分だけではなく貴族にとってすでに当たり前のことを、他の貴族が出来ないと思っていなかったせいで起こった齟齬である。

 女性側は非常に厳しく元平民である男爵令嬢を見ていたので、当たり前のことに気付けなかった男性陣は実際に自分が被害に遭うまで、まさかそんなことすら出来ないとは思ってもいなかったのだ。


「別にわたくしはフェスト様が彼女と親しくしたいとおっしゃるんでしたら、止めませんわよ」

「え!? 何で!?」

「何で……ですか? それは、入り婿予定にも関わらず、婚家を蔑ろにする方ですから、こちらもいつ婚約を破棄しても問題ございませんし。人の本質すら見抜けない方は我が家には不要ですから」


 貴方の一挙手一投足が全て見られているのだと告げれば、フェストの顔は真っ青になった。

 自分たちの周囲には、フェストが連れてきた従僕や、ローマン侯爵家の使用人たちがいて、全員が冷ややかな目でフェストを見ていた。


「え……あ……、イ……イーシア?」

「マナーを弁えない方への苦言を嫉妬と取るなどと、公爵家ではどういう教育をなさっているのかしら?」

「だって……」

「そもそも我が侯爵家と、何もかも規模が違いますのに、男爵家の庶子である彼女に何を嫉妬すればよいのかしら?」

「え……?」

「貴族としてのマナーは身についていない。振る舞いは平民そのもので、殿方には新鮮に見えるのかもしれませんが、食事という行為は、人の育ちが一番見えるところです。汚い食べ方で気分が悪くなった方もいたのでは?」

「…………」


 イーシアの突っ込みにフェストはついに何も言えなくなった。

 正直、フェストは堅苦しい貴族女性の振る舞いに息苦しさを感じていた。そんなときに現れた少し奔放な元平民の男爵令嬢。顔も整っていたので、すぐに夢中になった。

 けれど、昨日のお茶会での彼女の振る舞いは酷かった。口の端に焼き菓子の欠片は付いていたし、どうやったらそこまで溶けたチョコレートで手が汚れるのだ? と、逆に聞きたいくらい手はチョコレートまみれだった。

 男爵令嬢の振る舞いを観察していたもの曰く、話に夢中になったりして手元がおろそかになっていることが多々あったらしい。

 どうして一度食器を置いたり、手に菓子を持ったままずっと話を続けるのだと観察した結果らしく、お茶会が終わる頃に、その観察していた者は少し顔色が悪かった。

 貴族の子供であれば、五歳児ですらあそこまで汚れることはない。

 男爵令嬢が貴族となってもうすぐ一年。真面目に学んでいれば、そこまで酷い振る舞いにはならないだろう。

 どう甘く見積もっても、イーシアの言うことの方が正しい。


「……本当にすまなかった! 私はどうしたら挽回できるだろうか?」

「ご自身でお考えになってはいかが? どうしてわたくしが教えなければいけないの?」

「そんな……イーシア……」

「高位貴族として、他の者の見極めが出来ない方に教えることなどありませんわ」


 そう言って、イーシアは扇子を閉じた。それが合図となり、ローマン家の侍女がイーシアへ近づき、椅子を引いた。イーシアは立ち上がる。


「わたくしたちの婚約も見直しましょう? まぁ、そもそもそのご提案をされたのが、貴方のお父様であるセルーダ公爵様ですので、まずはご自身の家の中でお話し合いをされてくださいませ」

「は!? え? 父上が……?」

「ええ。すでに王家の人間ではないとはいえ、王家に連なる血を持つ家にも関わらず、人を見る目がない方を育ててしまったことについて詫びねばならないとおっしゃっていましたわ」


 それだけを告げてイーシアは、フェストと面会していた応接室から出て行った。

 高位貴族ゆえの、待っていても他人がどうにかしてくれるという甘さは、フェストの欠点であろう。特に三男である彼は公爵家で存分に甘やかされて育ってしまった。

 そんな中で、未熟な男爵令嬢に甘えられるという空気はさぞかし気分が良かっただろう。

 セルーダ公爵はそんな息子に頭を抱えていた。

 そして、ヒセンタ男爵家も近々粛清される予定だ。いくつもの貴族家の婚約を見直す羽目となり、社交界を混乱に陥れたのだ。何の咎もないわけがない。


「身持ちの悪い方は、やはりどうしようもないのね」


 一夫一妻制で愛人を認めていない国で、庶子を引き取るリスクを知らない愚か者たちはひっそりとその姿を消していった。




食事のマナーって育ちが出るよねって話です。

今までも普通に思っていたのですが、平民あがりのヒドイン系でマナーがあまり良くない子が、食事のマナーも良いわけがないのでは?と。

食事のマナー、歩き方等の立ち振る舞いは貴族として出来ているのに、身持ちだけが悪いとは、私個人としては考えられないかなーと。

特に食事のマナーについては、ものすごく厳しく指導しない限り、直すのは容易ではない気がします。

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― 新着の感想 ―
主人公のおっしゃる通りで共感しかありませんでした。 また、色に狂った男をしっかり切ったイーシアと公爵に拍手喝采です。 尚、食事などのマナーや立ち居振る舞いは訓練すれば修正出来ますが、逆に倫理観や貞操…
( ̄▽ ̄;)入学に関しては、現代日本の公立小中学校の様に「貴族籍が有れば入学できる」程度なんですかねぇ…(日本の場合は日本国籍があれば) ( ̄▽ ̄;)ただ、卒業のほうは、高校大学の様に「単位が取れなけ…
そもそも本当にこのザマで入学できるの?設定的に無理なくね?
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