殿(しんがり)
「ハア、ハア…………ふう」
戦闘が始まってからもうどれくらい経ったのだろう? もう味方は安全なところまで撤退できたの?
数々の疑問は出るが1人対500人強でなお戦場を支配している私にそんなことを意識している余裕はない。何人倒したかだって? 最初は1,2,3……と数えていたが50を超えたあたりからもうやめた。そろそろ私も撤退したいけど、もし「もう少し時間を稼いでいれば」と思うとなかなかやめられない。
そしてそもそも相手が私を逃がす気がないらしい。ガチガチに包囲していた。
少し息を整えるため止まるだけでも奴らは全力で突撃してくる。だから今の3秒だけでも多くの矢と魔術による攻撃が私を襲ってきた。
再び足に力を込め再出発。飛んでくるものを交わしつつ、躍進射撃で《法弾》を個々人に1発づつ叩き込む。殺すことに特化したその魔術は脳天、心臓というあらゆる急所に吸い込まれ、一撃でまた2人また2人と兵士が崩れ落ちていった。
(あ、この剣使えそう。拾っとこう)
しばらく突き進むと部隊に接触。今度は《法弾》も使いつつ、先ほど拾った剣で相手をなぶり倒していく。結果として私の周りは人口密度が少なく、代わりにおびただしい量の血飛沫が私を取り囲んでいた。
「がああっああああ!」
「シウス! シウスゥゥ! 死ぬなあぁぁ」
「ダメだ! 距離を取れえ!」
「やめろぉ……やめてくれぇ、こっちに来るなぁぁぁ」
数人は私が近づいていると思ったのか悲惨な叫びをあげたが、逃げるものを追う主義はない。むしろ相手に負荷をかけられる。だから次の敵を……
「放てええ!」
「!?」
またもや中遠距離からの攻撃が飛来……しかしその方向は味方を巻き込む形だった。その驚きにワンテンポ行動が遅れてしまった私は避けるタイミングを失ってしまう。
(くそっ、殺意高すぎ!)
反射で簡易の《防殻》を展開。しかし耐久性は低く、数発受けるだけで割れてしまう。
防がれなかった矢は次々と私に深く突き刺さった。
流れ出る血、言葉にはならない痛々しい声が私の口からこぼれる。なんとか膝を折らず耐えたが、しかし負傷した私は格好の的でもある。
「今だ、魔術部隊! 畳みかけろぉぉ!」
飛んでくるのはたくさんの《火球》。死の崖っぷちに立っているからか、嫌と言うほどゆっくりと近づいてくる。しかし被弾した影響で、すべて避けきれるほどの体力は残っていなかった。
(一か八か!)
間に合うかはわからないが私は《対魔防盾》を展開し始める。間に合わなくてもいい、少しでも生き残れるように。そう願いつつ私は瞳を閉じる。
刹那、立て続けに爆発音が鳴り響き、私は土煙と火柱の渦に巻き込まれた。
(止んだ?)
私はそう思ってゆっくり目を開けたところ、周囲は未だ濃密な土煙が上がっていた。
「ってて」
おそらく私の姿は見えないだろう。もう十分時間稼いだし逃げるなら……。
そう思って体を起こしたが、まるで引っ張られたようになぜか右に倒れてしまう。
(? 疲れ……?)
いやそれしかないかともう一度体を起こそうとした時、気付いた。
「え?」
私の左腕が静かに地面に埋まっていた。
「なっ……!」
あの火球で吹っ飛んだ? 《対魔防殻》が間に合わなかったの!?
いやそんな事を気にしている場合ではない!
私の耳はすでに近くの足音を拾っていた。直ちにここを離れなければ殺される。その思いを胸に気合で立ってバランスを保ち、勢いよく土煙の中から飛び出した。
「! 死んでない!」
「なに!? どこにいる!」
「向こうへ逃げたぞ!?」
あそこに森がある。そこまで行けば逃げ切れるだろう。そう思って全力で走るが片腕がない影響は大きい。右足で強く地面をけれない。しかも一歩踏み出すたびに傷から血が流れ出ていた。それでも私は草原を走る。
(あと60メートルくらい!)
しかし、その60メートルが長い。蓄積された疲労が体を蝕み、視界の端から少しづつ黒ずんでいった。
――明らかに、逃げ切る前に追いつかれる。
煙幕を炊く? いや、まっすぐ走られておしまいだ。なら時限式で爆破すれば少しは……!
そう思って、構築に意識を向けたときだった。
風を切る音がなり、私の体に強い衝撃が加わった。
「……」
息ができない。足に力が入らない。
視線を落とすと、血をひたひたと落とす剣が私のお腹を貫いていた。
吐き気がしたのでそれにゆだねて吐き出すと口の中いっぱいに血の味がひろがる。
「終わりだ」
そう言って私を刺した奴は思いっきり切り裂いた。